IS<インフィニット・ストラトス> 願いの果てに真理在れ 作:月光花
今回はリーグマッチの前の話です。
では、どうぞ。
Side Out
「ふぅ……」
普段より少し重い足取りで廊下を歩き、寮の自室のドアを開けて息を吐く。
普段から疲れている様子を他人に見せないように注意しているが、今だけは少し無理そうだ。ルームメイトがいるとはいえ、自室の中くらいは気を休めてもいいだろう。
「おかえり……終わったの?」
「ああ……手続きに必要な書類は全部片づけた。他にも色々とやることがあるから、あの機体……『エクリプス』を扱うのはまだ先の話だがな」
部屋の真ん中に置いた座布団にちょこんと座り、テーブルの上に本を広げていた更識が少し心配するような顔で尋ねてきた。
まあ、心配するのは普通かもしれない。
現時刻は21時30分。まだ消灯時間ではないが、部活に所属している生徒でもここまで帰宅時間が遅い者はいないだろう。
ちなみに、オレと更識、そして山田先生がアリーナの格納庫で保管されていたIS、機体名『ラピエサージュ』から名を変えた『エクリプス』を見つけたのはおよそ17時。
それから今に至るまでの約4時間半。オレは校舎の中である作業をしていた。
それは、『エクリプス』の所有権をオレに委託することと、『エクリプス』をオレの専用機として登録する手続きである。
外界からの干渉を一切拒絶するようになった『エクリプス』のコアは、何気なしに触れたオレに反応を示し、数年ぶりにその機能を復活させた。
何故オレに反応したのか……その理由など誰にも分からない。男性IS操縦者という元々稀有な存在故なのか、偶然なのかさえも。
ただ、どうやら『エクリプス』が反応を示すのは現状でオレだけのようで、更識、山田先生、織斑先生には変わらず無反応を貫いていた。
モンド・グロッソの優勝者が相手でも手が触れた瞬間に一瞬で発光を閉ざすとは、今まで通りとはいえ随分と度胸のあるISである。
とはいえ、今まで動かないはずだったISが突然動き出したとなると、無視はもちろん、無かったことにも出来るはずはない。
良かれ悪かれ、様々な形で世界中のあちこちが動くことだろう。だからこそ、この事態には可及的速やかに手を打つ必要があった。
そこで出された提案が、『エクリプス』をオレの専用機とすることだった。
幸いにして『エクリプス』は現状でオレにしか動かすことは出来ないし、誰も所有権を手にしていない。所属先やスポンサーを決めていないオレとしても、悪い話ではなかった。
どの国にも企業にも借りを作らず専用機を貰えるのだから充分に有り難い。
よって、善は急げと言うようにそのまま学園の一室に移動し、4時間以上もぶっ通しで様々な手続きを終わらせることになったのだ。
ISの操縦訓練に続いて4時間の書類仕事となると、流石に疲れも出てくる。
「更識、今から紅茶を淹れるんだが……お前も飲むか?」
「うん」
コクリと頷く更識から視線を外し、室内に供えられたキッチンに歩を進める。
お湯を沸かし、棚の中からポットに続いて外国の友人に送ってもらった紅茶の茶葉の1つを取り出す。
湯の熱が上がるまでの間にYシャツのネクタイを解き、制服の上着だけを脱いで一緒にクローゼットに仕舞う。
そして、Yシャツ姿でキッチンに戻り、更識の視線に気を付けながら両手の皮手袋を外す。流石に、料理を作ったり茶を淹れる時は外している。
もちろん、他人の視線には十分に気を付けている。火傷は大分消えてきたが、誰だってこんな古傷だらけの手など見たくはないだろう。
100℃近い沸騰直後のお湯を温めておいたポットに注ぎ込み、2、3分ほど抽出してからカップに入れる。その際、ティーストレーナーを使って茶葉が入らないよう気を付ける。
さっそくふんわりとした香りが漂い、皮手袋を再び装着して2つのティーカップとポット、他にもミルクや砂糖などのティーセットをお盆に乗せ、更識の待つテーブルに置く。
「良い香り……」
「本職の執事に淹れ方を教わったことがあってな。免許皆伝とは言えんが、これだけで味や香りがかなり変わる」
一口含みながら香りを確かめ、内心でまだ届かんなと評価を下す。
だが、紅茶の香りと味のおかげで疲れた心に確かな安らぎを感じられた。
チラリと更識の方に視線を向けてみると、美味しいと小さく呟き、再びティーカップに口を付けた。どうやら、それなりに好評のようだ。
(何か茶請けでも作った方が良かったか……?)
