東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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■第十四話 黄天 すでに鬼す

「璃々っ!!」

「おかーさんっ!」

 

 タタタ、ひしっ。

 昼下がりの鄧家の大広間。そこで親子の感動の再会が行われていた。

 

「ああ、無事で良かった……本当に良かった……璃々……」

「おかーさん……心配かけてごめんなさい……」

 

 二十代半ば頃の若い美女が幼女を抱きしめ、涙を流しながら頭を撫でている。

 幼女もまた美女の豊かな胸部に顔を埋め、泣きながら喋っていた。

 

 抱き合う二人は青紫の髪や青い瞳、柔和な顔立ちなどの外見的特徴が共通しており、血の繋がった親子である事が誰の目にも明らかだった。

 

 美女と幼女はお互いの存在を確かめ合うように抱き合っていたが、しばらくしてどちらからともなく身を離した。

 

 美女が右手の指で涙を拭いながら体裁を整え、広間の奥に立つ一刀たちに顔を向ける。

 幼女は美女の隣に移動し、母親が着ているチャイナドレスの裾をきゅっと握った。

 

「お恥ずかしい所をお見せしました。わたくしは黄忠(こうちゅう)、字を漢升(かんしょう)と申します。李厳様の麾下で部隊長を任せられております。この度は我が娘、黄叙(こうじょ)の窮地をお救いいただき、心より感謝申し上げます」

 

 黄忠と名乗った美女は両手を組んで深く頭を垂れた。

 

(黄忠さんと幼女……じゃなくて黄叙ちゃんか。……ん? コウチュウ……黄忠……ってまさか!?)

 

 黄忠とは三国志時代、蜀の劉備に仕えて活躍した有名武将である。

 思わぬビッグネームを耳にして内心驚愕する一刀。

 動揺が顔に出ぬよう鉄面皮を意識しつつ、口を開く。

 

「ご丁寧な挨拶と御礼、痛み入ります。私は北郷一刀。鄧家に食客として逗留させて頂いている者です。今回の事件に関与できたのは偶然に依るものでしたが、何かある前にご令嬢をお救いする事が出来、僥倖でした。まさしく天網恢恢、疎にして漏らさず、でしたね」

 

 最後に少しおどけたように言うと、黄忠はくすり、とたおやかに微笑んだ。

 

(おいぃ、璃々ちゃんの母親が黄忠とか何それ聞いてない。字も一致してるし、間違いなく黄忠その人っぽいぞ。女性なのは予想してたけど、こんなに若いとは……璃々ちゃんの母親だけあって凄い美人だし、何よりあの胸はやばいな。今まで生きて見てきた中でダントツNo.1のメロン(巨乳)だ)

 

 一刀も男だけあって女性の美貌や胸の大きさなどには関心がある。

 しかし黄忠の妖艶な色香に惑わされるような事はなかった。

 自制心が強い事もあるが、一刀の異性に対する性癖の低年齢化が進んでいたためだった。

 

 また、黄忠も黄忠で、

 

(あら……初対面で私を見て、ここまで動じない殿方は久しぶりね。まだ若いようなのに大した自制心だわ。賊を滅し鄧家の令嬢を救い出したという話だし、どうやら一廉の人物のようね)

 

 娘の恩人となった男の品定めをにこやかな笑顔の裏で行っていた。

 

 なお黄忠は県軍の弓兵部隊長という比較的高い地位にあり、上司であった鄧範の死に纏わる事情はすでに知りえていた。

 それには当然、賊を討伐したという異邦人の情報も含まれている。

 彼らとは鄧範の葬儀で顔を合わせるかもしれない、と想定はしていた。

 しかし、まさかその前にこんな形で関わる事になろうとは。

 一刀たちとの奇縁、あるいは何らかの予兆を感じずにはいられない黄忠だった。

 

「そうですわね。天はいつも私たちの行いを見守ってくださっております。そして善行には善果で応じ、悪行には悪果で報いるもの。北郷殿が我が娘の危機に気付き、悪党を成敗して下さった事こそまさにその証明、天佑と言えましょう」

 

 片手を胸に当て、おっとりとした口調で言う黄忠。

 その卒のない返答に高い教養を感じ、一刀は内心で感心する。

 

(黄忠って猛将のイメージがあるけど、こうして話してる分には穏やかで知的なお姉さんって感じだな……)

 

「きっと璃々ちゃんのような良い子には、天も味方したくなるのでしょう」

 

