雪が降り止むその日まで   作:アステカのキャスター

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雪は止まない

 それはある日の事だ。

 花柱であった胡蝶カナエが上弦の弐である童磨に殺されかけていた時だ。カナエは任務の帰りに襲われ、他の柱の増援は恐らく現実的ではない状況下の中、呼吸する肺が壊され致命的な状態に陥っていた。

 

 そんな中、彼は現れた。

 

 

「あらら?誰だい君」

「あっ?鬼殺隊だボケ」

 

 

 藍色で雪の結晶が目立つ綺麗な羽織りを着た誰かの背中が見えた。倒れて呼吸がままならない状態。刀を持つ力すら無くなっているほど吐血してしまっている。

 

 

「大丈夫か?動けるか?」

「…こ、呼吸に……気を付けて」

「呼吸に?……ああ、なんか寒いと思ったらテメェの血鬼術か。近くで吸えば肺を壊すってか?」

「わあ、もうバレちゃった。そう言うの良くないと思うなあ?」

 

 

 お前()が言うな、と吐き捨てカナエを近くにあった民家の壁に背もたれさせる。そして身体の芯が燃えるように滾り始める。同じ鬼殺隊の人間がやられている。その事実に、それを与えた鬼に、静かな闘志を燃やし始めた。

 

 

(セツ)!!ソイツハ上弦ノ弐ダ!!」

「じょ、上弦……!?」

「そうだよ。俺は上弦––––」

「って何だ?強い鬼なのか?」

「いや知らないのかい!?」

「鬼ノ中デ二番目ニ強イ鬼ダ馬鹿!!」

 

 

 そういや下弦とかなんとか言ってたなぁ、としみじみ呟きながらため息をつく。雪は腰に据えた日輪刀を()()()()。刀身は汚れがないと言っていい程の()()()()()だった。とても鬼を斬る刀としては惜しいくらいに目を惹かれる。

 

 やる事は変わらない。

 いつも通り鬼を狩るだけだ。だが、今まで出会ってきた鬼の中で格上、しかも二番目に強いときた。青年は闘志を燃やしながらも、質問を始めた。

 

 

「ほー、なるほど。上弦の弐……名前とかあんの?」

「俺は童磨って言うんだ。君は?」

「俺は(セツ)星崎(ホシザキ)(セツ)だ。まあ斬り殺す前に一つ聞きたいんだが」

 

 

 格上の鬼なら知っているかもしれない。

 雪が一番殺したいと決めた鬼について……

 

 

「何だい?」

「狛……いや、()()()()()()()()()()()()?」

「猗窩座殿を?まあ知ってるよ?彼、上弦ノ参だし」

「アイツお前より格下なのかよ」

 

 

 見るからに強さに飢えているわけではなさそう。

 いや、何というか何も感じていないように見える。鬼になる前から感情が欠落しているように見える。性格の考察はここまで、(セツ)は鎹鴉に話しかける。

 

 

「……(せき)、他の増援は?」

「無理ダ!迎ッテキテイルガ時間ガカカル!!」

「ん。了解了解。悪いが医療に詳しい人に重症患者来るって報告してこい。()()()()()

「死ヌナヨ!」

「へいへい。吉報持ってきてやるからよ。頼むぜー」

 

 

 鎹鴉の(セキ)はそう言って飛び去っていった。

 童磨からしたら呑気そうな人間だと思った。むしろ邪魔だ。夜明けまであまり時間はない。邪魔されたら柱であるカナエを喰う事が出来ない。

 

 

「えー、男ってあんまり美味しくないし、俺はその子を救ってあげなきゃいけないんだ。だからさ、邪魔しないで」

「お前は二つ、俺を怒らせた」

 

 

 童磨の忠告に耳を傾けずに雪は告げ始めた。

 

 

「一つ、クソ汚え雪を使いやがる事。至る所の凍結はお前の仕業だろ?雪が好きな俺に対する侮辱だ」

「えー、だいぶ理不尽じゃない?」

「二つ」

 

 

