柱合裁判が終わり、蝶屋敷に向かう
竈門炭治郎と鬼の禰豆子の処罰は無くなり、柱全員で情報交換をして終わったのだ。まさか冨岡が鬼を庇っているとは寝耳に水だった。
そんな事を思っていながら、雪は困惑しながら胡蝶しのぶに話しかける。
「あ、あのしのぶ? 何で俺はお前から絞められてるの? ミシミシ言ってるから、骨が、特に肩が」
「いい加減に姉さんの告白の返事をしないから流石に私も怒りました。毎晩毎晩姉さんの愚痴を聞くんですよ? 貴方が返事をしないって」
「…………うん。それは悪かった」
「そう思うならさっさと返事を出してください。正直何回も同じ話を聞くの疲れました」
それは本当に申し訳ないと思ってる。
上弦の弐討伐から雪柱になるまで異例の早さで昇格した雪は上弦によって肺を傷つけられ、戦線復帰を諦める事を余儀なくされた胡蝶カナエから好意を向けられている。
一月前、胡蝶カナエから告白された。
だが、雪は少しだけ待ってほしいと告白を保留にした。その愚痴をしのぶはウンザリするほど聞いたのだろう。
「大体、何で保留なんですか? 姉さんは器量もいいし、他の男の人から求婚される程美人だし、私的には貴方は姉さんを救ってくれた恩と姉さん自身の好意から止めるつもりはないのに」
そう、疑問に思うのは何故保留なのか。
他に好きな女がいるならキッチリ断る筈だ。好いているなら告白を受ければいい。雪はその好意を受け入れている感じはあるのに、返事を保留にする理由が分からないのだ。
雪は少しだけ遠くを見つめながら話し出した。
「……俺にもな、昔好きだった女がいた」
「……姉さんよりも?」
「今となっちゃ分からねえ。俺が好きだった女は別の奴を好いていた。俺はそれを応援しようとしたんだ」
恋雪と狛児を応援しようとした。
自分も恋雪が好きだったけれど、恋雪が選んだのは狛児だった。だから、新撰組に入ってあの道場から距離を置こうとした。
けど、恋雪は師範と一緒に毒殺された。
復讐に身を落とした狛児を止められず、鬼となって自分を殺した。
「そいつは鬼になった。俺がカナエさんと付き合うのを保留にしたのは、そいつを斬って漸く過去と
「その鬼本当に生きてるんですか? 他の柱や隊士が斬ってるかも」
「その鬼は今、上弦の参だ。いや、繰り上げで弐だろうな」
「!?」
一体どんな因縁があるのかと思ったら、予想以上に壮大だった。
雪は悪いなとしのぶの頭を軽く撫でる。それはまるで子供に言い聞かせるような優しい撫で方で……
「必ず俺が斬る。カナエさんやお前を一人にゃさせねーよ」
「あの、私子供じゃないんですけど」
「それに、俺は多分アイツを––––」
––––止める為に生まれてきたんだろうな。
それはまるで兄のような優しい笑みを浮かべて嫌な事を心に押し留めて隠す。笑顔で隠しきれない悲しさが滲み出ているのに言葉が出なかった。
★★★
「漸く会えたな! 狛治ぃぃぃぃ!!」
煉獄の奥義を躱し、後ろに避ける上弦の弐である猗窩座は驚愕していた。斬られた腕が再生しないどころか、陽光に焼かれたかのような痛みに襲われる。
斬った人間を猗窩座は見る。
頬に雪の結晶のような痣と赫い二刀を持った藍色と雪の結晶が目立つ綺麗な羽織りを着た男。かつて共有していた鬼の記憶の中で、上弦を葬り去った男。
「お前は……童磨を斬った……!」
「雪! 何故ここに!?」
