[第一話]始まり
「さぁ、選択せよ。衛宮士郎」
君の運命を変えてみせてくれ。
「傍観か敵対か、…いずれにせよ君の背から正義は崩れ落ちるだろう」
私を、感動させてくれ!!!
体感的には、もう100年以上前の話になる。
私がただの愚かな魔術師。
戒斗・グラスだった時の事。
「戒斗、鍛錬はこのくらいにして晩ご飯にしましょ?」
「うん、ママ。今日のご飯は何かな~」
「ふふっ、お楽しみよ」
暖かな団欒の記憶。
私の両親は魔術師だった。
だが、普通の魔術師なら目指すであろう根源への探求を彼らに見た記憶は私には無い。おそらく、私が生まれたからなのだろう。彼らは、子供を育て普通の暮らしを営む事を選んだ。
私は愛情を一心に受けて健やかに育った。
魔術回路の継承と、魔術の鍛錬はしていたがそれも苛烈な物ではなく、あくまで有事の際の保険と護身程度の物だった。
幸せだった。何気ない日常に、慎ましやかな生活。
それ以上を望む事も無かった。
だが、不変の事象など無く命には限りがある。
父と母は、私がまだ10歳の時に亡くなった。何が原因だったのかは、当時の私には分からなかった。ただ、その死のみが事実として降り掛かった。
悲嘆に暮れた私は両親との繋がりと、そして何か夢中になれる物を求めた。
「魔術回路…ぼくに残った、パパとママとの繋がり…」
その日から、私は魔術の研鑽に身を費やした。
魔術の研究を続けていれば、家族の蘇生すらも可能になるのではと幼い私の心にはそんな淡い思いもあった。
だが、グレン家は歴史の長い魔術師の家系でもなく、私自身も稀代の天才だった訳でもない。だからグレン家が得意としたある魔術に目を付けた。
置換魔術。
今覚えば、私は生き急いでいたのかもしれない。
研究が記された文書の中で、私は一番手っ取り早そうな手法を選んだ。
私は置換魔術を使い、今の自分と未来の自分の中身を置き換えた。
結果、私は未来の自分自身の魔術回路と老成した技能の全てを手に入れた。
だが。
その代わりに私は失った。
感動する、という感情を。
何をしてもどこか空虚に感じられ、心を揺すぶられる事が無くなってしまった。
「これが報いか。不相応な事をした…」
何より辛かったのは、過去の両親の記憶すらもどこか安っぽく、価値が無いように色褪せてしまった事だった。
幸福な思い出は記憶の中で時間と共に美化されていくものだ。
だが私の思い出は時間が経つたびに、本当に自分は幸せだったのだろうか?と自分自身でその価値を貶めて汚していく。
彼らとの繋がりを感じる為に鍛錬を始めたはずだったのに、今やその思い出にはなんの温もりも感じない。
それは両親を愛した私にとっては、苦痛であり耐えられないものであった。
その後、余命はひたすらに魔力を貯める事と置換魔術の修練に費やした。
一つの可能性。私が失った感情を取り戻す方法。平行世界への私自身に乗り移るという道。
たかだか数十年、私の人生二回分の研鑽では、第二魔法に近しい魔術にたどり着く事が不可能なのは分かっていた。
だから置換する私という存在の定義から、肉体、魔術回路、その技能を切り捨て、記憶と自我のみを自己として定義し、置換する魔術を組み上げた。
本来は、平行世界の自分自身への置換を可能とする魔術式の開発が理想だったが、私の生涯だけでは足りないようだ。
寿命で命の灯火が消える寸前、私は不完全なまま術式を起動させた。
それはつまり、私の心を取り戻す為に見知らぬ人物の人生を乗っ取る事を意味する。
こんな事をしようとしているが、私の感性は魔術師というより一般人に近い。そう育てられた。
罪の意識が無かったわけじゃない。
ただ、私はかの日の陽だまりに戻りたかった。その為に、平行世界の誰かを犠牲にする事を選択した。
そんな俺が、美味しい思いをしようなんて烏滸がましい事だったのかもしれない。
意識の置換は、部分的には成功した。
結果として私の自我は並行世界の誰かに干渉した。
だが憑依した人物と、私の自我は入れ替わるのではなく混ざり合ってしまった。
心のなにかが欠損している。そんな繋がりが彼との置換に繋がったのかもしれない。
私は感動する心を再び感じ取る事が出来るようになった。
だが私が繋がった人物は、どうしようもなく破綻していた。
彼/私は、生まれながらに善よりも悪を愛し、他人の苦痛に
名を、
その後の私の生涯は、戒斗・グレンの善性と、言峰綺礼の悪性の板挟みに苦しめられる事となる。
これは、そんな罪深い私の物語だ。