 ギシッ!!!!と軋む音がした。

 柄が砕けるんじゃないかと言うくらい強く日輪刀を握る。身体が燃えるように熱くなる。白い純白を彩る日輪刀が()()()()()()()()

 

 そして雪の左頬には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。打ち震える怒りと、静かな闘志が次に殺す行動に集約されていく。

 

 

「女に、血を流させた事だ」

 

 

 最早生かしておく事すら烏滸がましい。

 一分、一秒すら存在させる事にすら怒りを覚える。後ろのカナエが雪が()()()()()()()()()()()()()()()。感情も、救うと言った偽善で彼女を傷付けたこの鬼を許せない。

 

 故に雪は赫く染まった日輪刀をもって童磨を殺しにかかった。

 

 

 

 

「とっととくたばれ糞野郎」

 

 

 

 

 

 この日、鬼殺隊の運命が動き出した。

 上弦ノ弐・童磨を単独で討伐したという伝説を雪は残していった。

 

 

 

 ★★★

 

 

 星崎雪には前世の記憶と言うものがある。

 元の名前は伊月(いつき)春翔(はると)と言う名前だった。春翔が生まれたのは江戸時代、まだ今の時代より活気が薄かった時代で彼は生まれた。

 

 彼は天才だった。

 どんな事をしても直ぐに真似てしまえると言う特質だった。相手をよく見てそれを実践できるという才能に溢れた人間で、物心付く頃には自分より優れた人間が居ないと言う贅沢な悩みを抱えていた。

 

 だが、そんな彼の前に出会ったのが慶蔵と言う男だった。

 

 慶蔵は素流道場と言う所で師範をしていた。

 武術は一通り経験していた当時の彼からすればつまらないものだとばかり思っていた。

 

 だが……師範には一回も勝てなかった。

 

 足捌きもいなされ、拳も受け流されタコ殴り。

 負けず嫌いな彼からすれば屈辱だった。それと同時に喜びでもあった。自分を退屈させない人間がまだいる。彼は慶蔵に挑んだその日、門下生になる事を決意した。

 

 挑んでは負け、挑んでは負け、挑んでは負け続けた。それでも充実していた。大人と子供などと言う隔てりが無く、本気で挑んで負けて、次は勝つ為に努力する事は楽しかった。

 

 そんなある日……

 

 

「おう!やってるか春翔!」

「はい。……ん?その担いでる少年は?」

「新しい門下生だ!」

「随分新しい門下生ボコボコにしてますよね!?」

 

 

 顔が腫れて気を失っている少年が担がれ、道場にやってきた。

 彼の名は狛治、どうやら江戸の罪人らしい。腕にその刺青が刻まれている。

 

 

「恋雪はどうだ?」 

「ご心配ないっすよ。師範が居ない時はちゃんと見てますし」

「そうか、悪いなそっちについては」

「まあ門下生今俺だけですしね。道場やってるのに稼げないって世知辛い世の中っすよねぇ」

 

 

 苦笑いする春翔と、呑気に笑う師範。

 担がれた少年を別の場所に寝かせて傷に包帯を巻く。見た感じ身体は丈夫のようだ。ボコボコにされた割には出血は鼻血程度、晴れているのは冷やせば問題ないだろう。

 

 

「門下生か……」

 

 

 自分しか居ないこの道場で初めての同期。

 この少年が自分とどこまで戦えるか少し興味を持ちながら、春翔は恋雪の所に向かった。

 

 

 ★★★

 

 

「ふんっ!」

「おらあああっ!!」

 

 

 二人は互いを高め合っていた。

 恋雪の体調がいい時、俺たちはいつも試合をしていた。師範の素流にはまだお互いに及ばない。狛治も春翔も師範にはまだ勝てない。

 

 お互いに闘うことは楽しかった。 

 自分の技を高め合えるし、勝った時の爽快感が違う。お互いに勝ち負けを繰り返し、今は183戦中91勝92敗だ。

 

 

「そこっ!!」

「ぐっ……!?」

「そこまで!」

 

 

