衛宮士郎はその後も破竹の勢いで、次々に襲い来る人形を返り討ちにした。
アサシン。
キャスター。
ライダー。
ランサー。
バーサーカー。
そして、セイバー。
「見事だ衛宮士郎。六人の敵を倒し、七枚のカードがそろった。此度の聖杯戦争…君が勝者だ」
ボロボロになった少年は、それでも意思を枯らさなかった。
「言峰…」
「七枚のカードを持って、妹を迎えに行くが良い。間桐桜に関しては気にせずとも良い。こちらで保護して、今は身を隠している」
「感謝する…」
「待て、私も同行しよう」
「…勝手にしてくれ」
柳洞寺、聖杯を降臨させる場所へと向かう衛宮士郎に付いていく。
彼の最後の選択。それは果たして、どのような味なのだろうか…?
全を救う為に一を犠牲にする事を選んだエインズワース。
養父の願いを捨て、たった一人の救済を願った衛宮士郎。
私にとっては、どちらも幼稚で、尊く、そして美しいものだ。
聖杯戦争の勝者は、そして願った。
「--我、聖杯に願う。美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように。やさしい人たちに出会って…笑いあえる友達を作って…あたたかで、ささやかな--幸せをつかめますように」
「フフフ。ハハハッ!ハッハッハッハッハッ!!!!!!」
なかば予想のついていた願いではあったが、私は笑いを抑えられなかった。
「何がそんなにおかしい?言峰」
衛宮士郎は妹の手を握ったまま、こちらを尻目に眉をひそめた。
「いや、なに。その選択を貶したかった訳ではない。君は自らの信念に準じた。正義に憧れた少年はその思いを捨て、妹の為に世界を犠牲にする事すら厭わなかった。世界にとっては最低の悪でも、一人の人間としてはそれは善だ。その矛盾、葛藤、選択。実に素晴らしい、甘美な物語だった」
「あんたが本当に味方だったのかどうか、疑わしくなるよ」
彼は私の発言を聞いて、私に対して呆れたような、疑うような、そんな視線を向けている。
確かに、彼から見れば私には協力する理由が乏しいかもしれない。私の楽しみの為にこの聖杯を巡る戦いを眺めるのであれば、彼に身入れする必要は無い。
私が協力するのは…個人的なものも含まれる。
「……衛宮士郎。君には随分と楽しませてもらった。私はただ観客席で眺めているだけの傍観者だ。だが、これだけのものを見せられては、代価を払わなければ観客として失格だろう」
誤魔化すように、言葉を紡ぐ。
「あんた…」
「朔月美遊に寄り添ってやりたまえ。露払いは私がやってやろう」
聖杯が何を成そうとしているか?私には分かる。
衛宮士郎の願いは、終わりゆくこの世界では果たされない。なればこそ、願望機は別の世界への道を開くだろう。私自身が平行世界からの影響を身を以て体感している人間だ。本物の聖杯が、その程度の奇跡を起こせぬ訳がない。
「一つだけ、言わせてくれ」
彼はどこか、憑き物が落ちたような表情で言う。
「この子はもう、朔月美遊じゃない。俺の妹、衛宮美遊だ」
抜け殻だった偽物は、どうやら『本当』を始められたようだ。
「…フッ、重々承知した。覚えておこう。もっとも、再び相まみえる事も無かろうがな」
嗚呼。
この少年は、痛ましい程に私に似ていた。
だから私は…。
思考を切り替え、現れた来訪者に私は立ち塞がる。
「そこをどけ、教会の傍観者」
現れた女は、エインズワースからの刺客。
本来の聖杯戦争のアーチャークラス。その英霊の名は、英雄王ギルガメッシュ。間桐桜からはそう聞いている。
英霊に勝てるなどとは思っていない。あくまで、儀式が成るまで時間が稼げればそれで良い。
「残念ながら、今回ばかりはそういうわけにはいかない。越権行為である事は否定出来ないがな」
油断なく、黒鍵を構える。一瞬たりとも、気は抜けない。
「ただの代行者が生身で英雄王の前に前に立ちふさがるなど愚昧極まる」
言葉とは裏腹に、女の発言はどこか空虚なものだった。
思わず、口角が歪に釣り上がる。
ここにも、偽物がいたとはな。
「人形がよく吠える。憤りを感じる心など、有していないだろう?」
「貴様……!」
射出され、襲い来る刀剣の嵐をひたすらに回避する。
回避しきれない物のみを、黒鍵で軌道を逸らすように受け流す。
だが、その僅かな接触であっても黒鍵は耐えられず粉々に粉砕する。当然といえば当然だろう、明らかにこちらの武具とは、格の違う物だ。
「無駄だ。貴様にそれは耐えられぬ」
英雄王を宿した女は、いまだに一歩たりとも動いていない。
対してこちらは、幾つもの手傷を負っている。
手の内をさらせば、もう少しならば奴の気を引けるであろう。
あの宝具の射出にも、目が慣れてきた。
「ムッ…」
黒鍵を投擲する。左右と正面、女に向けて黒鍵は回転しながら迫る。
それと同時に、私自身も間合いを詰める。
「悪あがきをっ!!」
こちらに飛来する刃は、最小限の動きのみで避ける。
倒すには至らない、なれど一矢報いさせてもらう!
