寮の前で何度も風を切る音が聞こえる。それに誘われてか一人の女性が近づいて来た。
「こんな時間に素振りは感心するけど、そろそろ寝たらどうかしら?」
「……あなたは」
笑顔を向けて近づいてくるその女性にこの学園で二人しかいない男子生徒の一夏が驚いた。
「でもどうしたのかしら? こんな時間まで……あ、もしかして」
「もしかして?」
「好きな女の子に発情して眠れない、とか?」
「そ、そうじゃないですよ!」
赤らめながら叫ぶ一夏。女性はからかうように笑うと、一夏は呟くように言った。
「……その、どうしても強くなりたくて」
「そうなの?」
「はい。それに同じ男性IS操縦者の武がアレだけ強いのが羨ましくて……。何でこんなに差が開いたんだろ」
すると女性はクスクスと笑い始める。
「何がおかしいんですか?」
「あら、ごめんなさい。ただそんなわかりきったことを言っているからつい」
「……わかりきったことって……?」
「経験よ」
さも当然の事を言われた一夏は少し止まった。
「ま、確かに生まれた時期も大して変わらない君たちに差があるとしたらそういう事じゃない?」
「まぁ、そうでしょうけど……。あれ? じゃあ武は俺よりも先にISを動かしていたってことか?」
「でしょうね。むしろ彼の実力でそうじゃないとか普通に詐欺よ」
バッサリと切るように言った女性は微笑む。
「あの……あなたも武に対して何か思っているんですか?」
「私が? 全然。むしろ彼の言う通りだと思うけど」
「え? そうなんですか?」
「そりゃそうよ。強い云々語るなら実力示すなんて当たり前の事じゃない。そう意味じゃ、今の世界なんて哀れだと思うわ」
ハッキリ言った女性に一夏は内心驚いていた。
「なんか。意外ですね」
「あら、もしかして私も女尊男卑思想を持っていると思ってた?」
「いや、そんなことは―――」
「確かに多いわよね、そんなの。今では猫も杓子もISだ女だった……本当、ISなかったら何もできない可哀想な人しかいないのに」
「まるで武みたいなこと言うんですね」
「そうかしら? でも私は彼のように極端じゃないわ」
女性は木刀を背中から出すと一夏に向ける。
「な、何の真似ですか?」
「強くなりたいんでしょう、織斑君。だからその経験、私が積ませてあげるわ」
「……でも、絶対防御もないのに本気でって―――」
「心配いらないわ」
女性は木刀を振るうと一夏に触れずに吹き飛ばした。
「むしろ今のあなたの方が怪我するんじゃないか心配だわ」
「……そこまで言うなら、本気でやってやる!」
一夏が木刀で女性に仕掛けるが、女性は回避や木刀で弾いたりして攻撃を回避する。
「良いことを教えてあげるわ、織斑君」
「何です!?」
「君自身弱いけど、何よりも白式はもっと弱い」
女性は一夏の懐に潜り込んで思いっきり一夏を吹き飛ばした。
「ぐはっ!?」
「だからあなたが弱くても全然恥じゃないわ。高い攻撃力と機動力なんて近接主体の機体として当たり前。だけどその機体には古臭いデータしかないからその程度の武装しか扱えないの。だからあなたは弱い」
「で、でも俺は―――」
「強くなりたいならマシンを選びなさい。武と違って作れないあなたなら尚更よ」
そう言って女性は姿を消した。それはまるでそこに存在が初めからなかったかのように。
女性は別の所に現れると女の格好から武が着ていた戦闘服にチェンジする。直径1㎝ほどしかない球体が目の前に現れて、男性の手に乗った。
「あんなもので良かったのか、ノヴァ」
『ありがとう、悠夜。助かったわ』
「まぁ、俺としては神秘に出会えたからこれはこれでって思ったけど。でも最後のあれって必要か?」
最後のアレとは白式の否定の事だ。悠夜は周囲を見回しながら訪ねるとノヴァと呼ばれた球体は答える。
『ええ。必要よ。ああでもしないとあの中の子は自覚しない。ただでさえあの機体仕様で織斑一夏は苦労しているもの。少しは私たちも改善しなきゃ』
