IS<インフィニット・ストラトス> 願いの果てに真理在れ 作:月光花
今回は話があまり進みません。
では、どうぞ。
Side Out
「私は貴様を認めない。貴様があの人の弟であるなど、断じて認めるものか」
転校生のラウラが一夏の頬に本気の平手打ちを叩き込んでそう吐き捨て、突然の変化に理解が追い着いていない教室の中は沈黙に包まれた。
殆どの人間が呆然とするか目を見開くだけだったが、その沈黙を破ったのは頬を叩かれた一夏だった。
「……いきなり何の真似だ?」
叩かれた頬を撫でながら問う一夏の声は静かなモノではあったが、その中には隠し切れない不満の気配が有った。
「ふん……」
しかし、ラウラは何も答えること無く一夏の前から立ち去り、空いている席に座って腕を組んで目を閉じる。
突然暴力を振るわれた上にその理由を訊いても完全に無視。
第一印象を最悪のモノにするには充分な要素であり、一夏の不満もさらに高まっていく。
そのまま席を立ってラウラに詰め寄るのではないかと思われたが、ぱんぱんと千冬の手を叩く音が教室に響いたことでその勢いは見事に挫かれる。
「ゴホンゴホン!……以上でHRを終わる。全員すぐに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でISの基本動作の練習を行う。解散!」
千冬の大声に反応し、今まで呆然としていた女子生徒達も徐々に立ち上がって次の授業の準備へと動き出す。
不満をマトモに口に出すことも出来なかった一夏は当然腹が立っているが、こうなってはもう諦めしかないと割り切って立ち上がる。
何故なら、これ以上教室に留まっているといつまでも女子生徒が着替えられないからだ。
自分1人の都合で他の大勢に迷惑を掛けるわけにはいかないと一夏は自分に言い聞かせる。
「おい織斑、クロスフォード。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」
千冬にそう言われ、既に席から立ち上がっているアドルフと共に教室を出ようとした一夏は思い出したようにシャルルの元へと駆け寄る。
「キミが織斑君? 初めまして。僕は……」
「ああ、悪いけど自己紹介は後だ。今から女子が着替えるから俺達は急いで移動するぞ」
そう言いながら一夏はシャルルの手を取り、教室を出る。
手を取った際に何故かシャルルが肩をビクリと震わせたが、早歩きで教室を出る一夏はその変化に気付かなかった。
「……来たか、行くぞ」
廊下にはアドルフが立っており、一夏達が教室から出て来たのを確認すると短い言葉の後に先導するように先頭を歩き出した。
(少し無愛想だけど、何だかんだで良い所も有るんだよなぁ)
アドルフは何も言わないが、シャルルのことを一夏に押し付けて先に行くことも出来たはずなのに待っている律儀さに一夏は心中で感心する。
加えて、廊下で待っていたのと今先頭を歩いている理由も一夏は分かっている。
3人目の男性操縦者であるシャルルの噂に食い付いて集まって来る女子生徒と遭遇しない為の道を考えていたからだ。
今も周囲から聞こえてくる女子生徒達の黄色い声からして、間違い無く一夏達の教室に突撃してくることだろう。
もしそのまま女子生徒達に捕まればひたすら質問攻めにあって抜け出せず、授業に遅刻して教師である千冬から体罰をくらう羽目になる。
それは一夏もごめんなので、心の中でアドルフの気遣いに感謝しながら早歩きで後ろを歩いた。
* * * * * * * * * * * * *
数分後、一夏達はアドルフの先導によって押し寄せる女子生徒達を上手くかわし、足止めをくらうことなく第2アリーナ更衣室に到着した。
「ふぅ、助かったぜアドルフ。ありがとうな」
「礼は良いから早く着替えろ。女子生徒に捕まらないように少し遠回りをしたから時間がギリギリだぞ」
「え? うわっ、本当だ。シャルルも早く着替えちまおうぜ」
現在時刻を見て慌てて着替えを始めた一夏は素早く制服のボタンを外してシャツを脱ぎ去り、ISスーツを取り出しながらベルトを外す。
「わあっ!?」
