東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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■第二話 進撃の鬼人

 最初に犠牲になったのは、少女に最も接近していた男だった。

 

 一歩の踏み込みで10Mもの距離を無にし、男の懐に飛び込んだ少女が拳を振り抜く。

 音を置き去りにした剛速の一撃が男のみぞおちに叩き込まれ、上半身が瞬時に肉片と化して吹き飛んだ。

 男の頭部が放物線を描いて数秒間ほど宙を舞い、鈍い音を立てて地に落ちる。

 

「「「――は?」」」

 

 人間の体が砕け散るという衝撃の光景を目の当たりにして、少女以外の誰もが呆気に取られた。

 理解の及ばない事態に野盗たちが硬直している間にも、容赦のない少女の手によって惨劇が量産されてゆく。

 

 少女が腕を振るたびに血風が吹き荒れ、野盗たちの四肢が千切れ飛ぶ。

 倒れている野盗の足を掴み、武器のごとく振り回して攻撃し、複数の人間をまとめて吹き飛ばす。

 砕殺された人間の頭部を拾って投擲し、標的の体に大穴を空ける。

 

 もはやそれは戦闘などではなく、絶対的強者による殺戮であり蹂躙であった。

 

「あはははははは! やっぱり人間は脆いね! ほら、死にたくなきゃもっと頑張りなよ!!」

 

 哄笑しながら少女は楽しそうに野盗たちを殺しまわる。その姿はまさに悪鬼。

 

「ひっ、ひぃぃぃっ!? ば、ば、化け物だぁ!!」

「殺せッ、誰でもいいからそいつを殺せぇぇぇッ!!」

 

 正気付いた野盗たちは阿鼻叫喚な状態に陥りつつも、戦意を失っていない者が少女に立ち向かおうとする。

 しかしその全てが鎧袖一触で秒殺され、ただ犠牲者の数を積み上げるだけの結果に終わった。

 

「だっ、だめだ! こんな化け物、倒せっこねぇ! 俺は逃げるぞ!!」

 

 少女に屠られた人数が三十を超えた頃、ついに野盗たちの士気が崩壊した。

 集団後方にいる者から一人、また一人と、少女に背を向けて駆け出してゆく。

 その流れが野盗全体に広がるまで、そう時間はかからなかった。

 

「あれ、もう終わり? あっけないなぁ」

 

 算を乱し、我先にと逃散する野盗たち。

 その様をつまらなさそうな表情で眺めながら少女は呟く。

 

「まぁ逃げても逃げなくても末路は同じだけどねぇ」

 

 ひひひ、と悪どく笑う少女の視線の先で、野盗たちは再び絶望に直面していた。

 どこに隠れていたのか、少女と全く同じ容姿の少女が複数あらわれて野盗たちの逃走を阻んだのだ。

 

「せっかく萃めた(・・・)獲物を逃がすわけがないってね。さぁ鏖殺の時間だ」

 

 自分たちを虐殺した化け物と同じ姿をした存在に取り囲まれるなど悪夢もいいところだろう。

 結果、野盗たちはことごとくが発狂、狂乱。

 少女に飛びかかっては虫のように叩き潰されるという事を繰り返し、ほどなくして全滅した。

 

 

 

 

 一連の惨劇と、死屍累々の地獄絵図を目撃して盛大に嘔吐した一刀。

 それを引き起こした張本人が目の前に立っている。

 殺害した人の数で言えば近代史上最悪レベルの危険人物であるが、不思議と一刀は少女を怖いと思わなかった。

 

「本当に……鬼、だったんだな」

 

 超人的な身体能力のみならず、某有名漫画の影分身めいた力まで見せられては受け入れるしかない。

 目の前の少女は人智を超えた存在である、と。

 

「やっと信じたの? 最初からそう言ってるじゃん」

「そうだけど、普通はそう簡単に信じられないだろ。角が付いてるくらいなら、ただのコスプレっていう可能性もあるし」

「コスプレ?」

「あー、変装とか仮装の事だよ。具体的には何らかの方法で角を頭にくっつけてるだけの人間じゃないかって疑ったんだ」

「ふーん、相変わらず人間ってよくわかんない事をするんだねぇ」

「いや、鬼のコスプレする奴なんてあんまりいないと思うけどな」

 

