このすばMemorial   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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これは、ウィズによって綴られる、運命を左右する決断を下した記憶……


盟友との誓い (ウィズ)

 あの悪魔と一つの契約を交わした日の翌朝。

 静寂が包む街の中、私は入口の門を潜り抜けようと……。

 

「こんな朝っぱらから何処行こうって言うのよ」

「散歩でもしてるのか? て、それだけなら武装する必要はねえよな」

 

 突然門の陰から現れたのは、手にメイスを持ち鋭い視線を飛ばしてくるロザリー。

 そして、ラフな服に剣だけ携えたブラッドが笑いかけきた。

「……どう」

「どうして俺達がここに? なんて野暮な事は聞くなよ。お前の様子見てたら分かるって」

 ……さすが、伊達に始まりの街からの付き合いじゃない。

 気不味さに視線を二人に合わせられない私に、ブラッドは頭を掻きながら。

「で、昨日は何やってたんだ? あのボロボロの姿からして、あの悪魔にでも会ってたんだろ?」

「…………」

「みょうちくりんな奴とは言えあれでも公爵級の悪魔、健全なやり取りがあったとは思えないんだが」

 ………………。

「……だんまりか」

 そう言ってはあっと大きなため息を吐いたブラッドは、

「そういう目をしてる時のお前は、俺達が何て言おうと聞かないんだよな。だったら……」

「ウィズ、あなたをこの先へは行かせられない」

 ブラッドの言葉に割って入り、今まで黙っていたロザリーが冷淡な口調でそう宣言した。

「ちょっ、ロザリー⁉ 話がちが」

「ブラッドは少し黙ってて。ウィズ、正直に答えて。それが真っ当な方法ならあたしは何も言わない。でも、もし仮に神の教えに背く物だとしたら……」

 言葉を止めたロザリーは、私を見定める様にじっと睨みを利かせた。

 そして私が口を割らないと悟ってか、徐に己へと支援魔法を掛け始めた。

「おい、ロザリー! それ以上は止めろ! 俺達はウィズと喧嘩する為にここに来た訳じゃ……」

「いいのよ、ブラッド。ありがとう」

 私が寂しそうにお礼を告げたからか、私とロザリーの顔を何往復かしたブラッドはそのまま黙り込んだ。

「覚悟はいいかしら? せめてもの情けよ、一発だけにしといてあげる」

 その言葉の答えとばかりに、私は両手を広げて無抵抗を示した。

 それを合図に、目の坐ったロザリーが私に向かって一気に駆け寄る。

 ロザリーが大きく振りかぶり全身全霊の一撃を食らわせようとした直前、私はぎゅっと目を閉じ――

 

「『ブレッシング』!」

 

 耳元で囁かれたその言葉に、私ははっと目を開いた。

 私の目の前では、未だに不機嫌そうなロザリーが顔をグイっと近付け。

「とびっきりの魔法を掛けてあげたわ、サッサと行きなさい。それで、やる事全部片付いたら……必ずあたし達に会いに来て。そしたら、あんたがエリス様に許してもらえるようあたしも祈ってあげるから。いいわね?」

 荒々しい口調で一気に捲し立てたロザリーは、不貞腐れつつもすっと横に避けてくれた。

「ロザリー……、分かったわ。絶対に成功させるから、安心して待ってて」

 自分の信念を曲げて、それでも私を送り出してくれた親友に私は力強く頷いた。

 今まで静観していたブラッドはやれやれと首を掠め、

「ロザリーの奴、驚かしやがって。まあ、呪いの発動まであと一週間ぐらい残ってる。焦らずやってくれればいいさ。後は任せたぜ、ウィズ!」

「ええ、あなた達をみすみす死なせはしないわ。もしカレンとユキノリが帰って来たら、宜しく伝えて頂戴」

 笑顔で肩を叩いてくれたブラッドに私も微笑み返し、すっと前へと踏み出した。

 ゆっくりとした足取りで歩を進め、門を潜り抜ける直前で、私はもう一度だけ後ろを振り返る。

 そこには未だにそっぽを向いているロザリーと、手を上げて激励を送ってくれるブラッドの姿が。

 二人の姿を見納めた私は再び前を向き、今度は振り返らずに街を後にした。

 

 

 深い森の中、ひっそりと佇む古跡。

 崩落した壁が周囲を囲む広場には、直径二メートル程の魔法陣が張られている。

 その中心部で私は一人、目を閉じて静かに空を仰いでいた。

 