「ねえ、大丈夫なの……?」
そんなことを考えながらもう一度キッチンに足を運ぼうとしたが、突然の更識の質問に持ち上げようとした腰が沈む。
見ると、ティーカップを両手に持った更識が顔を俯かせている。その表情は、疑問と不安が混じり合ったようなものだった。
「あのIS……『エクリプス』を動かすには、まだ色々な調整が必要なんでしょ?」
「ああ……何せ完成の前に開発計画が頓挫した機体だからな。駆動系や火器管制の他にも基礎的な部分も見直さないといかんだろうな」
外見はちゃんとした形をしているが、『エクリプス』はまだ“未完成の”機体である。
内装……システム面の方は全体的に古臭いOSばかりで、更新やら書き換えやらで手を付ける部分も多い。現状では満足に動かすだけでも困難だろう。
そのために、まずはシステム面の完成を急がなければいけない。
一応、入学時に渡された参考書の整備面の内容は頭に入っているし、PCの扱いや機械方面の知識はそれなりに心得ている。
だが、それでもシステムの殆どを再調整しなければいけないのだ。やれないことはないだろうが、時間が掛かる。手伝ってくれそうな生徒にはコネの1つも無いのだから、やれるのはオレだけだ。
「あの、それなんだけど……私にも、手伝わせて、くれない?」
紅茶を一口含みながら頭の中で大まかなプランを纏めていると、正面に座る更識が意を決した顔でそう言ってきた。
手伝う、というのは、言うまでもなく『エクリプス』のことだろう。
「……それは、オレとしてはありがたい話だが、いいのか? 放課後はアリーナで鍛錬をしているんだろう。それに、何故こんなことを手伝う……」
「いいの……今日、改めて考えたけど、根を詰め過ぎてたと思うし。ISの整備、なら、私も少しは得意だから、息抜き出来ると思って……」
なるほど、と頷き、再び紅茶に口を付ける。
根を詰め過ぎているというのは分かる。今日もだが、アリーナから戻って来た更識の顔は思い通りの成果が得られないせいで日に日にストレスが溜まっているようだった。
ガス抜きついでに手伝ってくれるというなら、オレとしてもありがたい。
「それに、ね……興味があるの。あのIS『エクリプス』がちゃんと完成したら、どれだけ凄い機体になるのか……」
そう言った更識の顔は、心の底から楽しそうな、子供のような笑みを浮かべていた。
それを見て、オレの中にあった微かな疑惑は消え失せ、どうするかは決まった。
「……分かった。それなら、よろしく頼む」
「うん!」
元気に頷いた更識の声を最後に、オレと更識は静かに残りの紅茶を飲んだ。
* * * * * * * * * * * * *
翌日、教室に向かう途中の廊下で、大型スクリーンに映された学園全体の連絡事項にオレの目が止まった。
『クラス代表
1年生から3年生までの何人もの生徒の名前が並び、その中の1年生の枠内に自然と目が向く。そして、そこに書かれている組み合わせは……
『1年1組代表、織斑一夏 VS 1年2組代表、凰鈴音』
「何ともまあ、狙ったような組み合わせだな……」
1年生のクラス代表の中で
「アンタ……」
横から掛けられた声に反応して振り向くと、そこにいたのは小柄な少女。
明るい色の髪を金色の髪留めでツインテールにしたソイツの名前は……
「凰鈴音、か……」
「そういうアンタは、アドルフ・クロスフォードよね。初めまして」
そう言った鳳はモニターに視線を戻し、自分の名前が書かれた組み合わせを見てよしっ! と拳を強く握った。
どうやら、えらく喜んでいるというか、燃えているようだ。
「そんなに織斑と戦えるのが嬉しいのか?」
「別に……昨日ちょっとした揉め事があってアイツに腹が立ってんのよ……まあ、昔の約束に甘んじたことへのしっぺ返しかもしんないけど」
苛立ちを隠そうともしない前半部分から、今にも泣きそうなほど弱々しくなる後半部分。何があったか訊くつもりはないが、転校早々忙しいことだ。
しかし、揉め事か……何故だろう、詳しい事情など何一つ知らないのに、あの鈍感さを知っているだけで織斑が悪いのではないかと自然と思考が傾いていく。
「それに訓練機相手じゃこっちも全力が出せないしね」
「全力というのは、やはり輝装のことか?」
「そうよ。一夏のやつ、最初の試合で輝装を修得したんだって? 付き合い長い私でも驚かされたわ。明らかに異常よ」
その反応は、オルコットとの試合を見ていた更識と全く同じ。
