東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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■第十三話 幼女の鬼士

 

 少女にとって、屋敷の外は自由で楽しい場所であるはずだった。

 

「やぁだぁっ! 璃々に触らないでっ! 放してぇっ!!」

 

 いつも自分は籠の鳥。

 大好きなおかーさんは優しいし自分を大事にしてくれるけど、お外にはあんまり出してもらえない。

 

「くそっ、大人しくしろこのガキ、ぶっ殺すぞ!!」

 

 お外には危険が多いからっておかーさんは言うけれど。

 璃々だって毎日「ぶじゅつ」のおけいこしてるもん。大人のひとにだってそう簡単に負けたりしないんだから。

 

「こいつ結構力つぇーぞ! 服もよさげだしもしかしたら武将のガキかもしんねぇ!」

 

 だから、自分は一人でも大丈夫だよっておかーさんに証明するために。

 

「ちっ、だとしたらやべぇ! 護衛とか来る前にさっさと捕まえてずらかるぞ!」

 

 こっそり一人でお外に出かけて冒険する。

 そしてどきどき、わくわくするような楽しい事をたくさん見つけて家に帰るんだ。

 きっと、そうなるはずだったのに。

 

「頭を殴って気絶させろ! 顔には当てるなよ! 傷ついちゃ値が下がる!!」

 

 おかーさんの言いつけをやぶって悪い子になっちゃったから、バチが当たったのかなぁ……

 

「おかーさん助け――あぅっ!?」

 

 あたま……痛いよ……おかー……さん……

 

 

 

「はー、結構買い込んだなぁ」

 

 そこそこ敷居の高そうな飯屋で購入し、持ち帰り用に包んでもらった饅頭などの食料品を荷馬車へと運ぶ一刀。

 その後ろを兵士の鎧を着た禿頭のごつい男が続く。

 こちらも両手に抱えられるだけの食料品入りの籠を持って歩いている。

 

「ウチの兵ども(連中)は大食いですからな。これだけ買っても、明日の朝までしかもたんでしょう」

「てことは、明日の昼前にもまた買出しかな……李厳さんの遣してくれる人が早く来てくれればいいですけど」

「鄧範様の葬儀は明後日の予定なので、おそらく明日には人員の都合がつくかと」

「じゃあ、明日の昼の分も買っておけば、買出しは今日だけで済みますね」

「馬車にこれ以上載せられるか微妙ですが……まぁそうですな」

 

 言葉を交わしながら荷馬車のもとへと戻った二人は、慣れた様子でてきぱきと荷台に食料品を積み込んでゆく。

 

 陳震が鄧家を辞した後、昼食問題を解決するため一刀が外へ買出しに行く事になった。

 

 一刀がその役目を負ったのは消去法による。

 鄧艾は鄧家の当主という立場もあるが、外見が目立ちすぎるので除外。

 萃香は一人で好き勝手買い食いさせる分にはよかろうが、お使いのような真似をさせるには色々と問題があるので除外。

 李厳が派遣してくれている警護役の兵に頼むという手もあったが、命じられた職務以外で便利使いするのは名目が立たないと鄧艾が却下した。

 なので結局、一刀が主体で買出しに出、李厳の部下が護衛と案内を兼ねて付き添うという流れになったのである。

 

 飯屋と食料品店と荷馬車を何度か往復し、荷台の容量限界まで積み込み作業を行った一刀が額の汗を拭う。

 

「よし、なんとか積めたな。輔匡さん、これくらいあれば明日の昼まで持ちますよね?」

「そうですな。恐らく大丈夫かと」

 

 一刀の確認に、名を呼ばれた禿頭の兵士、輔匡が言葉短く応じた。

 

「よし、それじゃあ戻りましょうか。帰りは俺も歩いてついて行きま……ん?」

 

 輔匡とその部下である年若い兵二人に声をかけた一刀が、台詞の途中で左耳を手で抑えて表情を変える。

 

『一刀、この近くでろくでもない事をしてるクズ共を見つけたけど、どうする? 処すかい?』

 

 聞こえるというより、頭の中に響くような感じで萃香の声が一刀へと届いたのだった。

 

 萃香は能力を使って常に一刀を影から守護している。

 また、拠点となる鄧家屋敷を中心に微小の分身を周囲に配置してゆく事で、宛城内に結界とも言うべき知覚および即時干渉可能な領域を展開している。

 その網に、萃香の気分を害する出来事が引っかかったのだ。

 