 胴体に鋭い蹴りが入った。

 狛治は腹を抑えて膝をつく。師範が止め、互いに礼をして終わる。今回は春翔の勝ちだった。これでまた並んだ、勝ち越されっぱなしは許さない究極の負けず嫌い。胸を張って勝ちを噛み締めていた。

 

 

「次は勝つ!」

「やってみな。次も勝つぜ狛治」

「はいはい、熱くなりすぎるなよ。今日はすき焼きにしよう」

「「すき焼き!」」

 

 

 お互いにすき焼きの言葉に反応する。

 遠くから見ていた恋雪はふふふと笑っていた。

 

 

「うっし、そうと決まれば雑巾掛けだ!どっちが速いか勝負しようぜ!」

「望む所だ!」

「お前ら張り合う事だけは一人前だよな」

 

 

 単純過ぎて笑いを隠せない。

 互いに高め合い、互いに強くなり、振り返れば毎日を鮮明に思い出せるくらい濃密な時間が経っていた。当時16歳、この道場が、この場所が大好きだった。

 

 

 ★★★

 

 

 恋雪が体調が悪い時は狛治と変わりながら看病を続けていた。お互いに看病した時は三人で外の話や自分の夢を語っていた。

 

 春翔は将来、新選組に入りたいらしい。この世の中を悪い奴らから守りたいと言っていた。

 狛治はまだわからないと夢を語らなかった。想像が出来ないらしい、彼は罪人だとまだ思っている。

 恋雪はどうしたいかは決めていなかった。身体の弱い自分に何が出来るか考えた事もしなかったらしい。

 

 

「まっ、気楽に考えなさいな。何をしたいかとかさ」

「花火を見たいです」

「それは祭りの日に連れてきますよ。てかそれじゃ一日で終わるでしょーが」

 

 

 花火って儚い夢じゃない。

 心に残り続けるものが夢だと春翔は語った。すると恋雪は少しだけ照れたように小さく呟く。

 

 

「……お嫁さん、とか?」

「……いいんじゃないですか?夢はでっかく、なりたいものは無限に考えて、いつかそんな夢が叶うまでどうしたいか考えるのもいい事っすよ」

「ジジ臭いぞ春翔」

「ほっとけコラ!」

 

 

 未来の話をした。

 いつかこうなりたい自分を三人で探しながら語って、笑って、考えて、寝て、そういった日々も嫌いじゃなかった。

 

 

 ★★★

 

 

 道場で鍛錬が終わり、汗を手拭いで拭きながら道場の縁側を歩いている。師範に終わった事を報告しようとした時、声が聞こえた。

 

 

「この道場を継いでくれないか狛治。恋雪もお前のことが好きだと言っているし」

 

 

 足がピタリと止まる。

 春翔はその障子を開けることが出来なかった。恋雪は狛治が好きだと聞いた時、はたして自分はいつもみたいに陽気な自分でいられたのだろうか。

 

 

「………っ」

 

 

 春翔はその場から逃げ出すように外へ走った。

 草履も履かず、ただ遠くに我武者羅に走り出した。胸の痛みを誤魔化すかのように、声にならない叫びを上げながらただ必死に。

 

 春翔も恋雪が好きだった。

 朗らかに笑って、試合を見て応援してくれる彼女の笑顔が好きだった。彼女の笑顔を見て頑張れる自分がいたから、自分は彼女を好きになった。

 

 

「………は、はは」

 

 

 笑えなかった。

 いつも陽気に笑っていた春翔は壊れたように笑っていた。それはただ胸の痛みをひた隠しにして、偽るかのように仮面をつけて、誰にも悟られないように誤魔化していた。

 

 彼女は狛治を選んだ。

 なら、自分はそれを祝福しよう。ただそう決めて感情を押し殺していた。うまくいかないでなんて、告げる事も願う事も、そんな事を考えている自分さえ気持ち悪い。

 

 ただ、幸せに…といつもの笑顔で告げる事が出来るのだろうか。

  

 

「……柄じゃねぇ……クソッ」

 

 

 上手く笑えないや。

 どうしようもないまま、ただその気持ちを押し殺していた。

 

 

 

 ★★★

 

