りゅうおうのおしごと!八銀SS特別編   作:しおり@活字は飲み物

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クリスマス記念八銀SS 13巻以降推奨
隠れ銀子ファンで観る将なクラスメイトと竜王戦中でクリスマスイベントができない八銀の話。


クリスマスなんて祝わない

 私の高校の同じクラスには超有名人がいる。『クラスメイト』だなんて気軽に呼ぶのはおこがましいくらいの、度々雑誌やテレビのワイドショーで取り上げられる有名人。

 

 史上初の女性プロ棋士、空銀子四段。

 

 うちのクラスには将棋ができる人はほとんどいないから、みんな『テレビで見る珍しい業界の凄い人らしい』くらいにしか思ってないけど…

 多分クラスの中では、いわゆる『観る将』の私が一番将棋界のことを知ってるから。彼女と同じ学校に入るより前から、女流二冠だった彼女の棋譜や記事を読んでいたから。

 他の人より少しは分かるのだ。

 彼女の凄さを。

 

 

 去年亡くなったおじいちゃんが趣味で将棋を指す人で、小学生の夏休みに田舎に帰った時、従兄と一緒に駒の動かし方を教わった。従兄は結構ハマってその夏だけでもメキメキ上手くなって、次に集まった年末年始には私と指しても全然勝負にならないくらい強くなっていた。

 従兄とおじいちゃんばかり将棋盤の前で向かい合っていたけれど、私はなぜか飽きもせずずっと将棋盤の横から二人の勝負を見ていた。私の予想とは全然違う場所に動く駒たちを見ているだけでも、面白かったから。

 年に二回、従兄はおじいちゃんに将棋対決を挑んで、最初はおじいちゃんも余裕だったけど、段々真剣に指すようになって、いつの間にか勝率も五分五分になり、ある時から腰が痛いとか言って従兄からの将棋の誘いを受けなくなった。

 多分従兄の方が強くなっちゃったんだと思うんだよね。おじいちゃん負けず嫌いだったから。その頃には部活だ受験だで親戚一同で田舎に集まる機会も少なくなってたし。

 そんな感じで、私自身は将棋は知ってる程度だけど駒の動きや記譜を読むくらいはできる。

 だから『同い年で同じ地域に住む女の子』である彼女には、一方的に親近感を感じて中学生の頃から注目していた。

 小学生で女流のタイトルを二つも取って、その後ずっと防衛し続けるのだって凄いのに、男性だらけの奨励会で勝ち上がって段位を上げていく彼女は私のヒーローだった。

 

 そんな将棋雑誌やテレビ画面で遠くから見ていた雲の上の存在が、同じ高校に入学して、さらには同じクラスになって、同じ教室で同じ空気を吸うことに……

 今年4月の私の衝撃は、なんというか、一言では言い表せない。

 

 遠いと思っていた存在が急に目と鼻の先に現れても、どうリアクションすればいいか分からない。

 空…さんは学校内でも寡黙で、ノリのいいクラスメイトが話しかけても、テレビのインタビューみたいにリアクションが薄かったから、みんなすごく気になってるけど、遠巻きに眺めてる感じ。

 私も当然、仲良くなりたい気持ちもあるけど、どう関わればいいか、関わらない方がいいのかも分からない間に三段リーグが始まってしまった。

 始まっちゃったらさ、なんとなくでもその過酷さが分かるから、余計に声かけづらくなっちゃうよね。

 

 そういえば、法事の時にお酒の入ったお父さんが私と彼女が同じクラスだとうっかり喋っちゃって、従兄から『空銀子のサインもらってきてくれ〜!!』と拝み倒されたこともあったっけ。けど、そんなこと頼める雰囲気じゃないから、カンベンして欲しい。

 

 ちなみに学校では仲のいい友達グループにも将棋のルールが分かってることくらいは匂わせてるけど、『観る将』なことや前から彼女のファンだってことはナイショにしてる。前から言ってたなら平気だけど、彼女と同級生になった途端にそんな話をし出すのは…

 なんだか媚びてて、ミーハー過ぎる気がして…

 私のキャラじゃないから…

 

 それでも、奨励会で女性初の三段リーグを戦うことになった彼女に少しでも味方がいるよって伝えたくて、励ましたいと思って、先生に提案してクラスで寄せ書きを作ってみんなで渡したんだけど…

 

