「ねぇ、キミもひとり?」
10月31日の夜のこと。
友達を誘って夜の街へ繰り出そうとしていたけど、揃いも揃って予定があるらしい、デートでもするのだろう。
1人だからといって年に一度のイベント事だ、家に閉じこもっていては損した気分になる。その空気を少しでも感じるため、私は夜の街へ歩きだした。
賑わっている所に来てみたのはいいが、1人ではその空気に乗り切れずに、つかれてしまった。私は賑わいを避けて、ゆっくりできるような場所に来ていた。
そこでこの人に、話しかけられた。
「まぁ、そうですね、1人です。」
「へぇ~、こんなとこで何してるの?」
「なにをしてるという訳でもないですけど、ちょっとした休憩です。」
「じゃあ暇かな?、少しお話でもしようよ。隣、座るね。」
ぐいぐい来るひとだなぁ。
それからいろいろな話をした、年齢や身長、自己紹介で言いそうなことはほとんど聞かれたと思う。それに私は淡々と答えるだけだった。定型文のような言葉をつらつらと。
私に何かを聞くたびに、自らのことも話してくれたので、私のことを知られたぶんだけ、この人のことも知ることはできた、と思う
それと同時にどこかで会ったことがあるような、そんな気がしてきた、思い違いだろうけど。
「昔話をしてもいい?」
「聞きますよ」
「ありがとう、今よりもずっと小さい時の話なんだけど。幼馴染みがいてね、その子とハロウィンに遊んでたんだけどさ、楽しくて楽しくてたまらなかったんだけど、その日から今日まで一度も会えてないの。」
「何かあったんですか?」
「遠くにいっちゃったんだ」
「それは寂しいですね」
「ほんとうにね...」
さきほどまでとはうってかわって、とても悲しそうに話すこの人に、私はどう返答すればよいのやら。
そしてこの空気を変えるために話題を変えてみることにした。
「あの、後ろのこれ、やったことあります?」
「あぁ、クレーンゲーム。あまり得意じゃないけど、キミは得意なの?」
「少しだけ。」
「よし、やってみようよ」
ガラスの向こうには、可愛らしくデフォルメされているコウモリや黒猫など、ハロウィンらしい人形が沢山。
「じゃあやってみるね」
表情ががらりと変わり、真剣だけど、楽しそうな眼差しでアームを動かしていた。
そして1回目、
「あぁ~!おしい!」
2回、
「あ、あとちょっと」
3回、
「あぁ...」
チャレンジの回数だけがどんどんと増えていった。
「とれないなぁ...よし、交代。次はキミの番だ!」
「まかせてよ」
今よりも小さいとき、お小遣いをもらってはゲームセンターでクレーンゲームばかりをしていた記憶がある、むしろそんな記憶しかない。
そんな私に、1回でとることは簡単なことだった。
「まぁこんなかんじです」
「まさか一発でとるなんて...ねぇ、コツを教えてよ」
「もちろん」
吸収がはやく、取り方を少し教えただけでなのに、たったの2回でとることができていた。
そういえば、小さいときに同じように取り方を教えたことがあったっけ、もうどんな子だったかはまったく覚えてないけれど、そのときは結構な回数を重ねて取っていたことを思い出した。
「本当にとれた!きみのおかげだよ!ありがとね」
満足してくれたようでよかった。
「これあげる、教えてくれたお礼に」
「ありがとう。じゃあこっちを、取れた記念に」
「こちらこそありがと...なんだか懐かしいな」
その顔は少しだけ寂しそうな、そんな表情をしていた。
「どうかしました?」
「なんでもないよ、ちょっと昔を思い出しただけ。それよりもさ、」
さっきとは一転し、とても楽しそうな顔になっていた。
「ねぇ、ハロウィンって好き?」
「どうかな...こういうお祭りみたいなのは好きかも」
「じゃあさ、ハロウィンしにいこうよ」
「ハロウィンしにいく?」
「そう、ハロウィンしにいくの、いろんな家をまわってお菓子をもらいにいくの、どう?」
「おもしろそうだね」
「よし、じゃあ決まり!さっそくいくよ!」
するとすぐに立ち上がり、駆け足気味で目的地まで歩いていく、見たことあるよあな、初めてのような、そんな道をいくつも通り、体力がなくなる前に到着することができた。
「じゃあここからいこっか!」
初めて見る家だった。
「知ってる人?」
「もちろん、キミもだけどね」
「え?」
「じゃあ押すよ」
「ちょっと」
そんな私の静止を聞いてはくれず、さっさとインターホンを鳴らしてしまった。私が知っているとは一体どういうことなのだろうか、そんなことを考えている暇もなく、扉は開いた。
「はい、どちらさまで...あ!キミは!」
