ふと気が付いたら、俺は篠ノ之島の自分の家にいた。どうやら久々に帰って自分の部屋でのんびりしていたところ、そのまま寝入ってしまったらしい。
「武様」
「……クロエ?」
いつものお嬢様ファッションではなく、どう見ても布が薄いものだった。確か……ネグリジェだったか。
「もう酷いです、先に寝てしまうなんて」
「悪いな。ちょっと疲れが残ってたんだ」
「そうなんですか? あ、でも、最近は雑務とかが多いって言っていましたね」
「……ああ」
ざ、雑務? 雑務って何かあったか?
少し考えるが思い当たらない。どういう事かと思っていると、クロエが気が付けば俺の上に乗っていた。
「ならば今日は激しくしましょう。運動不足は身体に良い事ありませんしね」
「………は?」
「どうしました?」
「いや、何でもない?」
激しく? 運動?
何か嫌な予感がした俺はおそるおそるクロエを見ると、天使のような笑顔を見せている。あれ? クロエってこんなに笑っていたっけ? 目は相変わらずだけど、それはそれで良いと言うか。
「さぁ、武様」
と、慣れた手つきで俺に迫るクロエ。俺の意識は次第に抵抗できなくなり、クロエとキスをしようとしたところでふと我に返ったが、キスをしていた。
「!?」
本気で唇が塞がれていると思ったらどうやらこれは本物らしい。ただし相手はクロエではなくラウラだった。
ラウラの唇を俺から外してから尋ねる。
「何やってんだ、お前」
「ん? そろそろ着くのにお前は眠っているからな。キスすれば起きると思った」
「俺が姫か? いや確かに機体に姫はあるがな」
そういう問題じゃないだろうと思いながらもラウラの頭を撫でる。今日は風呂も入るし、隙を見てちゃんと髪の毛を梳いてやらんとな。
「悪いなラウラ。ありがとう」
「ああ」
しっかし本当に可愛いな、こいつ。マジで膝枕して顎を撫でてやりたいなぁ。
「凄い。篠ノ之君がこれまでにないほど優しく笑っている」
「何? 天変地異の前触れ?」
「お前たち、そろそろちゃんと座れ。目的地に着く」
言われて生徒たちは着席する。ラウラも大人しく座り、少しするとバスは停車した。
俺たちはバスから降りて、バスの荷物置き場からそれぞれの荷物を降ろしていく。俺の場合はすべて量子化しているため、荷物なんてものはない。それぞれ受け取って整列すると、学年主任も兼ねているのか織斑先生が話始めた。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」
「「「よろしくお願いします」」」
生徒全員で挨拶。この旅館は毎年お世話になっているという話らしい。着物姿の女将さんが現れて丁寧にお辞儀をした。
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」
つけあがっているだけで大した元気もないけどな。襲われてないし。というブラックジョークは思っておくことに留めておく。しっかし、何で俺たちが前の方なのかね。
「あら、この二人が噂の……?」
「ええ、まぁ。今年は二人も男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。それに、どちらも良い男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」:
「感じがするだけですよ。ほら、挨拶をしろ、二人とも」
なるほどね。円滑に挨拶させるためか。
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「篠ノ之武です。たぶん、今日か明日に少なくとも頭にうさ耳を付けたテンションが無駄に高い女性が来ると思いますが、放置してください」
「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です。ところでその女性は―――」
「ただのアホなんで放置してください。そして苦情はこっちに言ってください」