「すみません、ちょっとそこで待っててもらえますか」

 

 不機嫌そうな萃香の声色から、何やらただ事ではない雰囲気を感じ取った一刀。

 輔匡たちに一声かけ、少し離れた場所まで移動してから小声で萃香と対話する。

 

「処す前に説明を頼む。一体何があったんだ?」

『人攫いさ。子供を樽に詰めて馬車でどこかへ運ぼうとしてる。私がそのロクデナシ共を皆殺しにしてもいいけど、後々問題になりそうだからねぇ。一刀が対応してくれるなら、私は補助に回るよ』

「なるほど、わかった。李厳さんの部下の人たちにも声をかけて一緒に向かうから、萃香は道案内を頼む」

『はいよ』

 

 萃香との話をいったん終えた一刀が荷馬車の方へ振り向く。

 すると輔匡たちが妙な目で自分を見ている事に一刀は気付いた。

 

 心当たりは……ある。

 考えてみれば、道端に寄って塀に向かってぼそぼそと話しかける姿は、かなりの奇行として第三者の目に映ったであろう。

 

 今回の買出しで仲良くなれた輔匡たちとの心の距離が前以上に離れてしまった事を悟り、一刀は心の中で涙した。

 

 

 

 一刀たちは途中で合流した萃香(分身)の案内で、大きな商店が立ち並ぶ大通りから一本外れた裏通りに足を運んでいた。

 裏通りと言っても、人通りはそれなりにあるし、道幅も結構広い。

 

「ここか」

「うん。ほら、道の先で馬車に大きな酒樽を積み込んでるよね。あの中の一つに子供が入れられてる」

「わかった。輔匡さん、そういう事ですのでよろしくお願いします」

 

 輔匡ともう一人連れてきた兵士には移動しながら事情を話してあった。

 輔匡たちは半信半疑であったが、全ての責任は自分が取ると力強く請け負う一刀の勢いに押される形で助力を承諾した。

 

 酒樽を満載した大きめの荷馬車に一刀らを背後に控えた輔匡が近づき、怒声を上げる。

 

「承知した。――そこの者ら動くな! これは御用改めである!」

 

 百メートル先まで届きそうな軍人の大喝。

 荷馬車の周りで作業していた人夫がビクッと震えて動きを止め、何事かと一刀らの方へ顔を向ける。

 

「某は県軍副長官・李厳隷下、兵長の輔匡である。この度は市井より情報提供があってこちらへと参った。いささか尋ねたい事があるゆえ、ここの責任者を出すがよい」

 

 輔匡が官憲らしい一方的な態度で要求すると、人夫たちは怯えた表情を浮かべて同僚と目線を交し合う。

 その様子を見て、一刀は子供の救出と捕り物が平和裏に終わりそうだと期待する。

 しかし、事が都合良く進んだのはここまでだった。

 

「おやおや、これは輔匡どの。城門守備兵の貴方様がこのような場所にまでおいでになるとは。一体どうした事ですかな?」

 

 それを耳にした一刀は、まるでナメクジのような声と口調だと思った。

 粘り気があり、聞いた者の注意を良くも悪くも引き付ける。

 一刀だけでなく、その場にいる全ての者たちの視線が声の主へと向けられた。

 

「御用改めだとの事ですが、私の聞き間違いですかな? 警邏担当ではない、いわば管轄違いの輔匡どのが何の権限あって我らが商売の邪魔を為さると言うのです」

 

 荷馬車の横にある建物――小売と卸の両方を扱う酒屋――の主人と思しき身形のよい男が、店の入り口の奥から姿を現した。

 それは恰幅のよい、悪く言えばかなり肥満した四十絡みの中年男性であった。

 俗物を絵に描いたらこうなると言わんばかりな見た目の男だが、弛んだ顔にある眼はギラついており、油断なく一刀たち三人を見据えていた。

 

「この店の主人か」

「いかにも」

 

 輔匡が話しかけると、店主は尊大さが滲み出た態度で頷く。

 その顔には後ろ暗い事など何もないと言わんばかりの自信が漲っていた。

 

 輔匡もまた強面の威圧を最大限発揮して店主を睨む。

 