 驚いてくれてたし『ありがとう。嬉しいです。精一杯、頑張ります』とは言ってくれたけど、色素の薄い灰色の瞳はテレビで将棋とは関係のない無遠慮な質問に義務的に答える時のように、冷たいガラスみたいになんの感情も映していなかった。

 

 余計なことをしてしまったのかもしれない。

 学校では普通の女子高生でいたかったかもしれないのに、変に大々的に応援してしまったのは嬉しくなかったかもしれない。ただでさえあちこちからプレッシャーを受けていたと思うのに、学校でも持ち上げられて居心地悪くしてしまったのかもしれない…

 でも今更、謝るわけにもいかないし…と、うじうじ思い悩んでいる間にも彼女は三段リーグで快進撃を続け、途中で連敗しまってからは調子を崩したのか、夏休みが開けても学校には全然来なくなってしまった。

 テレビの中継で見る彼女はどんどん痩せ細っていって、とても心配だったけど…ただの女子高生である私には、ただただテレビやネットニュースからの情報を見続ける以外に、出来ることは何もなかった。

 

 私が何もできずに遠くから見守っている間にも彼女は厳しい戦いを続け、三段リーグを勝ち抜いて、女性で初めてのプロの将棋指しになった。

 昇段直後は東京の病院に緊急入院したらしいけど、大阪に帰ってきて落ち着いた頃には学校にも顔を出すようになった。

 先生に頼まれたって言い訳して休んでた間のノートのコピーを渡すくらいのことしか出来なかったけど、彼女が夢を叶えて、元気になってよかった〜!! と思っていたら…

 なんか週刊誌にスクープされて、ネットニュースになって、テレビのワイドショーでも『熱愛報道』がされて学校中がザワザワしてたんだけど…

 

 とうとうゴシップ好きな二年の先輩が直接彼女に聞きにきてしまった。

 

「ねえねえ、空さん。テレビで特集されてたんだけど…弟弟子と付き合ってるってほんと?」

 

 急に知らない生徒に話しかけられたのに、彼女は全然動じた様子もなく、要点だけ回答した。

 

「ほんとですけど? 公式発表は将棋連盟のホームページでしてるので」

 

 と、あっさり交際宣言しちゃった!!

 

 でも、その時私は見てしまった。なんでもないことのような口調で言っていたけど、恥ずかしいのを我慢してるみたいに、彼女のいつもは真っ白な首筋が赤く染まっているのを…

 

 

 

 長くなっちゃったけど、今年の4月から12月までの私と彼女の関係はこんな感じ。

 

 つまり、私は彼女の隠れファン。

 彼女にとっての私はその他大勢のクラスメイトの一人。便宜上同じ室内に入れられているだけの存在。

 

 そのはず…なんだけど…

 

 

 その彼女と…最近、休み時間とかに、時々一瞬だけ目が合うんだよね。

 たまたま私たちのグループがいつもなんとなく集まる場所が彼女の席の前あたりだってだけなのかもしれないんだけど…

 ふと気配を感じて彼女の方を見るとこっちを見てる。視線が合うとすぐ何事もなかったかのように逸らされちゃうから、最初は気のせいだと思ってたけど…何度もあるから、どうも気のせいじゃないみたいなんだよね。

 気がついてからは、目が合った時に何をしてたかとか、どんな話題を話していたのか覚えておくようにしてるんだけど、大体ウチのグループのしほちゃんの彼氏とのノロケ話とか、雑誌とか本を一緒に見たり貸し借りしてる時とか、友達同士でユニバに行く話とか、スイーツとかデートスポットの話…

 もしかしたら、空さんだって女子高生なんだし、スイーツとかユニバとかに興味があるのかもしれない。将棋雑誌のインタビューとかには全然書いてなかったけど、この前ファッション雑誌の対談を読んでみたら大阪のスイーツには詳しいみたいだったし。

 

 私たちに聞きたいことがあったり、一緒に話したりしたいのかな?

 でも向こうから声をかけてくれるなり、もう少しリアクションをするなりしてくれないと、話の輪には入れてあげられないんだよな〜

 私はむしろ気軽におしゃべりできるようになりたいんだけど…

 

 そんなことを考えてから、思わず声をかけちゃったんだよね。その日の、テストが終わった開放感ともうすぐクリスマスで気が緩んでいたことは否めないんだけど。

 あわよくば、今年中にもう少し彼女と親しくなっておきたかったって下心ももちろんあったから、こんなことになっちゃったのかもしれない…

 

 それは、テストが終わって、ホームルームが始まるまでにいつものグループで集まっていた時のこと。

 確か、家族でどこのお店のクリスマスケーキを注文したのかとか、それとも家族とは過ごさないで友達や彼氏と過ごすのかとかの話をしてて。

 

 いつものようにチラリと空さんと目が合ったから…

 だから、思わず一歩、彼女の座ってる席に近づいて、話を振っちゃったんだ!