「任務帰りに報告受けたんだよ。杏寿郎、臓器がやられてるならあんま動くな。加勢は出来ればでいい」
二刀を構え、猗窩座と向き合う。
猗窩座は回復を集中し、腕を元に戻す。陽光に灼かれたかのような痛みと再生が阻害される赫刀、童磨の記憶から知り得てはいたが体感するとやはり信じられない。
「強いな。雪と言ったか?」
「ああ、お前は上弦の弐になったみたいだな。狛治」
「狛治? 誰だそれは、俺は猗窩座だ」
その名前を口にしても狛治はもういない。
分かっていた。ただ、目の前にいる人間がどうしても狛治だと頭の中で過っていた。狛治は猗窩座と言う鬼に殺された。あの日の俺のように。
「お前は素晴らしい。その闘志、その殺気、俺が殺してきた柱の中でも一番に練り上げられた存在だ」
「……そりゃどうも」
「そんなお前に素晴らしい提案をしよう」
猗窩座は笑みを浮かべたまま提案した。
「お前も鬼にならないか?」
「……何故、鬼にさせようとする」
「何故、お前達が至高の領域に踏み入れていないのか。人間だからだ。人間は脆い、老いて死ぬからだ。俺は悲しい、強い奴が老いて死ぬなどな。鬼になれ雪、そして俺と戦い続けよう!」
猗窩座と言う鬼は戦い続ける事に拘っていた。
強くなり闘い合う。猗窩座と言う鬼にあるのは
「……もういい」
「何?」
「お前はもう、忘れちまったんだな。狛治の事も、強くなる意味も、あの頃の思い出も、恋雪の事も全部」
雪の悲しい顔をして俯いていた。
必死になれば僅かでも狛治を取り戻せる。そう思っていた。甘い考えだった。諦めたかのような表現で悲しそうな表情をしていた。
「何のために強くなりたかったのか。何を護りたかったのかも、今のお前には
猗窩座には何故かその言葉が酷く不快だった。
酷く空っぽ。ただ戦闘を繰り返すだけが喜びの猗窩座はその言葉に僅かに揺らいだ。
だが、その存在が、その闘志が目障りだ。
まるで、誰かを連想させるようなその姿が酷く不快だった。地面に雪の羅針盤が展開される。
雪の羅針盤に対して雪の呼吸を使う雪の痣者。
それはどちらも一人の女を想って、忘れられなかったその募りが体現されたもの。
「鬼にならないなら殺す」
「来いよ––––俺がお前を
一人は教えを汚した鬼を殺す為、もう一人は強くなる為に存在している。あの頃、高め合っていた二人はもう居ない。
星崎雪と猗窩座は引かれ合うように殺し合う。
両者、地面を踏み砕く程に蹴り上げ、互いに向かっていった。
★★★
『なあ、狛治は何のために強くなりたい?』
昔の話だ。
素流道場で稽古の休憩中の時にさりげなく聞いた。井戸から水を汲み上げて飲む。冷えた水が体を冷やし、汗の気持ち悪さが打ち消されるようだ。
『俺か? ……分からない、親父が居なくなってからどうして強くなりたいのか、考えたこともなかった』
『素流は? 強くなりたい理由が分からないのに強くなりたいか?』
『いや素流は楽しいさ。師範もお前も強いし負けたままだと許せないしな』
『負けず嫌いめ』
『ふんっ』
素流は楽しい。
勝った事がない為、負けても何度も挑み続ける。狛治も春翔も楽しいと言う意見は同じだった。
『俺は将来、新撰組に入りたいから強くなりたい。けどお前はなーんか強くなりたいと言うか、出来る事を増やしたいように見えんだよなぁ』
