次話のタイトルは、おそらく皆さんの予想通りでしょう。
~クロエside~
「ちよっとイリヤ…昨日、お兄ちゃんと一日中一緒にいたってホント?」
そうイリヤにわたしは問いただした。
「士郎さんと?うん…そうだけど」
「なんで言わないのよ~抜け駆けするつもり?」
「抜け駆けって…なによ。わたしはただ特訓してただけだよ!」
その時は知らなかったけど、イリヤは自分の弱さを気にして特訓してたそうだ。今にして思えば、ちょっと悪いこと言ったわね。
「それでも、黙っちゃいられないわよ」
「もう…人の気も知らないで。そんなに言うなら、クロも士郎さんと出かければ良いじゃない」
「……、それもそうね」
思い立ったが吉日、わたしは早速お兄ちゃんをデートに誘うことにした。イリヤは余計なことを言っちゃったなーみたいな顔をしていたが、時既に遅し。
二日連続でお仕事を休ませるのも不味いかと思って、一応ルヴィアにはちゃんと聞いた。
「むしろ、シェロは少し働き過ぎですわ。無理矢理にでも、連れ出してやりなさい」
返ってきたのは、肯定だった。ルヴィアは止めるかと思ったんだけどね。
そんなこんなで、わたしとお兄ちゃんは新都へ出かけることになった。
「お兄ちゃん、次はあっちに行こっ!」
「はしゃぎすぎて転ぶなよ、クロ」
「そんなヘマはしないわよ、わたしはね」
新都にやってきたわたしたちは、色んなお店をまわって歩いた。
しばらく経って、だいぶ歩いたのでちょっと休憩することにした。
ベンチで座って待っていると、お兄ちゃんも隣に座る。
「ほら、アイスクリーム」
お兄ちゃんが露店で買ってきたアイスクリームを受けとる。
「ありがとっ。うーん、美味しい!」
…なんだかこういうのって、嬉しいなぁ。
「ねぇ、お兄ちゃん…」
「ん?どうした、クロ」
「わたし、こんな風に過ごせる日が来るなんて思わなかった。美味しいもの食べたり、オシャレしたり。ホントに生きてるみたいに」
イリヤの奥底に封印されていたわたしは、わたしが掴むはずだった生活をただずっと眺めていた。
人並みな生活。家族がいて、日常があって、目的がある。
そんな、普通の人間にとっては当たり前のもの。わたしにはそれが途方もなく遠く、羨ましかった。
わたしはここにいるよと、叫んでみてもその声は誰にも届かない。
ママにも、パパにも、セラにもリズにもお兄ちゃんにも。そこにいるのはわたしだったはずなのに。
誰かにわたしを見つけて欲しかった。
だから本当に、あなたに出会えてよかった。
居場所をもらった。家族として、受け入れてもらえた。
イリヤじゃなくて、
「だから、お兄ちゃんには感謝してる。それに、イリヤにもね。本人には言えないけど、存在してるのが奇跡みたいな、しょせん影法師に過ぎないわたしを受け入れてくれたの」
わたしが何者なのかを知ったイリヤは、泣きながらこう言ったんだ。
「わたしが負うはずだった苦しみを背負わせて、ごめんなさい。そして、ありがとう」って。
イリヤの事も憎かったけど、あの子はわたしなのだ。最初から、拒絶なんてできるわけなかったのだ。
「でも…、わたしはいつか消える存在よ。存在しているだけで魔力を消費する。魔力供給を受けなければ、この世に存在すらできない」
「クロ…」
手に入れた日常は、暖かくて、幸せで。
だからそれがこぼれ落ちるのが、たまらなく嫌なんだ。
「元々、わたしは無かったものにされたイリヤそのものだったから、…死んでも構わないって思ってたわ。でも、こんなに幸せだとわたし、消えるその時を想像するのがコワイわ…」
こんな毎日がずっと続くなんて、楽観的に考えることはわたしにはどうしても出来なかった。
こうやって生きていられることを喜ぶ反面、心の隅には常に消失する恐怖を抱えている。
ダメだな…楽しい一日にしようと思ってたのに、お兄ちゃんにはつい弱音を吐いちゃう。
「自分が消えるかもしれない、その不安は確かに怖いよな…」
「え…?」
そう言い、お兄ちゃんはわたしの手をギュッと握る。
握られた手を離さないように、わたしは無意識のうちにその手を握りかえしていた。
あったかい、なぁ…。
「でも、俺がいる。イリヤがいる、みんながいる。その不安を、君がひとりで抱え込まなくてもいいんだよ、クロ」
お兄ちゃんの言葉は、わたしの不安を軽くしてくれた。
本当に、こういう所がお兄ちゃんなんだよなぁ…。
「うん、そうね。なんだか、わたしらしくなかったわね。次のお店に行きましょ!お兄ちゃん!」
「まだ見てまわるのか…」
呆れているお兄ちゃんの手を引いて歩き出す。
「当たり前でしょ、女の子の買い物は長いのよ」
「はいはい。わかりましたよ、お嬢様」
二人で笑い合いながら、わたしは幸せを噛み締めた。
この時のわたしは、だから見落としていた。
どうしてお兄ちゃんが、自分が消える感覚は怖いということに
それをわたしが知るのは、もっと後のことになる。
~クロエside out~
補足1:クロは精神的にはイリヤより大人だと思いますが、本作では一番の理解者である士郎にはつい甘えて、弱音を吐いてしまう一面もあります。