と、敢えて織斑先生を指して言っておく。
「不出来の弟と問題児でご迷惑をおかけします」
「あらあら。織斑先生ったら。お二人には随分と厳しいんですね」
「いつも手を焼かされていますので」
失礼な。こっちだってこいつの女性遍歴に色々と苦労していますーだ。まぁ、弾がいなければ織斑は死んでいると言っても過言ではないかもしれないが。
「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に聞いてくださいまし」
女子たちが返事するとすぐに旅館の中へと向かっていく。その中にラウラがこっちに近づいて来た。
「ね、ね、ねー。おりむー」
と、ラウラの後ろから布仏が織斑に声をかける。
「おりむーって部屋どこ~? 一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えてー」
「浮気?」
「そういうのじゃないよ~。私は折見て抜けるしー」
見ると他の奴も織斑の部屋がどこの部屋か知りたいようで聞き耳を立てていた。
「いや、俺も知らない。廊下にでも寝るんじゃねえの?」
「そして寝ぼけて起きてきた俺に踏まれて、お前が寝ている事に気付いて蹴り飛ばされるんだろうな」
「わー、グロいねー。顔が汚い花火だねー」
さらっと織斑の顔がはじけ飛ぶところまで想像している布仏に笑っていると、織斑先生が現れた。
「織斑、篠ノ之兄、ボーデヴィッヒ。お前たちの部屋はこっちだ。ついて来い」
声をかけられて俺たちは織斑先生に付いて行く。しばらく綺麗で歩きやすい廊下を歩いていると、教員のエリアに移動した。
「織斑は私と同じ部屋。そして篠ノ之兄とボーデヴィッヒはその隣だ」
「………えっと、何で二人が一緒なんです?」
「至極当然の疑問だが、これは保険だ。当初は山田先生と同室ならどちらも安全だと思ったんだが」
俺が山田先生を嫌っているのは最早公然の事実だしな。だから手を出す可能性は0だが、問題がある。それは―――俺が嫌いな女と一緒に寝るとあっては相手を潰す可能性が高いということだ。
ただでさえ女が嫌いで暴力的。戦力になる可能性が高い山田先生を犠牲にするのはマズい。ならば安全でむしろ守ってくれる生徒を一緒にした方が良いという判断か。
「でも、流石に男女二人ってマズいんじゃ―――」
「普通はな。だがお前と同室にしたり下手に教師と同室にする方が学園にとってもプラスなんだよ。それに男女同居はこの学園じゃ今更だろ」
それにラウラを取って食うつもりはまだないので問題はないだろう。ただでさえあんな夢を見てしまったんだから。
「それと織斑、一応言っておくが、あくまで私は教員だという事を忘れるな」
「はい、織斑先生」
「じゃあラウラ。俺たちは行こうぜ」
「待て。私は荷物を置かなくてはいけないぞ」
「あ、そうだった」
俺は別に荷物を持つ必要ないから忘れてた。
「だから先に行っておいて欲しい。鍵は後で渡す」
「ああ。そうする」
お言葉に甘えて先に行くと、後ろの方で姉弟たちの声が聞こえてきた。
「兄妹……というか夫婦だよな?」
「言うな」
主人と下僕が適切だったりするが、それは敢えて黙っておこう。
更衣室に向かっている廊下で箒が止まっていた。
「何やってんだ?」
「………」
まるで嫌なものを見たと言わんばかりに地面の方を見ると、うさ耳が生えていた。その近くにある看板には「引っ張ってください」と書いてあるので、その看板を修正して「放っておいてください」に変更する。
「良し」
「うむ」
俺たちは解決したと思って別館に向かった。
水着に着替えた俺はしっかりと体操をしていると、何かが落下したような衝撃が起こった。とりあえずロボットを飛ばして確認すると、織斑が姉貴と何かを話している。織斑は後で説教するとして、今は海を楽しむとしよう。
先に泳いで一通り海を満喫していると、織斑と凰が何かしていた。というか織斑、今凰を肩車しているが……この状況、小さい子じゃなくて思春期の女の股に顔を入れているようなものだからある意味最強だよな。世の男共が殺意を湧いて殺しにかかりそうだ。だけど俺ら三人はその辺りの機能がぶっ壊れているのでそんな事で殺意は湧かない。