 理解さえ非常に困難な構造式。

 こんな高度な魔法を生み出した先達は、一体どれだけ賢明なお方だったのだろう。

 同時に疑問にも思う。

 そんな聡明な魔法使いが、何故この様な神の理に背く魔法を必要としたのだろう。

 止めどない探求心からか、はたまた死の恐怖故か。

 若しくは、愛する人の為だろうか。

 

 どれだけの時間が経っただろう。

 私はそっと目を開いた。

 天上には一点の曇りもない青空が広がり、穏やかな風が周囲の木々を優しく撫でる。

「……始めましょう」

 魔力を練り、暗記した詠唱を丁寧に唱える。

 一節毎に魔法陣が怪奇な紫光を強め、自身の魔力や生命力がどんどん消耗する感触を覚える。

「……くっ!」

 なんて喪失感、意識が今にも飛びそうだ。

 でも、ここで止めては全てが無駄になる。

 詠唱を紡ぐ事だけに意識を集中しよう。

 額からの大量の汗が、頬を伝って流れ落ちる。

 身体に力が入らず意識が朦朧とし始めた頃に、漸く最後の節に差し掛かった。

 と、一瞬気が緩んでしまったのか。

 不意に身体中に激痛が走った。

 その影響で魔力の流れが変調をきたし、完成間近だった魔法が瓦解しかかる。

 ここまできて、何も果たせないまま終わってしまうのだろうか。

 無駄死にと言う言葉が私を侵食し始めた、その時。

 脳裏に何人かの姿が走馬灯のように浮かび上がった。

 それは今まで共に戦ってきた仲間達の姿、仲良くなった同業者の人々。

 そして、随分と長い間忘れていた懐かしの……。

 

「――ッ!」

 

 カッと眼を見開いた私は残った気力を振り絞り、声高々に最後の節を唱えた――!

 

 

「あれが魔王城……」

 

 禍々しくも巨大な漆黒の巨城。

 ほんの一週間前までは、この場所に一人で立つなど到底出来なかっただろう。

 だけど……。

「様々な幸運と思いがあったからこそ手に入れらた最後のチャンス。ここで引き下がる訳にはいかないわね!」

 決意を新たに、大量の魔力を右手へと集中させる。

 

「『ライト・オブ・セイバー』――ッッ‼」

 

 数日前とは段違いの威力を誇る光の魔法。

 万感の思いを込めたその一撃が、城を覆う結界へと大きく振り払われた――!

 

 

「クッソ‼ 相手は一人だってのに何でこんな目に……っ⁉」

「『カースド・ペトリファクション』!」

 城内にいる魔王軍の精鋭達に遠慮なく石化魔法を叩き込んだ私は、そのまま通路を進んで行く。

 そして突き当りの部屋から強者の気配を察知し、物怖じせずに扉を押し開けた先には。

 

「――まさか単身で魔王城へ踏み込んでくる奇特な奴がいるとは」

 

 どうやらここは大広間だったらしい。

 待ち構えていたのは、浅黒い肌に茶髪を短く切り揃えた男性。

 この人は確か……。

「魔王軍幹部、デッドリーポイズンスライムのハンス……」

「そう言うお前は、最近魔王軍内で懸賞金が懸けられた氷の魔女だな。ここまで単身で辿り着く辺り、実力は本物らしい」

 ……一体誰が名付けたのか、その異名は恥ずかしいので呼ばないで欲しい。

「これ以上お前の好きにはさせられないからな、最初から全力でいくぞ!」

 そう宣言したハンスの身体はグニャリと歪み、瞬く間に天井に届かんばかりの巨大なスライムへと変貌した。

 これは予想以上の大きさだ。

 このサイズでは、中途半端な威力だと無駄打ちになるだろう。

 即座に判断を下した私は、後の事など考慮せず。

 こちらに伸びて来た幾本の触手を躱しつつ、満身の力を込めた魔法を解き放った。

「『カースド・クリスタルプリズン』ッッ!」

 私の氷結魔法は、ハンスを取り巻くように猛吹雪を発生させ。

 手をぐっと握り絞める私の動きに呼応して一気に圧縮し、ハンスを氷漬けする事に成功した。

「「「「「は、ハンス様がやられたああああっ!?」」」」」

 思いもしなかった結果に絶叫を上げる精鋭達。

 そんな指揮系統が混乱している精鋭達の中へ、私は臆せず身を投じた――!

