「思いの外…手がかかりそうだな、これは」
教会へと戻った私は、先の戦闘で受けた傷の治療を行っていた。
意識はハッキリとしている。だが、単純な切り傷だけという訳でもないのでそれなりに労力を要する。
治療を行いながら、どこか自分が空虚な気持ちに陥っている事に気が付き、驚く。
私は柄にもなく、ノスタルジックな気分に浸っていた。
あの兄妹の親の真似事なぞをしたのは、過去の出来事から来たものだと思っていた。私は意外にも情を抱いていたようだ。
そして、彼が『本当』を始めたように、自分にもそれに似たものがあったのを思い出す。
「クラウディア……」
もう過ぎ去った過去の話ではあるが、あの日の事は鮮明に覚えている。
クラウディアの自害を、私が止めてから数日後の事だ。
私はもう骨と皮ばかりになってしまった彼女を車椅子に乗せ、病院の中庭に出た。彼女が外の景色を見たいと言ったからだ。本当はそれすらも許されるような身体では無かったが、もはや避けられない終わりを前にする彼女を止める事など、私には出来なかった。
「いつもと同じ普通の景色なはずなのに、なんだか今は素敵に見えるわ…貴方」
「あぁ、そうだな…」
どうしようもない、濃密な死の気配がその体には近づいていた。軽く咳をするだけでも、彼女は酷くむせて苦しそうにする。
だが、穏やかな表情で空や花を眺める彼女は、どこか神秘的といってもいい美しさがあった。
あの日以来、私達の中で何かが変わった。
残り少ない時間を無駄にしないように、私は殆どの時間を彼女と過ごした。
愛おしい。
初めて、私はごく自然に彼女の事をそう思った。
なればこそ、彼女がこれ以上苦しまなくてすむように殺してやるべきではないのか。その方が、彼女にとっても良いのではないか。そんな思いが胸を占めていた。
私は素直にその思いを打ち明けた。
けれど、「貴方になら、殺されても良いわ」と微笑むその顔を前に、迷いは増すばかりだった。
妻には可能な限り生きて欲しいと思いながら、その命を絶とうと考える。単に、私は彼女をこの手で殺めたいのではないか?自身の言葉に出来ない疑念に、私は恐怖していた。
「ねぇ、貴方…。私を、殺して…?どちらにせよ、私に先はないから」
「クラウディア…」
どうして、彼女は幸せそうな顔をしているのだろうか。
なぜ、死にゆく間際でもその心は満たされているのか。
「私達は、確かに愛し合っていた。私は貴方を受け入れているわ。だから今、貴方の人生で最大の悪逆を成しましょう?」
彼女はあの日以来、私が愛している事を確信していた。
愛し、愛された妻を自らの手で殺める。確かに、それ以上の悪性なものなどあるだろうか。ましてや、彼女は私のただ一人の理解者でもある。それを、失うなど…。
「貴方はこれから先の人生、今日以上の悪行をする事はないわ。だって、きっと貴方の中の善の部分は今日の事を後悔し続けるはずだから」
クラウディア・オルテンシア。
彼女は、まさに聖女のような女だった。私のために、自己犠牲すら厭わないその精神性。
私はその微笑みに吸い込まれるように、彼女の首に手を伸ばした。
「一つだけ、約束して?」
「…聞こう」
「ふふっ。あなたの愉悦は否定しないけれど、子供には優しく…ね?」
彼女が何故、そう約束させたのか。
私たちの娘に向けたものなのか、それとも自身の報われなかった幼少期に向けたものなのか。
クラウディアの本心は、今も私には分からない。
「…誓おう。この命にかけて、生涯」
「愛しているわ、綺礼」
「ああ、私もだ。クラウディア…」
白い肌に力を込めた指が食い込み、うっ血していく。
その骨は脆く、彼女の首が折れるまでそう時間はかからなかった。
私は動かなくなった彼女を抱きしめ、ただ呆然としていた。
冷たくなっていく彼女の肌に、水滴が落ちる。
こぼれ落ちたのは、私の涙だった。
「ウワァァァァァァァァァアアア!!!!!!!!!!!!」
男の慟哭が響き渡った。
私の行動は、過ちだったのかもしれない。
だが女との『誓い』は、確かに杭となり私に楔を打ち込んだ。
それはどうしようもなく胸が締め付けられる、しかし温かい。
そんな
その後、私はすぐに任務を受け冬木へと飛んだ。
クラウディアとの間に産まれた子供は、教会に預けた。
彼女の面影を残す娘を育てるなど、当時の私には不可能だった。
私は自身の子から逃げた。
衛宮兄妹の面倒をみていたのはその償いという無意識が働いたのかもしれない。
「感傷など…外道にはらしくない事をした」
治療が終わり、寝台へと横になる。
言峰璃正との鍛錬の日々。
クラウディアの献身。
衛宮兄妹との出会い。
それらを経ても、私が真にまっとうな人間になる事はついぞ無かった。
それでも私は、自分が思うように生きる事から逃げる訳にはいかない。
それを否定したり、自身の生を諦める事は私には出来ない。
なぜならそんな事をしてしまえば、私を肯定してくれた彼女の思いを否定する事になるからだ。
彼女との日々を、意味のないものにしない為に。
私は自身の善と悪の両方を愛す、その矛盾に向き合い生きていくしかないのだ。
補足1:本作において、二人の愛は本物でした。クラウディアの自害を止めた日から、彼女が言峰と寄り添って生きていければ、言峰は普通の人間と変わらない幸せを掴めていました。余命が迫り、彼と一緒に生きていけない事を悟っていた彼女は、言峰に自分を殺させる事で、彼の善性へ訴えかけることを選びました(本来の物語では、言峰が自分を愛している事を証明する為に自害しましたが、本作では愛されている事を確信していた為)。
言峰綺礼は、キャラクターとして設定と歩んできた道が本当にいい味を出している人物ですよね。人気があるのも頷けます。正直、雪下の誓い編のあとはドライまで言峰の出番は無いので、あまり掘り下げるつもりも無かったのですが、つい書いてしまいました。