「先ほども申したが、市井からの情報提供があった。この店の者が法に反した行いをしているとな。我らはそれを確かめに参ったのだ」

「ほう、それはまた突飛な言いがかりですな。いつから城門兵は番犬の真似事をされるようになったので?」

「話を逸らすな。そもそも貴様が何を言おうとこちらのやる事に変わりはない」

「ほほう、それはまた強硬ですな! ではこちらも再度言わせていただきますが、何の権限あってそのような暴挙に及ぼうと言うのです?」

「……我らは現在、李厳様より特別任務を仰せつかっている。それはとある貴人の守護であり、そのために必要な宛城内の治安維持だ。つまり我らは今、その職責の本分を果たしている最中なのだ。これでも貴様の言う権限とやらが我らにないと思うのであれば、事が終わった後に官庁へ訴えるがいい。聞き届けられるかは知らんがな」

「ぐぬっ……!」

 

 舌戦の趨勢は完全に輔匡へと傾きつつあった。

 理路整然と説き伏せる輔匡に対し、店主がもはや抗う道理を持ち得ないのは屈辱で赤黒く染まった顔色を見れば一目瞭然である。

 

「ではもういいな。異論がないなら確認作業が終わるまでそこで大人しくしているがいい」

「……このような横紙破り、南陽様が黙ってはいませんぞ!」

 

 店主の怨念が篭った呻くような低い声を耳にして、荷馬車へと向かおうとした輔匡が足を止める。

 

「……なぜその名を出す。此度の件に郡守様が関与しているとでも言うつもりか?」

「まさか! ただ南陽様は我らの店と酒をとてもご贔屓にしてくださってましてな。この馬車に積んだ酒も南陽様に急ぎ届けよと頼まれたもの。それを妨害してよろしいのですかな? 叱責程度で済めばよろしいですが、場合によっては李厳様にも類が及びますぞ?」

「…………」

 

 身分上位者を笠に着た恫喝。

 一刀には店主が苦し紛れの法螺で言い逃れようとしているようにしか見えない。

 しかし口を閉ざして反論しない輔匡を見るに、段々と雲行きが怪しくなってきたと一刀は思った。

 

 輔匡が反論しない事で調子付いた店主が、表情を一転させ手揉みせんばかりの朗らかな態度で言葉を続ける。

 

「今すぐ手を引いてくださるのでしたら、わたくし共も此度の件をなかった事にいたします。何でしたら酒の輸送に当たって輔匡様方にご尽力いただけたと、南陽様に御礼言上して差し上げてもよろしいですぞ?」

 

 何だそれは、と一刀は思った。

 架空の功績をでっち上げて便宜を図る。そのような違法……かは一刀には判らないが、卑劣な行いを恥ずかしげもなく申し出るとは。

 恫喝の次は買収という悪徳商人ぶりを披露した店主を見て、これはクロもクロ、真っ黒だなと一刀は確信した。

 子供の誘拐以外にも、色々と他の悪事に手を染めていそうである。

 

(まさか輔匡さん、コイツの話に乗ったりしないよな……?)

 

 一刀が不安に思っていると、ついに輔匡が重く閉ざしていた口を開いた。

 

「……黙って聞いていれば小賢しい妄言をぺらぺらと。化けの皮が剥がれたな、狸。憲兵たる我にまさか不正を唆すとは、もはや言い逃れはできんと知れ」

「なっ……!」

「ここで見聞きした事は全て李厳様に報告する。無論、馬車から悪事の証拠が見つかった場合はこの場で貴様を拘束し、牢にぶち込む。よくよく覚悟しておけ」

 

 絶句する店主にくるりと背を向け、荷馬車へと近づく輔匡。

 一刀もまた輔匡の断罪ぶりに内心で快哉をあげつつ、荷馬車へと乗り込もうと動いた。

 

「……よろしいでしょう。そこまで仰るのであれば好きになさるがいい。ですが悪事の証拠とやらが見つからなかった場合は、こちらも相応の対処をさせていただく。一官憲ごときが南陽様の威光に逆らった事、せいぜい後で後悔されぬと良いですな」

 

 開き直って憎まれ口を叩く店主の姿に一刀は違和感を覚えた。

 あれだけ必死に査察を避けようとしていた割に、いざとなっても証拠は見つからないと確信しているかのように見えたからだ。

 よほど隠し場所、隠し方に自信があるのかもしれない。

 まあ、人の目を欺けたとしても鬼の目は誤魔化せないだろうが。

 

 一刀はチートっぷりに定評のある萃香にやってもらう事にした。

 