 一刀が同意すると、にこやかだった黄忠の眉がピクリと動く。

 

「……北郷殿。失礼ですけれど、娘から真名をお受け取りになられましたか?」

「え? ええ。助けた後に名前を尋ね、教えてもらいましたが……」

「そうですか……璃々?」

 

 少し考え込むような素振りを見せてから、黄忠は隣に立つ娘へと顔を向ける。

 

 母の意図を察した黄叙はにこっと笑顔を浮かべる。

 

「ほんとだよおかーさん。璃々ね、おにーちゃんに真名を捧げたの!」

「そう……後悔はないのね?」

「うん!」

 

 一片の曇りもない表情で頷く黄叙。

 その頭を軽く撫でてから、黄忠は一刀に向き直る。

 

「失礼をいたしました。北郷殿のお言葉を疑った事、お許しください」

 

 非礼を詫びた黄忠は両手を胸の前で合わせ、頭を下げた。

 

「いえ、お気になさらず。黄忠殿のご懸念は親としてもっともな事。私は異国人ですが、真名の重さは理解しているつもりです」

 

 年端もいかぬ娘が出会ったばかりの男に真名で呼ばれていたら、母親が何事かと不審に思うのは当然である。

 そういう常識的判断が一刀にはあったし、何より黄叙には真名どころか口付けまでされている。不可抗力だったとはいえ、現代日本基準で言えば問答無用で事案だ。

 後ろめたさといたたまれなさで、むしろ一刀の方が黄忠に謝りたいくらいであった。

 

「寛大なお言葉、ありがとうございます。そう言っていただけると助かりますわ」

「子を想う親の心配の種は尽きぬと申します。私はいまだ想われる側の若輩ですが、だからこそ黄忠殿の慈愛の親心、優しきお人柄が伝わってきました。いつか私も親になる事があれば、黄忠殿のようにありたいものです」

「まあ……お上手ですね。何やら口説かれてるような気になってきますわ」

 

 口元に手を当て、くすくすと上品に微笑う黄忠。

 その所作には天然の艶があり、一刀は己の下半身と頬がじんわりと熱を帯びるのを自覚した。

 

(狙ってやってるようには見えないが、いちいち色気がやばいなこの人……璃々ちゃんの母親って考えるとなんか納得できるけど。それにしてもこんな美女を娶った幸運な男ってどんな奴なんだろ。璃々ちゃんの父親でもあるわけだし、ちょっと気になるな。聞けないけど)

 

「はは、お戯れを。私ごときでは黄忠殿とつりあいが取れませんよ」

「ふふ、ご謙遜を。わたくしの方こそ年増の未亡人でございますし、北郷殿ほどの好男子とのご縁でしたら喜ばしく思いますわ」

 

 ははは、うふふと一刀と黄忠は笑いあう。

 そんな二人を黄叙が不思議な顔で見つめていた。

 

 

 

 正式なお礼はまた後日、という事にして鄧家を辞去した帰り道。

 カッポカッポと歩く馬の上で揺られながら黄親子は言葉を交わしていた。

 

「北郷殿を始め、みな良い方々だったわね、璃々」

「うんっ。おにーちゃんは当然だけど、萃香おねーちゃんや鄧艾おねーちゃんも優しかったよ。また会いに行きたいなぁ」

 

 母の腕の中にいる事で安らぎを感じながら頷く璃々。

 黄忠が事の次第を知って迎えに来るまでの間に、璃々は鄧家の女性陣とあっさり仲良くなり、妹ポジションに納まっていた。

 

「璃々ったらずいぶんとあの人たちの事を気に入ったのね」

「うん、みんな好きだよ。一番好きなのはおにーちゃんだけど」

「そう……ねえ璃々」

「なぁに? おかーさん」

「璃々はどうして、北郷……あのお兄さんに会ってすぐ真名を預けたの?」

 

 それはかねてから黄忠が疑問に思っていた事だった。

 一刀との話し合いではいったん収めたが、完全には納得していなかったのだ。

 

 母親だけに、黄忠は黄叙がかなり賢い事を知っている。

 また、人を見る目も確かで、信用できる相手かどうかを見抜く直感に優れている事も。

 

(そんな璃々が、いくら恩人とはいえ軽々に真名を異性に許すものかしらね……? 一目惚れだとしても、ちょっと性急すぎないかしら)

 

