そして朝潮は朝潮だった。
だからこそ容易に予想できた展開が提督の目の前で起こっていた。
「霞! 司令官をクズ呼ばわりするのはやめなさい! 失礼にも程がありますよ!」
「クズだからクズって言ってんじゃない! 私聞いたんだから。この提督はまともな指揮もしない癖に私達を怒鳴り散らしていたんでしょ!」
「だ、だからそれは前の司令官さんでして……」
「皆、一回落ち着こ! ね?」
駆逐艦を4隻迎えるという目的は達成できたが、その結果提督は頭痛の種も獲得した。
執務室がこのようにとても賑やかになっていた。
「おい、お前らうるさいんだよ! ちょっと遠征でも行って来て頭冷やしてきたらどうだ」
「そんな事言って私達が留守の間に他の子にいかがわしい事する気なんでしょ!」
「なんでそういう考えになるんだよ?! ……あ、俺がいい歳したオジサンだからか」
「えっ……あ、うん……。ごめ……っ、そ、そうよ!」
(今素直に謝ろうとしたのです)
(霞、オジサンがそんなに苦手だったのかな……)
「霞! 司令官をオジサンだと思っているんですか! 司令官は司令官です! オジサンである前に私達が尊敬し命を預けるべき艦隊の指揮官なんですよ!」
「朝潮ちゃん、提督がオジサンである事は認めているみたいですね」
「本人には言うなよ。自覚ないみたいだから」
「お優しい事で」
「ああいう真面目なタイプが一番打たれ弱いんだよ。まぁとにかく……ちょっと龍田を呼んで」
新しく生まれた軽巡は龍田だった。
提督は大淀に指示して龍田をこの騒がしい部屋に招き入れると眉間を押さえながら言った。
「悪いけど、この4人連れてちょっと艦隊護衛の遠征に行ってきて」
「あらぁ? でもその遠征4人でも可よね? 資源とか節約したいならそっちの方が良いと思うのだけど」
「お前はまだ練度初期値のままだろ? ちょっと遠征に行くだけでも経験積んで強くなるから」
「あら? それなら午後の部の演習に私を入れて、私より練度が高い川内ちゃんや五十鈴ちゃんのどちらかを行かせた方が良くない? 平均的に練度を上げたいなら寧ろ私はこっちを推すわぁ」
「うーん……」
提督は龍田の提案に腕を組んで考える。
確かに今の龍田なら遠征に行かせるよりも演習組に参加させた方が経験値の入りは良かった。
(えーと、駆逐艦全員と軽巡一隻がいなくなるわけだから、その場合だと午後の演習に参加するのは……羽黒、川内、龍田の3人だけか。勝率はまぁまだ全員レベル低いからそんなに変わらないかな。寧ろ編成人数が少ないから個々に入る経験値は美味しい、か)
提督はチーンという擬音が見えそうなシンキングタイムを終えて結論を出した。
「よし、それじゃそうするか。大淀、今からあの4人に話をするからそれが終わったらぁ……ん、五十鈴にしよう。五十鈴にあの4人預けてさっき言ってた遠征に行かせて」
「承知しました」
提督は大淀に指示をして新たに予定を作ると、まだ騒いでいる駆逐艦の4人に向かって手を叩き自分に注意を向けさせた。
「はい注目注目」
「はっ!」
「……なによ」
「はい、なのです」
「はーい!」
若干一名を除いて元気な返事をして提督の方を駆逐艦達は向いてくれた。
「今から君たちに、後で五十鈴にも合流して貰って遠征に行ってもらいます」
「えっ……遠征は今日はもうしないって……」
「ごめん皐月。恨むなら霞を恨んで」
「んにゃ?!」
思わぬ責任という名の矛先に霞は舌を噛んでたじろいだ。
「はっ! ご命令とあらば!」
「仕方ないですね……」
迎え入れたばかりの朝潮はともかく電にも悪いと思いながら提督は話を続けた。
「今日の遠征は本当にこれで最後にするから宜しくね。霞も来たばかりだからな。こんな方法だけどちょっと気晴らしがてら行ってこい」
「むぅ……」
「その代わり、予定外の突然の遠征だから戻ってきた時に俺からちょっとした報酬をあげるよ」
