東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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■第十一話 名前を(早口で十回)言ってはいけないあの人と鬼

 

 一刀たちが宛入りし、李厳と会談した後。

 完全に日が落ちていたため、一刀たちは李厳の厚意により兵舎の一番良い部屋で宿泊した。

 そして迎えた次の日の朝。

 李厳の部下の護衛と案内により、一刀たちは鄧家の屋敷に到着していた。

 

「でかいな……!」

 

 馬車に乗っている一刀が目の前にそびえる建物を見上げて呟いた。

 目の前に広がる長大な塀、高さも幅も5mはありそうな門構えの威容、奥に見える三階立ての屋敷の巨大さときたら。

 どこをどう見ても超が付きそうな豪邸である。

 今からこの家で暮らすのだと意識した途端、強い気後れを抱く一刀だった。

 

 隣に座っていた鄧艾が一刀の呟きを拾って、横から口を挟む。

 

「家人や私兵の住居なども含んでますからね。名家士族としての体面もありますから、どうしても屋敷の規模は大きくなります。しかし鄧家は宛城内でこそ大きな勢力ですが、郷を治める土豪たちには全く及びません。財と影響力はありますが……今回の一件でそれもだいぶ目減りするでしょう」

「建て直しは急務か……」

「そうですね。その辺りも含めて、後で今後の事を話し合いましょう。私もいくつか腹案があります」

「ああ、わかった」

「とはいえ、何よりもまずは人、ですね。この屋敷を維持するためには相応の人員が必要です。ある程度は李厳のおじさまが人を派遣してくれるでしょうが……組織の中核となる人物はこちらで用意すべきでしょう」

 

 どこか含みのある鄧艾の発言に、一刀は疑問を抱く。

 

「それはどうしてだ? 李厳さんの遣す人間が信用できないとか?」

 

 近くにいる李厳の部下に聞こえない程度の小声で尋ねる一刀。

 

「いえ、そういう訳では。ただ、派遣された人員は大なり小なり李厳おじさまに縁や忠誠をもつ者たちですから。いくら懇意の相手からの紹介といえど、そういう人材を重用するのは……」

「良くない、と?」

「……はい」

 

 言葉を濁した部分を一刀が口にすると、鄧艾は躊躇いがちに頷いた。

 一刀は「ふーむ……」と唸りながら両腕を組み、思考する。

 

 一刀にとって、助力してくれる人を疑うような鄧艾の意見は正直、認めがたいものだ。

 しかし、聡明な鄧艾が言うからにはそれなりの理由があるのだろう。

 そう考えた一刀は、あまり愉快な話題ではないが突っ込んで聞く事にした。

 

「それはなぜだ? 誠実で、能力がある人ならそうそう裏切ったり軽率な真似はしないだろうし、多少李厳さんの息がかかってても問題ないように思うけど」

「……お兄さまの仰る事はわかります。でも、問題なのはそこじゃないんです。お兄さまが今言ったような優秀な人物を重用すると、その者の周りに人が集まる。それが問題になるんです」

「そりゃ、有能で信頼できる人物が上司にいれば、皆が頼りにするのは当然だろうけど……」

 

 一刀はわからない顔で首を傾けた。

 鄧艾の懸念している事が何なのか、説明されても未だにピンと来ないのだ。

 

「人は集まれば派閥を形成します。つまり、鄧家の中に《親李厳派閥》とでも言うべき大きな勢力が生まれてしまうんです。家人の多くが李厳おじさまに縁を持つ者ですから、そうなるのは必然です。そしてそうなってしまったら、私たちは常に李厳おじさまの顔色を伺いながらでしか行動できなくなるでしょう。李厳おじさまに悪意がなかったとしてもです。私はそれを恐れています」

 

 人の集団の中で働く派閥力学に則った鄧艾の推測であり、結論だった。

 さすがにそこまで丁寧な説明を受ければ、一刀も鄧艾の危惧を理解できた。

 とはいえ、政治の世界などとは無縁に生きてきた一高校生の一刀にとってはやはり実感の薄い話ではある。

 

「話はわかった。要するに、上に置く人物はリンが雇った者にしないと後々派閥問題が勃発して危険、って事だな」

「はい」

「だが、それって言うは易しってやつじゃないか? リンが信頼を置けて有能で李厳さんとは関係ないか薄い……そんな人物が都合よく見つかるかな?」

 