『まあ、確かにそうだな。強くなれば弱い奴からは身を守れるし、強くなってどうしたいかは俺にもまだ分からない。けど、無いよりあった方がいいだろ?』
『まー、それは同感だ』
強くなって何をしたいかじゃなくて、とりあえず強くなってから考えようとするのが狛治の答えだった。強くなって何がしたいか、今の自分の答えは決まっていた。
『俺はさ、護るために強くなりたい。師範の教えを無駄にしたくないしな』
『……俺はそうだな。誰にも負けない強さが欲しいな。そうすれば、どんな奴からも護れるし、傷付けさせない』
『……それもしかして恋雪か?』
『なっ、違うわ!!』
カラカラと笑う春翔に赤面する狛治。
強くなってからお互いにまた理由を話し合おう。そして、その時に一体誰を護りたいか。
ただ、『負けねえぞ』と告げた春翔に狛治は笑って『望む所だ』と返した。狛治はその時はまだ分からなかったが、春翔にはそれが別の意味で言っていた事に気付く事はなかった。
★★★
お互いに熾烈を極めた闘いが数分続いていた。
炭治郎や伊之助の目の前のその闘いが追いつかない程に加速していき、煉獄でさえ今の雪に加勢する隙を伺えない。
赫刀を警戒しながら猗窩座は接近戦では拳打を繰り広げる。遠距離になれば虚空を殴り空気の衝撃波が飛んでくる。まともに食らえば骨が簡単に砕けるだろう。
衝撃波を斬り裂いて突き進む雪は猗窩座との距離をつめて闘う。遠距離では血鬼術の衝撃波が飛んでくる。
「(速い……!)」
「逃がすか!」
雪の呼吸 弐ノ型・寒天の嵐
身体を回すように走り、衝撃波をいなしながら猗窩座の腕を斬り落とす。赫刀で暫く再生はしない。そのまま頸を落とそうとした瞬間、下から猗窩座の脚が自分の顔に向いた。
「くおっ……!」
破壊殺・脚式
脚に力を込め、後ろに後退する。下から上への蹴り上げ、顔に食らえば即死だった。だが猗窩座はその隙を逃さずに接近する。
「チッ……!」
破壊殺・脚式
連続の蹴りが雪に襲いかかる。ここで退いたら更に連撃が来る。ならば対抗するために呼吸を更に深く吸う。
コオオオォォォォ、と呼吸音が猗窩座の耳に残る。
「ヌッ!?」
雪の呼吸 伍ノ型・雪原の乱
流星とも呼べる脚技に対して無数の連撃を繰り出す雪。赫刀の面積に触れているにもかかわらず手を抜かない猗窩座。脚が傷付こうが御構い無しだ。
脚の表面が斬り裂かれようが攻撃が止まらない。
そして、気がつけば斬り落とした左腕が元に戻っている。
「チッ、もう再生したのか」
「いいぞ雪! 素晴らしい動きだ!!」
破壊殺・乱式
近距離から連続の拳打を打ち込まれる。連撃の多さは打ち込まれる中で最多だ。
「舐めんなっ!」
雪の呼吸 捌ノ型・白舟
冨岡の凪を模して生み出した防御の型、雪降る中の静かな舟が猗窩座の連撃をいなしていく。
一撃の重さに日輪刀が少し、押し返されたが、被害を最小限に腰の辺りを掠った程度に抑えて一度距離を取る。血が少し滲むが骨は逝ってない。痛みは呼吸で消し、再び集中する。
「脚がダメなら腕、腕がダメなら脚かよ」
「素晴らしい。やはりお前は鬼になれ! お前は選ばれし人間だ! 鬼となれば更に上へ上がれる!」
傷付けた脚も回復していた。
陽光の力に等しい赫い日輪刀は再生阻害の力があった筈だ。上弦の弐ともなれば回復速度は凄まじいが、慣れ始めているのかもしれない。
猗窩座の笑みに対し、雪は皮肉混じりで答えた。
