こうして、もう一つの生にしがみついた私の人生は始まった。
今の私は、戒斗・グラスであり言峰綺礼である。二つの自我に境目は無く、どちらかが意識を支配しているという訳ではない。
万人が美しいと感じるものを美しいとは思えるようになった。
だが、心は揺さぶるには足りなかった。
善性よりも、悪性のものに私は強く魅力を感じる。
私が混じり合った私は、一言で語るならばマトモな人間に近づいた。
あくまで、以前に比べればではあるが。
良き事にも感動するが、悪しき事にはもっと感動する。
それが私の歪み。私はこの両極端の性質に挟まれながら人生を送っている。
「綺礼、見事な技のキレだな」
「光栄です、我が父よ」
今生の父、
私は彼と幼少の頃から、聖地巡礼に同伴した。代行者としての訓練を積み、鍛錬を重ねた。
そうして自分を苦しめる煩悶を鎮めようとした。
ある時には、妻を娶った。
クラウディア・オルテンシア。
二年程生活は続いた。私は彼女を愛した。子供も成した。
そこには確かに幸せがあった。
女を愛し、子を授かった経験の無い私には大きな経験ではあった。
しかし、その幸せはかつてどこかで感じたものよりも小さなものだった。
私の胸に去来した思い、それは、
「あぁ、こんなものなのかーー」
そんな、どこか達観したものだった。
「私には、お前を本気では愛せなかった。…済まない」
「いいえ。貴方はわたしを愛しています」
そう呟いて、彼女は自身へ刃を突き立て命を絶とうとした。
「ほら。貴方、泣いているもの」
私は刃が刺さる前に、彼女からナイフを奪い取った。
自分でも何故そうしたのかは分からなかった。
「…何をしているのだ、私は」
「やっぱり、優しいのね」
困惑している私を見つめる彼女は、どこか嬉しそうだった。
この気持ちは打ち明けるべきではないのかもしれない。
だが、私は知らず知らずの内に追い詰められていたのかもしれない。
気が付いた時には、口に出してしまった。
「私は、生きて良いのか」
私は、私であって私ではない。
そうして生まれた私は善なる者では無かった。
「それが、貴方なのよ。矛盾して、闇を抱えて、でも人並みに優しくて。そんな貴方を、私は愛しています」
彼女が選んだもの。
それは許しであり、その根底にあったものは愛だった…。
それから一週間と経たずに彼女は命を落とすことになる。元々そういう余命のない人物を選んだのだ。
彼女の自殺を止めた所で、彼女の死という結末は大きくは変わらなかった。
私は自身の二面性を受け入れ、生きていく事を選んだ。
彼女はそう、望んだから。
私はその後すぐに、冬木協会にその身を置いた。
与えられた役割は監視という名の傍観であった。
協会はこの『冷たい安寧』の時代に意義と威信を失い、この身も形骸と化した。
私に出来る事は多くは無い。
街を飲み込んだクレーターの中央に工房を構えたエインズワース。
本物の
壊滅した間桐家の娘。
せいぜいがそれらの監視だけが私に出来る事だ。
今、私の小さな楽しみと言えば二つ。
手慰みに始めたラーメン屋。
そして、衛宮切嗣の養子。衛宮士郎との邂逅だった。