りゅうおうのおしごと!八銀SS特別編 作:しおり@活字は飲み物
2018年10月某日、付き合いだしたばかりの二人の話題は将棋連盟から送られてきたハロウィン将棋大会についてのメールの話になって……
二人の関係は世間バレしている設定です。
秋の気配が深まり、朝晩の冷え込みから薄手のコートを羽織りたくなる頃。
平日の放課後に私の研究部屋で八一とVSをしていたら、何でもない世間話をするかのように、八一から今月末のハロウィンの話題を振られた。
「ねぇ、聞きました? 今年のハロウィンは東西対抗で将棋大会をするそうですよ?」
「ああ、午前中に将棋連盟からそんなメールが来てたわね…添付ファイルは開いてないけど」
「添付ファイル見てないの!? そっちの方に大事なこと書いてあったのに!」
「そうなの? メールの本文読む限りだと、関東と関西で将棋大会を同時開催。会場同士を中継で繋ぐとか、結構大々的にやるつもりらしいじゃない」
「最近は日本でもハロウィンが年中行事として浸透してきたからね。ユニバのハロウィンも年々盛り上がりを増してるらしいし」
「今年のユニバのハロウィンは『絶叫』『大人』『こわかわ』がテーマで、ゾンビに取り囲まれて逃げても逃げても追いかけてきて、めっちゃ怖いらしいわよ?」
「興味なさそうな割には、妙に詳しいっすね…」
「別に? クラスの女子が仮装して遊びに行く予定立ててたのが聞こえただけだもん。……ちょっとは気になってるけど、八一は今タイトル戦で忙しいし…」
私の最後の囁きは秒読みを知らせる対局時計のアラームにかき消されて、八一の耳には届いてなさそう。
集中力が切れちゃったから序盤から急戦を仕掛ける予定を変更して、定跡通りに歩を進めてパシッと対局時計を押す。
八一も今は対局よりハロウィンの話題を優先させるつもりみたいで、急戦は仕掛けずに定跡通り自陣の守りを固めている。
「詳しいことは添付ファイルに書いてありますが、今年は対局イベントだけじゃなくて、棋士や女流棋士が仮装で参加して、参加者の人気投票で東西対抗戦をするらしいですよ?」
「はぁ?? 将棋イベントで仮装!? パス! 欠席する」
「そう言うと思ってましたよ。でも特にイベント前後の対局スケジュールに余裕ある関西の棋士は強制参加って書いてあったでしょ? 会長命令ですからね?」
「くっ…去年までハロウィンなんて大したイベントしてなかったのに、なんで急にこんなことに…」
「ベストドレッサー賞とかも決めるって書いてありましたね。景品は確か、高級ホテルペア宿泊券だったかな? 全国のホテルから選べるらしいですよ」
「…………」
「仮装のテーマは『物語の登場人物』って書いてありましたけど、何にしましょうね?」
「……怪しい」
「ぎくっ!? な、な、何が!?」
「八一が連絡来たばかりのこんなイベントのこと、詳しく知ってるとか変でしょ」
「お、俺だって将棋連盟のイベントの事ぐらいチェックするけど?」
「竜王防衛戦が始まってる忙しい時期なのに、自分も出る気満々みたいだし。普段だったらタイトル戦を口実にパスするし、メールだってちゃんと読まないのに」
「す、鋭い…」
「しかも、テーマに悪意を感じるわ…」
「悪意って……はぁ〜もうバレちゃったか」
「やっぱり! なんか企んでるわね!?」
「数日前に、このイベントの件で会長に呼び出されまして。会長から直々に姉弟子に参加を促すよう依頼されてるんですよ」
会長、いい加減八一のこと使いっ走りにし過ぎじゃないかしら。
か、かのじょ…の私ですらタイトル戦中だから八一の研究の邪魔しないように、我慢して会う時間少なくしてるっていうのに!
ノコノコ呼び出しに応じる八一も八一よ。無視するなり、断るなりすればいいのに。
私が学校に行っている時間帯なんだろうけど、そんな呼び出しに応じてる暇があるなら、私だってもっと八一と一緒にいたいのに!!