「成る程、そりゃつまり––––俺が鬼になったらお前は上弦ノ参か?」
安い挑発とビキッ、と血管が切れるような怒りの形相で飛び込む猗窩座。
凄まじい拳打が、雪の身体に打ち込まれんとする。赫刀で斬り、いなし、躱す。回復が遅くとも再生する上にまともに食らえばそれだけで臓器や骨は破壊される。
拳も脚も身体の全てが武器。
単純かつシンプルな強さ。それが猗窩座の力だ。
「なら、同時に斬り殺す」
脚がダメなら拳、体幹や反応速度は半端じゃなく速い。
ならば、
「雪の呼吸––––参ノ型」
––––厳冬一閃
脚技に切り替えた猗窩座の脚を振り抜くように斬り落とす。左脚を赫刀で斬り落とされればバランスを崩す。右脚で後退しようとする隙すら与えない。
「ぐっ!」
破壊殺・滅式
振り抜いた直後、猗窩座の左腕が雪の顔面を捉えようとした瞬間、雪は食らう前に猗窩座の脚を
「何っ!?」
「ここだ! ……っっ?!」
決定的な隙を見せた猗窩座に雪は赫刀で頸を斬る。
瞬間、雪の経験から来るその殺気が
「ぐっ……おお!?」
斬撃を防ぎ切れずに肩から腰にかけて傷をつけられる。
咄嗟に赫刀で斬撃を逸らさなければ胴体が泣き別れだっただろう。傷は浅くはないが深くもない。出血は呼吸で止め、斬撃を飛ばした方向を見る。
「誰だ……!」
空間からピシャリと音がする。
そこに立っていたのは巨躯でありながら六眼の二つに上弦と壱が埋め込まれた侍のような鬼。
その殺気、その闘気は猗窩座以上のものだ。
目を見開いてその存在を再確認し、雪は叫んだ。
「上弦ノ壱だと!?」
「黒死牟! 貴様何故ここにいる!!」
猗窩座すらこの勝負に水を差す真似をされ怒りを露わにする。
「夜明けが近い……帰還せよ」
「チッ、貴様に言われずとも」
「逃がすと思ってんのか?」
少なからず壱の情報は鬼殺隊の中でも無かった。
会った柱全員が殺されているからだ。少なからず、空間を転移出来る力がある可能性があると言っていい。ここで見過ごせば陽光の当たらない場所に行かれかねない。
「ならテメェから殺す!」
「青いな……
「なっ……!?」
後ろの炭治郎達が驚いているが、鬼が常中の呼吸をしている。
そして腰に据えた刀に手をかけた瞬間、雪ね経験から来る嫌な予感が背筋を刺す。
––––壱ノ型 闇月・宵の宮
超神速の抜刀と同時に不規則な斬撃が雪に襲いかかる。雪も辛うじて抜刀の瞬間のみしか見えない程の速さに肉体が危険を察知し、動き出す。
「雪の呼吸!」
––––参ノ型・厳冬一閃
抜刀に合わせて雪は二刀の赫刀を振り抜く。とは言え鬼の膂力に呼吸まで使ってくるせいで片腕では抑え切れず、両刀で防いでも吹き飛ばされた。
「ぐっ……なんつー速さだよオイ!」
「俺を忘れるな雪!!」
地面を駆け、雪に迫る猗窩座の拳が迫る。
一瞬たりとも気を抜けないこの状況で、壱と弍を両方相手にするのはまずい。何より、まだ乗客が逃げ切れてない中で暴れられたらそれこそ死者が出かねない。
万事休すか。
猗窩座の拳に割り込むように紅い炎刀が雪に当たる前に遮った。
「杏寿郎!」
「夜明けが近い! 踏ん張るぞ!」
「おうよ!」
猗窩座とは直接やりたかったが、人の命がかかっている以上、それは置いておく。先ずはコイツらをどうにかする事が重要だ。猗窩座は煉獄が抑えてくれているなら……
「月の呼吸」
「雪の呼吸!」
