東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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■第十話 復讐鬼の誕生

 

「それで……李厳おじさまには父の葬儀の事など、色々とお話したい事があります。よろしいでしょうか?」

 

 鄧艾が話を変えるように切り出すと、李厳は表情を真剣なものに改め、頷く。

 

「ああ、わかってる。事こうなったからには、お前たちの面倒は俺が見よう。俺が後ろ盾なら鄧家やお前に妙なちょっかいを出す輩はそういないはずだ。葬儀の準備も俺に任せておけ。鄧家の当主に相応しい葬式にする。それと費用の心配はいらん、全部俺が出す」

 

 李厳は頭の回転も早いようで、鄧艾の相談したい事の半分を先回りして答え、請け負った。

 鄧艾はぺこりと頭を下げ、拱手する。

 

「ありがとうございます。このご恩はいつか必ず鄧家がお返しいたします」

「カカカ、ずいぶん他人行儀なこったな、鄧艾。だがこれは地胆に対する俺の詫びであり、けじめだ。ご恩だなんだのと、ガキがそこまで気を回さんでもいーんだよ」

 

 李厳はぶっきらぼうだが温かみを感じさせる態度と声で鄧艾を諭した。

 

「それよりも、だ。何を置いてもまずは地胆の仇を取らねばならん。鄧艾、襲ってきた賊の事を詳しく教えてくれ」

 

 砕けた様子から一転して、真顔になった李厳が厳しい声を出した。

 

「いえ、その必要には及びません。既に怨敵たる野盗の一味は全て、一人残らず討ち果たしております」

「なんだと!?」

 

 血相を変えた李厳は勢いよく立ち上がりかけるも、すぐ冷静さを取り戻し再び着席する。

 

「それはどういう事だ?」

「言葉通りです。鄧家を襲った野盗には(・・・・)生き残りはいません」

 

 鄧艾の台詞に伏せられた含みを読み取った李厳が眼差しをより険しくさせる。

 

「……なるほどな。俄かには信じがたいが……輔匡」

「はっ」

「すまんが席を外してくれ。この者たちと内密に話したい事ができた」

「はっ、了解しました」

 

 名を呼ばれた守兵長こと輔匡が頷いて命令を受け入れ、部屋から退室する。

 バタン、と扉の閉まる音と同時に、一刀は部屋の空気が一段と重くなったような感覚を抱いた。

 

「さて、これで突っ込んだ話ができるな。詳しい事情を聞かせてくれ、鄧艾」

 

 鋭い眼差しで鄧艾を見つめ、話の続きを促す李厳。

 鄧艾は小さく頷き、語り始める。

 

「はい。では、先に結論から申し上げる事にします」

「おう」

「私はこの度、鄧家を襲った凶事が荊州牧劉表の企てた陰謀だったと考えております」

 

 荊州牧による名家士族当主の暗殺。

 荊州の政治事情に疎い者が聞けば正気を疑われるような重大な告発である。

 しかしそんな爆弾発言を聞いたにも関わらず、李厳は眉一つ動かさなかった。

 現在進行形で荊州豪族の粛清を進めている劉表ならやりかねない。そんな認識があったのと、鄧艾の話がそういう類の内容だと予想してたからでもあった。

 

 李厳は長い沈黙の後、むっつりした顔で口を開いた。

 

「…………なるほどな。そう言われてみれば思い当たる節がなくもねェ」

「思い当たる節、とは?」

「饗応役と護衛」

「饗応役?」

 

 李厳の端的すぎる回答に、僅かに目を丸くして聞き返す鄧艾。

 

「俺が今、上司(郡太守)から任されてる仕事だ。そして鄧家……地胆の護衛をできなかった理由でもある」

「…………」

「地胆の奴が太守に休職を願い出た直後に振られた仕事でな。何でも洛陽()から巡察官が来るから護衛を兼ねた饗応役をやれと命じられた」

「…………」

「俺の立場上、この任務を与えられた事自体は別におかしくはない。おかしいのは、巡察官がいつ宛に来るのか期日がはっきり定まってなかった事だ。近日には来る予定だからそのつもりでいろって曖昧な命令を太守から受けた時、少し妙だなとは思ったんだが……もう少し本気で考えるべきだった。後悔しても今更だがな」

 

 李厳は自嘲して、苦々しい表情を浮かべる。

 

「とにかく、ここまで説明すれば聡いお前の事だ。俺の言いたい事は解っただろう?」

 

 鄧艾がコクリと頷く。

 

「――鄧家に対する助力の妨害、ですね?」

「ああそうだ。巡察官の連中がいつ来るかわからねぇ以上、俺は宛を離れる事ができん。とはいえ、やろうと思えば役目を部下に投げて地胆に同行することもできた。地胆にもそう伝えて護衛を申し出もした。だが、地胆はそれには及ばないと断った。任された仕事があるならそっちを優先しろと言ってな。その言葉を俺は受け入れた。比較的治安の良い南陽郡で大人数の護衛付き一行を襲う馬鹿はいないと軽く考えてな。その結果がこれだ」

