単に書き終わるまで時間がかかっただけでした。
ステージ1-4、南1号作戦なる海域は初めて敵に空母が出てくる、鎮守府海域では一番の難所だ。
初心者は大体此処で敗北を経験し試行回数という言葉を知る。
提督もその口だったはずだが、それは艦これというゲームが大型アップデートによってリニューアルされる前で、流石にリニューアル後はクリアしたステージが全てリセットされても、育ててきたキャラを使って楽勝にクリアできた。
この世界でも楽勝とは言わないまでも、一応ボスまでのルート固定を実現する為の編成は可能であったし、艦娘個々のレベルはまだ心許なかったが、試行回数さえこなせばクリアできる見込みはあると提督は踏んでいた。
が、提督はまだその海域へ出撃する気は全くなかった。
理由は敵空母。
提督の艦隊にも空母は居る。
それも正規空母だ。
とても強力な制空能力を持ち、今いる加賀と飛龍を駆使すればきっと……難しいと判断していた。
何故なら空母を運用するためのボーキが圧倒的に足りない。
今の資材の量では出撃できるのは精々2回が精一杯だ。
クリアできる見込みはあっても2回の内にクリアできる保証は無かった。
というよりそもそも今保有している艦載機の能力が低い、と提督は思っていた。
零戦二一型とか九九式艦爆とか九七式艦攻とか、古参プレイヤーの提督からすると装備改修の為の素材という認識でしかなかった。
(ぶっちゃけ面倒で制空権の計算なんてまともにしたことないけど、まぁ加賀か飛龍のどちらかを戦闘機キャリアにしたら制空権は取れるんじゃないか?)
ド適当であった。
古参プレイヤーではあったが制空権確保の計算は軽視どころか大嫌いな男、それが提督であった。
しかしそんな提督でも空母を運用する上で一つだけ大体意識していることがあった。
それは敵との開戦時に丁字不利を引かないために彩雲をなるべく載せること。
しかし今の提督は、その彩雲を保有していない。
これが1-4へ出撃しない最後の理由となっていた。
「提督、本日の予定も交替で警戒任務、書類に記載の編成で演習、それ以外は訓練でよろしいですか?」
手にした予定表に目を通しながら大淀は口頭での確認をする。
「うん。まだ戦力の準備期間って事で」
「建造及び開発は?」
「今日は無し。資材の備蓄に努める」
「畏まりましたそれではこ……」
大淀が受領した命令の開始を伝えようとしたところで彼女はつい言葉を止めてしまった。
あの大浴場の建築の際に見た妖精コインを再び提督がポケットから出していたからだ。
「一体どれだけコインを貯めこんでるんですか……」
「ん? ああ、これはお上からの心配りらしい」
「え?」
「ああいや、ちょっと明石の所に行ってくるよ」
「今度は何を依頼するつもりなんです?」
若干呆れつつも期待を隠しきれずやや上ずった声で訊く大淀に対して提督は言った。
「戦力確保の安定化。これができないか確認してくる」
「戦力確保? 建造機の改良を依頼するんですか?」
「いや、建造機をどうしようとかは今のところ考えてないよ。なんていうかアレはもうああいうものなんだっていう認識が強いから」
ゲームの艦これにおいて建造は序盤こそはシステムとして重要な要素であるが、提督くらいの古参プレイヤーになると最早それはデイリー任務をこなすためだけの死に機能であった。
なにしろ実装されている艦娘の数に対して建造で入手できる数が圧倒的に少ない。
海外艦に至っては記憶している限りではドイツの駆逐艦しか通常の建造では出なかったはずだった。
しかも二人だけ、しかもそれらを建造するにはどちらかを秘書艦にした状態にする必要がある。
もうアホかと提督は思っていた。
ガチャ要素がありながらこんなにつまらない状態をよく続けているものだと悪い意味で感心すらしていた。
大型建造はまだ良い。
大量に消費する資材は痛いがそれでもアレだけは未だに使うときが若干楽しかった。
―――というもろもろの理由で提督は建造のシステムに対しては関心がすっかり薄れていたのであった。
故に提督が言った戦力の確保とは……。
「装備の開発機の改良ですか」
「正解。投入する資材の量で変わるだけだと不安定すぎるから。せめて最初から装備のカテゴ……種類の固定化くらいはできるようにしたい。ここだと秘書艦でどうやって効果出すのか分からないから」
「え? 私が何か?」
「いや、こっちの話。それじゃ行ってくるね」
提督の背後で最後の言葉に不思議そうに首を傾げる大淀に執務室の留守を任せ、彼は明石の工廠へと向かった。
「これはこれはようこそお越しくださいました! と、妖精さんは言っています」
「うん」
(目には見えても妖精の声は艦娘にしか聴こえないっていうのはちょっと不便だな)
僅かな不満を心中に浮かべながら提督は出されたお茶(?)を手に取る。
