二人の“誓い”は運命を変える   作:坂本パン

2 / 28
[第二話]煩悶

 こうして、もう一つの生にしがみついた私の人生は始まった。

 

 今の私は、戒斗・グラスであり言峰綺礼である。二つの自我に境目は無く、どちらかが意識を支配しているという訳ではない。

 

 万人が美しいと感じるものを美しいとは思えるようになった。

 だが、心は揺さぶるには足りなかった。

 

 善性よりも、悪性のものに私は強く魅力を感じる。

 私が混じり合った私は、一言で語るならばマトモな人間に近づいた。

 あくまで、以前に比べればではあるが。

 

 良き事にも感動するが、悪しき事にはもっと感動する。

 

 それが私の歪み。私はこの両極端の性質に挟まれながら人生を送っている。

 

「綺礼、見事な技のキレだな」

 

「光栄です、我が父よ」

 

 今生の父、言峰(ことみね)璃正(りせい)。彼は聖堂協会の司祭で、そして信心深い人だった。

 

 私は彼と幼少の頃から、聖地巡礼に同伴した。代行者としての訓練を積み、鍛錬を重ねた。

 

 そうして自分を苦しめる煩悶を鎮めようとした。

 

 ある時には、妻を娶った。

 

 クラウディア・オルテンシア。

 

 二年程生活は続いた。私は彼女を愛した。子供も成した。

 

 そこには確かに幸せがあった。

 女を愛し、子を授かった経験の無い私には大きな経験ではあった。

 

 しかし、その幸せはかつてどこかで感じたものよりも小さなものだった。

 

 私の胸に去来した思い、それは、

「あぁ、こんなものなのかーー」

 

 そんな、どこか達観したものだった。

 

「私には、お前を本気では愛せなかった。…済まない」

 

「いいえ。貴方はわたしを愛しています」

 

 そう呟いて、彼女は自身へ刃を突き立て命を絶とうとした。

 

「ほら。貴方、泣いているもの」

 

 私は刃が刺さる前に、彼女からナイフを奪い取った。

 自分でも何故そうしたのかは分からなかった。

 

「…何をしているのだ、私は」

 

「やっぱり、優しいのね」

 

 困惑している私を見つめる彼女は、どこか嬉しそうだった。

 

 この気持ちは打ち明けるべきではないのかもしれない。

 だが、私は知らず知らずの内に追い詰められていたのかもしれない。

 気が付いた時には、口に出してしまった。

 

「私は、生きて良いのか」

 

 私は、私であって私ではない。

 そうして生まれた私は善なる者では無かった。

 

「それが、貴方なのよ。矛盾して、闇を抱えて、でも人並みに優しくて。そんな貴方を、私は愛しています」

 

 彼女が選んだもの。

 それは許しであり、その根底にあったものは愛だった…。

 

 それから一週間と経たずに彼女は命を落とすことになる。元々そういう余命のない人物を選んだのだ。

 彼女の自殺を止めた所で、彼女の死という結末は大きくは変わらなかった。

 

 私は自身の二面性を受け入れ、生きていく事を選んだ。

 彼女はそう、望んだから。

 

 

 

 

 

 私はその後すぐに、冬木協会にその身を置いた。

 

 与えられた役割は監視という名の傍観であった。

 

 協会はこの『冷たい安寧』の時代に意義と威信を失い、この身も形骸と化した。

 

 私に出来る事は多くは無い。

 

 街を飲み込んだクレーターの中央に工房を構えたエインズワース。

 本物の奇跡(聖杯)を手に入れた衛宮切嗣。

 壊滅した間桐家の娘。

 

 せいぜいがそれらの監視だけが私に出来る事だ。

 

 今、私の小さな楽しみと言えば二つ。

 

 手慰みに始めたラーメン屋。

 

 そして、衛宮切嗣の養子。衛宮士郎との邂逅だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。