 

 18歳になり、春翔は新選組の試験を受けた。

 勉強も覚える事に関しては得意だったのか、予想より簡単に終わった。試験は合格だった。夢に近づいた事に心が躍る。

 

 春翔は新選組に入ったらあの道場を去る。

 

 18歳だ。もう大人と同じ、働かなければいけない。

 新選組に入った事を報告しに行こう。お世話になった師範にありがとうございましたって堂々と言おう。恋雪にお幸せにと告げよう。狛治と最後に戦おう。終わったら、結婚おめでとうと笑って祝福してやろう。

 

 そう考えながら、道場に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………………はっ?」

 

 

 

 しかし……そこに広がったのは悪夢だった。

 

 道場の前の人だかり、見ている人達を押し除けて道場に入る。次に視界に入っていたのは白い布で顔を隠された二つの死体だ。

 吐き気がした。目眩がした。見覚えのある体格、着ていた着物、どれも鮮明に頭の中をよぎっていた。

 

 手が震える。呼吸が早くなる。

 それが一体誰なのか、見間違いであってほしかった。

 

 

「…………嘘、だ」

 

 

 嘘であってほしかった。

 嘘であってほしかった。

 嘘であってほしかった。

 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘だ。

 

 

「うっ……!」

 

 

 堪らず松の下で吐いた。

 現実は最も容易く残酷さを物語った。

 あの場所で、あの道場で、好きだった人、敬愛する人が物言わぬ骸に成り果てるなどと現実で理解しても脳が追いつかなかった。

 

 二人の死体は慶蔵と恋雪だった。

 

 

「どう……して………」

「毒殺されたのよ……剣術道場の奴らが正面から勝てないからって、井戸に毒を……!!」

 

 

 絶望の中、春翔は一つの事に気がついた。

 死体は二つ、じゃあこの道場を継ぐ筈のあの男はどこに行った?

 

 

「はく…じ……は?」

「へっ?」

「狛治は何処に行ったっすか!?」

「狛治さん?そういや、人集りが出来る前から居たような……あれ?何処に行ったんだ?」

 

 

 近くに住んでいた男の人がそう告げると、春翔は一目散に走り出した。今はもう日が落ち始めている。狛治は復讐の為に、剣術道場に向かったのではないかと、春翔は全力で駆け出した。

 

 

 

 ★★

 

 

 剣術道場に乗り込んだ。

 嫌な予感がしながらも道場を開ける。そこに広がっていたのは、地獄絵図だった。

 

 

「っっ………!?」

 

 

 血の臭いがした。

 道場全てから血が滲みついたような色と、散乱する目玉や内臓、転がっている首の死体、まるで鬼に引きちぎられたような臓物をぶちまけた死体の数に思わず口を押さえていた

 

 

「ひっ……!」

「っ!?大丈夫ですか!?」

 

 

 その中で道場の隅で震えていた一人の女中さんがいた。

 正気を失っているようで震えている。あり得ないものを見たと連呼していた。ここに来たのは一人の男だという。ただ、その男は素手で頭部を破壊し、拳で臓物をぶち撒けて、これ程悲惨な現場を作り出していた。その男の特徴は腕に、罪人の刺青を入れられた青年だと言う。

 

 

「お、鬼よ……あんなの!鬼そのものじゃない!」

「落ち着いて。とりあえず、この羽織りを着て外へ」

「あ、貴方は?」

「俺はそいつを追います。貴方は見廻組に連絡を」

 

 

 幸い、血痕が外へ続いている。

 それを追えばまだ追い付ける。青い羽織りを被せて女中を外へ連れ出した後、春翔は道に点々と残る血痕を追っていた。

 

 本当に狛治がやったのか。

 頭の中はぐちゃぐちゃだ。何の言葉をかければいいか。殺した事を責めるべきなのか。それとも恋雪が死んだ事を慰めればいいのか。

 

 ただ、今は前に進むしかなかった。

 どんな言葉をかけるかなんて、会わなければ始まらない。

 

 ただ、血痕が示す方へ走り出した。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 血痕が少なくなっている。