こいつや他の人間がどれだけの時間を掛けてその領域に辿り着いているのかは知らないが、輝装の修得がどれだけ難しいかはもう充分知っている。
「……ねえ、アンタはどうなの? 輝装の修得、出来そうなの?」
視線だけをオレに向けながら放たれたその言葉には特に感情は籠められていなかった。ただ、話の流れに乗って口から自然に零れた質問だ。
だが、オレはその質問に対してすぐに返答を出せず、数秒だけ考える時間を挟んだ。
「……何とも言えんな。一番近い答えを返すなら、“掴みかけている”というところだ」
返した言葉は、真実オレの心の中で最も正解に近い言葉だった。
その言葉を保証する心当たりなど思い浮かばないはずなのに、何故かオレの心は“出来る筈だろう”と呟く無意識の部分に背中を押されていた。
自分でもおかしなものだと思うが、実際そうなのだ。
「ふ~ん……掴みかけてる、ね……なるほど……」
「なんだ……?」
「何でもないわ。今の返答で充分よ……」
それだけ言って、鳳は一人だけ納得したような顔で立ち去っていった。
残されたオレは結局、自身の言葉に何の答えも見付けられず、モヤモヤした気持ちを抱えたままだった。
溜息を吐きながら頭を掻いて気持ちを切り替え、オレも教室へと足を進めた。
余談だが、教室で興味本位に織斑に“鳳のやつと何かあったのか?”と尋ねてみたのだが……何とも恐ろしいことに、やっぱり織斑が悪かった。
酢豚を毎日“作ってくれる”と“奢ってくれる”の違いはかなり大きいと思うぞ。いや、もし織斑が正しい文を覚えていたとしても、意味に気付けなければダメだが。
何で鳳が怒ったのか教えてくれ、と言われたが、当然拒否した。不憫に思えてしまうが、これは他人が勝手なことをしていいものではない。
しかし、今までも何度か鈍い奴だとは思ったが、此処まで来ると脳に未解明の障害でも抱えてるんじゃないのかアイツ。それとも、やはりホモか。
イカン、一瞬マジで背筋が震えた。今日から背中に気を付けよう。
* * * * * * * * * * * * *
「……更識、こっちは終わったぞ。次は何処だ?」
「ちょっと待って……コレと、コレ、最適化が終わったら一度見せて。私も、今やってる駆動系の最適化が終わったら、手伝う」
「オーライ。よろしく頼む」
その日の放課後、オレと更識は鎮座する『エクリプス』の近くで空中に投影されたスクリーンを見ながらキーボードを打ち続けていた。
古い状態のシステム面を端から端まで書き換えと最適化を行い、終わったものから順番に機体へ取り込んでいく。
今のところは一応順調にやれているのだが、作業を開始してから最初の数分は驚きの連続だった。
まず、昨日手伝いを申し出てくれた更識なのだが、予想以上に優秀な能力者だった。
『エクリプス』の内装を調べてから瞬く間に修正点をリストアップし、それに優先順位を付けて今日中に終わらせるところの線引きまでしてくれた。
更識が言うには、ここまで終わらせれば基本的な移動までは出来るようになるらしい。
今ではオレが更識の指示に従ってシステムの最適化を行っている。更識も同じように作業をしているのだが、その速度はオレより速い。
更識本人は少し得意の一言で済ませていたが、このレベルが少しで済むならオレなど何も知らない素人に毛が生えた程度だ。
まあ、ありがたいのは本当なのだが、手伝ってくれている更識の方が仕事出来るというのは……得手不得手などとは別問題で申し訳なくなってしまう。
「……更識、突然で変なことを訊くが、甘い物は好きか?」
「え?……う、うん……好き、だけど、どうして?」
「いや、今日の夜になれば分かる。楽しみにしていてくれ」
「?……うん……」
その会話を最後に、室内にはオレと更識のキーボードの入力音が絶えず響き続けた。
『エクリプス』には内臓武装が一切装備されていないので火器管制の方は最低限の処置だけで済ませ、基本的な駆動系やスラスターの運用、PICの調整などは完璧に仕上げることが出来た。
これなら、もうアリーナの中を動いたり飛んだりするくらいは出来るだろう。というか、近い内にしないといけない。テスト運用もしないで完成などありえん。
ひとまず更識が線引きした部分まで終わらせることが出来たので今日は此処で切り上げることに決めて、オレは鎮座した『エクリプス』を待機状態に戻した。