 女として、窮地を救ってくれた異性にときめくというのはあるだろう。

 幼くとも女は女。璃々ほどの年ならば恋を知っても早すぎるという事はない。

 しかしだからといって即座に真名を捧げていい理由にはならない。真名とはそんな軽いものではない。

 少なくとも自分はそう思っているし、娘にもそう教えてきた。

 

 客観的に娘を評価し、信用もしているからこそ腑に落ちない違和感であった。

 

「んー、それはね。おにーちゃんが空の神さまだからなんだよ、おかーさん」

「空の、神様……?」

 

 思わぬ答えを聞かされて、ぽかんとした表情になる黄忠。

 

「璃々ね、狭いところに閉じ込められててすっごく怖かったの。でも、そこからおにーちゃんが助けてくれた。その時、おにーちゃんと目が合ったの。そしたらおにーちゃんの瞳の奥にとってもとっても広くて青い、お空が見えたんだ。だからきっとこの人はお空の神さまなんだって。璃々の“うんめい”の人なんだって感じたんだよ、おかーさん」

「…………」

 

 幼い子供なら誰しも一度は考えそうな誇大妄想。あるいは空想。

 普通であればそんな風に考え、信じるに値しない戯言と切り捨てたであろう。

 しかし黄忠には娘の話をただの妄言だと決め付けられない理由があった。

 

 黄忠から見て、黄叙は幼い頃から不思議な所のある娘だった。

 人並み外れて勘が鋭く、他人の考えてる事や天候の変動を言い当てたりする。

 時折、常人には見えない何かが見えているような言動を取る。

 火種もないのに枯れ木に火を付けたり、夏なのに器の水を凍らせていた事もあった。

 

 世の中には気で他人を癒したり、遠くにある物を破壊したりできる者がいるという。

 黄叙もまたそういったある種の異能力者なのだろうか、という推測が黄忠の中にずっとあったのである。

 

 だからこそ、黄忠は娘の話を戯言や虚言だと切り捨てられない。

 どんなに眉唾な話でも最低限、半信半疑程度には信じようとする。

 

(これは容易ならざる事だわ。もし璃々の言うことが半分でも事実なら、あの若者は天に住まいし存在……いわば天人、天の御使いと言ったところかしらね。だとしたら……璃々を救った、いえ見つけたのは権能を使って……?)

 

 その時、ふと黄忠の脳裏に一刀との会話が蘇る。

 あの若者は天網恢恢だの天も味方したくなるだのと、まるで天に意思がある(・・・・・・・)かのような物言いをしていた。

 もしあれが喩えなどではなく、単に事実を語っていたのだとするなら。

 璃々の言った事と符号が合致する。してしまう。

 

(まさか本当に……? という事は、天人が璃々を伴侶に選んだ……?)

 

 親馬鹿のつもりはないが、璃々は素直で明るく善良で、容姿も優れている。その上、超常的な能力まで有しているのだ。

 天人が目を付けたとしても全くおかしくない。

 それどころか、璃々以上に相応しい者など他にいるのかとすら思えてくる。

 

 天に選ばれし者。天人の伴侶。

 それはこの国の天子や皇后よりも尊い貴人と言えるのではないか。

 

 そこまで考えたところで、黄忠の体はぶるりと震えた。

 

「おかーさん?」

 

 黙り込んだ母を訝しんで声をあげる黄叙。

 黄忠はハッとして不遜な想像を打ち切る。

 

「あ、あら。ごめんなさいね璃々。お母さん、ちょっと考え事してたの」

「そうなんだ。……ねえおかーさん。璃々、お願いがあるんだけどいい?」

「お願い? 何かしら?」

「あのね。璃々、できるだけおにーちゃんに会いに行きたいの。おにーちゃんが家に来てくれるならそっちでもいいけど。毎日のおけいこ事とかはきちんとやるから……ダメ?」

「うーん、そうねぇ……」

 

 愛娘のおねだりについて考え込む黄忠。

 

(良家の子女が名分もなく頻繁に他家に出入りするのはあまり良い事ではないけれど……この子のことだから、許可しなかったらそのうち自分で勝手に会いに行きそうなのよねぇ……今日みたいに。それならいっその事……)

 

「――璃々がそこまで望むなら、いいわよ♪」

「ほんと!? おかーさん、大好きっ」

 

 あっさり許しが出たことで、喜色満面の璃々が黄忠の胸により深くもたれかかる。

 

「あらあら、この子ったら……」

 

 少し困ったように苦笑して、黄忠はこれからの事について考えを巡らせるのであった。

 




武将データ更新 活動報告にて
入れ忘れてた十三話の後書きも追加
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