きっと、私は退屈していたのだと思う。
「――このように、作法と言えどその種類は多種多様で、相対したお相手によって使い分けなければならないのです。それでは、もう一度始めから」
今はお作法の時間。
厳格な王族像を損なわないようにと昔から何度も教えられたので、今では意識せずとも自然に体が動いてくれる。
レインに教えられた通りの動作を振舞う傍ら、私は内心鬱屈としていた。
既定の時刻に起床したら、時間を掛けて身嗜みを整える。
日中は習い事に武術の訓練と見識を深め、夕食後のお稽古が終わる頃には就寝時間になっていて一日が終わっていく。
毎日がそれの繰り返し。
そこに新鮮みは欠片もなく、周囲の大人達の視線を気にしながら、言われた事を淡々と熟すだけ。
私が安心して勉学に励むことが出来るのは、民が懸命に働いて下さっているお陰、それは勿論理解しています。
だからこそ、この国をよりよい国にするべく励むのは私の義務であり、そうしたいと思っているのも事実です。
でも……。
「どうかなされましたか、アイリス様? お顔が暗くなられていますが?」
いつの間にか俯いていたらしい私に、レインが心配そうに声を掛けてきた。
「いえ、何でもないわ。この後のパーティーの事を少し考えていただけです」
「そう言えば、パーティーが開催されるのは随分と久しぶりですね。このところ魔王軍の攻勢が激しくて、とてもそれどころではありませんでしたから。ですが、今はまだ勉学のお時間です。もう少しご辛抱してください」
「うん、ごめんなさい」
レインに心配を掛けたくなかったので、私は咄嗟に嘘を吐いた。
でもやはりどこか不自然だったらしく、レインは少し心配そうな目をしていたが、それ以上は追及しないでくれた。
いけない、もっと集中しなくちゃ。
私は頭を軽く振って気を引き締め、再度習い事に意識を向けた。
パーティーは結構好き。
会場に訪れる冒険者から聞ける話は、普段お城から出られない私にとって、外の世界を知る唯一の手段だから。
「――周囲をモンスターに囲まれた時は、仲間達の眼に絶望の色が浮かんだものです。ですが私の華麗な立ち回りが功を奏し、この窮地を脱出したのですよ!」
「――そのドラゴンは今までに数多の冒険者を退けていたらしいが、この俺には及ばなかったようですね。この聖剣を一振りしてぶった切ってやりましたよ!」
私に挨拶をしに来ては、自分達の輝かしい戦歴を自慢げに語っていく冒険者達。
初めの頃はそれで満足できていました。
しかし回を重ねる内に、徐々につまらなくなってしまった。
だって皆さん、似たような事ばかりお話しなさるのだもの。
勿論、冒険譚を話すようお願いしているのは私の方なので、あまり身勝手な事は言えない。
それでも、もう少し斬新な話があってもいいんじゃないかしら。
こう死地に立ちながらも何とか生き残ったとか、絶望的な力量差のある敵を起死回生の一手で倒したとか、そんな胸高鳴るお話が。
今日も期待していたようなお話を聞けず、私が内心しょんぼりしていると。
「こんばんは、アイリス様、クレアさん。ご無沙汰しております」
「ミツルギ殿! 聞きましたよ。ここ数ヵ月というもの、これまで以上のご活躍をなされているようですね」
現在魔王を倒す可能性が最も高いと巷で噂されている勇者候補筆頭の魔剣使い、ミツルギ様が立ち寄ってくれた。
この方はお城を訪れてはいつも私を気に掛けて下さる、とてもお優しく爽やかなイケメンだ。
それにミツルギ様の話は他の方とは少し違い、時々変わった体験があるの。
本当にイケメンだわ。
「こんばんは、ミツルギ様。どうか今日も貴方の冒険譚をお聞かせ下さい!」
「分かりました。それでは僭越ながら。あれは丁度、魔法使い職の仲間を探している時でした――」
それからというもの、ミツルギ様はここ数ヵ月の出来事を色々と聞かせてくれた。
紅魔の里に仲間集めに行っただの、アルカンレティアと言う温泉地帯で妙なお姉さんに絡まれただの。
つい先日には何とエンシェントドラゴンを一撃で葬ったのだとか。
とても面白い話ばかりで久しぶりにワクワクしたわ。
目をキラキラさせて他の話を促していたら、ふとミツルギ様は思い出したかのように。