––––陸ノ型 常世孤月・無間
––––肆ノ型 白雪ノ舞
互いに広範囲を斬り刻む斬撃と拮抗し合う。赫刀である事が幸いで斬撃に当たれば斬れる。縦横無尽に斬撃が飛ぶ上に月輪の斬撃が襲いかかる中でも、反応速度は鈍らない上に剣撃に慣れ始めた。
「雪の––––」
「月の呼吸」
だが速い。
まるで先読みされたかのように剣撃がいなされ後手に回る。赫刀も痣も出している。雪は全力であるにも関わらず、この鬼は速さで先手を取られる。
––––弐ノ型 珠華ノ弄月
––––捌ノ型 白舟
咄嗟に攻撃から防御の型に直す。技はギリギリ間に合ったが、そう何度も続かない。
「っぶねぇ!」
「余所見する余裕があるか?」
月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り
黒死牟は横薙ぎの形の異なる斬撃を月輪の斬撃を纏わせて放つ。雪は型までの呼吸が間に合わず、振り抜かれる方向に赫刀で遮るが、その強さに腕がピキリと嫌な音を出して吹っ飛ぶ。
「がっ……くそっ!」
「星崎さん!」
「くそっ、速いなあの野郎とんでもなく……!」
鬼としての力、剣士としての力、そして何より経験が違う。
数百年と生きている鬼と生まれて数十年の人間と渡り合うだけ絶賛出来る程に差がある。赫刀や痣、用いる全てを使っても後手に回られる。
黒死牟が吹き飛んだ雪を見つめると同時に駆け寄る炭治郎が視界に入る。
「……! その耳飾りは……!」
「あっ?」
黒死牟から感じた僅かな怒り。
夜明けが近づくと同時に黒死牟が握る刀が変形した。刀から刃が三つ飛び出し、刀身の長さが倍となる。
ゾワリと背中を刺すような嫌な感覚、いつも感じ取る危険信号が悲鳴を上げるように身体が反応する。
「っっ! 坊主下がれ!」
「えっ……?」
「月の呼吸––––漆ノ型」
––––厄鏡・月映え
斬撃の範囲が更に伸びた。黒死牟と雪の間合いは訳二十メートルと言った中で、それ程遠い間合いにも関わらず月の呼吸が一方的に雪達に襲いかかる。
雪は後ろにいる炭治郎を掴み投げて白舟で防ぐが、左肩が僅かに斬れた。後ろにいる炭治郎を逃す為に投げた為、僅かな隙を晒し、防ぎ損ねた。
「おおっ!? 雪男!!」
「くそっ、坊主! 猪頭! 乗客を遠ざけろ!!」
「は、はい!」
「逃さぬ……月の呼吸」
––––捌ノ型 月龍輪尾
横薙ぎの斬撃が更に延びる。その範囲は戦っている杏寿郎にさえ届く。猗窩座と闘っていたが、その斬撃に猗窩座も杏寿郎も同じく距離を取る。猗窩座はその隙に朝日が登る前に黒死牟の近くに寄る。
「(っっ! 坊主達を!?)」
雪の呼吸 陸ノ型・
両刀が波打つように一撃を止めた後に刀をぶつけて更に押し込む。斬撃は明らかに炭治郎を狙っていた。あの間合いでさえ届いてしまうなら防戦一方だが、長く大きい分だけ返しが遅い。
「杏寿郎!!」
「分かっている!!」
更に言えば距離を詰めれば相手の攻撃は躱し難くなれど、隙が生じる。赫刀で頸を落とせる僅かな隙を杏寿郎もそれを分かっている。雪が先陣を切るように駆け出し、黒死牟はそれを逃さない。
「愚かな……月の呼吸」
––––拾肆ノ型 兇変・天満繊月
範囲も斬撃もこれまで放っていたものの倍。捌ノ型の白舟でさえ防ぎ切れないだろう。だが、それが雪一人ならの話だ。
「炎の呼吸! 奥義!!」
––––玖ノ型・煉獄!!