 

 

「『ライトニング・ストライク』ッ!」

「あああああっ! ……くっ、なかなかやるじゃない。攻撃魔法でこんなに痛みを感じるのは随分と久しぶりだわ」

 現在私は魔王軍幹部が一人、グロウキメラのシルビアと交戦していた。

 既に何度か魔法を打ち込んではみたものの、この人も魔法耐性が高いのか、致命傷と呼べる傷を負わせられない。

 それにこのゴブリンの数も、長期戦となれば厄介だ。

 となれば……。

「でも残念だったわね、あなたとアタシとでは相性が悪すぎる。そうね、ここは潔く降伏なさい。あなたは美しいし、そうすればアタシの中で永遠に……」

 物騒な提案をするシルビアに構わず、私は彼女の懐へ無造作に飛び込んだ。

「いきなりどうしたの、魔法職のあなたがそんなに近付いたら恰好の餌ああああああっ⁉」

「「「「「シルビア様あああああ⁉」」」」」

 覚えたての新スキルを発動させると、私の中に大量の魔力と体力が流れ込んできた。

 対して瞬く間に干乾びていくシルビア。

「は、早くシルビア様を安全な部屋に移動させろ! ここは俺達があああああっ⁉」

「そ、それよりも誰か援軍を呼んぎゃああああ!」

「この部屋でもない。となると、もっと上の階かしら?」

 ゴブリン達から十分に魔力と体力を奪った私は、目標を目指して部屋を後にした。

 

 

 ――漸く見つけた。

「身の程も弁えずここまで来るとは、貴殿の勇気には敬意を表そう」

 部屋の奥で大仰にも足を組んで椅子に鎮座し、周囲に大量のアンデッドナイトを蔓延らせた首なし騎士。

 この人こそ、私がずっと探していた……。

「ここまで来るのに随分と苦労したわよ、勇者殺しのベルディア……」

「少し見ないうちに随分と腕を上げたようだな。いいだろう、養生中の身とは言え俺も魔王軍の幹部、貴様からの挑戦を受けてやろう!」

 巨大な両手剣を片手で持ち上げ吃然と立ち上がったベルディアを前に、私は魔力を体内で練り上げていく。

 魔力の循環は今までで一番良いかもしれない。

「だが俺と戦いたいのならば、まずは配下であるこの……!」

 ベルディアが言い終わるのを待たずに、私は手をバッと前に突き出し、

「『インフェルノ』―ッッ!」

 アンデッドナイトの群に強烈な一撃を浴びせた。

 自分でも驚く程の高火力を前に、側近達は為す術もなく崩れ去っていく。

「この時をずっと待っていたわ。あなたを討ち取れるこの瞬間を……」

「ま、ままま待て、ちょっと待ってくれ!」

 部下を一掃され途端に及び腰になるベルディア。

 そんな彼に、私は淡々と告げる。

「あなたの事を恨みはしないわ。冒険者がモンスターと戦い命を落とすのは仕方のない事だもの。でも……」

 そこで口を閉じ、私は魔法の詠唱を開始した。

 ベルディアが何か捲し立てているが、そんな事は気にしない。

「『カースド・ライトニング』――ッッ!」

「――だから、今日のところは引き分けという事で……ひあああああああああー!」

 私の放った渾身の魔法に撃ち抜かれたベルディアは、がっくりと膝をつきそのまま動かなくなった。

 それを見届けた私は、天井を見上げて大きく息を吐き……。

 

「これで冒険者として……、人間としての私の役目は、終わったわね……」

 

 出来る事を全てやり尽くしたからか、随分と晴れやかな気分だ。

 きっと、今までの生活が戻ってこないのを寂しくないと言えば嘘になる。

 だがそのお陰で、こうして目的は完遂出来たのだ、これ以上何を求めようか。

 文字通り気分を一新させて、これからは穏やかな心を持って生きていこう。

 ファッションに興味を持ってみたり、本格料理に挑戦してみたり。

 これまでに旅した街をゆっくり見て回るのもいいかもしれない。

 何せ時間だけは使い切れない程あるのだから。

 そう考えてみたら、今のこの状態も――

 

 悪くないと私が想起していた、その時。

 

 部屋の外からツカツカとこちらに近付いてくる足音が響いてきた。

 目をやるとそこにいたのは、ここ数ヵ月の間散々私達をコケにしてくれた。

 そして今や私の恩人でもある、一度見たら忘れられないインパクトを持つ大柄な人物。

 一週間ぶりの再会に私は、何故か笑みが込み上げてきてしまい。

 自分でも不思議なくらいに軽やかな足取りで、扉の前で立ち止まったその人の下まで歩いていき――

 

 

