呼び鈴を鳴らし合鍵を使って中に入ると、居間のソファには禿げ上がった頭の狸のような老人が腰かけていた。瞳には挑発的な色が浮かび、明らかに此方を侮っていることが分かった。
「田中さん……でよろしかったですか」
「ああ。今日は何の用だい」
田中は今にも笑いだしそうな風体だ。
「先日のヘルパーへのセクハラの件はいかにお考えですか」
「セクハラ? 記憶にないねえ」
「しかし担当の元原がはっきりと証言しておりまして」
「……何だ? 俺を叱りに来たのか?」
にやにやと意地汚く田中は笑う。
「そうですか。よく解りました」
「単刀直入に申し上げます。今日は契約解除に伺いました」
彼の顔からさあっと笑みが引いた。
「これはこれは、うん、あー、しかし証拠がないだろう。あなた方は自分の社員をいたく信用なさっているようだが、証言だけではなんとも」
「ほう、それでは、あなたはICレコーダーには気が付かなかったのですか」
「な」
「再生してみましょう」
ピッ、という音と息を呑む声が重なる。
『……ちょっと、何するんですか、早くしまってください』
『いいじゃねえか、なあ、どうせご無沙汰してるんだろ?』
『関係ありません、触らないで』
『ああん? 女のくせして俺に手を上げるとは何事だ!』
音声が止んだ。
「うちの介護職員は腰に必ず何かしらの録音機器を装着しているのです。……どうしました?ひどく動揺なさっているようだが」
「で、出来心だったんだ」
「なるほど。セクハラを認めると」
「み、認めるよ。悪かった、つい軽い気持ちで」
「軽い気持ち?」
青年の眉根がピクリと動く。
「あなたはほんの小さな気持ちでこうした行為をされたのでしょうが、これまでに被害を受け泣き寝入りを強いられた職員がどんなに辛い思いをし、耐えてきたか分かっているのですか」
「ああ、もちろんだ」
「甘ったれるんじゃない!」
田中はソファから飛び上がった。
「このレコーダーには先日の約20分の性的行為の強要ほか、合計三時間にも及ぶあなたのセクハラが全て録音されています。これを然るべき場所に提出すればどうなるか、」
「お、脅そうってのか」
「あなたがやろうとしたのは強姦だ。未遂ですがね。しかし被害者の証言、完璧な録音、先程の反省の一切無い態度、これだけ揃っている。当然実刑判決は無理でしょう。しかし、貴方は貯金が二千万近くあることをたびたび自慢なさっていたようだが、その半分くらいは軽く『賠償金』としていただくことが可能だ」
「まさか、一千万だなんて」
「それもこれもあなたが軽い気持ちであのような行為をまあ悪びれもせず続けていた結果だ!私は介護業界に勤め始めてかれこれ十年になる。簡単に見抜けるのですよ、あなたのような、女性、いや、他人の尊厳の重さなど全くもって気にかけず、いともたやすく踏みにじる人間は!」
「……本当に、まことにすいませんでした。なにとぞ、何卒契約解除だけは……」
田中はついに泣いて青年に懇願した。
「今この会話も一字一句残らず録音されています。これからも当施設を利用したいのであれば――」
「――今、私の目の前で、誠心誠意をもって、謝罪することです」
そして、青年の指はゆっくりと動き、足元の床を示すのだった。