からかいに海から一度戻ってくると、ある事を思い出して凰が降りたタイミングで織斑を蹴り飛ばした。
「テメェよくもうさ耳ひっこ抜きやがったなぁ!!」
「ひでぶっ!?」
ナイス飛び蹴り。当然手加減はしているが、派手に飛んだ。
「ねぇ、うさ耳って何のこと?」
「さっき物凄い衝撃があっただろ? あの馬鹿が元凶だ」
「い、いきなり何するんだよ!?」
と、無傷の織斑が戻ってきた。サラッと無傷で戻ってくることに感心する。
「いられても困るからせっかく看板を「放っておいてください」って書き替えておいたのに」
「え? でも「引っ張ってくれないと死んじゃうよ?」って書かれたぞ?」
「まぁ、本音は世の男性の代弁をしてやったんだがな」
「何でだよ!?」
「まぁ、年頃の女の子を肩車していたら普通の男だったら羨ましがるだろ」
と、試しにサラッと取れていた写真を弾に送ってみた。すると織斑が持っていたスマホが震えたらしく取り出すと、顔を青くする。
「どうしよう。なんか弾が切れてる」
「ん? 何々?」
織斑のスマホを確認すると、画面いっぱいに「怨」の字が並んでいた。あれ? 弾って凰の事が好きだっけ? それはちょっと悪い事をしてしまったな。
なんて思っていると、俺の方にもメールが来た。
『鈴じゃなかったら殺しに行ってた』
箒を肩車して写真を撮ってやろうと思ったところで箒が近くにいない。さっき俺と同じタイミングで着替えていただろうから間違いなくいると思ったんだけど。
「あ、篠ノ之君。そこにいたんだ」
「デュノアか。織斑の奴ならさっき凰と海に行ったが………」
と、デュノアの方を見るとあまりにも異質すぎて見とれていた。ちなみにデュノアではなく、その隣にいる眼帯バスタオルお化けである。
「あー、デュノア。誰だそれ」
「ほら、出てきなってば。大丈夫だから」
「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める……」
少なくともバスタオルミイラとは一緒にいたくないというのが本音だ。
「ほーら、せっかく水着に着替えたんだから、篠ノ之君に見てもらわないと」
「ま、待て。私にも心の準備というものがあって―――」
「はいはい。そういうのはいいから」
と無理矢理ひっぺがえすと、そこには―――ガチの天使がいた。
「ば、馬鹿、恥ずかしいだろう……」
俺は言葉を失ってデュノアの肩に手を置く。
「ちょっと頭を冷やして来るからラウラを頼む」
そう言って俺は岩場の方に移動した。
岩場の方に移動すると、先客がいた。箒だ。
「……何やってんの、お前」
「……ちょっとな」
見ると箒は白いビキニを着ている。贔屓目抜きにしても普通にキレイなんだからそのまま突っ込めば良いのにと思ったが、もしかしたらこれは血筋かもしれないな。
「……はぁ」
「どうした武? 何かあったのか?」
「……………いや、すっごい育ってるな、お前の胸って思って」
「殺すぞ?」
「ナチュラルに殺害予告とかシャレになってねえよ」
だけど俺は妹という事もあって箒の胸を凝視したところで興奮しない。判明した事に笑いが止まらないので、俺は箒の髪を掴んで思いっきり投げた。
その後にどこか適当な場所に移動して座り込んだ俺はため息を吐く。
「―――何かあったのですか?」
「ああ、クロエか。ちょっとお前の妹が―――何でいんの?」
いや、別におかしい事じゃない。何故か知らないが姉貴が俺とクロエをくっつけがっているし、もしかしたら今日の事でチャンスがあればとスタンバイしていたのかもしれないな。
「ダメですか?」
「いや、ダメじゃないが」
そもそもラウラを引き入れたのは、クロエに慣れるためだ。クロエに慣れれば俺はもうコイツに対して変な事をしなくなる。そう考えての事なんだが、さっきのはヤバかった。思わず公衆の面前だと言うのにラウラをいつも以上に可愛がってしまうところだった。楓が言うには俺の可愛がりは公衆の面前でするとかなりアウトらしいからな。できればその姿は見せたくない。