前回の件で提督は妖精の世界で名前が知られるようになり、今ではこうして顔を出すだけでお茶まで出して出迎えられるようになっていた。
提督は依頼を口にする前にせっかく出してくれたお茶(?)に口をつけようとしたのだが、それを湯呑を口元に近付けた時、何か素人でも解るほどの普通のお茶ならざるものを感じた。
「ん……? これはお茶?」
「それは妖精汁です。妖精さんが提督とはいえ人にお茶を出すなんて滅多にないんですよ。提督、これはとても名誉なことです」
「ん……」
きっと身体に害などあるはずもなく、妖精の方からの厚意であるので不味いということもないだろうと提督は思ったが、そのセンスに欠けた名前の飲み物に提督は一瞬閉口した。
飲んでみると名前はアレだがかなり美味しかった。
お茶のようで仄かに甘く、そしてどれだけ時間が経っても温かさを保持し続ける。
正に超常の存在である妖精に相応しい産物であった。
「んむ……」
一口二口お茶を啜ると提督は早速本題を切り出してきた。
テーブルの上ではまだそんなに減っていないというのに接待役と思しき妖精達が速やかに減った分を注いでいた。
「今日また来たのは開発機の改良をお願いしたいんだ」
「か、開発機ですか……」
この提督のことだからもしかしたら建造で任意の艦娘が出せるように、なんて不穏なことを言ってくるのではと不安に思っていた明石はその言葉を聞いて少しだけ胸を撫で下ろした。
しかしそれでも開発機に触れてくるのもなかなかの事だった。
開発機は建造機に次ぐ妖精の技術の粋のようなものだ。
これに手を加えてほしいというのだ。
建造機に触れるほどの冒険ではなかったが、案の定、妖精は浴場の依頼のときとは違う硬い表情をしていた。
「提督、妖精さんはこう言っています。建造機を含めてあの機械に人間が言及するのは感心しない、と」
「ふむ」
意外に提督はその返答に顔を曇らせたり、戸惑ったりすることはなかった。
その様子からこの回答は最初から予想していたらしい。
それ故か目の前にコインを積んで揺さぶるということもしなかった。
(ま、アレは艦これというゲームの根幹を成すものの一つみたいなものだからな。入渠は高速修復材とかあったからある程度は可能性を見込んでいたけど、これはやっぱ無理だったか)
提督は「まぁそうか」と短く言うと湯呑に口を付けてテーブルに戻す。
その際にさり気なく不躾な事を言ったお詫びとサービスに対するチップも兼ねてコインを数枚置いた。
「了解。それならこれはどう? この工廠と明石が使う道具を含めた大幅な改善或いは強化」
「えっ」
まさか妖精への依頼に自分が絡んでくるとは思っていなかった明石は、提督のこの話の内容に目を丸くした。
明石の様子に提督は苦笑しつつも「悪いけど」と一言添えて、話を続けるために彼女に通訳を促した。
「あっ、す、すみません。えっと……あ……。よ、妖精さんはこう言っています。具体的にどれくらいの規模の改善を希望なんですかって」
「うん、それは……」
提督の要望はこうだった。
1、何れ彼女に依頼する装備の改修において通常必要な改修資材、所謂ネジの必要量の軽減化(三分の一)を設備の強化によって実現すること。
2、依頼を実行するにあたって工廠の主な使用者である明石と綿密に打ち合わせをする事。
今回は浴場の時よりは条件は少なかったがそれでもめちゃくちゃだった。
その原因は主に消費するネジの軽減化であったのは言うまでもなく、三分の一という提督の要望には流石の妖精も真っ白になって固まった。
提督はその隙を逃さず、硬直から回復して妖精が返事を渋る前に以前提示した額と同じだけのコインを素早く出した。
だが流石の妖精も今回はそれでも首を縦に振ろうとはしなかった。
提督の先手によってどうにか即拒否は封じていたものの、どう理由を付けて断ろうか苦しんでいる様子だった。
因みに苦しんでいたのは態度ではネガティブな雰囲気を醸し出しながらも、目はしっかりコインに釘付けだったからだ。
本心ではコインは凄く欲しいが、今回の依頼は技術的に本当に難しくて自信がないようだった。
故に断腸の思いで苦渋の決断を妖精が明石に伝えようとしたときだった。
「これは前金です」
提督の渾身のストレートが炸裂した。
「依頼を達成してくれたら同じ額を成功報酬としてさしあげます」
それは運営から消費したコインを還元してもらったからこそできた芸当であったが、保有していた全ての家具箱も開けて実現した嘘偽りのない提督の全財産だった。
そして、結局今回も妖精は提督の依頼を受けることにした。
その要因は、衝撃の言葉に再びフリーズした時に見てしまった提督の言葉に感激して流した盟友明石の涙であった。
「提督……」
この世界の妖精は艦娘、特に明石には弱いようだった。
はい、これで提督は全てのコインを消費したわけですが、また運営はくれるかな?
流石にそんな虫が良い話はないかな?