「報酬……?」
「ご褒美のことだよ電!」
「そ、そんな勿体ない!」
「嘘ね! ご褒美をあげる提督なんて聞いた事ないわ!」
「いや、本当だって……。んじゃその証拠にあげる予定の現物を今見せよう。それは……これだ」
提督はポケットに手をやると何かを取り出し、何やら小さな塊を机に転がした。
それは様々な色や模様、素材でできているサイコロだった。
駆逐艦達は知識としてサイコロは勿論識っていたが、こんな見た目のサイコロがこの世に存在するという発想がそもそもなかったので、初めて見るそれに一斉に提督の机の前に集まって物珍しそうなキラキラした目でそれを見るのだった。
「て、提督っ。それってサイコロ?」
「そ。でもこんなの見たことないだろー?」
「こ、こんな綺麗で不思議な模様のサイコロなんて電考えたこともないのです!」
「……」
「……」
霞と朝潮の二人は机の上のサイコロの中で無意識に一番目を引いたサイコロを手に取って、食い入るようにそれを見つめながら掌で転がしていた。
「それ、遠征から戻ったら好きなものを一人1個あげます」
「!」
その言葉に霞まで含めて4人がビシリと整列して提督に敬礼して彼の命令を拝命した事を表した。
提督はその反応に満足して「それじゃ外で待っている五十鈴と合流して行ってらっしゃい」と手を振って彼女達を送り出した。
4人が退室し、やっと厄介事が片付いたとばかりに提督は椅子の背もたれに体重を深く預けたが、そこで「あっ」と何かを思い出し傍らに居た大淀に目を向けた。
「この話、後で五十鈴にもしといて。まぁ流石に軽巡はこんなのは……」
「代わりにジュースでも奢るか」と言おうとした提督だったが、彼の口からそれが出ることはなかった。
話の途中で提督は何やら熱い視線のようないつもと違う艦娘の気配を感じたのだ。
「……」
「……」
大淀に加えて龍田までもが提督が取り出した机の上のサイコロを凝視していた。
(マジか……。初めて見るものとはいえ、ここまで興味を引くものか)
「欲しい?」
その一言で二人はハッとした顔をして覚醒した。
それぞれつい我を忘れてそんな小さな物に目を奪われていた事に恥ずかしさと居心地の悪さを覚えていたようであったが、先に口を開いたのは龍田だった。
「くれるの?」
「ああ、こんなので良かったらいいよ。この鎮守府の歓迎祝いって事で」
「じゃ、これ1つ貰うわ。フフ、ありがとう提督」
龍田が手に取ったのは透明な青色の中に七色の星のような粒が幾つも輝いているように見える物だった。
龍田はそれを指で摘んで眺めながら時折、やはり嬉しそうに微笑んでいた。
「大淀は?」
「えっ」
「大淀も良かったらあげるよ。今まで俺を助けてくれたのは間違いないしね」
「で、でも……」
どうやら欲しいのは間違いないようだ。
彼女が気にしているのは恐らく自分が貰うことによって駆逐艦達が欲しがっていたサイコロが減ってしまう事と羽黒と川内が貰う機会を得ていない事だろう。
それを察した提督は大淀に言った。
「大丈夫。まだ同じのは幾つも持ってるし、川内と羽黒にも適当に話を振って希望するならあげるから」
「そ、そうですか? で、では……」
大淀はちょっと上目遣いで一度だけ遠慮がちな目で提督を見ると、慎重な手付きでサイコロを1つ手に取った。
大淀が選んだのは見た目は透明なエメラルド色だが、見る角度によっては青にも少し黄みがかっているようにも見える本体の色が変化して見える物だった。
二人はそれぞれ嬉しそうに提督に貰ったサイコロを眺めていた。
提督はその光景を眺めながら思わぬ所で得た艦娘からの好感触に密かに心の中で「そんな大した値段もしないもので……」と若干同情するのだった。
サイコロ表記にするかダイス表記にするか少し悩みました。
そして提督の趣味の1つはTRPG