翌日、傷の癒えた私は自身のラーメン屋に来ていた。
エインズワースに明確な敵対行為を行った今となっては、私も追われる身になるであろう。
教会やこのラーメン屋のような、分かりやすい場所に定住するのは良くないだろう。
今日限りで、この店も閉店となる。
「いやー寒いねぇ…今日はお店は開店してないのかい?」
くたびれたスウェット、パーマがかかった髪、下駄のようなサンダルを履いた中年男がそこにはいた。
「…客か?それとも、私に用か?」
男は軽薄に笑いながら、首を降る。
「そこまで警戒しないでも良いじゃないか。今の所は、昼飯を食べに来たただの客だよ」
「ならば、もてなそう。入るが良い」
「これは、ラーメン…なのかな?」
「麻婆豆腐だが?」
男はまだ一口も食べていないが、既に顔は青ざめ汗を流している。
「先に言っておくが、食べ残しは許さん」
恐る恐る、料理に口をつける中年男。
「ゴフッ!!げほぉっ!!」
むせながらも、男は意外にあっさりと完食しきった。…顔色は悪いが。
「それで、いい加減なんの用件か話したらどうだ?ダリウス・エインズワース」
「ハハッ!!なんだ、気が付いていたのか」
置換魔術にしか特性を持たぬエインズワース。その知と特性は代々まったく変わることがないという。だが、通常の魔術師であれば魔術刻印を継承した所で、実際の力量は当代の当主によって異なるものだろう。ならば考えられる可能性はそう多くない。
「エインズワース初代当主ダリウス。血統の後継者を概念置換することで完全な個の継承を代々行っている…そんな所だろう?」
「ほう…随分と色々詳しいようだ。まるで体験した事があるかのようだ」
「置換魔術には縁があってね」
「言峰綺礼…君の役割はなんなのかな?魔術協会とは表面上・協定関係にある聖堂教会の神父。だがそれだけではないだろう。なぜ、衛宮士郎の手助けをした?どうしてそこまで置換魔術に詳しい?…君は何者だ?」
「……」
「沈黙か。それも良かろう、だがそれでは納得しない者もこちらにはいるのでね。少々、痛めつけさせてもらおう」
その時、ダリウスが取り出したカードから爆風が生じ、私を店の外へと押し出した
「人間にしては粘るものだね。君も一門の武人という事かな」
「はぁ、はぁ…」
ダリウスの使う、わけの分からぬカードの攻撃により私はボロボロになっていた。
こちらの物理的な攻撃は一切通じない。体術、黒鍵、宝石魔術。それらの全ては奴に効いている感触は無い。
ならば、概念的なもので攻撃するしかないだろう。
「
宝石を投げ、空間を置換魔術によりデタラメに繋げる。そうして繋がれた空間から布のような物が飛び出し、ダリウスの四肢を拘束する。
「うん?珍しい物を使うね」
拘束に使ったのは、マグダラの聖骸布。男性を拘束することに特化した概念的魔術礼装。
「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒やす。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」
唱えるは洗礼詠唱。物理的な干渉という意味ではほぼ無意味だが、人あらざる者や霊体などへと絶大な効果を発揮する簡易魔術儀式の一つ。
ダリウス・エインズワースが概念置換によりこの世に顕在化しているならば、そのあり方は魂だけの存在と言ってもいいだろう。
「打ち砕かれよ。敗れたもの、老いた者を私が招く。
私に委ね、私に学び、私に従え。
休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」
主への信仰心によって、この儀式はより強固なものとなる。
「装うことなかれ。
許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」
だがこの儀式を行う時、私の胸に去来するのはいつもただ一人の女の姿だった。
「休息は私の手に。 貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。
永遠の命は、死の中でこそ、与えられる。
ーー許しはここに。受肉した私が誓う」
ただ、祈るように。許しを乞うように。
誓いを守るように。
『ーーーーー“
「これは…っ!?ぐぅおおおおオオオオオッ!!!」
ダリウスだった外殻が崩れ、ドロリとした泥のような物の中から少年が現れる。
「…父の概念置換をも破戒するとは、大した信仰心だな。…些事には過ぎねぇがな」
「ジュリアン・エインズワース…か」
「それでたった一度、概念置換を破戒した程度でどうする?」
「ここは、痛み分け…とはいかないかね?」
私は既に途切れそうな意識の中、目線だけは少年から逸らさない。
先の英雄王との戦闘の傷は塞がってはいたが、失った血はそうすぐには戻らない。
今回の戦闘でまた深手と大量の出血をした私には限界が近づいていた。
「気に食わねぇが、良いだろう。ギルガメッシュのカードとやりあったというから、どんな奴かと思ったが俺にとっては有象無象に過ぎなかった」
そうして立ち去っていく少年の背を見て、私はその場に伏し、気を失った。
「…ここは」
意識が戻った時に、私は冬木教会の寝台に横になっていた。
傷の治療がされている。それも通常の医者のようなものではなく、魔術による高度な治療だ。
…黒鍵や宝石は寝台の横にある机に置かれていたが、マグダラの聖骸布は無くなっていた。
枕元を見てみると、そこには一輪の青いアジサイが置かれていた。
「フッ…なんと、まぁ…」
人の縁とは、本当に分からぬものだ。
私はそう独りごちながら、教会から立ち去る準備を始めた。
補足1:ダリウスが麻婆を完食できたのは、置換魔術で別の味覚に置き換えながら食べていた為。それでも舌に触れた瞬間の辛味で顔色が悪かった模様。
補足2:ダリウスは言峰の役回りを見に来ただけ、ジュリアンもギルガメッシュと戦って生き残った言峰の戦力を測ろうとしただけなので、実は最初から殺す気はなかった。
補足3:ダリウスの概念置換を破戒した瞬間であれば、ジュリアンに傷を負わせる事も可能だったが、言峰にとってはジュリアンも子供の域を出ない存在なので、その時点で攻撃する気は無かった。ちなみに、攻撃していたらアンジェリカが出てきてDead end。
補足4:カレンの存在を匂わせていますが、この時何歳でどれくらいの代行者としての腕を持ってるか、などは作者の知識には無いです。なので、例えばこの時に言峰が意識を失うほどの重症を治す技術はカレンには無いよ、とかそんな矛盾がありましてもご勘弁を。