「萃香、頼む」

「あいよ」

 

 萃香はトコトコと荷馬車に近づいて飛び乗ると、四つ載せられてあった酒樽の一つをひょいっと持ち上げた。

 そしてそれを持ったまま、一刀の元へと移動する。

 

 その様子を、周囲の者はみな一様に呆気に取られて眺めていた。

 運ぶのに大人の男が二人か三人は必要な重量の酒樽を幼女が軽々と持ち上げたのだ。驚くなという方が無理である。

 

 萃香は一刀の元へ戻ると、酒樽の上下をくるっと入れ替えて地面に置いた。

 その行動を見た店主の表情が凍りつく。

 

 もちろん店主の顔になど注意を払っていない萃香は気にする事もなく次の作業に移った。

 開けられるようには出来ていない酒樽の底板に指を突き刺し、引っぺがし始める。

 

「おい待て、やめろッ! お前ら、見てないであの女を止めろ!!」

 

 このまま座視していては破滅だと悟った店主が大声を張り上げた。

 その声でハッとした人夫と、店の奥から飛び出してきた数人の男が武器を抜いて萃香へと向かう。

 

「ふん、往生際が悪いねぇ。一刀、続きは任せたよ」

 

 やぶれかぶれな店主らの暴発を冷たく鼻で笑った萃香は、一刀に一声かけて迎撃に出る。

 

「萃香っ、できるだけ殺すなッ!」

 

 一刀の掣肘が間一髪で間に合ったからか。

 萃香は瞬きのうちに接近し攻撃を叩き込んだが、襲撃者たちは手足の骨を砕かれるに留まり、惨死を免れた。

 そうして萃香が一秒に一人ずつのペースで敵を行動不能にしてゆき、十を数える頃にはほぼ決着が着いた。

 店主が差し向けた刺客のうち、地に伏せてないのは輔匡およびもう一人の兵士と対峙している二人だけである。

 

 一刀と萃香を除くこの場にいる全ての者が動きを止め、圧倒的という言葉すら生ぬるい武力を見せ付けた少女を驚愕の表情で見つめていた。

 

「さて、まだやるかい?」

 

 あり得ない方向に手足が折れ曲がり、倒れ伏した男たちの中心で覇者のごとく仁王立ちする萃香が獰猛に笑う。

 残った刺客の二人はビクッと体を震わせ、武器を手放し地に頭を擦り付けた。

 それだけでなく店主もまた地に膝を着いて座り込み、放心した顔でチョロチョロと失禁している。

 

「――凄まじい限りですな」

 

 いち早く冷静さを取り戻した輔匡が萃香を見やりながら呟いた。

 その隣で部下の兵士が青い顔をしてコクコクと頷いている。

 

 きっと内心では化け物だなんだと言ってるに違いない。

 そう当たりを付けて苦笑しながら、一刀は萃香のフォローに回る。

 

「俺にはもったいないくらいの、頼もしい護衛ですよ」

「当然だねぇ」

 

 一刀が発言すると、萃香はニヤッと笑って鬼気を収めた。

 知らず浴びていた重圧が消え、輔匡と兵士がほっとした顔をする。

 

「なんだか滅茶苦茶になりましたけど、とりあえずこっちを済ませますね」

 

 後始末の事を考えたら頭が痛いな、と考えつつ、一刀は酒樽の底板を剥がす作業を行う。

 底板は頑丈で、硬かった。引っぺがすのにかなりの力が必要だったが、萃香が半分以上壊した後だったので何とかなった。

 

 底板を壊しきった後に一刀が中を覗き込むと、目の粗い布のようなものが詰めてあった。

 おそらく緩衝材だろうな、と見抜いた一刀がそれを取り払うと、案の定その奥から人の姿が現れた。

 

 それは腕で膝を抱え込む姿勢で手足を縛られ、口を布で塞がれた幼女だった。

 幼女はすでに覚醒しており、見下ろす一刀を涙を一杯に溜めた大きな眼で見詰めている。

 その痛ましい姿を見た一刀は、この幼女が受けた心の痛みと恐怖はどれほどのものだったかと想像して胸が痛んだ。

 

「君、大丈夫? 今、そこから助けるよ」

 

 できるだけ優しい声で幼女に話しかけてから、一刀は酒樽に両手を突っ込む。

 幼女の右肩と膝裏に手を回し、掴んでゆっくり持ち上げた。

 

