運営は老衰で死にたくなければ艦娘と交われと言うが、提督にとってそれは容易に「はい分かりました」と判断を下せる事ではなかった。
提督は女の身体が好きな一般的な男性である。
だから風俗とかなら相応の金銭を支払った
なんなら行為の最中も後も雑談などして楽しいまである。
しかしこれが生きるためとなると話は違ってくる。
まるで意味が解らない。
肉体的に生き永らえるために性行為をする必要があるとか、現実の人間としてはちょっと意味が解らなかったし、それを仕事の同僚でこなせとか、自分の行く末に大きく不安を感じるのであった。
(相手が受け入れてくれて、その人とだけセックスできるようになったとしても、これからどんどん艦娘が増えていく職場……波風が立たないかぁ?)
提督は大丈夫だと自分自身に言い聞かせる自信がなかった、寧ろ不安しか無かった。
波風が立つ立たないと考えるだけで自惚れているようで気分が悪かった。
(これもう、自殺した方が楽なんじゃないか?)
そんなとんでもない考えが頭をよぎった提督は、鍵付きの机の引き出しを解錠してそこを開けた。
中には以前、一応軍人なのだから護身用と言えば一丁くらいくれるかもしれないと、半分ダメ元で申請してみたら意外にも簡単に支給してくれた、銃火器に関しては素人の提督でも何となくデザインを古く感じる拳銃が入っていた。
最初は初めて本物の銃に触れたことに興奮して男児のように喜んだものだが、その時何となくふと嫌な予感がしてその拳銃について軽くスマホで調べてみたら、その銃は陸軍で使用しているもので、いろいろと見逃せない欠陥がある事が判った。
その拳銃は安全装置が安全装置としての機能を十分に果たしているとは思えない提督からしたら欠陥品で、なんでも安全装置をかけた状態でも引き金を引けたり、それどころか軽く横っ面を叩くだけでも暴発することがあるという、もはや銃というよりいつでも放てる花火のような恐ろしい代物であった。
提督がその事を知った時は実弾も装弾して遊んでたりしていたので、とんでもない事実に顔を青くした彼は直ぐに弾を抜いて引き出しに入れて鍵を掛けると、以後その銃の事は考えないようにしていたのだった。
「……」
提督は拳銃を握り、以前は恐ろしくて仕方がなかったのに、今は何とも思わないことに軽く驚いた。
(……不味いな)
人間何がきっかけで極端な考えに至ってしまうのかよく解った。
提督の場合はネガティブ思考の沼に深く嵌ってしまい、今正に不安定な吊橋から谷底に自ら落ちんとしていたところだった。
彼はそれを自覚すると、頭を軽く振って一度深く息を吐く。
そして椅子の背もたれに深く身体を預けて眉間を摘み、暫く目を閉じたまま天井に顔を向けた。
「…………」
5分ほどそうしていたであろうか、提督は目を開けると今度は何か黙考する仕草を見せると内線をかけた。
それからまた暫くすると執務室の扉を叩く音がした。
扉の向こうからは二人の少女の声がした。
『司令官さん、電と皐月なのです。大淀さんから連絡を受けて来たのです』
「はい、どうぞー」
提督の言葉を受けて駆逐艦の二人が部屋に来た。
提督は彼女達に先ず不意の呼び出しを軽く詫びると、そこからは何をするでもなく「ふむ」とだけ漏らすと、何やら腕組みをして二人の事を何やら難しそうな事を考えているような顔で見た。
「し、司令官?」
「どうしたのですか?」
用があって呼び出されたと思っていた二人は、その呼出した当の本人が何を言うでもなく急に黙りこくってしまったので困惑した表情を浮かべる。
腕を組んだ提督は何か「うーん、うーん……」難しそうな顔で何度か唸って首をいろんな方向に振っていたが、その動きをふと止めると再び二人の方を向いて机の引き出しからある物を出してそれを二人の前に置いた。
「?」
「司令官、それなーに?」
机に置かれたそれは、大きさは一般的な目覚まし時計より二周りほど小さく、形は丸く、色は淡いピンクとミントだった。
何かは解らなかったが、色合いや大きさ、それに加えて今まで提督がいろいろと驚く物を出してきた事もあって、二人は早速見た目相応の少女のような反応を示す。
提督はそれを見て自然と僅かに綻んだ顔で言った。
「これは玩具。真ん中に画面があるでしょ?」
「あ、はい」
「うん、何か小さいのが映ってるね」
今ではすっかり液晶画面くらいでは驚かなくなっていた二人は、素直に提督の言葉を理解し、玩具に備え付けられた小さなディスプレイを見た。
そこには何やら妙ななりをした得体のしれない……小さな人形に見えなくもない何かが映っていた。
それが何かは解らなかったが、二人はもうそれくらい見てもその画面に映っているモノが複雑な仕組みによって内部から表示されている映像くらいの認識は持っていた。
「うん。で、ここに指が入るくらいの穴があるでしょ? そこに指を入れてみて」
「え? あ、はい」