 血が乾いたのか、点々としていた返り血はもう殆どない。民家の角を曲がった。それが春翔の見た最後の血痕だ。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 どれだけ走り回っていたのかわからない。

 どれだけ血痕を探したかわからない。けど、これでもう終わりだ。春翔の目の前に狛治と男がいた。

 

  

「……はっ?」

 

 

 正しくは違った。

 二人は橋の上に居た。夜になったこの場所で、日が差さない夜空が見える中、見えた光景は血塗れで倒れている狛治と、右手が血濡れたまま醜悪に笑う鬼のような男だった。

 

 頭の中の全てが怒りに染まった。 

 倒れている狛治と男にべったりとついた血が、まるで狛治が殺されたかのような惨状を作り上げている。

 

 堪らず男に向かって拳を放った。

 

 

「っっ……!テメェェェェェ!!狛治に何してんだ!!」

「!?ぐっ……!」

 

 

 男は素手で殴られた事に困惑する。

 人間の領域で、自分に拳を当てるなんて現実的ではない。ましてや鬼殺隊でもない人間に、()()()()()()()()()()()()()

 

 先程の男は脳天を一突きだったのに。

 

 

「っ……!狛治!起きろ!!」

 

 

 血に濡れているのに外傷の一切が見当たらない。

 心音があるし、脈がある。返り血にしては先程途切れて乾いていた血の分を考えると割りに合わない。あの男の血は狛治のものじゃない?いや、だが春翔は直感で悟っていた。この男は()()()()()()()()()()()だと、細胞が叫ぶように警鐘を鳴らしていた。

 

 

「っっ……テメェ、何者だ」

「……鬼殺隊でもない人間が私を殴るか。……中々面白い。強い鬼を十二体ほど造るのだ、貴様も私の血に適合しよう」

「テメェが誰かって聞いて––––」

 

 

 次の瞬間、ドシュという音が耳に聞こえた。

 

 気付いた時には春翔の腹から血濡れた腕が伸びていた。臓器をぶち抜かれ、脳が痛いと認識するのに時間がかかる程、呆気に取られていた。

 

 思わず後ろに目を向ける。

 

 春翔の腹から伸びていた腕の持ち主は……

 

 

 

 

 

 

……はく……じ…?

 

 

 

 

 ズリュッと腕を引き抜かれた。

 押さえようにも血は止めどなく溢れ、ぶち抜かれた臓器は既に機能しなくなるほどに壊されていた。

 

 脳が痛いと感じた。

 口元から血が溢れていた。

 目の前が真っ暗になり始めた。

 

 

「…な……んで………」

「狛治?いや、狛治はもう居ない」

 

 

 身体が倒れる。

 橋の手摺りに背中を支えるが、身体はどんどん重くなり、支えていた力すら抜けていく。

 

 身体が傾いた。

 支えきれない身体が橋から川へと落ちていく。やがてバシャ、と水飛沫を上げて、川に堕ちていく。最後に聞こえたは憎しみも悲しみもない。

 

 なんで、という言葉の返答を最後に告げるかのように狛治は口を開いた。

 

 

「俺は()()()だ。無惨様からそう名付けられた」

 

 

 ただ無機質な声でそう告げられた。

 川に落ちて、自分から溢れた血が透明な川を汚していく。赤く、濁らせながら春翔の身体を運んでいく。

 

 

 痛みはもう感じなかった。

 口元から溢れた血がなくなっていた。

 ただ、視界は黒く染まって、目の前の月が憎たらしい程最後に映し出されていた。

 

 自分は死ぬ。

 そう感じた最後に思い浮かんだのは、自分が好きだった彼女だった。自分が死ぬ前に見た彼女は泣いていた。泣き続けていた。鬼に堕ちた彼の側で手を引こうにも、その思いはもう、伝わらない。

 

 

「(……止められなくて…ごめんな…恋雪…)」

 

 

 彼女の涙すら掬ってやれない。

 血濡れて、力の一つも入らない彼は彼女に触れる事すら出来はしない。幸せを願った二人は引き離され、身を引いた自分もこのザマだ。

 

