槍に貫かれた魔獣が、声無き絶叫を上げる。
「はぁはぁ……。流石にズタボロだ……」
最後の一匹の消滅を確認した杏子は、そのまま膝落ち仰向けに倒れた。
大きく動く胸元のソウルジェムは、どろどろとした漆黒が渦巻いている。
「なんだこの色。流石にもうオシマイっぽいな……。くっ!」
その漆黒が増殖するにつれ、沸き上がる恐ろしい寒気と不快感。全身の感覚が無くなっていく。吐き気と眩暈に体が震える。漆黒に塗りつぶされる……!
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ」
そんな杏子に声が掛けられた。苦しみに眉をよせる杏子の顔を上から覗き込むように、桃色の魔法少女が浮かんでいた。桃色の短いツインテールが揺れる。
「よくがんばったね。杏子ちゃん」
「魔法少女?アンタ、一体……」
「だいじょうぶ。因果はわたしが引き受けるよ」
桃色の魔法少女は、やさしく微笑んだ。
次の瞬間。杏子のソウルジェムから、その本来の深紅の輝きが溢れだす。その輝きの中、杏子は意識を失った。
*****
夕刻。教会敷地内の大木の下で、数人の子供たちが肩を落としていた。
「きょうこねーちゃん、今日も来なかったなー」
「マミさんが忙しいんだよっていってたじゃん?しかたないよ」
「そのうち、いつもみたいにお菓子いっぱい持ってきてくれるって!食うかい?って!」
子供達が笑いあう。
「じゃあ、かえろーぜー」
「そーな。きょーこねえちゃんにほめられないと、お菓子おあずけだぜー」
夕日によって長く伸びた影を引きずりながら、子供たちは教会に戻っていく。
「教会、孤児院になってたんだね。杏子ちゃんが頑張ったから、みんな無事だったんだよ」
そうした光景を杏子と一緒に眺めていた桃色の魔法少女がぽつりとこぼす。
「そっか、よかった。ほんとよかった。無理した甲斐もあったよ」
独り言ちる杏子に、桃色の魔法少女が相槌つ。
「なあ。私、死んだのかい?」
「う、うん。そうなるかな」
「アンタ、いったい何者さ?」
杏子の問いかけに、桃色の魔法少女は寂し気に視線を下げる。
「初対面になるよね。私は鹿目まどか。まどかって呼んでね?杏子ちゃん!」
そんなまどかを見て杏子は眉をよせる。なんだろう?胸の中がもやもやする。
「アンタがお迎え役なのか?」
「あ、うん」
「ご先祖様にはみえないけどな」
「はわわ!そうじゃなくって!私は魔法少女専門っていうか、その……」
「ああ、マミさんのいってた円環の理ってやつ?」
「あ、それです。それなんですけど、そうじゃないっていうか……」
「?」
よくわからない中二存在に昇華されたのは、まどか的には困った案件だった。そんな複雑そうなまどかの顔を、杏子は不思議そうに眺める。
「無理しないって飛び出してこれだしな。マミさん、怒ってるだろうな」
「…………こと、ない」
「うん?」
「そんなことないよっ!教会を守り切った杏子ちゃんは立派だったって!誇りに思うって、泣いてたよっ!」
「マミさんが?」
「そっちでゆっくり休んでって!私もいくから待っててねって!」
「マミさん……」
涙ながらに訴えるまどかの言葉に、杏子も思わず、じんと来る。
「マミさん、ずっと泣いてるんだよ?可哀想……。うううっ!」
へんなスイッチがはいったのか、まどかが、よよよと泣き出し始める。
「おい。可哀想なのは私だろ?」
そんなまどかを、杏子はじとりと眺めた。
「ふぇっ?!杏子ちゃんは、コッチ来ちゃったし?だいじょうぶ!すっごい楽しいと思うよ?みんな一緒だしね。さやかちゃんも待ってるよ!」
「さやかのやつが?へへっ、楽しみだな」
人差し指を顔の横で揺らしながら、まどかがいたずらっぽく微笑む。杏子は懐かしい顔を思い出し、目を細めた。
――しっかし、このトロそうなのが、そんな大した存在とはねぇ
ご機嫌そうなまどかを、杏子はまじまじと観察する。
「やれやれ、まぁいいや。じゃあ、さっさっと案内してくれよ、まどか。……んん?」
「ん?」