 

「あの、空…さんもクリスマスはお祝いしたりするの? ほら、竜…じゃなかった、彼氏さんとは初めてのクリスマスでしょ?」

「……わない…」

「え?」

「祝わない。まだタイトル戦中で、私も仕事で会場入りするし…」

 

 彼女の異名の《白雪姫》みたいに感情の読み取れない、冷たい声が返ってきて、一瞬で私はパニックに陥ってしまった。

 

「そ、そうだったよね! 竜王戦の最終局これからだもんね! 九頭竜竜王にとっては一年で一番将棋に集中しないといけない時期だし! カレが大変な時に空さんだってクリスマスなんて気分じゃないよね! 無神経なこと言ってごめんなさい!」

「い、いえ…」

 

 普段、表情の変わらない空さんが引いてる!!

 私はどうも混乱すると思っていることをどんどん喋ってしまう厄介なクセがあるらしい。

 さらにテンパった私の口は、さっきよりも早口で言わなくてもいいことを次から次へと吐き出してしまった。

 

「彼が社会人だとスケジュール合わせるの大変だよね。あ、でも九頭竜竜王は二個上だから学校行ってれば高三なのか。それなのに棋界の頂点の竜王なんだから凄いよね。だけどさ、社会人ならお仕事優先なのは仕方ないけど、こっちはまだ女子高生なんだから、少しくらい都合併せて欲しいところだよね! 付き合って初めてのクリスマスなんだし、当日が無理なら事前にでも1時間とか30分くらい、一緒にケーキ食べるくらいしてもいいじゃないかなとか素人は考えちゃうんだけど、そんな余裕もないのかな。でも、ちょっとでも会えたらいいね! ほら! 最近は当日祝えない人たちの為なのかなんなのか、クリスマスイブより前からクリスマスケーキを売ってるところもあるし! なんだったら、クリスマスじゃなくてもコンビニに一人用のケーキくらいは置いてあるし! 前祝い…だと味が悪いかもだから、もうすぐクリスマスだしって口実で、少しでも会えたらいいねっ!」

 

 ハッと我に返るとグループのみんなも普段こんなに早口で話さない私が捲し立ててるからキョトンとしてるし、空さんも綺麗な目を見開いてビックリしてる。

 もう何をどうすればいいのか分からないから、とりあえず謝ってみた…

 

「あ、あの、なんか、勝手なこと言って、ごめん…なさい…」

 

 空さんは瞬きを一つすると、さっきよりは優しく見えなくもない表情で小さく呟いた。

 

「いいえ…そうね…ありがとう…」

 

間髪入れず、測ったみたいに予鈴がなって、先生が入ってきてしまったから、そこでもう解散するしかなかった。

 

やっちゃった!!!!

 

 

*******************

 

 

 期末テストと補講を終え、他の生徒よりも遅れて校門を出て、最寄駅へ向かう。

 補講と言ってもテストの点数が悪いからじゃない。今日の期末テストだって余裕だったし。

 三段リーグに集中する為、三段リーグが終わってからは東京で入院したから、二学期前半はほとんど学校を欠席していて、その休んだ分を補填する為の補講を受けていたのだ。

 義務教育だった中学までと違って、高校に入ったら最低限の出席と満たしていない場合はそれに代わる課題や補講をしないと単位が認定されないらしい。せっかく通っていても卒業出来ないんじゃ、意味がないし…

 幸い学校側は入学時の約束通り、可能な限り融通を利かせてくれてるから、期末テストの後の補講で済んでいるのだと思う。

 

 一人、最寄駅に向かって歩いていると、途中の商店街ではクリスマス仕様のイルミネーションに、クリスマスケーキの予約受付の張り紙、おまけに歩道の真ん中にデカデカと聳え立ってピカピカ光るクリスマスツリーが嫌でも視界に飛び込んでくる。

 

 

 

 私たち棋士の暦には、クリスマスイブやクリスマスなどという軽薄な単語は存在しない。

 タイトル戦だって、順位戦だって忖度されずに普段通りに対局が予定される。

 大盤解説とかイベントの時候の挨拶で触れることはあるかもしれないけど、それは観戦者へのファンサービスでしかない。

 あ、棋士の中には敬虔なクリスチャンの方もいらっしゃるから、その方々は当然別、例外ね。でも、私も含めて棋士のほとんどが一般の人と同じように普段宗教なんて意識してない、なんとなくの仏教徒。

 

 

 だから私は、クリスマスなんて祝わない。

 

 

 そもそもほとんどの日本人がクリスチャンでもなんでもないのに、なんで昔の偉人だか聖人だか神の子だかの誕生日を日本全国で祝ってやらなきゃいけないわけ?