 ―――何ともまあ惨めで滑稽でつまらない話だ。

 

 春翔は静かに目を閉じる。

 川の流れに身を委ね、この世界から旅立って逝った。

 

 

 ★★★

 

 

 

 気付けば、生まれ変わっていた。

 生まれてからしばらくしてから調べたのだが、春翔は羽織りを渡した女中さんの子孫に生まれたらしい。

 

 赤子として生まれ変わった春翔に(セツ)と言う名前が名付けられた。皮肉にも運命は春翔を終わらせる事を望んでいないらしい。

 

 生まれつき、首筋に()()()()()()()()()があった。

 それはまるで、あの時代を生きた自分を引き合わせるかのように付けられたものだと感じた。

 

 

 そこからは早かった。

 鬼殺隊と言う組織を知り、鬼を殺す機関がある事を知った。時代は大正、廃刀令が出された時代でも刀を使っているとは驚いた。

 

 剣術はあまり好きではない。 

 小雪や師範を殺したのは剣術道場の奴らだ。だが、鬼を殺すには日輪刀しかない為、そこは割り切った。幸い才能は前世と同じ、見たものを観察し、身に付けるまでそう時間はかからなかった。

 

 どの呼吸も使えるが適正とは言えない。 

 故に独自の呼吸を派生させ、二本の日輪刀をもって素流の動きを取り入れたそれを雪の呼吸と名付けた。

 

 

 そこからはただひたすら鬼を狩った。怒りに震えながら、万力のように握った刀は赫く染まり、体温と心拍を上げる事で前世より強くなっていた。

 

 

 そして僅か一か月。

 雪は上弦ノ弍の討伐をもって雪柱の称号を手にしていた。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「俺は俺の責務を全うする!ここにいる者は誰も死なせない!!」

 

 

 煉獄と猗窩座が動き出す。

 満身創痍の煉獄を見て、炭治郎は止めようとした。しかし身体が重過ぎた。出血によって流れた血が多く、今行っても邪魔にしかならない。

 

 猗窩座の言う言葉を否定したくても否定できない。人間は怪我が蓄積するけれど、鬼は違う。長期戦になって不利になるのは間違いない人間だ。その不利を押してでも、命を懸けて刀を奮う鬼殺隊だ。

 

 それでも、足りない。

 今の猗窩座にはそれを破る余裕が微かに存在した。だが煉獄も猗窩座も止まらない、止められない。

 

 

 ___炎の呼吸 奥義 玖ノ型・煉獄!!

 ___破壊殺・滅式!!!

 

 

 拳と日輪刀、それらが互いに交わるその瞬間。

 猗窩座は左から赫い日輪刀を持つ男を視界に捉えていた。

 

 ___雪の呼吸 壱ノ型 雪月花

 

 破壊殺を打つ腕が斬られていた。

 それを認識した瞬間、猗窩座は煉獄の奥義を後ろに跳躍して躱す。思わず目を奪われるような綺麗な型だった。

 何百年と生きた自分が初めて出会った未知の型、愉しさに震える猗窩座とは対照に、その男は怒りと肌で感じる事の出来る程の闘志を燃やし、叫び出した。

 

 

「漸く会えたな!狛治ぃぃぃぃ!!」

 

 

 赫き二刀を持った雪が猗窩座と対峙する。

 運命と言うものがあるのなら、雪は狛治を止める為に生まれてきたのだ。雪の羅針盤と雪の呼吸を使う鬼殺の剣士、お互いに笑い合っていた時は失われた。

 

 狛治と春翔は、もう居ない。

 涙も、情も、この時だけは何も無い。

 ただ、殺し合いを愉しむ猗窩座と止めて彼女の下へ送り出す雪は、一緒の想いを持っていた二人はそれぞれ反対の道を歩き続けていた。

 

 上弦ノ弍・猗窩座と雪柱・星崎雪は殺し合う。

 二人は、どちらかが死ぬまで止まりはしない。

 

 

 

 

 故に–––––雪はまだ止む事を知らない。

 

 




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