でもそんなこと、言えっこないからイライラしてきて自然と駒音が荒くなる。
「また? この前も別のイベント参加を押し込まれたばっかりじゃない」
「……東京の病室の件持ち出されたら、逆らえると思う?」
「ゔっ……」
私が寝てる間に握られた弱みの件のはずなのに、思わず詰まってしまった。でも八一は鈍感だから全然気づかなかったみたい。
『目が覚めた』後で、私が寝ている間に会長と男鹿さんが来てくれたってことや付き合い出したことをなんとなく気付かれたってことは聞いたけど。
具体的に何を見られたかは、寝ていた私は知らないし。
「仕方ない。一旦止めますよ」
確かに集中力が切れて、お互い練習将棋どころじゃなくなってしまった。
八一は対局時計の主電源を切って居住まいを正すと、改めて状況の説明と私への説得を始めた。
「要は、東西対抗戦と言っても人数差もあるし、バランスが悪くて最初から勝負にならないんじゃないかって懸念があるんですよ。だから事前に関西勢のテコ入れを図りたいって考えみたいです」
「人数差なんて参加人数を調整すればどうとでもなるじゃない」
「まぁ人数差は建前で。ほら、関東には年中ハロウィンみたいな格好の一門がいるからさ」
「ああ……歩夢くん、ハロウィンで仮装対決なんて聞いたら、さらに本気の衣装で攻めてきそうね…」
「元々人数差があって仮装とか好きな人が厳選される上に、仮装させるプロみたいな人もいますからね…」
「釈迦堂先生が関東勢を本気でプロデュースしちゃったら、勝ち目ないんじゃないの?」
「そうなんですよ…一応会長がバランスを取れるよう交渉してくれるって言ってましたけど…」
「もう関東の勝ちでいいんじゃない?」
「いいや! 勝負師たる者、戦う前から勝利を諦めるなんてできないね! だから…」
「だから?」
「関西勢は《浪速の白雪姫》のリアル白雪姫仮装で勝負をかけます!!」
「勝手に人を仮装させて勝負をかけるなボケ!!」
「でも! 他に俺たちに勝てる手段なんて…」
「他にもいるでしょ? こういうの好きな人が」
「いましたっけ?」
「ほら、供御飯さんとか好きそうじゃない。前の女流棋士のイベントじゃ、嬉々としてバニーガールになってたみたいだし?」
「確かに、この前も銀子ちゃんが入院してた東京の病院にナース服で突然現れたな…」
「そう…だったの?」
危ない、危ない…
うっかり『そうだったわね』とか知ってる風なコメントをしそうになったけど、私はあの時寝てたから知らない。
知らないったら、知らない。
「でも、関東には月夜見坂さんがいますからね」
「あの人もこういうのノリノリでやりそうだもんね」
「ちなみに、関西は無難な仮装でキャラが被らないように、事前にどんな仮装するつもりかを共有することになりました。同じ仮装の希望者がいても、早い者勝ちにしようっていう方針です」
「何を着るか、事前申告するの? 余計にはずかしいんだけど」
「そう言わないでよ! ちなみに、供御飯さんは『かぐや姫』って書いてありましたね。京都の呉服屋さんの協賛も取り付けたらしいので、和服の仮装をしたい時は協力してくれるそうです」
「……仮装してなくても色んな人に無理難題ふっかけてそうね…」
「天衣についてはさっき晶さんから連絡あって、何としてでも『シンデレラ』の仮装をさせるから、他の人に取られないようにしておいてくれって泣きつかれました」
「まあ、そうでしょうね。《神戸のシンデレラ》だっけ?」
「晶さんの気合いの入れようからすると、カボチャの馬車でイベント会場に乗り付けそうですよ」
「ふうん……小童は?」
「あいはまだ考え中みたいです。着物着てなんとか紫になるか、ドレス着てなんとかのアリスになるかの二択で真剣に悩んでました。どっちがいいか聞かれたんですが、どっちだとしても、あいが参加すれば票は集まりそうじゃないですか。だから『どっちでもいいんじゃないか』って言ったんだけど、すごく不機嫌になっちゃったんだよね。なんでだろ?」