提督に促されて電がちょっと緊張した面持ちでその穴に指を入れた。
すると――
「「あっ」」
電と皐月は同時に驚きの声をあげた。
見ると指を入れた玩具の画面に、明らかに自分の本当の指ではないと解りはしたが、その指の映像が最初から表示されていた小さな人形らしきモノを触ったのだ。
しかも感触は柔らかい。
見た目は平面で映像なのは明らかなのに、それを実際に触っているような錯覚に陥る奇妙な感覚だった。
電の驚く顔を見て皐月も残っていた一つを手に取って指を入れ、驚きに目を丸くした。
「わぁ、なんか触れてる!? 柔らかい?! え、え、何かこれ変! えーー? あははは」
指で突かれているように見える画面の中の人形はそれに対してむず痒そうな反応を見せている。
二人はすっかりその新感覚にハマり、提督の前で弄りだした。
彼はそれを今度は明らかに嬉しそうに笑顔で眺め、そしてほどなくして言った。
「うん、それじゃあ二人にそれをあげよう」
「「えっ」」
また二人は同時に驚きの声をだして提督を見る。
「もしかして私達を呼んだのはこれをくれる為だったのですか……?」
「え、でもなんで? どうしたの急に?」
二人の反応はと当然であった。
何かの任務を完遂した褒賞や褒美としてなら今までの流れから理解できたが、単に玩具をあげる為に呼び出されるとは、艦娘とはいえ一応軍属の意識はある二人からしたら完全に予想外であった。
提督もそれは解っていたので困惑した顔で自分を見る二人に、というより半分は自分に言い聞かせるようにその理由を述べた。
「まぁ取り敢えず貰っておいて。あげた理由は……ちょっと自分を元気にする為、というか」
「え、貰い物をしているのは電達なのに司令官さんは何故それで元気になるのです?」
「僕もそれ解んない」
「何というかなぁ……俺、今ちょっと疲れててね?」
「はい」
「うん」
「で、君ら、今あげたそれにちょっとワクワクしてるでしょ?」
「それはそうですけど……それと司令官さんになんの関係が」
「うんうん」
「いやまぁ、何かそれで楽しそうに遊んだら元気にこれからも頑張れるかなぁって」
ここまで聞いてまだ腑に落ちない顔をしていた電に対して、意外にも皐月が何やら悲しそうな顔をして提督に言った。
「え、ご、ゴメン! 僕、何か司令官にここまで気を遣わせちゃうほど心配かけてたかな?」
その言葉を聞いて電もなるほどと納得したのか、皐月と同じように申し訳無さそうな顔をした。
しかし提督はそんな二人に苦笑するだけで、皐月の問いに答える代わりに二人の頭に手を置いて一度だけポンと手を置いて言った。
「いやいや、違うよ。これは本当にただの思いつきなんだよ。俺はほら、君らは知らないかもだけど最初から軍人だった人間では無いからその辺は何かテキトーなんだ。何か部屋で過ごしていたら何となくこうしてみようかな、と思いついただけ。別にこれが二人だけにということは無いし、多分他の人にもこんな事がこれからあると思う。だからこれはそういうこと。ね?」
「は、はぁ……。要は本当にただの司令官さんの思いつきという名の幸運に電達は与る事ができた、という事なのです……?」
「そう、そういうこと。で、さっきも言ったとおりこれからもこういう事が不定期にあるだろうから、まぁ軽く流してくれればいいよ、ということ」
「うーん、でも……僕達司令官からいろいろ貰ってばかりで……僕も何かしてあげたいなぁ……」
と言いつつ貰った玩具は大事そうに握りしめる皐月。
隣の電も皐月ほどではなかったが、提督と話しながらも時折片手に持つそれにチラチラと視線を移していた。
どうやら二人とも本心ではその玩具でもっと遊びたいようであった。
「んじゃ、お仕事任務、これをもっと元気に無茶しない範囲で頑張って。それに仕事以外でもほら、鳳翔を手伝ってご飯とか作って俺に出してみたりとかいろいろあるでしょ。だからそういう事で。はい、用件は終わり。もう戻っていいよ」
「料理……解ったのです。電、これから任務をもっと励むし、料理とかもいろいろ考えてみるのです! 司令官さん、これ、本当に有難うございました!」
「僕も! 有難うございます! これからもっと活躍してみせるし、僕も何か探してみるから期待しててね!」
「うん、有難う。そいじゃ、解散」
「……」
二人が退室してから提督はまたぼんやりと窓から外の景色を眺めていた。
『子供』の屈託のない笑顔はやっぱり大人に活力をくれる。
親でなくとも子は支えたいという生物的な遺伝が影響しているのだろうか。
だがそれと同時に駆逐艦は精神のバランスが危ういみたいな以前聞いた運営からの嫌な情報も思い出したが、この時だけは提督はその事を頭の片隅に置いて気にしないことにした。
「誰かに相談した方がやっぱり良いかなぁ……」
提督は誰に言うともなくひとりそうぼやいた。
うわ、前回の投稿が9月か……