 わざわざ一ヶ月くらい前から街中をクリスマス仕様にデコレーションして、ツリーなんて特別なイルミネーションスポットなるものまで用意して、当日はプレゼントからケーキまで用意して!

 まったくもって、日本人はお祭り騒ぎが好き過ぎると思う。

 

 そうは言っても、私の通う高校でも期末試験そっちのけで『クリスマスはどうする?』とか『友達同士でクリパする〜』とか、あまつさえ『イブはカレシと過ごすんだ〜うふふ…♡』などと、うらやま…ゴホン! もといチャラチャラした話題で持ちきりだ。

 

 いくら同じ歳のクラスメイトがクリスマスに浮かれていようと、棋士が本業の私には関係ない。関係ないもん…

 

 だって、八一が竜王である限り、もしも万が一失冠したとしても竜王というタイトルに挑戦し続ける限り、毎年12月には竜王戦の後半戦が行われるんだから。

 私だってプロ棋士になったからには、毎年必ず三月は順位戦の昇降級で一喜一憂することになるんだから、お互い様。

 

 なんだけど…

 

 でも…

 

 でも、なんだか、モヤモヤする…

 

 同い年の子達がみんなクリスマスを楽しみにしてて、彼氏へのプレゼントをウキウキ選んでたり、彼氏がくれそうなプレゼントをワクワク想像してたり、イブにデートの予定を立てたりしてるのに…

 

 本音をいうと、最終局までもつれ込むと決まった時点で、もっと言うと竜王戦の日程が発表されてからずっと、モヤモヤしてた。

 この日程じゃ、もしかしたら八一と付き合って初めてのクリスマスイブにデートできないし、二人きりでも会えないし、ましてやお祝い気分なんか出せないかもしれないじゃない!って。

 

 私だって…

 

 私だって……

 

 私だって、八一と恋人同士になれるように死に物狂いで戦って、三段リーグを突破してプロ棋士になったんだから!

 付き合って初めてのクリスマスイブくらい、二人きりでお祝いしたかったのに!!

 

 でも、そんなワガママなこと言えない。

 『将棋のことより私を優先して欲しい』なんて、そんな面倒くさくて将棋の研究の足を引っ張るような女になりたくて、恋人になったわけじゃない。

 誰よりも一番近くで、同じ景色をずっと一緒に見ていたいから。

 最終局までもつれ込んで、それでも二度目の防衛を果たそうと必死で戦っているのを、私が誰よりも知ってるから。

 八一が一番がんばってるんだから。

 

 クリスマスプレゼントだって、不用意に渡したらプレッシャーになるだろうってことは、女流とはいえ長年タイトルホルダーだった私には痛いほど分かるから、あげられないし。

 八一からのプレゼントが欲しくないかというと嘘になるけど、私にあげるための物でも、こんな状況でのんきにプレゼント選びなんかされてたら、逆に真面目に研究しろってど突きたくなるだろうし。

 

 だけど、さっき高校の休み時間に話しかけてきたクラスメイトが言ってくれたように、少しくらいは時間を割いてもらっても…いいのかな?

 

 だって、付き合って初めてのクリスマスなんだし、彼女なんだし、高校生なんだし、『社会人のカレ』に少しくらい甘えてもいいのかも…

 

 そういえば、三段リーグの途中でサプライズで八一が料理を持ってきてくれたこともあったな…

 あの時も八一は帝位戦の挑決の前で研究に集中してたはずだけど、わざわざ私の研究部屋まで来てくれて、急に来たから外で一時間近くも待たせたけどずっと待っててくれて、我慢し過ぎは良くないって忠告されたっけ…

 あの時はまだ付き合ってなくて、桂香さんの作ってくれた料理を配達してくれたけど…

 例えば、か、彼女の私が八一にクリスマスケーキを出前するっていうのも…アリ、なのかな?