「『源氏物語の若紫』に『不思議の国のアリス』…どっちもロリキャラじゃない…」
「ん? なんか言った?」
「なんでもない」
「何にせよ、まだ白雪姫の仮装に決めた人はいないみたいだから、早めに申告してほしいんですが…」
「申告も何も、イベントに出席するとも、仮装するとも言ってないんだけど?」
「そう言わないで、一緒に参加しましょうよ〜まぁ、申告が遅くなっても関西で姉弟子を差し置いて白雪姫の仮装をしようなんて思う猛者はいないと思いますけど」
やっぱり八一も参加するつもりなのね。一緒に出ようって誘ってくれるのは嬉しいけど、なんで私の仮装を他人に見せたがるのかしら。
大体、八一は私が《浪速の白雪姫》の異名をあんまり好きじゃないって知ってるくせに。なんでわざわざその仮装をしなきゃいけないのよ。
「なんで八一がそんなに一所懸命私に仮装させようとするのよ? 会長命令だから?」
「まあ、それもありますけど。それはきっかけでしかなくて…」
なんだか歯切れが悪くて、理由をはっきり言わないのが裏がありそうで怪しい。
仕方ないから、スマホを手に持ってチラつかせつつ、こう言ってみた。
「理由をちゃんと言わないなら、将棋連盟に『高校の行事があるから欠席します』ってメールしちゃおうっと」
「ああ、もう分かったよ! ちゃんと言えばいいんでしょ!?」
「もったいぶらずに最初から素直に言えばいいのよ」
「姉弟子がこういうイベント好きじゃないのは知ってますよ? でも、今までハロウィンなんて縁遠かったけど、せっかく将棋大会で仮装もするなら、一緒に参加したら楽しいんじゃないかなって思ったし」
「ふうん…」
「それから《浪速の白雪姫》の異名を嫌がってるのも分かってるけど、仮装するなら白雪姫の衣装を着て欲しいなって思ってて…それはなんでかっていうと…」
「なんでなのよ?」
「一番の理由は、俺が銀子ちゃんのドレス姿を見たいから!!」
「ふぇ!?」
思ってもみなかった『理由』を言われて、びっくりして変な声を出しちゃった。
心臓はバクバクいってるし、みるみる顔が熱くなっていく。
でも八一は八一で自分の言ったことが恥ずかしいみたいで、そっぽを向きながら赤い顔で捲し立ててくる。
「着物はタイトル戦で定期的に見てきたけど、銀子ちゃんのドレス姿が見られたのは、釈迦堂先生の研究会の時と去年の竜王就位式の時と去年の誕生日くらいでしょ? お姫様っぽいドレス姿とかも見てみたいな〜って思うじゃん!」
「べ、別に、二人きりの時に色々着せてるじゃない…」
「あれはコスプレでしょ? 仮装はみんなに見せるのが目的なんであって、シチュエーションが違うというか、なんというか…」
「だからって、なんで私のドレス姿を他の人にも見せたいのよ? 別に八一の前でだったら…」
「ん? なんて言ったの?」
「なんでイベントで大勢に見せなきゃいけないのかって言ったの!」
「だって、見せびらかしたいでしょ?」
「……恥ずかしいカッコしてる私を?」
「違うよ。『俺の彼女、こ〜〜んなにかわいいんだぞ!!』って自慢したいじゃん!!」
「かわっ!?」
「だから、お願い。銀子ちゃん」
「うっ……」
ず、ズルい…
私が八一の『かわいい』と『お願い』と『銀子ちゃん』に弱いのが、もうバレバレなのは分かってたけど…
コンボで使うなんて卑怯よ…!!
でも、こんなふうにお願いされたら逆らえない…
「そこまで言うなら…条件次第では、考えてあげなくも…ないけど……」
「お、もう一押し!」
このまま八一の思惑通りにばっかりなるのは悔しすぎる。八一には受け入れづらくて、私にとってメリットになる条件を何か考えなきゃ…!!