待機状態となったISは調整次第で様々な形態になるらしいが、オレの『エクリプス』の初期形態は、純銀のチョーカーだった。
首に巻くロープの先端には、本格的な装飾が刻まれたギザギザの銀十字のペンダントが取り付けられている。
ペンダントトップにある装飾は……時計、だろうか。計12本の針が円を描くように不均等に伸びている。
特に文句は無いが、各国の技術を結集したISの待機状態がこれで良いのかと僅かに思ってしまった。よく揉めなかったものだ。
チョーカーを首に着けて、銀十字の部分はYシャツの中へと収める。外側から見ても、チョーカーはもちろん、胸元近くにある銀十字も見えはしない。
そして、自室に帰って来てすぐ、更識はシャワールームへと足を運んだ。その間に、オレは制服から普段着に着替えて愛用のエプロンを装着、キッチンに向かう。
では、始めるとしよう。
今までの旅の中で、オレが本職の人間に勝ることが出来た料理を。
* * * * * * * * * * * * *
Side Out
簪が入浴を終えてテーブルに座ると、ほぼ同じタイミングでキッチンから姿を現したアドルフが幾つかの食器を載せたお盆をテーブルの上に置いた。
「これ……」
「オペラという名前のフランスのケーキだ。レストランで世話になった時にその店のパティシエさんに教えてもらった。免許皆伝を貰っている」
簪の前に置かれたのは、長方形の形で3つに切られたチョコレートケーキ。横から見ると、幾つかのクリームやチョコレートが層分けされている。
その横にはテーカップに注がれた紅茶がふんわりとした湯気を漂わせているが、昨日のものとは色や香りが少し違う。
「これ……私の、為に……?」
「手伝ってくれたお礼として作った物だから、どちらかというとオレの為だな。それと、失礼を承知で前もって言っておくが、そのケーキはオリジナルの調理法でカロリーをかなり減らしている。体重の増加はさほど心配しなくていい」
「ぷっ……」
質問に対してまったく別方向の回答をスラスラと口にするアドルフに、簪は思わず小さく吹き出してしまった。
その反応にアドルフは小さく首を傾げるが、簪は気にしないでと言ってフォークを手に取った。
一口サイズに切り分けたケーキを口に運ぶと、口の中にほど良い甘みが広がり、心が満たされるような感覚を味わった。
「美味しい……」
本場のパティシエ料理など口にしたことは無かったが、少なくとも簪本人にとっては素直にそう思えた。
上手くは言えないが、味の中に市販のケーキとは違った確かなこだわりを感じる。
当然、次に口を付けた紅茶も美味しく、簪の表情は本人も気付かぬ内に柔らかくなり、口元は小さな微笑みを浮かべていた。
……次の日、朝早くに起きた簪が気になって体重計に乗ってみた結果、本当にそれほど変わっていなかった。
これならまた作ってもらおうかな、と簪は密かに考えていたが、その時の彼女は知らなかった。
アドルフが外国を旅していた頃、今の簪と同じような考えに至った何人かの女性が、ケーキを幾つも食べて翌朝体重計の数値に悲鳴を上げる羽目になったことを。
いくらカロリーが少ないとはいえ、体重が増える原因は決してそれだけではないし、食べればその分増えていくのは当然のことである。
しかも、その内の1人が女尊男卑の思考に染まりきった人間で、裁判沙汰にまで発展したのはアドルフにとって苦い思い出である。
ちなみに、起訴したその女性はアドルフの友人の中の1人が優秀な弁護士(女性)であったせいで裁判に敗北し、逆に慰謝料を絞り取られたのだった。
ご覧いただきありがとうございます。
今回は主人公の専用機を使えるようにするのと、簪の整備能力の高さを理解する話でした。
主人公達がやっていたのは、色んなOSを最適化したりするだけなので、原作の簪のように1から10まで自分で作るような難しい作業ではありません。
ただ、簪くらいに優秀じゃなかったら原作みたいに外見もマトモに弄れないと思うんですよね。
私個人としては、ただの打鉄をあそこまで改造出来ただけでも充分驚きを感じますよ。うん。
次回はリーグマッチ、一夏VS鈴です。とりあえず、鈴の詠唱とか考えなきゃな~
輝装で出す武装とかはちゃんと頭に出来上がってるんですが、ヒロインの1人なのにキャラがまったく掴めないんですよね~
もしかしたら活動報告でアンケートやるかもしれないので、その時は誰かアイディアください。
では、また次回。