(……軽いな……)

 

 一刀は手にかかる荷重の小ささに驚き、腕の中にいる幼女の幼さをより実感する。

 

 酒樽の中から救い出した幼女を横抱きに抱えた一刀は、輔匡にも見えるように体をそちらに向ける。

 幼女の姿を確認した輔匡は頷き、それから店主へと厳しい目を向けた。

 

「証拠は上がった。もはや是非はなし。貴様とその一党の重罪は免れないと思え」

 

 茫然自失状態の店主に冷えきった声で告げた後、輔匡は部下の兵士に指示を出して応援の兵を呼びに行かせる。

 

 萃香の大立ち回りもあって周囲には野次馬が集まってきていた。

 一刀は大衆の視線から幼女を隠すため、酒樽の陰に身を屈める。

 そして幼女を地面に降ろし、口を覆う布を解いた。

 

 口が自由になっても幼女は何か声を出すこともなく、とろんとした眼差しで一刀の顔を見詰め続けている。

 その熱い視線を努めて気にしないようにしながら、一刀は幼女の手足を縛る縄を解きにかかる。

 

(これかなり硬く縛ってあるな……いっそ剣で縄を切った方が早いか? でも刃物はこの子を怖がらせてしまいそうだしなぁ……)

 

 一刀は買出しの出掛けに萃香から渡された剣を腰に佩いている。

 それを抜くかどうか迷っていると、萃香がトコトコと近くに寄ってくる。

 萃香は幼女の正面で屈みこむと、縄に手を伸ばしてぶちっと引き千切った。

 一刀の葛藤を知ってか知らずか、見事な解決の仕方だった。

 

 さすがにそこまでされては幼女の興味も移ったらしく、萃香へと視線を向ける。

 萃香と幼女の目が合った。

 

「へぇ……この子、持ってる(・・・・)ねぇ」

 

 覗き込んだ幼女の瞳の奥に何かを感じたのか。

 萃香はにんまりと笑い、一刀と幼女に聞かせるように呟いた。

 思わせぶりな台詞に、一刀が反応する。

 

「持ってる……? 何をだ?」

アヤカシ()の資質だよ。人を惑わし、虜にし、長じては魔を操って災いを引き起こす。総じて人間にとっては厄介事の種になる魔性さ」

「厄介事……」

 

 意外な情報を聞かされた一刀は目を丸くする。

 そして当然ながら萃香の話は、一刀と同じく至近にいる幼女の耳にも入っていた。

 

 話の内容の不穏さを理解できたのか、幼女は怯えたように表情を歪めて一刀の胸に縋りつく。

 そこでようやく一刀は、今の話を幼女に聞かせるために萃香が自分を誘導したのだと気付いた。

 

「……萃香、ちょっと悪趣味だぞ。わざわざこんな小さな子を怖がらせなくとも……」

「あはは、私は親切のつもりだったんだけどねぇ。自分の資質は早いうちに知っておくに越した事はないんだからさ。たとえそれが本人にとって不都合なものであれ、ね」

「それは一理あるが……」

「それにさ。人間にとっては厄介事の種でも、私ら妖怪にとってはそうでもない。むしろ好ましい資質だよ。食人を好む妖怪共に知られたら、奪い合いの争いが起こりそうなくらいにはね」

 

 視線を幼女に移した萃香がニヤーッと偽悪的な笑みを浮かべる。

 それでまた怯えた幼女が一刀の胸に顔をうずめてプルプルと震える。

 

「――萃香!」

「あはははははは! 愛いねぇ! 実に愛い子だよ!! 本当に食べたくなるくらいに可愛い!!」

 

 いつになく上機嫌にカラカラと笑い声をあげて、萃香は一刀から離れていった。

 どうやら一人で悪戦苦闘している輔匡を手伝うつもりらしい。

 といっても悪人共が逃げ出さないよう見張りをするだけのようだが。

 

「はぁ。まったく萃香の悪戯好きには困ったもんだ。君も今の話はあまり本気にしなくていい」

 

 ため息をつきながら一刀は腕の中にいる幼女に語りかけ、頭をそっと撫でた。

 しばらくそうしていると幼女の震えは消えたが、ますます強くしがみつかれる。

 

(だいぶ懐かれたかなこれは……まあ吊り橋効果もあるんだろうけど……)

 