「エンシェントドラゴンと言えば、帰りにあの男に会ったんだったな……」
「……今、何と仰いました?」
「えっ? いえ、以前ちょっと変わった男に出会った事を思い出しまして。ですが、これはあまり面白くないので、もっと冒険者っぽい話を……」
「是非ともその話を聞きたいです!」
話を変えようとするミツルギ様に、私は混ぜっ返した。
「ええっ!? いやでも、これは本当にアイリス様がお望みになるような冒険譚という訳じゃ……」
「構いません! お願いします、ミツルギ様。その方のお話をお聞かせください!!」
あまり気が進まないらしいミツルギ様に、私は身を乗り出して尚もお願いした。
何故だかは分かりません。
でも、その方のお話は絶対に聞いておかねばならない気がするんです。
「アイリス様たっての希望です。ミツルギ殿、もしよろしければお聞かせ願えないだろうか?」
「クレアさんまで。……分かりました、僕としてはあまり思い出したくないのですが話しましょう。その男の名前は佐藤和真と言いまして――」
それからしばらく、ミツルギ様は渋々と言った様子ではあったが、当時何があったのかを語ってくれた。
伺った話を要約すると。
アクセルと言う街で、ミツルギ様は大事な約束を交わしたという女性と再会を果たした。
しかし、その連れのサトウという男性が、彼女に不当な行いを働いていると知り、ミツルギ様がそれに激怒。
双方の意見を押し切るため、勝負をする流れになったと言うのだ。
誰に対しても優しいミツルギ様にしては珍しく、言葉の節々でその男性への苛立ちが混ざっていた。
それ以上に、その男性のお仲間であるプリースト様の称賛の言葉が挟まれたが。
中でも驚いたのは、なんとそのお方はミツルギ様に勝利したと言うのだ。
まさかミツルギ様が不覚を取るお相手だなんて、一体どれだけの強者なのかしら。
本当はどうやって敗北を期したのか伺いたかったが、流石に面と向かって聞くのは失礼でしかないので遠慮した。
お陰で私の興味は増す一方だ。
ミツルギ様を倒す程の実力を持った駆け出し冒険者。
どうしましょう、その響きだけでもとても心揺り動かされるのですが。
いいな、私も一度お会いしてみたいな。
でも、王城に招かれるのは大きな偉業を成した方々だけ。
その方がアクセルという街にいらっしゃるのでは、そう簡単には会えないだろう。
そう言えば、ララティーナの実家がアクセルにあると以前言っていたような。
もしかしたら彼について何か知っているかもしれないわ、今度お城に来たら尋ねてみましょう。
帰宅なさるミツルギ様の背中を見送りながら、私はそんな事を考えていた。
「――アイリス様、お休みの所失礼致します」
今日の勉学を終えて一人寛いでいた私は、入ってきたレインに顔を向けた。
「どうしたの? お食事の時間はまだだと思うけど」
「アイリス様のお耳に入れておきたい情報があるんです。きっと、アイリス様がお喜びになられる話だと思いますよ」
そう言って、レインは一本の巻物を私の前に広げてくれた。
それは、最近活躍している冒険者が一覧となって書かれているものだ。
その巻物の一部をレインは指さし、
「最近魔王軍の幹部が各所で討伐されているのは以前お話したと思います。今までその冒険者の名前が、何故か公になっていなかったのですが。今回魔王軍幹部、グロウキメラのシルビアを討伐した事でそのパーティーが漸く判明しました。パーティーリーダーのお名前は、サトウカズマという方だそうです。どうやら以前倒された三人の幹部討伐にも、この方々が大きく貢献されているそうですよ。それに、このパーティーにはあのダスティネス様も加入されているとかで――」
私は話半分でレインが指で示した文章を一心不乱に読んでいた。
サトウカズマ、この名前には聞き覚えがある。
確か三ヵ月ほど前に開催されたパーティーで、ミツルギ様が口にした名前だったはず。
あの時も何故か無性に気になっていたけれど、まさかこのような形で再びこのお名前を聞くことになるなんて。
と、レインは優しく微笑み。
「どうでしょう。折角ですし、この方から冒険譚でもお聞かせ頂いては?」
「えっ?」
もしかして私がソワソワしてるのが気付かれてしまった?