「……そういう君は武のために行動しているのかな?」
『基本的に必要ないのよねぇ。気付いたらパパッと一人で終わらしちゃうし。私としては物足りないって気持ちもあるけど。それに駒が強くなった方が武は嬉しがるわ』
「確かにね。零司は俺たちが近い内に本格参戦すると予想しているけど、表向きは回避したい事柄だから」
バレたら面倒。実際それだけでは片付かないが、彼らにとってIS学園に所属する専用機持ちのレベルアップはありがたいのだ。
「でも、それなら他の専用機持ちもレベルアップが必要なんじゃないの?」
『ああ、無理。私は初期に作られたコアだから白式のコアにはアクセスできるけど、他のコアは無理なのよ。私が自我を持つために使ったコアは運よく疲弊していたから使わせてもらった。もう混じって消滅したんだけどね』
「さらっと怖いこと言わないでよ」
『仕方ないわ。でもすべてがそうなったわけじゃない。そもそもコアの意識は操縦者と共にあり、成長するもの。しきっていない状態で意識が混ざり、溶け合うことはそう珍しくない』
あっさりと答えたノヴァに対して悠夜は少し引いた程度で割と平然としていた。
『さてと、とりあえず種は蒔いたわ。あとはこちらでするから、あなたはいつも通り更識を追いかけておきなさい』
「別にそういうつもりじゃ……」
『むしろこっちとしては積極的にしてもらいたいのよ。特に今の生徒会長は自分より上がいないからと強者ぶっている節がある。それで武の怒りに触れたら、暗部といえど武は消すわよ』
途端に悠夜は黙り込む。
「だとしたら面倒だな。本気でキレた武は、例え本気でキレた俺ですらも凌駕するから」
『……違いないわね』
一人と一AIは闇へと消え、そしてまた日が昇り始めた。
ラウラ・ボーデヴィッヒが向かった先は武がいるピットではなく、かつての自分の部下たちがいる特殊なVIP席だった。そこには既に座っている零司の姿があった。元黒兎部隊の面々も敬礼をしたことでラウラも敬礼を返す。
「来たか」
「ああ。貴様に尋ねたいことがあってな」
零司は椅子を展開する。ラウラはその椅子に座ると準決勝に出場する者たちがグラウンド内に入って来た。
「率直に聞くが、お前たちの目的は何だ?」
「……宇宙に出る事」
「……それだけか?」
あっさりとした答えに驚くラウラ。だが零司は頷いて試合を眺める。
「……別に不思議な事じゃない。僕がクラリッサ・ハルフォーフを連れてきたのはその為の旗艦を指揮してもらうためだよ」
「旗艦だと?」
「……ハルフォーフ家の人間がドイツ国内でも優秀な指揮官を排出してきた家だ。他の子は、まぁ武の慰めてもらえればそれでいいかなぁと」
「それはいくら何でも酷くないか?」
「……確かにね。でも、その考えはたぶん捨てるんじゃないかな」
と笑う零司。ラウラはその笑みを不快に感じるが、零司は気にせず続けて話した。
「……君の機体に使用されていたコアがドイツに返還することが決まったが、学園側は別のコアを返還する事になった」
「……何故そうなる?」
「武からの要請だよ。今日の朝からこちらの職員……と言ってもほとんど君と大して歳が変わらない人間ばかりなんだけどね。そこで今、君の新しい機体を製作している」
「……いや、待て。何故そういう話になっている?」
「……武は最初から君を手に入れる事しか頭になかったみたいだよ。その為の準備は既に終わって、後は君がテストパイロットを務めるだけさ。あぁ、黒兎部隊にもISじゃないけど相応の装備が支給される予定だ。君は隊長に着任して、彼女らの指揮を執ってもらう」
あっさりと明かされた重大事項にラウラは呆然とする。慌てて周りを見回すと、彼女たちも初耳だったのか同様に驚いていた。
「……別におかしい話じゃない。君たちには軍人としてその地位を確立させることができるほどの実力があるのだから」