「あ、どうもこんばんは」
「おじいさん!はやく、はやくきてください!」
「どうしたんだ婆さん...おぉ!キミか!体は大丈夫だったか!」
なんのことだかわからないけれど。
「えぇと、元気です」
「そりゃ良かったよ」
私と夫婦との会話が始まった、少し話しただけでも人柄のよさが伝わってくる。
そして、私は夫婦と会ったことがあるということを思い出した、私が小さいときによく可愛がってくれていたことを。
この人も夫婦と面識があるんだと思い、その方を向いてみると、とても嬉しそうな、笑顔でこちらを見守っていた。
「そこに誰かいるのかい?」
「はい、ここまで案内してくれた人です、お二人も知っている人だと思います」
なぜか夫婦は不思議そうな顔でその方をみつめていた、そしてなにかに気がついたのか、その眼差しは温かいものへと変わり、目には涙をうかべていた。
「...どうしました」
「いや、なんでもないんだ、ちょっとまってなさい」
そういうとおじいさんは家の中へはいり、何かがはいっている袋を持ってきた。
「これ、持っていきなさい」
差し出されたのは袋いっぱいのお菓子だった。
「こんなにいっぱい、いいんですか?」
「もちろんだ、2人で仲良く食べてな」
「ありがとうございます」
「たくさんもらったね」
「そうだね、感謝しないとね」
「じゃあそろそろ次のお家にいこっか、いくべきところはあるからね」
「あなたは話さなくてもいいの?」
「うん、大丈夫、たくさん見せてもらったから」
どういうことだろうか、疑問に思っていると夫婦が話し出した。
「二人とも、まだ行くところはたくさんあるんだろう?夜が明ける前にはやくいってきなさい。それと、うちにもまた来てな」
「はい、ありがとうございました」
「じゃあ、いこっか!」
私たちはその後もいくつかの家をまわり、同じような反応をされ、最初は忘れてしまっていた人もいろんなことを話して思いだし、最後にはお菓子をもらい、久しぶりの幸せな時間を送っていた。
そして夜明けがせまっていた。
「ここが最後だよ。」
「ここ...?」
「ここでいいの」
「道路だよ?」
「わかってる、わかってるけど、少し時間がほしいの」
「もちろんいいけど」
すると、深呼吸をしだした。体を捻ったり、軽くジャンプしたりして、なにをはじめるのだろうか。
「今から道路を渡るけど、キミはそこにいてね、絶対だよ、絶対。動かないで」
いままでとは違う。なにかを決心したようなそんな感じ。
「あのときは2人ともだったけど、今日は1人」
あのとき、あのとき、いつのことだろう。
「じゃあ渡るから、動かないでちゃんと見てて」
道路を渡り始めてしまった。車が来ているのにもかかわらず。
「まって!」
あれ、なんだろうこのかんじ、同じことがあったような。
違う、あったんだ、思い出したんだ。やっと、
小さい頃のこと、
「はやくー!おいてっちゃうよー!」
「ま、まってよー...」
前を歩いているのがあの子、後ろで息をきらしているのが私。
「ちょっと...やすませて...」
「もう、しょうがなあなぁ。ねぇ、きょうはどうだった?」
「もちろん、ほんとにたのしかったよ!」
「じゃあさ、つぎも、そのつぎも、つぎのつぎも、いっしょにハロウィンしよ?」
「うん、ずっといっしょ。ふたりでハロウィンしようね、やくそく」
そしてこの直後、2人で横断歩道を渡ろうとしたとき、
「一緒に車にひかれたんだよ」
道路を渡ったはずのあのこが、私の後ろに立っていた。
私は辛うじて生きてはいたが、記憶を失ってしまっていた、でもそれで済んだんだ、私は。
だってあの子は、
「そういうの、今日は無しにしよう?」
「でも」
私は顔をあげたが、かすんでしっかり見えない。今のあの子を覚えたいのに、いくら拭っても、すぐにじんでしまう。
「空を見てよ、明るくなってきた。もう夜は明けるね。」
「いやだ」
私にはわかってしまう。つぎにあの子が話すと終わってしまうことを、いやだ、いやだ。
「ねぇ、今日はどうだった?」
言いたくない、言いたくはないけれど、言わなきゃだめだ。
「もちろん。楽しかったさ、ほんとうに!」
朝日が昇った。
街に昨日までの賑わいはなくなり、いつもの風景に戻っていた。おとといとは違ういつもの毎日が。
私は写真立ての前に、あるものを置いた。それはあの日に貰った人形と、あのときもらったにんぎょう。それと9本の薔薇を。
これらを懐かしいと思うとき、そのときは街に出て、賑わいをさけてゆっくりとできる場所へいこう。そうしたらまた誰かに話しかけられるだろう。