足柄と酒を飲んでいる話
「うにゃぁあああ♪」
空になったジョッキを笑顔で振ってお代わりを希望する足柄。
そんな彼女を提督は半分呆れ顔で眺めていた。
「酔ってるねぇ。大丈夫?」
「わったしが大好きで、その逆に大好かれている提督と飲んでいたらこうもなるわよ~」
「大好かれている……」
聞き慣れない日本語に自然に首を傾げる提督。
確かに足柄は艦娘の中で唯一と断言できる偽りなく好きと断言できる女性だ。
だがこうして彼女と二人だけで飲んでいると、その人からノンストップで飛んでくる言葉と反応の勢いには、嬉しさを感じる前に戸惑いを感じてしまう。
決して不快ではなく、寧ろ新鮮な驚きが心地良いのだが、少なくともそれを受けた瞬間はただただ動揺が純粋に勝るのだ。
好きな人と触れ合うのはこういうことはよくあるのだろうか。
足柄の向かいの席で新たなビール缶の封を切り、ズズッとそれを啜る提督は程よく感じてきた酔いの心地良さを感じながらそんなことを考えていた。
「オイ、提督! 酒が進んでおりゃぬぞ!」
「まぁ足柄よりはね。でも俺も楽しく飲んでるよ」
「あぁしよりも飲んでないやん!」
「そうなってもよいけど朝起きたことを考えるとね」
「そんにゃことかんあえてら酒にゃろ飲めゆの!」
「うんうん、取り敢えずお茶とかコーヒー飲まない?」
結構な酔いっぷりを発揮してきた足柄に少ない危うさを感じた提督はやんわりと細やかな酔い醒ましを提案する。
だが足柄はそれを不服とでもいうように提督から注がれた酒を啜りつつ述べるのだった。
「や! せっあく気持ちよく酔ってるのに!」
「でも結構重く見るよ」
「にゅ?」
「まぁ気分良いのも解るけどさ」
赤い顔で可愛く自分の疑問に首を傾げる足柄に提督は苦笑する。
さて、これは一体どうしたものか。
足柄には頼りになる姉妹(うち一人は自分のせいでちょっとアレな方向に進んでしまったが)が3人もいる。
故にどれだけ彼女がへべれけになったとしても彼女達を頼ればなんとかしてくれるだろう。
だがだからといってせっかく楽しそうにしている彼女の気分に水を指したくもない。
こういうのは調整と気遣いが大切なのだ。
(って、そんなこと考えている俺はなんだってんだってな)
楽しいのに小さく感じる緊張。
楽しいのに好きな人だから何か気を遣ってしまう。
同性の親友と酒を交わしているときはこんなことなかったのに、自然に自分を律して雰囲気に抗う反応をしてしまう自分に提督は心の中で溜息を吐いた。
「はぁ……」
「ぁ……」
「?」
聴こえなかったかもしれない、気の所為だったかもしれない足柄の小さな声と変化に提督は確かに気付いた。
それを感じた提督が彼女を見ると、その人は酔っていて感情が昂ぶっていた影響も確かにあっただろうが、自分を見てポロポロと涙を零していた。
「えっ、ど、どうしたの?」
「ぐす……だ、だっえ、ていろくが溜息を吐いあから……」
「え?」
「あらしが嫌になっらのかなって……」
「あぁ……」
提督はそんなことないよと正直に言うが、足柄はだったら楽しそうにしてよ笑ってよと向かい合う提督に詰め寄って乞う。
そんな彼女に提督はどうしたものかと悩んだ挙げ句に缶にまだ十分に残っていたビールをできる範囲で一気に煽った。
その急な飲みっぷりに足柄は思わず目を丸くして駄々を潜めた。
「え、だ、だいじょろうぶ?」
おいおい、人がせっかく酔いに逃げる為に一気飲みしたというのにそれを言うか、と提督は思ったが、幸いにして勢いよくビールを飲んだことで許容できる範囲に彼もアルコールに依る、良く言えば前向き、悪く言えば短慮な方向に気分が傾いてきたのを実感した。
「……大丈夫だよ。ちょっと俺もまだ酔いが足らなかったみたい」
「え、で、でも無理に酔って私に合わせてくれなくても良いのよ?」
「大丈夫。せっかくだから楽しまないとと思ったからさ」
「無理してない?」
「こっちこそ俺のせいで楽しい気分冷ましちゃってごめんね?」
「そんなこと!」
言葉の呂律が正常になっていたことで酔いが覚めてきていたのは確かだったような足柄であったが、提督の謝罪にはブンブンと勢いよく首を振る。
「私は提督とお酒を飲めて本当に楽しいわ!」
「そう?」
「うん!」
「じゃあ俺も」
提督はお詫びと仲直りとでも言うように缶を足柄に突き出した。
それを見た足柄は心得たとばかりに微笑むとその缶に自身の杯を当てる。
「かんぱいっ」
「乾杯」
「カンパイ」
「ひゃあああ?!」
不意に割って入った新たな人物の声に提督は座ったままのけぞり足柄は軽く悲鳴をあげた。
二人が声がした方をむくとそこには恨めしそうにいつの間にかちゃっかり自分の杯を持った山城がいた。
いったいいつの間にその場に割り込んでいたのだろう。
手に持っていたお猪口には透明の液体が注がれていた。
恐らく日本酒だ。
見ると提督と足柄が囲っていたテーブルにはそれと思しき一升瓶が置かれていた。
「……楽しそうな声がして気になって……」
「そ、そう。別に良いわよ」
「ね、提督」と言うように即興で立て直したにしては感心するほど愛嬌を感じる顔で提督にウインクをする足柄。
それを見た提督も同意とばかりにウンウンと頷き返すのだった。
「なんだ、混ざりたかったら普通に入ってきたら良いのに」
「ノックしたわ……」
「えっ」
「戸を叩いたけど反応がなかったから覗いてみたら二人共気付いてなくて……」
「あ、あー……」
これはしまったと提督は思った。
足柄は良い感じに酔っていたので気付けなくてもおかしくはなかった。
けど自分はまだ彼女ほど酔っていなかったにも拘わらず気付かなかったのだ。
これは飲み相手の足柄にも部屋を訪れた山城にも申し訳なく思ってしまう。
そして対する足柄も気持ちは同じようで、彼女の方はノックの音に気付かないほど自分は泥酔して注意が散漫になっていたのかと軍艦らしく反省の色を濃く表していた。
しかしそんな二人に対して山城は不満を口にするでもなく、寧ろ強かさを行動で表してきた。
彼女は此処こそ好機とばかりに提督の袖を引いて言ったのだった。
「提督」
「あ……? あ、うん?」
「どうぞ?」
「え」
何となく上目遣いに感じる山城を見ると、自分の手元には山城が持っていたのと同じお猪口が置かれていた。
そして彼女の手にはテーブルに置かれていた一升瓶。
提督は手に持っていたビール缶を置くとそのお猪口を持って有り難くお酌を待つ姿勢を取った。
山城はそれを認めるとまんざらでもなさそうな雰囲気で微妙に喜びを隠しきれず口の端を微妙に震わせながら、器用に大きな一升瓶から提督のお猪口に酒を注いだ。
「どうぞ……」
「ありがとう」
提督は恭しい態度で一度そのお猪口を山城に向けて軽く掲げるとぐいっと一息で飲んだ。
あれ、足柄との飲み会の話だったのにちょっと山城の色が濃い気がする。