[newpage]
そもそも、人前でわざわざ白雪姫の仮装をするのなら、私だけお姫様になったって私個人としてはあんまり意味がない。
八一が、そ、そのぅ…
例えば白雪姫の王子様みたいな仮装をして、イベントの間中ずっと隣にいてくれるんなら、恥ずかしいけど我慢してあげないこともないけど……
八一に『王子様になって♡』なんて、そんなことイベントでコスプレする以上に恥ずかしくて言えないし…
それとも、私に白雪姫の仮装させたがってるからには、釣り合うように八一も王子様の衣装を着てくれるつもりでいるのかな…
「…ねぇ、八一は何の仮装するか、もう決めてるの?」
「え? 銀子ちゃんが白雪姫になるんだから、俺が何着るかなんて決まってるでしょ?」
「へ!? 決まってるの!? そ、そうよね。私と一緒に仮装するんだもん。決まってるわよね」
「そうだよ。ネットで調べてみたら、既製品もいくつかあったけど、子供用も多くてさ」
「そうね、男の子でもなりたい子もいるわよね」
「俺は子供の頃なりたいなんて思った事なかったけど、そうみたいだね」
「八一は今だってそういうの苦手そうだけど、大丈夫なの?」
「恥ずかしくないわけじゃないけど、せっかくの機会だしね」
「い、嫌じゃないの?」
「別に嫌ってほどでもないよ」
「そうなんだ…なんか、嬉しい…それなら、私も頑張ろうかな…」
「ほんとに!? やった! これで銀子ちゃんのドレス姿を拝めるぜ!」
喜びの余りガッツポーズをする八一を見ながら、やっぱり恋人同士になると今までとは違った一面が見られるようになるんだな…とドキドキしながら自分の思い込みを改めた。
「八一、私にコスプレさせるのは好きだけど、自分ではそういうの着てくれないんだと思ってた…」
「確かにこんな機会でも無ければ、着ようとは思わなかったかもな〜」
「ハロウィンなんて名前は知ってても自分が参加するなんて考えてなかったもんね」
「ハロウィンがメジャーになってきたお陰だよね。でも将棋イベントであの格好をするとなると、視界が狭まって将棋指しづらそうだなぁ〜 まぁ、いざとなったら対局中だけ頭を外せばいいか…」
「え??」
え??
アタマをハズす!?
冠を取るとかじゃなくて!?
もしかして、八一の考えてる仮装って、王子様じゃない!?
「や、八一…あんた、なんの仮装をするつもり…なの……?」
「え? ドラゴンの着ぐるみ着るつもりだけど?」
「はぁああああ?」
「え!? だって銀子ちゃんが《浪速の白雪姫》にあやかって『白雪姫』になるなら、俺は名前も九頭竜で竜王なんだし『ドラゴン』しかないでしょ!?」
「なんでそうなるのよ、バカ!!」
「ええ? じゃあ、恐竜の方がいい?」
「竜から離れろ!!」
そんな感じでぎゃいぎゃい言い争いをしていたら、近くに置いてあった私と八一のスマホがほぼ同時にメールの着信を知らせてきた。
一時休戦してそれぞれスマホを手に取る。
「釈迦堂先生?」
「歩夢?」
それぞれさっき噂をしていた釈迦堂一門からの連絡らしい。十中八九、ハロウィンイベントに関する話だろう。
八一と無言で視線を合わせて、アイコンタクトでまずはお互いメールを確認しようということで意見が一致。
自分のスマホの新規メールを開いてみたら……
添付されていた写真には、ちょうど今話していた『白雪姫』っぽい本格的なドレスが、釈迦堂先生のお店で見たことのある猫足のトルソーに飾られて写っていた。トルソーの上部に宝石がたくさん付いてキラキラ輝く小さな王冠がちょこんと乗っている。
メール本文にはこう書いてあった。
『喜べ、銀子! 銀子がハロウィンで着る衣装が完成したぞ! 余ともあろう者が、今まで銀子に白雪姫の衣装を着せることを失念していたとは!! 月光さんから打診を受けた瞬間に天啓を受けたかの如くイメージが押し寄せ、その日のうちに白雪姫を含め姫君達の衣装デザインを書き上げてしまったよ。来期のコレクションのテーマは『プリンツェシン』に決まりだな」
もう一度添付画像を見てみると、ドレス以外にも見慣れた釈迦堂先生のアトリエの机とその上に所狭しと置かれている大量のデザイン画が添付されていた。
「併せて若き竜王の衣装も揃いで作ってみた。参考の為、ゴッドコルドレンが試着した画像を竜王に送っている。後で銀子の感想も聞かせてくれ』
や・ら・れ・た〜!!