すると、後ろに立っていたシャルルが突然声を上げた。
その反応に逆に驚いた一夏が振り替えると、シャルルは慌てたように両手を突き出して視線を真横に向けた。
「なんだ、どうした? 早く着替えないと担任の教師からとんでもない雷落とされるぞ」
「う、うん。着替えるよ? 着替えるから、その……そっち向いてて」
「? おう」
明らかに挙動不審に見えるのだが、同性の裸を見る趣味も無いので一夏は首を傾げながらも前に視線を戻して着替えを再開する。
隣に立つアドルフもその様子を見ていたが、彼は僅かに目を細めただけで何も言わずに着替えを続けた。
ちなみに、アドルフは既に上着を脱ぎ去って上半身のISスーツを着ている。もちろん、両腕に走る薄い火傷や傷跡は見せないようにしてだ。
その動作は慣れたもので、至近距離にいる筈の一夏とシャルルが全く気付かないほどである。
すぐさまアドルフが下半身のスーツを着込み、隣で着替えていた一夏も最後に上半身のスーツに袖を通す。
体にピッタリと張り付くスーツの裾を引っ張りながらふと後ろを見ると、そこには既にISスーツに着替えたシャルルの姿があった。
「うわ、シャルル着替えるの早いな。なんかそのスーツって俺達のより着やすそうに見えるけど、どこのやつなんだ?」
「これ? これはデュノア社製のオリジナルだよ。ファランクスってモデルがベースだけど、かなり弄ってあるから実質フルオーダーメイドみたいなものかな」
「おい、着替えが終わったなら行くぞ。話なら移動しながらすれば良いだろう」
話が盛り上がりそうになった所でアリーナへの出口に向かっていたアドルフが声を掛ける。
そう言われて、足を止めてしまっていた一夏とシャルルは慌ててその背中に追い着く。
「そういえば、自己紹介まだだったよな。改めて、俺は織斑一夏……一夏って呼んでくれ。少ない男同士、仲良くやろうぜ」
アリーナへと続く道を歩いている途中、まだお互いに自己紹介を済ませていなかったことを思い出した一夏が隣を歩くシャルルに手を差し出す。
ソレを見たシャルルは一瞬キョトンとした顔になったが、すぐさま嬉しそうに微笑んでその手を握った。
「こちらこそだよ。改めて、僕はシャルル・デュノア……シャルルって呼んで。それで、えっと……そっちは……」
少々気まずそうな声を出すシャルルの視線の先には、先頭を歩くアドルフの背中があった。
その視線に気付いてか、場の空気を読んでか、アドルフは足を止めずに後ろを振り向く。
「アドルフ・クロスフォードだ。オレもアドルフで良い。数か月の差だが、学園のことで分からないことが有れば訊いてくれ」
「う、うん。よろしくね」
特に当たり障りの無い自己紹介と挨拶。
知り合ってまだ数か月の付き合いだが、一夏が聞いたアドルフの声は否定の感情も無い普段通りのものだった。
しかし、何故かシャルルの声色は変わらず緊張を含んだままだった。
自分の時とはえらく違う態度を不思議に思い一夏は首を傾げるが、アリーナへの出口が近付いて来たのでそれを尋ねる時間は無かった。
後で訊いてみるか、と一夏は疑問を心の中に仕舞い込む。
だがそれを切っ掛けに、別の疑問が心の中に浮かび上がった。
(そういえば……アドルフのヤツ、シャルルと話してる時も全く態度変わってないよな。ISのこととか何にも知らなかった俺と違って色々知ってるんだし、もう少し興味持っても良さそうだけど……)
一夏が感じた限り、さっきのアドルフの反応は全くの普段通りだった。
そう。
だが残念なことに、その疑問を尋ねるには同じく時間が足りなかった。
* * * * * * * * * * * * *
「遅いぞ!!」
第2グラウンドに到着してすぐ、一夏達を迎えたのはジャージを着た千冬の喝を入れるような大声だった。
授業の開始時間には間に合ったが、普段よりも到着に時間が掛かったのが不満なのだろう。
学園に来たばかりのシャルルを連れているのだから仕方ないだろう、と反論したいが、織斑千冬を相手にソレはただの悪手である。