それにしてもクロエも水着。ただしこっちはより大人っぽく見える黒いビキニときた。俺は直視しないように目をそらすと、クロエは俺の隣に座る。
「やはりここが落ち着きます」
「………そう?」
「はい」
変態だと認めたくないけど、俺はもうどうしようもない変態なのかもしれない。まぁこれまでクロエに膝枕とかしてもらったりキスしたりとか色々したから手遅れなのは自覚している。それでもどうしても引いておかないといけない一線はあると思うんだ。でも、ああもうクッソ良い匂いがしてきた。
「武様」
「なに?」
いつの間にか前にいたクロエは俺を押し倒してキスしてきた。身体は密着しており、おそらく最近膨らんできた胸が俺の身体に触れている。
「武様、私ももう子供作れるんですよ?」
その言葉はマジで辛い。まるで自分を受け入れて欲しいと言わんばかりのクロエ。
「いや、まず俺とお前は叔父と姪の関係だし、色々と問題あるから」
「ですが血は繋がっていません」
「それでもダメなものはダメだ」
ただでさえ色々と抑えが利かなくなっているんだからマジで勘弁してくれ。そう思いながら俺は他の奴らがいるビーチへと向かった。
■■■
その頃、その様子を見ていた二人は―――片方はわなわなと震え、もう片方はニヤニヤとしている。
震えている束は今すぐぶん殴ろうと思ったが、それを未だに笑いを止めない楓が止めた。
「何すんだよ」
「いやぁ、面白くなってきたなぁって思ってねぇ」
楓を気にせず武の所に行こうとする束だが、それを楓が阻止する。
「邪魔だよ」
「まぁまぁ、もう少し待っててよ。もしかしたら私たちの気配に気付いてかもしれないんだし」
「ふざけんな」
「ふざけてないって。何だったら女権団でもけしかける? クロエを人質に使ったら面白い事ができるよ?」
「………面白い事?」
「そう。とっても面白い事。でもその結果、お兄ちゃんの理性は壊れやすくなって簡単に人が死ぬようになっちゃうけど、仕方ない犠牲だよ」
楓から発せられる言葉。束は思わず楓から距離を取る。
「安心して。少なくとも私はそんなことするつもりはないよ。だって私だってクロエの事は大切な生贄だと思ってはいるから」
「生贄?」
「そう。生贄。昔の人は神を信じて自分たちに都合が悪い事が起こると神に生贄を捧げていたでしょ? あ、もしかして束お姉ちゃんって、まさかお兄ちゃんの相手が一人で事足りるなんて思っていないよね?」
馬鹿にするような笑みを浮かべた楓に対して殺意を向ける束だったが、楓は笑って返すだけだったが、少しして真面目な顔をした楓は束に尋ねた。
「平和だよね、今って」
「それ、本気で言ってる?」
「平和だよ。だってまだ太陽も見えているし風も優しい。平和なんだよ。少なくとも私にとっては」
楓の脳内にある事がフラッシュバックした。決して忘れてはいけない出来事であり―――自分が今でも生きている事そのものが不思議だと思えるその現象。
「とりあえず、もう少し待ってくれるかな、束お姉ちゃん」
「………わかったよ。ま、お前が言う「平和」ってのが気になるし」
「ありがとう」
武が向かった方向とは別の場所へと移動する束。そんな彼女に対して楓は言った。
「安心してよ、束お姉ちゃん。たぶんお兄ちゃんは今、ラウラ・ボーデヴィッヒを迎え入れてしまった事を後悔しているところだから」
「………」
無視してどこかへと消える束。楓の顔は青くなり、頬には水滴の筋が流れている。
(……忘れようと思ったけど無理だ。やっぱり怖い……)
砂浜に膝を付く楓。身体はもう取り付く必要がないからかその怯えを見せていた。
(お願いだから余計な事をしないでよ。お兄ちゃんが本気でキレたら世界最強だろうが世界最高だろうが……死ぬんだから)
本気出した楓に行けないところはないんです。思考を放棄して「楓だから仕方ない」とでも思っておきましょう(笑)