 この世界にはハローワークも人材派遣会社もないだろうし、と一刀は脳内で言葉を付け足す。

 

「確かに簡単には見つからないでしょうが、一人は心当たりがあります」

「へえ、そうなんだ。ちなみにどんな人なんだ?」

「私のたった一人の友人です。一度鄧家に来てくれるよう、李厳おじさまには伝言を頼んでありますから、お兄さまも近いうち会えると思いますよ」

「さすが、手回しがいいな。なら、兄としてリンの友人に会えるのを楽しみに待つ事にするよ」

 

 友人という意外な言葉が出てきた事に驚きつつも、鄧艾に近しい者がまだ残っている事を知り安堵感を抱く一刀。

 

「会ったら少しびっくりすると思いますよ」

 

 そう言って、鄧艾は「ふふっ」とあどけなく微笑った。

 

 

 

「ふあぁぁぁっ!! リンちゃぁぁぁんっ! 無事で良かったのですー!!」

 

 顔をぐしゃぐしゃにして涙を流し、勢いよく鄧艾に飛びつくピンク髪の幼女。

 客が来たから集まってくれと連絡を受け、あてがわれたばかりの自室から応接間へとやって来た一刀が目にしたのはそんな光景であった。

 

 一刀は呆気に取られて、鄧艾に抱きついてわんわんと泣く幼女を凝視する。

 幼女は鄧艾よりやや小柄で、髪は薄いピンク色のショートカットである。

 

 一刀はここで自分の目を一度疑った。

 ピンク色の髪?

 幼くしてニチアサアニメの魔法少女コスプレに目覚めた幼女か何かか?

 髪を染めてまでコスプレ完成度を高めるとは、なんてロックな幼女だろう。

 

 そこまで考察したところで一刀は根本の間違いに気付く。

 

(この世界にコスプレ幼女がいるわけないだろ! いい加減にしろ!!)

 

 一刀は若さゆえの過ちなら認めたが、幼女のそれは認めたくないものだった。

 つまりどういう事かと言うと、幼女のピンク髪はおそらく天然でその色なのである。

 その可能性に考えが及んだ一刀は内心で頭を抱えた。

 

(鄧艾の白い髪を見た時も驚いたが、今回はそれ以上のインパクトだな……。リンと幼女が親友同士の感動的再会! みたいな状況だけど、ピンク髪がシュールすぎてちっとも心に響かないぞ……)

 

 一刀が白け気味の眼差しで流れを見守っていると、鄧艾が幼女の肩に手を置いて優しく引き剥がした。

 そして左手の袖口から布を取り出し、幼女の顔を拭う。

 姉が妹にするように甲斐甲斐しく世話をしているうちに、幼女はグスグスと鼻をすすりつつも泣き止んだ。

 鄧艾は半べそ状態の幼女に目を合わせて、柔らかく微笑みかける。

 

「小萌先生もおかわりなく。来てくださってありがとうございます」

「リンちゃんに呼ばれたら、先生は何があっても駆けつけますよ! ……じゃなくて! リンちゃんたちが賊に襲われたって聞きました! それで鄧家の皆さんが……お亡くなりになってしまった事も……聞きました」

 

 小萌先生と呼ばれた幼女は再び鄧艾に突っ込みそうな勢いでまくしたてるが、途中で悲痛な表情に変わりトーンダウンする。

 

「だからその……先生はリンちゃんに何を言うべきなのか……ずっと考えながらここまで来ましたけど……どうしてもかける言葉が見つからなくて。お悔やみ申し上げます、とか、そういう他人行儀な言葉は言いたくないんですよ。だから……リンちゃんだけでも無事に帰ってきてくれて本当に良かったのです、としか。気の利かない、至らない先生でごめんなさいです」

 

 鄧艾はシュンとして落ち込む幼女の左手を取り、胸の高さまで持ち上げて両手で優しく包み込む。

 俯いていた顔を上げた幼女に、再び鄧艾は透明な微笑みを向ける。

 

「いいんです小萌先生。そのお気持ちだけで私は……救われますから」

「リンちゃん……」

「それに小萌先生にはこれまで沢山お世話になりました。至らなくなんてない、私の尊敬する先生です。だからこれからも……私を支えていただけますか」

「そんなっ……、そんなの当然です! 言われなくともです! 大事な大事なリンちゃんの為なら、先生は何でもするのですー!」

 

