東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

1 / 20
■第一話 鬼さんこちら

 

 かつて天より追放されし鬼神、中原の地に墜つ

 鬼神、天子と交わりて子を成し、中華の混迷を征したり

 東方の万民、須らく(あつま)りてこれを寿ぐも鬼神、天に還る

 妖しの夢は悠久にて疎と散り、ただ移り世の儚さを想わるるのみ

 

   漢民御伽草子《東方萃夢想》より抜粋

 

 

 

 

 

 

 紅、紅、紅――

 

 一刀の視界を占めるのは大地を染める血だまりによる紅色と、広範囲に散らばる夥しい数の臓物と肉片。

 加えて、周囲には血臭と臓物由来の異臭が混ざり合った強烈な臭気が充満している。

 

「うぶっ、ぅおえええぇぇっ!」

 

 その酸鼻極まる状況に正気度を削られた一刀は、盛大に胃の内容物を地面にぶちまけた。

 嘔吐の辛さで涙を滲ませながら、心の中で叫ぶ。

 

(どうしてこんな事に――!)

 

 この凄惨な光景を作り出した元凶に目を向けながら、一刀はこれまでの経緯を思い出していた。

 

 

 

 

 およそ十分ほども前のこと。

 目が覚めたら見知らぬ土地にいた。

 

「……どこだよ、ここ?」

 

 意味不明な状況に呆然とする一刀。

 キョロキョロと周囲を見渡せば、目につくのは乾燥した大地とまばらに生えた雑草。あと森。

 なんでこんな場所で寝てたんだ俺、などと考えつつ立ち上がる。

 

「おっ、ようやく起きたんだおにーさん。気分はどう?」

 

 突然、背後から声をかけられた一刀はビクッとして振り返った。

 

「いやー、なかなか目を覚まさないからちょっと心配しちゃったよ」

 

 いきなり親しげに話しかけられた事に面食らいつつ、声の主の姿を目にして驚く一刀。

 なぜならその人物は幼い少女で、かつ非常に美しい、あるいは可愛いと言える容貌の持ち主だったから。

 

(うわ……すごい美少女……いや美幼女? だな。……って、アレ?)

 

 ある種の感動に包まれていた一刀は少女の容姿にふと違和感を覚え、我に返った。

 改めて少女の外見をまじまじと観察する。

 

 ふわっとしたロングスカートと薄手のノースリーブに包まれた細く小柄な肢体。

 悪戯っぽい笑みを浮かべている、幼さを感じさせる貌。

 足元まで届きそうな長さの、薄茶色の髪。

 外見から窺える年齢は十歳から十二歳といったところ。

 

 ここまではいい。

 問題なのは、

 

「角……?」

 

 思わず呟いた一刀の視線の先にあったもの。

 それは少女の頭部の左右から伸びる、長い角のような突起物。

 30センチはありそうなそれを見て、一刀は山羊の角を連想した。

 

「そうだよ? だって私、鬼だからね」

 

 律儀に一刀の呟きを拾った少女は、あっさりとした口調でそう答えた。

 

「は? 鬼? 鬼って……角が生えてて、力が強くて、人間とか攫って食べたりする妖怪的なあれ?」

「うん。人を困らせ、脅かし、戦い、ついには退治される。それが鬼。それが私」

「えぇ……」

 

 正直、信じがたい。

 少女から明快な肯定を得てもなお、一刀はそう思った。

 

(壮大な仕掛けのドッキリか何か? それともこの子の悪戯? コスプレ?)

 

 刹那の間にさまざまな可能性、仮説が脳裏をよぎったが、どれもしっくりこない。

 というか、現状の全てが現実味に欠けていて、何が正しいのか判断できそうになかった。

 

「まぁ私の事なんかどうでもいいよ。それよりもさぁ……」

 

 ぞんざいに話題を打ち切って、少女は混乱中の一刀へと歩み寄る。

 目の前まで来たところで、少女は見上げるようにして一刀の顔を覗き込んだ。

 

(瞳が、赤い……)

 

 間近で見る少女の美貌と鋭い眼差しに気圧され、一刀は無意識に半歩後ずさる。

 

「私をこんな愉快な世界に引きずり込んでくれたのは――アンタか?」

 

 冷え冷えとした声による問いかけ。

 同時に強烈な殺気が少女から放たれ、一刀を襲う。

 

 目の前にとつぜん大型の肉食動物(プレデター)が現れ、今にも襲われそうな錯覚と恐怖を覚える一刀。

 とはいえ自分よりずっと年下の少女に怯えるわけにはいかないと、なけなしの矜持を総動員して問い返す。

 

「っ……。な、何の事だよ?」

「とぼけても無駄さ。アンタが私の〝角″をこっちの世界(・・・・・・)に持ち込んだのは判ってる。証拠もあるよ?」

 

 詳しい説明もなしに角だの世界だのと言われても、一刀にとって全く理解の及ばない話である。

 ただ、少女にとって何か不本意な事がおきて、それを為したのが一刀(自分)だと疑われている事だけは朧ろげながらも理解できた。

 

「そんな事いきなり言われても……俺にはわからない。心当たりなんてない。俺だってこの訳のわからない状況には困ってるんだ」

 