 まあゲームやアニメに出てくる鬼のコスプレならしてる奴はそれなりにいるかもしれない。主な生息地は夏冬の有明。

 さすがにそんなオタ知識を少女に伝える気にはならない一刀だったが。

 

「ところでさ。おにーさんは私の事、怖くないのかい? なんかふつーに話してくれてるけど」

「いや、実を言うとあんまり、かな。まぁ目の前で人が殺されまくったのは流石にびびったけど、超びびったけど!」

 

 人を殴って粉砕したり武器にして振り回したりする姿はさすがに恐ろしいものがあった。

 しかし、見方によっては、少女は一刀を野盗たちから助けるために戦ってくれた、いわば恩人とも言える。

 少女の思惑はどうあれ、そこはきちんと感謝すべきだと一刀は考えていた。

 

「……へぇ。おにーさん、あんがい度胸あるんだね?」

「いや、度胸っていうか……信用、かな。君がその気なら俺はとっくに死んでる。だからひとまずは大丈夫かな、と」

 

 こうして話してる分にはちょっと小生意気な性格の少女でしかなく、特に危険は感じない。というのが一刀の正直な印象だった。

 

(まぁそれは度胸があるとか相手を理解しているからとかじゃなくて、ただの平和ボケによる弊害なんだろうけどな)

 

 自嘲気味に自己分析をして、一刀はかすかに苦笑を浮かべる。

 

「なるほどなるほど。なかなか的確な判断だね」

「判断っていうか、諦めて開き直るしか選択肢がなかったというか」

 

 この場の主導権は完全に少女が握っている。

 いや、主導権どころか、少女は一刀の死命を制している状態だ。

 一刀を生かすも殺すも少女次第。

 だからと言って必要以上に卑屈になったり、命乞いしたりする気はないが。

 

「んー、警戒するのもわかるけど。別に取って食ったりはしないよ? 人肉ってあんまり美味しくないし」

 

 食べたことあるんかい。一刀は心の中で突っ込んだ。

 触れると藪蛇になりそうなので口には出さない。人肉のグルメレポートみたいな話を聞かされても反応に困るし。

 鬼なんだからそういう事もあるかと無理やり納得して、一刀は会話を続ける。

 

「それなら……ひとつ聞いていいか?」

「いいよ、何?」

「なんで……逃げてく連中をわざわざ皆殺しにしたんだ? 逃がしたらまずい理由があったのか?」

 

 一刀にいまさら少女の行いを責めるつもりはない。

 ただ、少女の性質や行動動機を純粋に知りたいだけだ。

 意味もなく人を殺したり、暴力を振るうことを好む人物ではないと信じたかったから、という理由もあったが。

 

「そりゃ、賊なんて生かしておいても百害あって一利なしだし。まぁ久しぶりに暴れたかったってのもあるけどねぇ」

 

 頭の後ろで手を組み、軽い口調で答える少女。その顔には一片の罪悪感も浮かんではいない。

 実際、害虫を駆除したくらいにしか思ってなさそうだ。

 一刀は少女の内心を推し量り、その倫理観の是非について思いを巡らせる。

 

 少女の言うとおり、強盗殺人上等な極悪人を見逃しても何も良いことなどないだろう。他の被害者が増えるだけだ。苛烈であっても見賊必殺は理解できる。

 現代社会なら人道主義を掲げた誰かが「私刑を許すな、改心の機会を奪うな」などと文句をつけてきそうな考え方だが、たぶん問題はないだろう。

 

 なぜなら自分のいるこの場所は、日本ではないから。

 頭の回転も想像力も人並み以上に優れている一刀は、そろそろその事実に気付き始めていた。

 

(常識的に考えて日本にあんな野蛮人みたいな野盗の集団なんているわけないだろ! いい加減にしろ!)