いや、それもあるだろうがきっとそれだけじゃない。
レインは私が退屈しているのを気にかけて、この話を持って来てくれたんだ。
上手く隠していたつもりだったけど、レインは気付いていたのだろう。
結局心配かけちゃったな。
でも、折角レインが気を利かせてくれたんだもの、ここは素直に甘えてもいいよね。
「ええ、是非とも聞いてみたい!」
「承知しました。それでは、そのような節をダスティネス様からお願いして頂くということで……」
と、ここで一つ良い考えを思い付いてしまった。
「レイン、ララティーナへの手紙は私が直接書きたい! それに、折角なので私達がサトウ様の下までお伺いしましょう!」
「ええっ!?」
想定外の発言だったらしく声を裏返すレイン。
「い、いくら此方がお願いする立場とは言え、一国の王女であるアイリス様が直々に伺われるというのは、世間的に問題が……。ダスティネス様にお手紙を書かれる分には問題ありませんが。そもそもお会いになると言われましても、アクセルにはアイリス様をお連れ出来るほどの場所はなかったはず……」
「大丈夫、私に考えがあるの! ララティーナのご実家を会場にしてもらいましょう。それなら安全だし心配する事も無いでしょ?」
「た、確かにそうですが……。分かりました。私の方から護衛の方にも頼んでおきますので、アイリス様はダスティネス様へのお手紙の方をお願いします」
しばらく悩んでいたレインだったが、はあと溜息を吐いて苦笑を浮かべながらも許してくれた。
「ありがとう! 以前黒髪黒目の冒険者から、善は急げという言葉を聞いたことがあります。早速ララティーナに手紙を書きましょう! レイン、手紙用の紙と便箋を持って来てくれない?」
「承りました。今取り寄せますのでしばしお待ち下さい」
そう言い残して、レインは私の部屋を出て行った。
上手くいったみたい、これでちょっとの間とはいえお城の外を見ることが出来る。
それに魔王軍の幹部を四人も討伐された、それもミツルギ様が一目置いていらっしゃる冒険者の冒険譚だ。
きっと、楽しいものに違いないわ。
久しぶりに昂る心をそのままに、私はレインが戻ってくるまでの間、ララティーナへの手紙の内容を嬉々として考えていた。
ダスティネス邸での会食にて。
私は未だかつてない程に不満を募らせていた。
「――そうして、紅魔族が態勢を整える時間稼ぎをしたのですよ!」
カズマ様が話して下さった冒険譚の数々。
それは今まで聞いた、どのお話よりも胸躍るものばかりでとても心が躍った。
今日という日の為に、ここ一週間習い事を一生懸命頑張ってよかった、その甲斐があったと喜んでいた。
それなのに……。
――そ、そうなんですよ、実は先ほどの話では省きましたが、俺は最弱職に就いてまして
なんだか裏切られた気分です。
もしかして、さっきまでのお話は全部作り話だったんじゃ……。
どうしてもそんな考えが過ってしまうのだ。
その上、ミツルギ様をどのように倒したのかを問いかけると無礼な発言をされ。
気付いたら、私は顔を顰めてしまっていた。
こんなに気分を害されたのは生まれて初めてじゃないかしら。
なんだか、この人と一緒にいると変な気分にされてばかりです。
会食が始まる時もそうだわ。
あの時、カズマ様の好奇の視線が不思議とむず痒かった。
私は王族です。大勢の人々の視線なんてすっかり慣れているはずなのに、何故かそう感じてしまったのだ。
そのことをクレアに注意してもらったら、カズマ様は一言。
チェンジ、と。
意味は分からなかったが、普段物静かなララティーナが慌てるぐらいには無礼な発言だったのだろう。
その時から、変わったお方だと感じてはいました。
でも、何だかそれが少し嬉しくて。
その後のお話も相まって気分が高揚していただけに、ガッカリ感は何時もの比じゃなく。
私は感情に任せて、嘘吐き男を退出させようとした。
と、どうした事かララティーナは私に頭を下げてきて、
「――お願いしますアイリス様。どうか先ほどの言葉を訂正し、彼に謝罪をしては頂けませんか?」
なんで庇うの、こんな嘘吐きなんか放っておけばいいのに。
その態度に何だか益々面白く無くなり、