なんだろう。なにか引っかかる。不思議そうなまどかの前で、杏子は首を傾げて記憶を探る。
「まどか、まどか……。ああっ!」
「どうしたの?杏子ちゃん!」
「こりゃ驚きだ。ほむらの言ってた事は本当だったのかよ……」
「ほむらちゃんから、なにか聞いたの?!」
「ああ……」
まどかの問いかけに、杏子は頷いた。
*****
――廃墟と化した教会。
座り込んだ杏子は立てた膝で顔を支えるように、力なく丸くなっていた。しとしとと降る雨を、ぼんやりと眺める。
「……あんまりな状態ね」
そんな杏子に、ほむらがゆっくり近づきつつ声を掛けた。
「ほむらか。何しに来たのさ」
「様子を見に来たのよ。はい、これ差し入れ」
「しばらく、一人にしておいてくれ」
「……さやかが逝ってから、ずいぶん経った。そんなにふさぎ込んでいるのは、よくないわ」
「いいからほっておいてくれよ!」
ほむらが気にかけてくれているのはわかる。でも、沸き上がる苛立ちはどうしようもない。
くそっ。杏子は、顔を背け肩を落とす。
「さやかと一緒なら、大事なものを取り戻せると思ったんだ……。でも、あいつは逝っちまった」
雨音に消されそうな杏子の小さな呟きに、ほむらは視線を下げた。
*****
「……さやかの事なら、心配要らない」
雨音だけの、長く重い沈黙の後。ほむらがぽつりと呟いた。
「ソウルジェムを浄化しきれずに消えた魔法少女は、彼女の元に逝くのだから」
「彼女?」
「ええ。神となって、世界から消えてしまった魔法少女。まどかが恨みに濁ったソウルジェムを浄化して導いてくれるわ。だから、さやかのことは心配いらない……」
「…………」
目を潤ませてぽつりぽつりと語るほむらを、杏子は目を丸くして、まじまじと見つめる。
「んっ!その目……。全然信じてないでしょ?」
「え?いや、ほむらが嘘をつくとは思ってないよ?思ってないけどさ……」
柄にもなくマミさんみたいな事をいいだしたほむらが、正直杏子には面白かった。顔のニマニマが隠せない。
ほむらの視線の温度がだだりと下がる。
「でも慰めるにしてもさ、もうちょい言い様はあるんじゃないかとは思うよ?」
「くっ!」
笑いをこらえてへんに歪んだ杏子の顔を、赤面したほむらが睨む。
「い、いや!ほむらがそこまでしてくれるなんてさ。あ、ありが……ぷふっ!……とぅな……っ!」
ほむらの反応もツボに刺さり、杏子は笑いださないようにするのが精一杯。だが堪えれば堪えるほど、ますます面白くなってしまうものだ。肩が震え、笑いがこぼれる。
「……そこまでいうなら全部話してあげるわ」
「!」
異様な圧を発してゆらりと立つほむらに、笑いが引いた杏子はつばを飲む。
「いい?長い話になるわよ。杏子、覚悟して頂戴ね」
「お、おい!なんなんだよ……」
じりじりとにじり寄るほむらに、やはり杏子もじりじりと後ずさる。が、壁に追いつめられる。
「ひっ!」
迫るほむらに、杏子は目を見開いた。
*****
チュンチュン。
いつの間にか雨は止んでいた。朝焼けの中、小鳥が飛ぶ。
「……そうして彼女は、この世界からいなくなってしまったの」
「それがまどかね……ふぁ」
語り終えたほむらは悲しみテンションマックスで、ぐずぐずと泣いている。暫く寝てなかった杏子は、なんだかあんまりな状況に久しぶりの眠気を感じていた。
「キュウべぇのやつが、ほむらはイレギュラーだっていってたしなぁ。まぁ信じるよ?アッチにいくときの楽しみにしておくさ。つーかもう夜明けだし、さっさと寝ようぜ……っておい?」
「……か……どか」
さっさと終わらせて眠りたい杏子が、場をお開きにしようとほむらに声を掛けた。ほむらは俯いて座り込んでいたため、垂れ下がった長い髪に隠れその表情は見えない。肩を震わせブツブツつぶいている。
不穏な圧を発するほむらに、杏子は眉をよせた。
「お、おいっ」
「まどかに会いたいよう……!ふぇええ」
「な、なにぃ!」
杏子が恐る恐るほむらに声を掛けると、いきなりほむらは泣きながら絶叫しだした!