「そ、そうかもしれないが……」
だとしても異常だ。ラウラは最近彼らの仲間に強制的に入った人間だ。もしかしたらISを持ったらその時点で裏切る。そう考えないのかとラウラは零司を疑うが、零司はまだ笑っている。
「……先に言っておくけど、裏切らない方が良いよ」
「何故だ?」
「……僕もだけど……いや、僕はまだマシだ。武が今あの場で怒りを露わにしたら大勢死ぬ。ISなんて関係ない。というより、武は今の世界で女たちがISを使う事を心の中では良しとしていない。君とだけしか戦わなかったのもそれが理由だ」
「もし戦っていたらどうなる?」
「……そうだね」
零司は少しだけ考えてから確かに言った。
「―――生きているなら、御の字」
■■■
学年別トーナメント、準決勝。相手は俺が煽りに煽りまくった更識簪。日本の代表候補生で、零司から機体をもらった奴だ。
機体カラーは灰色がメインだが所々に黒と黄色が使われている。特徴的なのは可動範囲がそれなりにありそうな大型のウイングだろうかと考えていると、試合が開始すると同時に試合開始のブザーが鳴った。
「箒、布仏を抑えろ」
「……わかった」
おそらく更識の心情的に俺を先に倒そうとするだろうか。あそこまで否定されたら誰だって俺を殺したくなるだろうからな。特に今の女たちは無駄にプライドが高いからな。
などと思って更識に仕掛けようとすると、
「―――そいや!!」
巨大なブレードが俺を狙って振り下ろされた。
咄嗟に回避したが、そのブレードはとても大きく、余波が俺を襲う。
「逃がさないよ!!」
ブレード自体にブースターを備えていることもあって攻撃スピードが速い。さらに布仏が使用する打鉄にも細かな改造が施されているのか機体の機動力が上昇している。
「まさか二対一で俺を狙う気か!?」
「いずれねぇ。でも今は私に付き合ってもらうよぉ!」
「愉快型魔術礼装を手に入れてから言ってくれ! 声的にな!!」
牽制して距離を離すが、ブレードのデカさから距離などあって無いようなものとなっている。全く困った奴だ。こんな事ならインフィニット・ストラトス用の『ダークフェイト』と『グロリアスパスト』を作っておけば良かった!!
■■■
箒が本音に仕掛けようとした時だった。二本の火線が箒と皐月を襲う。咄嗟だったこともあって上に逃げたが、読んでいたのか展開された機雷に接触して爆発した。
「何だ!?」
箒が後ろに下がると、ミサイルが煙を突き破るようにして現れる。箒の意思に関係なく手の甲に装着されている緑色の球体からレーザーが発射されてミサイルを落としていくが、さらにそこから砲弾の如く何かが突っ込んできた。
箒が下に向かおうとすると、急にそれは90度回転して方向を転換して箒と接触した。
「ぐっ!!」
「もらった!!」
衝撃で後ろに下がったはずだが、相手はすぐに箒の方に接近して展開した薙刀で無防備な箒の身体を斬った。まともにダメージが入ったことで皐月のシールドエネルギーは減少していく。
突然の強襲に後れを取った箒だが、それでも徐々に対応し始めた。今度は簪が苦しい顔をし始める。
「そこ!!」
箒は突きを放つと簪は薙刀で器用に絡め取り、両肩から砲身を展開して箒に砲弾をぶつけた。
「ぐはっ?!」
まともに食らった箒はそのまま壁に叩きつけられる。だが簪は容赦なくミサイルを発射して爆発に巻き込んだ。
【皐月、シールドエネルギー0】
アナウンスが状況を知らせる。簪は笑みを浮かべて機体を変形させて武の方に移動した。
その様子を回避しながら見ていた武は笑みを浮かべる。そして邪魔な敵である本音の大型ブレードを受け止めてぶん投げた。簪は回避してミサイルを飛ばして迎撃する。
「落ちろ!!」
ミサイルを回避する武を追うように
だがそれは予測済みでミサイルを八方に飛ばす。武は《サーヴァントシューター》で迎撃すると同時に《ヴァリアブルシューター》を展開して簪を攻撃するが既に展開していた《啄木鳥》で簪は迎撃した。