肉薄し、私は腕を振り抜いた。
だが手応えは無く、私の拳は空を切っていた。
空間置換。
切り取られたように、私の腕先のみが女の後ろへと飛ばされている。
「グフッ……」
当然空振りした私の隙を見逃さず、女の手に握られた剣が私の腹を突き刺す。
だが、その魔術はよく理解している。
そう使うのは、予測出来ていた。
「
握りしめていた拳を開くと、バラバラと宝石が落ちる。
「これは…!!」
その直後、十数個の宝石が起爆し爆炎が二人を諸共に呑み込んだ.
「宝石魔術とは、小賢しい真似を」
女の方が爆心地たる宝石に近かったにも関わらず、傷であればこちらのほうがよっぽど深い。
英霊たるその力は、やはり半端なものではないらしい。
「その手の魔術を学ぶ機会があったものでな…」
爆風による熱傷、腹部の刺し傷もジグジグと痛みを増している。そういった類の呪いの魔剣だったのかもしれない。
どちらにせよ、満身創痍であることに変わりはない。
時間は稼げた。だが、術式が成るにはあと一歩足りない。
――――I am the bone of my sword.
「言峰!!避けろ!!」
声の聞こえた方、振り返り儀式の祭壇を見ればそこには弓を番えた衛宮士郎がいた。
「―――
咄嗟に体を捻り、矢の軌道から逸れる。
矢は凄まじい勢いで飛んでいき、女を貫かんとする。
「最後の最後にやってくれるものだ…衛宮士郎」
先の一矢は、英雄王の
儀式はここに完成した。
「
再び、宝石を足元へと落とす。だが、先程のものとは違う魔術式が刻まれている。
すると、床の空間が開き、別の場所へと繋がる。
「空間置換だと!?どこまでもエインズワースをコケにしてくれる!!」
この体では、以前ほどの置換魔術を使う事は出来ない。だが、すでに知識は十分に持っているため、小細工を施せば紐付けられている空間を繋げる事くらいは可能だった。この穴の先は、冬木協会へと繋がっている。
聖杯の術式が完成し、衛宮兄妹が平行世界へと飛ばされるのと、私が空間置換の穴へと飛び込むのはほぼ同じタイミングだった。
「今までありがとう…言峰!」
最後に聞こえた言葉は、衛宮士郎からの感謝だった。
補足1:悪になりきれず、善になりきれず。自身を士郎と重ね合わせていた言峰は、知らずしらずの内に士郎に肩入れしていた。それでも、自身と違い家族を守ろうと決意した士郎の事を、内心羨んでいたようです。
補足2:こちらの世界の遠坂家は第四次聖杯戦争のおりに壊滅したようですが、それまでに言峰と繋がりがあったのかはよく分からなかった(父の言峰璃正の生死も不明)ので、本作では壊滅した遠坂家の文書を勝手に言峰が漁って、宝石魔術の鍛錬を行ったという設定にしています。
補足3:言峰の強さ的には予備令呪が無いプラス、魔術の鍛錬にそこそこ重きを置いていたので体術も含めてZeroの言峰よりは弱いです。ただ、強化魔術・置換魔術・宝石魔術と器用貧乏ではあるけれど、選択肢は多い感じです。