そんなことを言ったら間違い無く出席簿が脳天に振り下ろされると既に理解している為、一夏とアドルフは何も言わずに小さく溜め息を吐き、シャルルは申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落として整列している1組に加わる。
「遅かったですわね」
加わった列にいたのは、何の因果かセシリアだった。
隣に立つ高身長のアドルフを見上げながら話すその姿からは、入学当初の頃のような高圧さは感じられない。
「他人の迷惑を考えずに騒ぐ輩が多くてな」
これが素なのか、それとも心境の変化でも有ったのか。
真実は分からないが、アドルフにとって今のセシリアの印象は初対面の時よりも大分マシになっているので特に嫌悪感も無く言葉を返す。
そして、アドルフの言葉で遅刻の理由を大体理解出来たのかセシリアは苦笑を返す。
「そういうことですか……ですが、気になるというのは分かりますわ。何せ3人目の男性操縦者ですもの。どうやっても注目の的になります」
セシリアはアドルフの体越しにチラリとシャルルを一瞥し、すぐに視線を戻す。
その様子は興味が有るというより、無視せざるを得ない対象への距離を測りかねているような感じである。
「……機密の問題で答えられなかったら答えなくても良いが、あのボーデヴィッヒも含めて今回の件で本国の方からは何も連絡は無かったのか?」
「……ええ、何も有りませんでした。私に教える必要は無いと判断されたのか、本国の方が情報の真偽の確認でそれどころではないのか分かりませんが」
IS=国家の軍事力と言っても過言ではない今の社会において、本物だろうと偽物だろうと新たな男性操縦者が現れたという情報を各国が無視出来るわけはない。
今この時も各国の政府や諜報機関はてんやわんやの大騒ぎだろう。
そして、シャルルの注目度が高いせいで印象が薄いが、ドイツの代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒの存在も重要である。
教室での千冬との会話から察するに、ラウラは恐らくドイツの正規軍人。
代表候補生としての肩書きは同じでも、セシリアや鈴のように新兵器や新装備のデータ集め等を任されたわけではない。ISを用いて戦争で活躍することを期待された代表候補生だ。
そんな国防の要である軍人をわざわざ国外に出してIS学園に入学させた。
真実は勿論不明だが、何か狙いが有っての行動だと少しでも疑うのが自然だろう。
(オレ達のようなイレギュラーの監視か? それともデュノアの情報の真偽……ひいてはフランスの動向を探る為か。他に考えられるのは……)
アドルフが簡単に思い付いた候補を幾つか頭の中で思い浮かべ、最後にラウラが教室で一夏の頬をはたいたこと、ラウラが見せた偽り無い怒りの感情を思い出す。
それを思い出し、アドルフは新たなラウラの目的候補を思い付く。
(……まさかとは思うが、個人的な理由でやって来た、とか無いだろうな……)
自分で考えた可能性をアドルフは流石に無いか、と否定する。
アドルフ個人としてはわざわざ厄介ごとに首を突っ込むつもりは無いし、自分に害が及ばないならラウラやシャルルの目的など興味は無い。
政治的な狙いも無く、ただ単純にISのことを学ぶ為に学園に入学したというならそれで良い。
しかし同時に、アドルフはこの学園において……今の世界において自分がどういう存在なのかを理解している。
故に、厄介ごとを避ける為にはどうするべきかを考えなけれならない。
(調べる必要が有るか……)
アドルフは心の中で溜め息を吐きながら、まずは自分が避けるべき厄介ごとの正体を調べることにした。
ご覧いただきありがとうございます。
オリ主が厄介ごとに巻き込まれないように色々と考えていますが、結論を言ってしまえば目的を調べなければ現状何も出来ないということになりました。
現時点でシャルルとラウラの入学理由なんて政治的な視点から考えてもコレだと思えるものは1つも有りません。
せいぜい一夏とオリ主を自分の国に抱き込むとか、監視するとか、誘拐するとか、データを集めるとか。
そんぐらいですかね。
では、また次回。