「――それができないと言うのなら、その男は弱くて口だけの嘘ッ⁉」
自分でも今まで口にした事も無いような悪口を言ってしまい。
徐にララティーナが私の頬を叩いてきた――
それから、激昂したクレアがサトウ様に切りかかったり、それをララティーナが腕で防いだり。
ミツルギを倒した方法を見せてやるよと言って、カズマ様がクレアから下着をスティールしたり。
一悶着あった後、いよいよ帰る時間となってしまった。
どうしよう、さっきの発言を謝りたいけど自分で言うのは何だか恥ずかしいわ。
なんでこんなにも気持ちが揺り動かされるのかな、他の人だとここまで感情が揺れる事なんてないのに。
クレアがララティーナに報奨金を渡している間に、私はレインに近付き。
「ね、ねえ、レイン。カズマ様に私がごめんなさいと言っている旨を伝えてくれない?」
するとレインは優し気に微笑み、
「アイリス様。それは、ご自分のお口でおっしゃった方が良いですよ? 大丈夫です、先ほどから見ていましたが、カズマ殿はアイリス様の様な方には甘そうな方ですよ?」
なんでそんな事が分かるの。
即座に聞き返したくはなったが、どうやら自分で言うしかないらしい。
うぅ、は、恥ずかしいけど、でもカズマ様のお話はまた聞きたいし。
俯きながらカズマ様の前まで歩み寄った私は、精一杯の勇気を振り絞り。
「……嘘吐きだなんて言ってごめんなさい。……また冒険話を聞かせてくれますか?」
小声になっちゃったけど大丈夫かな、ちゃんと許してくれるかな?
そんな私の不安とは裏腹に、カズマ様は笑って許してくれた。
それを確認して、私は胸をなでおろした。
よかった、これで心置きなくお城に帰れるわ。
でも、それはまたあの退屈な日々に戻るということで……。
チラッと、私はクレアと話しているララティーナの顔に視線を向けた。
今まで見たことも無かったような表情を今日、ララティーナは沢山見せてくれた。
お仲間を慌てて抑制する姿、カズマ様を守ろうとするキリッとした姿、窃盗スキルを使ったカズマ様に半泣きで叫ぶ姿。
そんなララティーナはとても生き生きしていて、本当に楽しそうで……。
…………羨ましいな。
はっ、ダメダメ、私がこんな事を考えては、日々を一生懸命生きている民に示しがつかないじゃない。
…………でも。
もし許されるのなら……もっとお話を聞きたいなあ。
だけど、そんな事を言ってはカズマ様にも迷惑がかかるだろうし……。
っ!! そうだわ、良い事を思い付きました。
今はララティーナに叩かれた事への仕返しという大義名分があるのだもの。
これぐらいなら許容範囲なんじゃないかしら。
生まれて初めての悪戯にウキウキしながら、レインが詠唱を唱え終わるのを待ち。
「それじゃあ、王女様。またいつの日か、俺の冒険話をお聞かせに参りますので」
カズマ様が手を振ろうとあげたその手を掴んだ私は出来るだけ、さも当然という雰囲気を醸し出しながら。
「何を言っているの?」
「『テレポート』!」
レインの声と共に、光に包まれていく。
光越しに周りを見れば、呆然と立っていらっしゃる紅魔族のアークウィザード様と、涎を垂らしてぐっすり眠られているアークプリースト様。
そして私の行動に意表を付かれ慌てふためくララティーナと、何が起こっているのか分からずキョトンとしているカズマ様。
ああ、何だか込み上げてくるこの気持ちを抑えることが出来ない。
こんな気持ちになった事は、今まであっただろうか。
……そっか、これが私が求めていた心躍る事なんだ。
気付いた思いを胸に、お城を背景に私はカズマ様に満面の笑みで笑いかけた。
きっと、今夜は忘れられない日になるだろうな。
次回予告
如何でしたか? 出会う前からお兄様のことが気になっていたなんて、これはもう運命的な出会いだったに違いありません! お兄ちゃん、大好き!
次はゆんゆんさんがお話して下さるようです。何でも紅魔族のお友達がアクセルの街に遊びに来て、一緒に鬼ごっこをするとかなんとか。私も今からとっても楽しみです! (by ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス)
この素晴らしい読者様に祝福を!