 

 クリスマスを祝うんじゃない。

 

 クリスマスケーキを口実に、竜王位を死守する為、最終局に向けて一人で研究を続けてる八一の溜め込んだ心のストレスを解消してあげる為に会いに行くんだ。

 私も…会いたいし……

 

 悩みながら歩いていたら、あっという間に地下鉄の出口の前に着いてしまった。

 電話をするなら今、階段を降りる前の方がいいだろう。

 意を決してスカートのポケットにいれていたスマホを取り出して、発信履歴を表示する。昨日かけた母親の下、二番目にある八一の携帯番号を見つめる。

 竜王戦が始まってから、私から電話をかけたことは、一度もない。だって、集中して研究してるかもしれない時に、邪魔したくないから。

 

 タイトル戦の間、小童は清滝家に預けられてるし、多分一人でアパートで研究してると思うけど、将棋会館に行ってる可能性だってあるから、やっぱり行く前に一度電話した方が確実…

 

 今まで八一に電話をかけた中で一番ドキドキしながら、震える指先で通話ボタンをエイッと押す。

 あいつは集中してると電話の着信音なんて簡単に聞き逃すから、最悪先にケーキを買ってアパートに突撃しなきゃダメかもしれない…

 もしも都合が悪かったら、去年…みたいに『邪魔』だって言われたら…どうしよう…惨めな気分でケーキを持って帰る? 家族で食べるのも余計に虚しいから、研究部屋に寄って、一人で食べる?

 

 そんなことをうだうだと言い訳がましく考えていたら、予想よりも早く八一が電話に出た。

 

「もしもし? 銀子ちゃん?」

「八一、今アパート?」

「うん。研究してるよ。どうしたの?」

「ケ……」

「け??」

「ケ、ケーキを出前してあげる!」

「えっ? ケーキ?」

「クリスマスイブやクリスマスは忙しいでしょ? だから早めにクリスマスケーキを持っていってあげる!」

「これから? 今どこにいるの?」

「今高校の最寄駅。今日都合が悪いなら、明日でもいいし…」

「いいよ。今からで。ちょうどもうすぐキリよくなるし」

「そ、そう。よかった…何のケーキが食べたいとか、ある?」

「うーん。そうだな…糖分足りてないからチョコレートっぽいヤツがいいかな。そういえば、昼飯食べるの忘れてた! 腹減ったな〜そうだ、ついでになんか腹にたまるものも買ってきてくんない?」

「分かった。わ、私も夕飯、一緒に食べていっても…いい?」

「ん? むしろ食べていってよ! せっかく会えるんだし。ケーキだけ届けてさっさと帰られたりなんてしたら、余計にストレス溜まっちゃうよ? 銀子ちゃんさえよければ、さっき思いついた手が実戦でも使えるかちょっと試してみたいし」

「うん…いいよ」

「よろしく。じゃあ、待ってるから」

「うん」

 

 通話を終えて、いつの間にか硬っていた肩の力を抜きつつ、深く息を吐き出す。

 

 よかった。

『邪魔』じゃなかった。

 八一と二人きりで会える。

 クリスマスケーキを一緒に食べられる。

 しかも、桂香さんみたいに手作りじゃないけど、お腹が空いてる八一に夕飯を持っていくっていう『彼女らしいこと』もできる。

 

 どこのケーキを買っていこう?

 阪急梅田なら、アンリ・シャルパンティエのチョコケーキがいつも美味しいから覗いてみようかな。デパ地下で夕飯も買っていけるし。

 

 もしもうまく見つからなくても、さっきクラスメイトが『最近はクリスマスじゃなくてもコンビニに一人用のケーキくらいは置いてる』って教えてくれたから、福島駅のファミマにでも寄って買っていけばいいし。

 

 年が明けて、三学期になったら……

 あの子…確か、美原さん? にお礼を言わなくちゃ……

 

 そう心に決めてから、ポケットにスマホをしまう。

 そして、久しぶりに八一のアパートに向かうために、さっきより気持ちも足取りも軽く、地下鉄駅に続く階段を駆け降りた。

 

 

 

fin.




クリスマスは例年竜王戦の最終局の時期だから、カップルイベント的な話は思いつけない…とTwitterで呟いたとたんに、逆にお祝い出来ない八銀もエモいのでは!? と思い立って書き始めてしまいました。
前半の子は銀子ちゃんにも普通の恋バナとかできる友達ができたらいいな〜という願望から生まれました。
従兄とおじいちゃんの話は私の思い出をアレンジしたものです。

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