[第九話]そして平行世界へと
眩しい光が止み、瞼を開けた光景はさっきと変わらぬ洞窟のように見える。
だが、周囲をよく見れば…空気というか、何かが今までと違ってる事を感じていた。
何より、言峰と戦っていた女性もいなくなっている。
この場に存在するのは、俺と美遊。その二人だけだった。
「んっ…お兄ちゃん?」
「美遊、大丈夫か?体に変な所とかないか?」
目を覚ました美遊に尋ねる。自分の手を見てみたり、顔をペタペタと触っている様子を見る限り、おかしい所はなさそうだ。
聖杯としての機能を果たしたこの子の体に、どこか影響があるのではないかという心配は無用だったようだ。
「お兄ちゃん、あのあと…どうなったんだろう?」
そう、聖杯に願った“美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように”という願望がどうなったのか。
本当に、それが現実になったのか。判断材料が無い。
「分からない。取り敢えず、外に出てみようか」
少し不安がる美遊の手を取り、洞窟の外に出る。
そうして程なく俺達は知ることになる。
海が、海岸線が近い。
街にクレーターが、無い。
ここが、平行世界なのだと。
美遊を連れ、何か元の俺達の世界と共通したものがないかと街を見回ってみる事にした。
すると、空に煌めく何かが飛んでいる事に気がつく。
「あれは…?」
強化された視力でそれを捉える。
赤と青の、一見して戦闘に向いてなさそうな服装をした女性が二人。
手には、ステッキのような形をした魔術礼装。おもちゃのような見た目に反し、高度なものらしい。殆ど解析する事も出来なかった。
そして、彼女たちが取り出した物、それは。
「そんな…馬鹿なっ!!」
聖杯戦争に使われていた、あのクラスカードだった。
飛んでいった魔術礼装を追い、俺達は公園へとたどり着いた
「全く、ルヴィア様にも困ったものです。私達にはカードの回収という重要な任務がありますのに」
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」
「貴方たちは…」
サファイアと名乗る魔術礼装(カレイドステッキというものなんだとか)は、この街に突如現れたカードを回収する為にやってきた存在らしい。
俺はクラスカードの回収を請け負う代わりに、俺達の生活を保証してくれないかと持ちかけた。
こちらの世界では、後ろ盾が何もない状態だ。今、俺が提供できるものと言えばなかば英霊と化した魔術使いとしての腕のみだ。魔術に見識がある者に庇護を持ちかけるのが手っ取り早いだろう。
「元マスターのルヴィア様次第ではありますが、おそらく大丈夫だと思います。私達カレイドステッキが遣わされたのは、この任務がそう簡単なものではないという事ですから」
ではそれで行こうかと思っていた時、美遊が声を上げた。
「クラスカードの回収、私にも協力させて!!」
「…あなたが私の新たなマスターになってくれるなら、こちらとしては好都合ですが。よろしいのですか?お兄さん」
サファイアはこちらへ問いかけてくる。
「良くはないが…」
「私も、お兄ちゃんの力になりたい!サファイアのマスターになれば、私も戦えるようになるんでしょ?もう、お兄ちゃんだけに辛い思いなんて、させたくない!」
「美遊……」
他ならぬ俺だから分かる。家族の為に何も出来ない、自分の無力感、焦燥。
美遊が魔術の世界に身を置くのは、正直なところ反対だ。だが、その自己嫌悪を抱えたままではそれがどんな形で噴出するか分からない。
「分かった…。ただし、俺の言うことは聞くこと。危なくなったら、逃げること。約束できるか?美遊」
「うん!お兄ちゃん、ありがとう」
では早速試しに転身してみましょうかと、サファイアが美遊とマスター登録をする。
そして、きらびやかな光が止んだ時、美遊の姿は変わっていた。
「なぁ、サファイア…。その破廉恥な格好、どうにかならないのか?」
美遊も予想外の格好で恥ずかしいのか、モジモジしている。
「魔法少女ですから。仕様です」
「…なんでさ」
ともかく、俺達はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの庇護を受ける事に成功した。
住居・食料・金銭にとどまらず、戸籍の偽造までしてくれると言うのだから、頭の上がらぬ思いだ。
ルヴィアが魔術師らしからぬ善人なのを悟った俺は、自分達の正体をあらかた説明する事にした。
俺達が平行世界からやってきた事。
聖杯戦争に用いられたクラスカードの事。
勝者となった俺は、妹の幸せを聖杯に願った事。
美遊がその聖杯そのものであった事は伝えなかった。彼女が善人であったとしても、その周囲がどうかは分からない。どこからか情報が漏れるかもしれない可能性がある為、その一点のみは伏せた。
「平行世界に、カードを用いた聖杯戦争。おまけに貴方は英霊の力を宿している。色々驚きの事が多すぎて、頭が痛いですわね…」
少し、手に力が入る。一度信頼すると決めた相手ではあるが、自身が研究対象としてホルマリン漬けにされてもおかしくない存在であろうことは察している。
そんな俺の様子を見て、彼女は少し微笑んだ。
「そんなに警戒しなくても平気ですわ。
「そうか、ありがとう。ルヴィア」
おおむね話し合いとカード回収の契約の中身はまとまった。
「戸籍の名前はどうしましょう?衛宮のままではマズイですわね。なんせ、
俺は少し悩んだが、こう答えた。
「…じゃあ、言峰。戸籍上は言峰士郎と言峰美遊にしてくれないか?」
こうして、美遊と俺の違う世界での新しい生活が始まった。
この選択が正しいものだったのか、まだ確信は持てない。
後悔はある。
ただ、安らかに眠る美遊の寝顔を見ていると、これで良かったのだと。そう思えた。
補足1:士郎のエミヤへの侵食はこの時点では最低限に収まる展開に致しましたので、見た目的にはまだ髪が少し白く変色している程度。
補足2:戸籍上の名前は言峰士郎に。名字を借りるくらいには、士郎も言峰に対して情を感じていたようです。