会長のしてた『交渉』ってこのことだったの!?
釈迦堂先生がこんな本気のドレスを作ってくれたのに『恥ずかしいから着たくない』なんて言えるわけないじゃない。
しかも、八一の仮装もお揃いで作ったっていうことは…
当然ドラゴンでも魔王でもないわよね…
無意識に漏れる深いため息と共に、今まさにその衣装を着た歩夢くんの画像を見ているであろう、将棋盤の向こうの八一の様子を伺ってみる。
私の視線に気づいたのか、スマホを凝視していた八一が、恐る恐る私に自分のスマホ画面を見せてくる。
「あのう…銀子ちゃん…この衣装って、多分、白雪姫の王子様の仮装…だよね…」
「そうみたいね。私の方には釈迦堂先生がデザインした白雪姫風ドレスの写真が送られてきたし…」
差し出された八一のスマホを受け取って覗き込んでみると、そこには白雪姫の王子様っぽい衣装を着て、バサッと黒いマントをはためかせたポーズをキメる歩夢くんの画像が表示されていた。
八一が私の手から、釈迦堂先生のメールを表示したままの私のスマホをそっと取り上げたけど、八一も見た方が良さそうだからそのままにしておく。
続けて、歩夢くんからきたメッセージアプリのメッセージも読んでみる。
『見よ! 我がマスターの崇高なるデザインによって完成したお前の
メッセージの間に、後ろを向いてマントを翻しつつ、背中側のデザインも見えるようにポーズをキメる歩夢くんの画像が挟まる。
『此度の
スクロールしていくと、またまたバストアップの範囲で首回りの装飾が見やすいようにしつつ、厨二病っぽく手袋を嵌めた手で顔を隠すポーズをキメた歩夢くんの画像…
『イベントまでに東京に採寸に来られる日取りがあれば教えてくれ! 無ければマスターが認めた関西の仕立て屋を派遣する予定だ!』
その後は歩夢くんが着る予定の仮装の話とか写真とかが次々送られてきていた。読むべきメッセージは一通り読み終わったけど、何を言えばいいのかコメントが難しいから、無言で八一にスマホを返す。
代わりに八一から自分のスマホを受け取る。そこには八一が見ていたドレスの画像が表示されたままになっていた。
「「…………」」
二人とも無言になってしまったけれど、理由は分かってる。
お互いに一番の希望は十分過ぎるくらい叶えられているから、たとえ今ここでどっちかが『こんなの着ない』って文句を言ったとしても『だったら私(俺)も出ない』って返してきて、ヤブヘビになるだけ。
それに何より…
チラリと八一の顔を覗いてみた。
私を見返す八一の顔を見れば、私と同じことを考えてることくらいは簡単に分かる。
『お互い、無駄な抵抗をするのは諦めよう』
そう、何も言わなくったってお互い分かってる。
この状況ではいくら抵抗しても無駄なことくらいは。
それが分かるのは恋人同士だからというよりは、姉弟同然に育っている上に、同業者だから。
上下関係が厳しいこの将棋界で、ここまで根回しをされた上に、頭金を打たれて退路を断たれたら、潔く投了する以外の選択肢なんて、私たちには残されていないのだ……
「対局、再開しよっか……」
「そうっすね……」
一先ず先の問題は棚上げして、その日は練習将棋に集中することにした。お互いにポカミスばっかりで全然勉強にはならなかったけど。
でも、八一とお揃いの仮装が出来るなら、しかも出来合いのペラペラの服じゃなくて、釈迦堂先生全面プロデュースの衣装なら、普段なら恥ずかしくてできないことでも、出来てしまいそうな気がする。
だって、ハロウィンだし。
みんなでいつもとは違うことをする日なんでしょ?