二人は距離を取ると簪は絶えずミサイルを飛ばす。中には小型のミサイルも付随する形で仕込ませており、それで《サーヴァントシューター》をいくつか落とした。
「逃がしはしない!!」
地面に着地する瞬間、簪は腰から荷電粒子砲《春雷》を発射する。さら両腕部、両脚部からミサイルポッドを展開してミサイルを発射した。武は砲弾を回避すると次に飛んでくるミサイルを飛行形態に変形して簪の方に突っ込む。
「甘い!」
「お前がな!」
簪の前に機雷が仕掛けられたが、武はそれに構わずに突っ込む。内心勝ちを隠した簪だが、すぐに気が付いて距離を取ったが、既に遅かった。
「トラップ!?」
機体が一切動かない。それはまるでドイツが開発した第三世代兵器「AIC」のように。簪の機体にアンカーが着いたワイヤー《シャークジャー》が掴まり、思いっきり引っ張られた。その先は機雷に触れて爆発しているはずの武の前―――つまり、機雷群だ。
簪の機体に機雷が接触すると爆音が響く。武はさらに突っ込んで右腕部に展開したパイルバンカー《ブレイク―パー》を当てて止めを刺した。
【竜鋼、シールドエネルギー0】
簪が機体ごと倒れる。武は本音の方を見るが、本音は両手を挙げて
「ギプアップしまーす」
そう宣言したことで試合終了となり、武と箒の決勝進出が決定した。
試合を見ていたセシリアと鈴音は言葉を失っていた。
「ねぇセシリア、次の試合なんだけど……」
「正直、武さんが凄すぎて言葉が出ませんわ」
ドイツのあの暴走事件の件依頼、各国は賠償としてドイツに対して一部の技術公開を迫っている状況だった。ドイツとしては少し渋っている時期であり、今のところAICの技術は完全に再現できていない。だが武は既にモノにしていて、しかも一番適性が高いラウラですら一個しか展開できなかったAICを二個同時に展開しているという状況だ。
二人の脳内に以前ラウラにやられかけた事が過ってしまう。しかも今度はラウラ以上に苦しい相手な上、箒という訓練機の中でも近接が苦手なセシリアはもちろん、近接ができる鈴音ですらあまりやりたくない奴が専用機を持ってしまっている。
「……やっぱり、箒に悪いけど」
「そうですわね。わたくしができるだけ早く倒すしかありませんわ。鈴さん」
「わかっているけど、あまり期待しないでよ」
狙うは二対一。手数の多さで武を倒す。それでも二人はどこか不安を残す。どうしても二人には、例え二人でも武に勝つビジョンが出てこない。
■■■
随分と派手にやっちまったなと、銃姫と皐月を見ながら感想を抱く。
『実際、皐月は負けっちゃったしね。銃姫は軽傷とはいえいくつか装甲が飛んじゃっているからその修復かしら』
『それほどの敵だったわけなんだがな』
確かに軽症だが、精神的にかなり参っている。本当にAICを仕込んでいなければ即死だった。まぁ、そもそもAICなければ突っ込んでいないんだが。
『俺でもAICの同時展開が二個なのは予想外だったな』
『普通は一個だから上出来だと思うわよ。やっぱり色々と規格外すぎるわ、あなた』
『お褒めに預かり光栄です、なんちって』
なんてやり取りをしながら、後ろで申し訳なさそうな顔をしている箒がそろそろ鬱陶しくなったので声をかけた。
「そんなところで何やってんだ、箒」
「………いや、その、だな……」
「機体の事なら気にするな。幸い、装甲の一部が吹き飛んでいるだけだから問題ない。取り替えればまだ戦えるさ」
『それに関しては本当に奇跡と言わざる得ないわね』
と、ノヴァでも納得しているんだ。俺は作業着にメタモルフォーゼしてノヴァにサポートしてもらいながらせっせと機体の修理を始めた。
武装はそのままでも出力が30%は向上しているし、同じ機体名だとなんか言われたら言われそうなので機体名変えました。