「――それにしても意外でした。魔王さんは結構話が分かる方だったんですね」

 魔王さんへの挨拶を終えた後。

 私はしばらく間借りする事になった個室へと案内されていた。

 その役目を買って出てくれたのは意外にも……。

「奴も伊達に年は食っていないからな。これ以上大暴れされるぐらいならば、多少は妥協して汝の要望を融通した方がマシだと判断したのだろう」

 そう答えるのは、魔王さんに私を紹介してくれたバニルさんだ。

「しかし、汝が魔道具店に興味を示すとは意外であるな。確かに以前、何度か変わった魔道具を持って来ては、吾輩を笑わせてくれたものだが」

「あ、あの時の事は忘れてください! 自分では出来ない事を可能にしてくれる魔道具という物に、前々から興味がありましたから。ですが……」

 そこで少し言葉を詰まらせてから、

「ですが一番の理由は、皆が帰って来るお家を作りたいからなんです。理由はどうあれ、私はパーティーを抜けてしまいましたからね。せめて、皆が疲れて帰って来た時に、お帰りなさいを言ってあげたくて」

 少々照れ臭いが、これが私の本心だ。

 周りから疎まれる存在に成り下がっても、心だけは人間のままでありたい。

 独り善がりかもしれないが、仲間の身を心配するぐらいは許して欲しい。

 そんな思いから生まれた、私の小さな夢。

 これから永遠の時を歩む私にとってはあまりにも虚弱な目標かもしれない。

 でも、今はこの気持ちを大事にしたい、そう強く思う。

「……まあ吾輩としては、ダンジョン建設資金の捻出さえ出来れば方法は問わん。好きにするが良い」

「はい! 私頑張りますから、バニルさんは楽しみに待っていてくださいね!」

 素っ気ない口調のバニルさんに、私は右半分を髪で覆ったまま笑顔を浮かべる。

 顔を隠しているのに深い理由はないのだが、何となく、今の自分の姿を他の人に見せたくなくて。

 大切な貰い物である十字型の髪留めを外し。

 今はアクセサリーとして胸元に下げ、お守り代わりにしている。

 と、そんな事は別にいいのだ。

 それよりもまず、お店を開く為には何の勉強から始めればいいのだろう。

 ……どうしましょう、ちょっと想像しただけでも課題は山積みだ。

 これは一筋縄ではいかない。

 せめてもう一人いれば……。

 

「新参リッチーよ、汝の居室に到着したぞ。後は自らの赴くままに、内装のコーディネートなり家具などの搬入を」

「バニルさんバニルさん、もしよろしければ、私のお店を手伝ってくれませんか?」

 

 バニルさんの言葉に混ぜっ返し、私は画期的な提案をした。

「呆けた面を晒していたかと思えば、貴様は何を言っている?」

「ですから、一緒にお店の経営をしましょうとお誘いしたんですよ! バニルさんと一緒に働けば、きっと楽しいだろうなと思いまして。どうですか?」

 そう言って、私は期待の眼でバニルさんを見詰めた。

 ドキドキしながら待つ私をしげしげと見たバニルさんは、それはもう真顔になって。

「つまり汝はこの吾輩に、人間共相手に媚び諂い愛想笑いを浮かべろと言っておるのか? 吾輩は仮にも、地獄では広大な領地を治める公爵級の大悪魔。そのような下々のやる所業など真っ平だ」

 ……これは断られたという事だろうか。

「……そうですよね、バニルさんにだってやりたい事がありますもんね。無理を言ってすいませんでした、今の提案は聞かなかった事にしてください。部屋までのご案内、ありがとうございました。それでは……」

 私は扉を開け、肩を落としながら中に入ろうと……、

 

「――だが」

 

 した所で、バニルさんが言葉を続けた。

「何故か眩しくて見通し辛いが。どうやらそう遠くない未来に、吾輩を討伐し得る者共が現れるようだ。吾輩としても幹部の仕事には飽き飽きしていてな、どうにか契約解除出来ぬものかと画策していたのだ」

 と、バニルさんは口元に悪魔らしいニヤリとした笑みを浮かべ、

「汝、もし吾輩がその者達に討伐された後に。尚、吾輩の力を欲すると言うのならば。その時は再び蘇り、我が野望の為、汝の商売に協力してやろうではないか!」

 バニルさんの言葉に私はしばらく呆然とし。

 そして段々とその意味が分かり始めた私の答えは勿論――

 

「はいっ! その時が来たら、一緒にお店を盛り上げましょう!」




次回予告
 ご拝読頂きありがとうございます。アクア様の時と言い、昔の事を思い出すのはやっぱりこそばゆいですね。
 今回でこのシリーズは最終回です。ですので僭越ながら、私が皆さんを代表してコメントを……えっ⁉ あ、あなたはもしかしてあの⁉ あっ、やめ、やめてくださーい! この間のクリスさんと言い、私消えちゃ……っ! (by ウィズ)
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