その燃え盛るような一閃は杏寿郎が炎の呼吸を継承させ、奥義として使う最強の型、灼熱の業火の如き威力で猛進し、轟音と共にその斬撃を抉り斬る。雪が抜けれる僅かな道が閃かれた。
「何っ!?」
「雪の呼吸!! 奥義!!」
––––拾ノ……
「っっ!!」
雪が奥義を放つ前に猗窩座の蹴りが赫刀越しに胴体に入れられた。パキン! と折れてしまった右の刀と共に蹴り飛ばされてしまい、折角詰めた距離を再び開けられる。朝日が登る。陽光に照らされる前に二人して突如現れた障子の扉に入り込む。
「仕留めきれぬとは……ぐっ!?」
入り込む瞬間、脚に一本の刀が刺さる。
赫刀だ。雪が持っていた赫刀が黒死牟の脚に突き刺さっている。この痛みは何百年も前に食らった痛みと同じ、太陽に焼かれたかのような激しい痛みが脳に響き渡る。
「一本……取ったぞコラ!!」
「貴様……!」
黒死牟に対してしてやったりの顔をして舌を出した。
ざまあみろ、と安い挑発に黒死牟は苛立ちながらも陽光が差し始めた為、『無限城』に帰還する。障子が閉まる直前、雪は叫んでいた。
「猗窩座っ!! 次会う時は必ず殺す!! それまで頸を洗って待っとけ!!!」
それは猗窩座に対しての宣戦布告。
猗窩座と言う鬼を斬る雪の怒号がビリビリと猗窩座の脳内を駆け巡るような苛立ちだった。
まるで何かを思い出すようで、内心はかなり激情している。
雪は猗窩座と言う鬼を斬り、狛治を解放する。猗窩座は雪と言う人間を必ず殺す。
互いに雪を背負った者はまだ溶けない。
燻った熱は雪に冷やされ消えていくならば、雪が溶けるのは二人の激情が最高潮に達した時のみだ。
「面白い! 俺も次は必ず殺す!! やれるものならやってみろ!!!」
故にまだ雪は溶けない。
障子が閉まる音と共に二人の熱はその場から冷まされ始めていた。
★ ★ ★
乗客全員、軽傷重傷者はいる者の死人は一切無し。
竈門炭治郎は脇腹を刺され出血はあれど命に別状無し。
嘴平伊之助と我妻善逸は軽傷こそあれど特に問題は無いようだ。
煉獄杏寿郎は眼球破裂と頭部損傷、斬り傷多数で肋骨を何本か骨折はあれど引退は無く、炎柱として復帰するようだ。暫く蝶屋敷で療養。
星崎雪は肋骨を多数折り、右腕にヒビ。斬り傷多数だが命に別状無し。乗客全員が無事で死者を出さなかっただけ奇跡だ。上弦ノ鬼を二体相手にしてこの結果だ。
「……大丈夫?」
「んあ、まあかなり寝たからな」
「良かった、生きていて……本当に……」
陽だまりで日向ぼっこしている雪に膝枕で雪の頭を膝に置く元花柱・胡蝶カナエ。本当は療養のベットで寝てなければダメだが、一時間だけしのぶから許可を貰った。
「……心配かけたな。カナエさん」
「ふふ、呼び捨てでいいっていつも言ってるのに」
「まっ、嫁に取ったら呼び捨てにするさ。今はまだまだだけどな」
「むっ……言質取ったわよ?」
「ああ、お好きなように」
お館様への報告は済んで休むだけになった以上、今は体を休める事に集中して意識をカナエに預けるように眠りにつきそうな雪。
太陽で日向ぼっこする事が好きな癖に戦闘の時はどうしてあれだけ冷たいような型になっているのか。赫い刀については既に聞いているが、雪には思い入れがあるらしく、雪の型と名付け派生させた。
純白の真っ白な日輪刀はまるで彼そのものだ。
普段はこんなに穏やかな顔をして眠っているのに、鬼と相対する時だけはその純白を汚さないように刀を赫くしているような。
「……やっべ……眠い」
「寝てもいいわよ。少し伸びてもしのぶに口添えしてあげる」
「そりゃ……ありがたい…………」
左側の額に小さな痣がある。
雪のような結晶を指で軽くなぞる。彼は何かを隠している事は分かっている。お館様は把握しているようだが、彼が背負っているものは鬼への憎しみではなく、誰かを救いたい一心で柱となり人を護っている。カナエの護りたいという想いと同じように。
「いつか必ず……聞かせてね」
カナエも知らない雪の鬼殺への始まり。
知りたいけれど、彼は話さない。でも、いつか隠し事もなくなって、鬼舞辻無惨を殺せた後の平和がやってきたならその時にいつか、話を聞こう。
カナエが囁いたその言葉。
微かに耳に届くと同時に雪は穏やかに眠りについていた。
良かったら感想、評価お願いします。