 

 ギリッ、と李厳が怒りを堪えるかのように歯を食い縛る。

 

「今さら言ったところで、ただの言い訳にしかならんがな。まァそれはともかく、状況的に見て俺の任務は劉表が工作してでっちあげたものである可能性は高いだろう。南陽郡(ウチ)の太守は親劉表派だし、劉表(ヤツ)は洛陽にツテもあるからな。やろうと思えばそれくらいできたはずだ」

「そうですね。私もそう思います」

「そして――今回の事がまこと、劉表の企みだったとすればだ……鄧家の一行を襲撃した賊も劉表(ヤツ)が手配した連中だったって事になる。そうじゃなきゃ片手落ちだからな」

「はい」

 

 頷く鄧艾に李厳はニヤッと笑いかける。

 

「で、お前らはその辺りの証拠を掴んだんだろ? だから俺に劉表の陰謀(この話)を打ち明けた。違うか?」

「……さすがは李厳おじさま。その通りです。ご賢察、感服いたしました」

「ハ、いっちょ前に世辞を言うようになったか、鄧艾。だがいい傾向だ。これからはそういう処世術も必要になる。お前はこれから鄧家の当主として生きてゆかねばならんのだからな」

「……はい」

「おっと、話が逸れたな。俺の事情と見立ては全て話した。次はお前の番だ、鄧艾。賊に襲われた前後の経緯、劉表の陰謀について洗いざらい、知ってる事、気付いた事を教えてくれ」

 

 言葉上、頼んでいる形ではあるが、李厳の有無を言わさない迫力と語調を伴った台詞は実質、命令に等しい。

 鄧艾としては(一刀と萃香の正体を除き)全てを話すためにこの場を設けてもらったので、望むところである。

 

「わかりました。では――」

 

 鄧艾は箱に詰められて宛を出荷……もとい出発したところから野盗に襲われ気絶し、一刀たちと出会い、宛に舞い戻ってくるまでの事を要領よく語った。

 

 鄧艾の話の間、李厳は口を挟まず聞いていた。

 しかし百を超える野盗を萃香が素手で皆殺しにしたくだりに話がさしかかった時は流石に驚愕して「冗談だよな?」と素で突っ込んでいた。

 

 なお後日の話ではあるが、李厳は出会った時点で萃香から強烈な強者の匂いを感じ取っていたと告げ、模擬戦を挑む事になるのだが。

 片手しか使わない萃香に手も足も出ず伸されて、大いに凹むこととなる。

 もっとも萃香は今後そういう「三国志の英雄豪傑」を大勢凹ませていく事になる。李厳は栄えある萃香の被害者第一号だった。

 

 そして話は劉表の陰謀の証拠へと移る。

 

「私が劉表の関与を疑ったのは、ただの賊の襲撃にしては不可解な点がいくつもあったからです。一つ、治安が良いはずの南陽の地で、百人を超える規模の賊に襲われた事。二つ、野盗にしては奪う事より殺す事を優先していた節があること。三つ、賊とは違う立場身分と思しき騎馬の者たちがいて、野盗団に指図していた様子であった事、です」

「ふむ……」

 

 李厳は手で顎をさすりながら、目で話を続けろ、と促す。

 

「今挙げた点、一つだけなら「そういう事もあるか」となり、陰謀を疑うほどの根拠にはなりえません。ですが三つも不自然な点が揃うとなれば、むしろ偶然で済ませる方が愚かというものです。劉表が仕組んだ事かはさておき、野盗たちとは別の第三者の思惑が絡んでいる事にほぼ間違いはないでしょう」

「――そうだな。その通りだ。ここまで状況証拠が揃っちまえば、疑うなって方が無理ってもんだ。そしてこういう事をやらかす動機と権力があるのは劉表だけ、って訳か」

「そういう事に、なりますね」

 

 鄧艾の推論に得心した様子の李厳がテーブルに両肘を乗せ、胸の前で両手を握り合わせる。

 図らずも祈りのようなポーズを取った李厳の両手に力が籠められ、肘で押さえつけられたテーブルの天板がギシリと音を鳴らした。

 李厳が溢れ出そうとする怒りを堪えているのは傍目に明らかだった。

 

(へっ……そうか。そういう事かよ劉表。てめぇのクソくだらねぇ権力欲で俺のダチを……地胆を卑劣に殺したってのか。――上等だ。この借りは地胆に代わっていつか必ず俺が返す。首を洗って待っていやがれ、劉表ォ!!)

 

 李厳は胸中で強く親友の仇討ちを……劉表への復讐を誓った。

 

 

 




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