 女の子にくっつかれるのは嬉しいが、さすがにこれだけ幼いと保護欲しか湧いてこない。

 一刀は苦笑しながら幼女の頭を優しく撫で続ける。

 

「……落ち着いた?」

「……ぅん……」

 

 しばらくして一刀が声をかけると、蚊の鳴くような声で応えが返ってきた。

 

「そっか、よかった」

「…………」

 

 ぎゅっ、と一刀の服を掴む幼女の手が強く握られる。

 

「ところで、俺の名前は北郷一刀って言うんだけど、君の名前を聞いてもいいかい」

「……璃々(りり)……」

「璃々ちゃんか。可愛い名前だね。教えてくれてありがとう」

 

 本心から褒めると、幼女はピクリと身じろぎして、一刀の胸に押し付けていた顔を上げた。

 至近距離で一刀と目があった幼女の頬がうっすらと紅く染まる。

 

「……璃々、可愛い?」

「うん? ああ、すごく可愛いよ」

 

 一刀が頷いて肯定すると、幼女は嬉しそうにニコッと笑った。

 

 実際、幼女の容姿レベルは極めて高かった。

 幼くも整った顔立ちにツインテールの髪型がよく似合っており、将来はかなりの美人になるだろうと思わせる。

 

(可愛いって褒めたのは名前についてだったんだが……顔が可愛いのも嘘じゃないしな。まぁ、だからこそ人攫いに狙われたのだろうけど。容姿が良すぎるのも良し悪しか……)

 

 世の中のままならなさを噛み締めつつ、受難の幼女に慈愛の視線を注ぐ一刀。

 幼女をのぞく時、幼女もまた一刀をのぞいていた。

 

「おにーちゃんも……すごくかっこいいよ」

「はは、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

 

 少しずつ言葉のキャッチボールが出来るようになってきたぞと楽しくなる一刀。

 しかしその直後、道の向こうから輔匡が呼んだ応援と思しき兵士が多数やってくるのを目撃する。

 タイムアップかな、と一刀は内心でため息をついた。

 

「さて、そろそろ移動しないといけないけど、璃々ちゃんは立てそう?」

「…………」

 

 しばらく間があってから、ふるふると首を横に振られる。

 

「まだ無理か。じゃあ、俺が抱えていくけど、それでいい?」

「うん……おにーちゃんにだっこ、して欲しいの」

「だっこか、わかった」

 

 一刀は横抱きするつもりで幼女の肩と膝の裏に手を回して持ち上げる。

 そしてそのまま立ち上がると、幼女は身を起こし、一刀の首に腕を回して自分から抱きついた。

 

(ああ、だっこってそっちの……。きっと保護者の温もりが欲しいんだろうな……)

 

 自己解釈した一刀は、右腕で幼女のお尻を支える格好の片手抱きに移行する。

 幼女自ら一刀の首にしがみついているので、そちらの方がバランスが取れて歩きやすいのだ。

 

「ねぇ、おにぃちゃん……」

「ん?」

「璃々のこと……助けてくれてありがとう」

 

 耳元で幼女の甘い声に囁かれ、不覚にもドキッとする一刀。

 

「……どういたしまして」

 

 内心の動揺を押し隠して答えると、幼女は一刀の肩から頭を離した。

 鼻先がくっつきそうな超至近で幼女の切なげな表情が一刀の目に映る。

 

「――だいすき♡」

 

 ちゅっ。

 

 一刀の唇に触れる柔らかい感触。

 その触れ合いはほんの一瞬だったにも関わらず、一刀の脳髄に痺れるような快楽の余韻を残した。

 

「な……」

 

 呆然とする一刀を濡れた眼差しで見つめながら、璃々はチロッと舌を出して唇を舐める。

 

「――ッ!?」

 

 その何気ない仕草に妖しい艶を感じ、一刀の全身にゾクリと鳥肌が立った。

 

(なんかやばいぞこの子!? いきなりキスしてくるし、妙な色気はあるし! ハッ!? これが魔性の資質……?)

 

 まさかこんな形で萃香の言葉の正しさを実感しようとは。

 戦慄を抱く一刀の首筋に幼女は再び顔を埋め、ぎゅーっと力強く抱きついた。

 幼女が一刀に並々ならぬ好意を抱いているのは、行動から明らかだった。

 

 魔性の美幼女に好かれて嬉しいやら空恐ろしいやら、一刀は今後の対応を真剣に悩むのだった。

 

 

 

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