 背中に冷や汗をかきながら弁解する一刀の顔を、少女がじっと見つめる。

 数秒間ほどそうしてから、少女は眦を下げ、はぁ、と小さくため息をついた。

 同時に、少女から発せられていた重苦しいプレッシャーが霧散する。

 

「……嘘、じゃあないみたいだね。やっぱり知らなかったかぁ。まぁそんな気はしてたけど」

「信じてくれるのか?」

「ああ。鬼ってのはねぇ、嘘がとぉーっても嫌いな生き物だからね。だから虚言や偽り事を見破るのは得意なんだよ」

 

 説得力があるような、ないような理由による信用だったが、ひとまず危機は去ったと一刀は内心で胸をなで下ろす。

 

「とりあえずさ。お互いわからない事がいっぱいありそうだし、ひとまずお互いの事情のすり合わせでも――っと、団体さんが来たか。続きは後でね」

 

 口上の途中で何かに気づいたような素振りを見せ、少女はニヤリと楽しそうな笑みを浮かべる。

 その少女の表情にゾクリとする底知れぬ何かを一刀は感じたが、触れるべきではないと判断して会話を続ける。

 

「団体さん?」

「うん。招かざる客……というか、この場合は招いた(・・・)客ってところかなぁ。ほら、来たよ」

 

 言って、少女は一刀から別の方向へと顔を向ける。

 一刀がその動きに釣られて視線を移すと、100mほど離れた所にある森から複数の人影らしき姿が出てくるのが見えた。

 

「あれは……」

「野盗だよ」

「やとう? ……って、何だ?」

 

 聞きなれない単語に首を傾げる一刀。

 

「あれ、知らない? 盗賊、強盗、他人を襲って殺して財産を奪っていく連中の事だけど」

「あー、なるほど。……って、それやばいだろ! 連中こっちに向かってきてるぞ! 早く逃げないと!」

 

 危機的状況に気づいて慌てふためく一刀に、少女は心底不思議そうな顔を向ける。

 

「逃げる? なんで?」

「なんでって……あんな連中に捕まったら何されるかわかんないだろ。殺されるかもしれないんだぞ! いや、もっとひどい事だって……」

 

 あまり考えたくはないが、無法者となれば幼い少女だろうが性的暴行を加えようとするかもしれない。

 まして目の前の少女は非常に見目麗しい容姿の持ち主である。残念ながらその可能性は極めて高いと一刀は判断していた。

 

「あはは、鬼があんな有象無象ごときに殺られるって? ないない。ま、安心してそこで見てなよ」

 

 一刀の心配を一笑に付し、少女は野盗集団の方へすたすたと歩き出す。

 

「お、おい!」

 

 一刀は少女の無謀な行為を止めようとして反射的に手を伸ばすが、届かない。

 仕方なく、追いかけるために一歩を踏み出そうとしたところで、足が震えて動かない事に気付く。

 

(――アレに近づくな。近づけば……死ぬ。殺される。全身を引き裂かれて肉片になるぞ)

 

 まるで一刀の裡に潜む何者かが囁きかけてるような、具体性を伴った死の予感。

 体の芯から溢れだした恐怖が一刀の足を地に縫いつけ、身動きを封じていた。

 

 金縛り状態の一刀とは対照的に、少女は軽い足取りで野盗集団へと近づいてゆく。

 

 両者の距離が縮まり、一刀の目にも野盗たちの風体や顔がはっきりと見えてくる。

 野盗たちは襤褸切れめいた粗末な衣服を身に纏い、鉈のような刃物や直剣などを手に持って武装している。

 そしてやはりと言うべきか、野盗たちは一刀と少女を極上の獲物だと判断しており、誰も彼もが人面獣心を思わせる下卑た表情を浮かべていた。

 

「おい、見ろよ! すげぇ上玉だぜ!」

「こりゃあめっけもんだな! (なり)はちぃせぇがその分キツくて楽しめそうだ」

「しかもけっこう上等そうなべべ着てんぞ。これは高く売れるな」

「後ろにいる男も妙ちきりんだがいいもん着てるな。いいとこの兄妹とかか?」

「ハッ、おおかた兄妹で遠乗りでもして馬に逃げられたんだろ」

「それで俺らに捕まるとか運わりーなこいつら」

「まぁそんなマヌケがいるおかげで俺らも美味しい思いができるってもんだ」

「おまえら獲物の事情なんざどーでもいーだろ。どうせ犯して殺すだけなんだしよぉ」

「んだな。逃げられる前にさっさと絞めとこうぜ」

 

 それぞれが好き勝手な所感を口にしながら、それでも油断なく少女を逃がすまいと包囲するように動く。

 そんな危機的状況下にあって、少女の顔は好戦的な笑みで彩られていた。

 

「まったくギャアギャアとうるさいなぁ。……でもま、これくらい活きの良いほうが楽しめるのかも、ねッ!」

 

 少女は呟くように独白し、己が内にうずまく膨大な鬼気を解放した。

 

 

 

 




一言以上に長くなりそうな前書き・後書きは作者ページは活動報告の方で記載します
その場合は後書きにその旨を表記します
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。