「まどかは優しすぎるのよ!それにどこまでも真っ直ぐで……。あんな願いをして、人じゃなくなってしまったのよ?魔法少女は救われたけれど、そんなのってないじゃない!私はっ!まどかには人として、しあわせになってほしかったのにっ!!いっしょに……しあわせになりたかったのにっ……!」
「わかったから、もう泣くなって……」
涙ながらに堰を切るきるように訴え続けるほむらを、杏子はなだめにかかるのだが。
「わかってないわ!ちっともわかってない!!わたしがどんな思いでどれだけ戦い続けたと思ってるのよ!」
鬼気迫るほむらが杏子を睨む。まったくもって火に油。藪蛇だった。あちゃー。杏子は天を仰ぐ。
「あの娘はね……。明るいけど、弱気で人見知りでどんくさくって、そこが可愛くって!でも人を助けるためなら、どこまでも強くて!はじめて助けてくれたときの、まどかの凛々しさったら、もう!」
いつの間にか頬に手を当て、体をクネクネさせだすほむらに、杏子は目を瞬かせる。なんかもう、いろいろついていけない。ただただ、寝かせてもらいたい……。
「…………」
そんな無表情に固まる杏子を、半眼のほむらは不機嫌そうにねめつける。
「まどかがどれだけ凄いのか、きっちり教えてあげるわ!」
「ひいぃ!」
ほむらは逃がさないとばかりに杏子の腕を、がしりと掴む。杏子は恐怖に表情を歪めた。
*****
「そんなことがあったんだ……」
「そっから翌朝まで惚気倒しだぜ?ほんと酷い目にあったよ……」
杏子は肩を竦める。
「徹夜で変なテンションになったのかもな。まぁ正気にもどったほむらにとっちゃ、とんだ黒歴史だったみたいで、ずいぶん楽しませてもらったけどさ」
――ちょっと杏子!その話は言わないでっていったでしょ!
真っ赤になって慌てふためくほむらを思い出し、杏子は笑いをこぼした。
「ほむらちゃん、あんなに一生懸命になって……」
「ん?見てるようにいうじゃん?」
俯いてブツブツいいだすまどかに、杏子は眉をよせる。
「私はね、この宇宙の過去と未来、起こるかもしれない世界の全ての事が全部、観れるんだよ」
「へーすごいな。どんくさそうなのに」
「……だって」
「ん?」
「私だって、ほむらちゃんに会いたいよう!ふぁああん!」
「なにぃ!」
突然泣きながら絶叫するまどかに、杏子が仰天する。
「ほむらちゃんは美人さんでクールで、運動でも勉強でもなんでもできて、とっても強くって!でも本当は……泣き虫で意気地なしで人見知りさんで、どんくさくってとっても可愛い女の子なんだよ?私を助ける為に無理して、無理し続けてああなってしまって……。もちろん、クールなほむらちゃんもとっても素敵だけれど……。ほむらちゃんは、がんばりすぎなんだよ。ずっと、ずーっと1人でがんばり続けて、今でもまだがんばってる。ぐすっ!私なんかの為に、そんなにがんばらないでよぅ!ふぇえん」
泣きながら堰を切るように語り続けるまどかを、杏子が呆れたように眺めた。
「やれやれ……。あんたらが似たもの同士ってのはよくわかったよ」
「!」
肩をすくめた杏子の言葉に、まどかがびくりと反応する!
「私とほむらちゃんは……。ちっとも似てなんか、ない!」
まどかは杏子を激しく睨みつける!
「ほむらちゃんは人と距離をおくようにしてたから、杏子ちゃんはわかってないんだ!ほむらちゃんは私なんかより、ずーっと素敵なの!どれだけ素敵な娘なのか……じっくり教えてあげるよ!!」
「ひいぃ!」
異様な圧を発しつつまどかが杏子の腕を、がしりと掴む。杏子は恐怖に表情を歪めた。
「い、いやそれはいいからとりあえず、さっさと導いてくれよ……。さやかに挨拶でもしないと、な?」
繰り返されようとする惨劇を回避しようと必死の杏子の杏子に、まどかがにっこり微笑みかける。
「コッチでずっと一緒だから、慌てなくていいよ!杏子ちゃんからほむらちゃんのこと、たくさん聞きたいかなって!」
「いやいや!さっき、全部観れるっていってたろ?勝手に観ろって!」
「ウェヒヒッ!」
抵抗する杏子を、まどかは微笑みながらずりずりと引きずる。
やばい。コレはやっぱり、それなりの存在なのだ。少なくとも魔法少女である杏子にとっての絶対的存在。逆らえるはずがない……!
口を三日月に微笑ませ、まどかはそのまま杏子を引きずりつつ、闇に消えた……。
おかしい……
怖い。なんか怖い
まどかの呼び声みたいになったった!なぜに?
ひぐらしと、ニャル子(再放送)のせいだと思います!