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ハロウィン仮装将棋大会当日、本番前の舞台袖。
控室で仮装に着替え終わった棋士たちがいつもよりも興奮気味にざわめいている。
舞台のこちら側から棋士が、向こう側から女流棋士が登壇する予定だから、近くにいるのは男性ばかり。でも奨励会に入ってからはいつもこんな感じだし、八一にまとわりつく小童達がいないだけ、気が楽かも。
舞台上の大型スクリーンには同じく準備が進む東京会場の様子が映っている。
八一は着慣れない派手な衣装に怖気付いてるみたい。横髪が少し乱れていたから直してあげることにした。
「ちょっと、髪の毛跳ねてるわよ」
「このオールバックみたいな髪型、絶対似合ってない気がする…」
「釈迦堂先生が依頼してくれた美容師さんにやってもらったんでしょ? 大丈夫よ」
少し爪先立ちをしながら後ろに撫でつけて整えてあげる。ドレスに合わせて、ビジューがたくさん付いたヒールのある靴を履いているから、いつもより目線が近くてドキッとした。
ドキドキしてるのを悟られないようにしなきゃ。
イベント慣れしているお姉ちゃんらしく、不慣れな弟の本番前の緊張をほぐしてあげる為に、ちょっとしたイタズラを仕掛けることにした。
「そういえば、ねぇ八一」
「なに?」
「白雪姫の相手役の王子様、なんて名前か知ってる?」
「王子に名前なんかあるの?」
「あら?知らないの?自分が仮装するんだもん。名前くらい知っておかないとダメじゃない」
「イヤな予感しかしないんだけど…」
「王子様の名前はね…プリンス・チャーミングっていうのよ!」
「うげぇ……」
「ふふ…変な顔…」
予想通りの反応に、人前だけど口元が緩むのが止められない。
ちょうどいいタイミングでスタッフさんからの登壇準備の合図が来たから、まだ苦虫を噛み潰したような顔をしている私の王子様に右手を差し出す。
「ほら、しっかりエスコートしてよ?『王子様』?」
「はいはい。仰せのままに『白雪姫』」
八一は私の手を取ると一歩、私に近づいた。
私の耳元に顔を寄せて、他の人に聞こえないようにそっと囁く。
「銀子ちゃん」
「なに?」
頭に乗せた王冠を落とさないように気をつけながら、八一の方に顔を向けると、目の前にある八一の耳たぶが赤く染まっていた。
「ドレス姿、すっごくかわいい」
「っ!!」
「それから、最高に似合ってる。最初は出ないって駄々こねてたのに、結局は一番を目指すの?」
言い慣れないキザなセリフを囁かれた後、さっきのお返しとばかりに煽られた。
いたずらっ子みたいな顔をしている八一に、私は余裕たっぷりの笑顔で答えてみせた。
「……当然よ! 何年『白雪姫』をやってると思ってるの? にわか仕立ての仮装なんかに負けるわけにはいかないでしょ!」
今年のハロウィンは生まれて初めて、仮装をしてみた。
しかも、八一が私の『王子様』になってくれるなんて、夢みたい。
夢じゃないよね?
将棋漬けの私の人生の中で、ハロウィンをこんなに満喫することになるなんて、それこそ夢にも思わなかった。
こんなにワクワクするイベントなら、来年も再来年も続けてもいいかも。
毎年、ずっと……
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後日、ハロウィンイベントで賑わうユニバーサル・スタジオ・ジャパンで、仮面を被っていてモデルが誰かは判別できないものの、裏原宿では名の知れたブランドのものと思われる白雪姫と王子様の仮装をした男女の画像がネットで出回ったけれど、それまた別のお話……
普段pixivにて八銀SSを書いております、しおりと申します。
蛇足ですが、八一の口調が敬語だったりタメ語だったりと安定していませんが、意図的に書き分けております。
将棋関係の話で下手に出たい時は敬語、プライベートではタメ語になるイメージです。鈍感な割には三兄弟の真ん中なので、そこら辺は上手く使い分けていきそうなので。