 やる気に満ちた面持ちで鼻息荒く肯定する幼女。

 鄧艾はにっこりと朗らかな笑顔を浮かべ、幼女の右手をギュッと握った。

 

「小萌先生。今……何でもするって言いましたよね?」

 

 ギュピーン! と鄧艾の両目が光る(比喩表現)。

 幼女はいきなり変わった鄧艾の雰囲気に戸惑いつつも頷く。

 

「えっ? あっはい……い、言いましたですけど」

「よろしい。では、今日から小萌先生には鄧家の家宰を務めていただきます!」

 

 ぱんぱかぱーん! と擬音が付きそうなノリで鄧艾が言い放った。

 

「えっ……えっ? えぇぇーーっ!?」

「小萌先生には快くお引き受けいただけて助かりました。これからも私と鄧家をよろしくお願いしますね」

 

 目を白黒させて混乱する幼女に畳みかけるようにして話を進める鄧艾。

 

「はわっ、ちょ、ちょっと待つのですよリンちゃん!」

「待ちません」

 

 幼女が待ったをかけるが、鄧艾の反応はにべもない。

 

 まるでコントのような二人のやりとりを見て、鄧艾がずいぶんはっちゃけてるなーと感想を抱く一刀。

 やはり同年代の友人が相手だと気が緩むのかもしれない。

 あるいは実家にいる安心感がそうさせているのか。

 

 埒もない事を考えつつ、一刀はそろそろ話に混じろうと口を挟む。

 

「あー、仲良く楽しんでいるところ悪いんだが。リン、その子の事を紹介してくれないか」

 

 声に気付いた二人が揃って振り向く。

 

「あ……お兄さま。それと、お姉さまも。ちょうどよいところに」

 

 一刀の姿を認めた鄧艾が少し気恥ずかしそうに微笑む。

 

(……ん? お姉さまも?)

 

 鄧艾の言葉にふと違和感を覚える一刀。

 それとほぼ同時に、ほのかなアルコール臭が漂ってきて一刀の鼻に届く。

 ハッとした一刀が隣に視線を向けると、案の定そこには赤ら顔な萃香の姿が。

 

(直前まで音も気配も全くしなかったぞ。一体いつの間に……)

 

 まさに神出鬼没の鬼、いや酔っ払いである。

 

「お兄さま、お姉さま。こちらの者は陳震(ちんしん)。私の学問の師であり、側仕えとして幼少の頃から世話をしてくれた……いえ、育ててくれた母のような方です」

「リンちゃん……!」

 

 紹介された幼女こと陳震が瞳をうるうると潤ませ、感動した顔を鄧艾へ向ける。

 しかし。

 

「まあ、今では私の方が姉のようなものですけれどね」

「リンちゃん!?」

 

 ガーン! とショックを受けた顔で涙目になる陳震。

 鄧艾は上品な仕草で口元を手で隠し、クスクスと微笑う。

 

「ごめんなさい、小萌先生。それで、あちらのお二人が鄧家を襲った野盗を討伐し、私を賊の魔の手から救ってくださった恩人の――」

 

 笑いを引っ込めた鄧艾が手振りで正面に立つ二人を紹介すると、心得たとばかりに一刀が一歩前に出て拱手する。

 

「北郷一刀と申します。極東にある異国の出身者ですが、どうぞよろしくお見知りおきください」

「同じく伊吹萃香だよー。よろしくね」

 

 ついさっきまで酒を呑んでいたためか、機嫌の良さそうな萃香もフランクに名乗って軽く片手を上げる。

 

 鄧艾の説明と一刀たちの自己紹介により、陳震は僅かにあった警戒心を完全に解いて笑顔を作る。

 

「あやや、これはどうもご丁寧な挨拶をいただいて恐縮ですよ。私は陳震、字を孝起(こうき)って言います。よろしくお願いするのです!」

 

 そして陳震もまた、幼い見た目ながらも堂に入った拱手で返礼を行うのだった。

 

 

 




書いた後になって気付いたけど、陳震と陳宮って名前もキャラも被りすぎじゃない?
盛大にキャストミスった感。だけど私は直さない!

小萌の武将データは活動報告にて
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