 

 おそらく発展途上で民度の低い外国のどこかだろうと一刀は推測していた。

 

「それと他にも理由っていうか、目的があるよ」

「目的?」

「うん。ほら、私たちってこの世界に墜ちた(・・・)ばかりで着の身着のままでしょ」

 

 言って、少女は胸のあたりの服の生地を軽くつまんで引っ張る。

 台詞の途中に引っかかる部分はあったが、ひとまず棚上げして少女の意見に頷く一刀。

 

「だから先立つものが欲しくってさ」

「あぁ……。つまりお金が欲しいと」

「そそ。他にも金目の物を色々とね。私には必要ないけど、おにーさんには武器があった方がいいだろうし」

 

 つまり、少女は身包みを剥ぐために野盗たちを殺し尽くしたという事だ。

 これではどちらが賊なのか分かったものじゃないな、と一刀は内心で嘆息した。

 

「それは確かにありがたいけどさ……」

 

 一刀は少女から視線を外し、その背後へと向ける。

 

「あれ全部から回収するのか?」

 

 やや憂鬱そうな表情で尋ねる一刀。

 彼の視界には広範囲に散らばる多数の野盗だった残骸が映っている。一刀が軽く目算してみたところ、百体以上はありそうだった。

 もっとも原型を留めていない骸が多く、分割された上下半身で二重にカウントされたりした分を除けば実際の人数はもっと少ないのだろうが。

 

 いずれにせよ、それだけの人数から身包みを剥ぐというのは途轍もない手間である。時間も相当かかるだろう。

 また、生前が悪人だったとはいえ、死体から遺品を漁るという行為は一刀の精神をガリガリと削るに違いない。

 

 正直勘弁して欲しいというのが一刀の偽ざる心境だった。

 

 そんな一刀の不満を見抜いてか、少女は胸の前で手をひらひらさせながら言う。

 

「そうだね。まぁ作業は私が全部やるからおにーさんは見てるだけでいいよ」

「いや、さすがにそれは」

 

 悪い、と言いかけた一刀の発言を遮り、

 

「いいから、ほら」

 

 少女は振り返るような仕草であごをしゃくり、己の背後を指し示した。

 

 そちらにあるのは死の静寂に満ちた無残な戦場跡。

 一刀の正面、少女の背景として広がるその地に異変が起こる。

 灰色の霧の塊ようなものが突然そこかしこに生じたと思ったら、一瞬で少女の姿へと変貌したのだ。

 

 その面妖な事象を目の当たりにした一刀は目を瞠る。

 少女が分身らしき能力を持っているのは一刀も先刻承知だが、それにしたって目を疑うような出来事である。

 

 戦場跡地のあちこちに発生した少女の分身たちは早速それぞれが動き出し、散在する骸の傍でかがんで剥ぎ取りを開始する。

 

「……凄いな。鬼ってのはこんな魔法みたいな事ができるのか」

「あはは、そんなわけないじゃん。こんな芸当ができるのはこの私、鬼の頭領である《伊吹萃香(いぶきすいか)》様だけさ!」

 

 一刀の純粋な賞賛に気を良くしたのか、少女は平たい胸を反らして大見得を切った。

 そんな少女こと萃香の見た目相応な稚気に微笑ましさを感じて、一刀は少しほっこりする。

 

「鬼の頭領……伊吹萃香。それが君の名前か。じゃあこれからは萃香ちゃ……萃香と呼んでも?」

 

 ちゃん付けで呼ぼうとした瞬間、萃香の目付きが鋭くなったため慌てて呼び捨てに変える一刀。

 彼の女性に対する機微の察知と危機回避能力は高かった。

 

「いいよ。で、そっちは?」

「そっち?」

 

 問いが端的すぎて意図を掴みかねた一刀だったが、すぐに思い至る。

 

「ああ、俺は《北郷一刀(ほんごうかずと)》。特に肩書きはないただの一般人だ。よければ一刀と呼んでくれ」

「一刀、ね。覚えた覚えた。まぁコンゴトモヨロシクー」

 

 萃香の雑な挨拶に苦笑しつつ、一刀もまた挨拶を返す。

 

「ああ。こちらこそよろしくな、萃香」

 

 

 

 外史の果てへと堕天した、人と鬼による世にも奇妙な旅が今、始まる。

 

 

 




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そういうのが気にならない方で興味おありの方は読んでみて下さい
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