東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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■第二○話 一鬼三得

 

 

 

 一刀たちが宛に居を定めてから約半月が過ぎた、ある晴れた日の午前。

 かん、かん、かん……と、硬質な物をぶつけ合うような物音が響いていた。

 

「く……っ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 攻勢を凌がれ、一旦大きく距離を取った一刀は肩で息をし、顔から汗を垂らす。

 

「今のは力が乗った良い連撃でした。その調子ですわ」

 

 弟子の成長を喜ぶ師の表情で一刀に声をかける黄忠。

 その息は全く乱れていない。

 防御に徹していたからという理由もあるが、身体能力と剣術技能の両面において一刀を上回っているためだ。

 

 一刀と黄忠は鄧家敷地内にある練兵場(整地された広場)にて訓練を行っていた。

 もっと正確に言えば、黄忠による近接戦闘の個人指導だ。

 

 練兵場には鄧艾と黄叙もいて、一刀と黄忠の訓練を真剣な表情で見守っている。

 野次馬という訳ではなく、鄧艾と黄叙も訓練の参加者だからだ。

 一刀の次は鄧艾、黄叙の順で黄忠の指導を受ける予定になっていた。

 

 ようやく呼吸を整えた一刀がにっと笑い、口を開く。

 

「黄忠殿にそう言っていただけると自信が付きますよ。……よし、もう一度お願いします」

「ええ、どうぞ」

 

 一刀が突撃し、再び黄忠との間で剣戟の応酬が始まる。

 主に一刀が攻めて、黄忠は基本防ぐだけ。

 と言っても、一刀が大きな隙を晒した場合は黄忠も攻撃する。

 隙があると行動でもって指摘し、反撃された場合の対処を身に付けさせる為だ。

 

 訓練では木剣を使っているので命の危険はほぼない。

 それでも攻撃が当たれば痛いし、場合によっては骨折程度の重傷もあり得る。

 実力的に下手の一刀としては、訓練とはいえ気が抜けなかった。

 

(真剣勝負的な緊張感を保つという意味では木刀も良いけど、大怪我するリスクを考えたら竹刀が欲しいとこだよな……)

 

 現代日本で剣術を学んだ身としては、切実にそう思わざるを得ない。

 なるべく近いうちに竹刀を開発しようと心に決める一刀だった。

 

 何十合か打ち合ったところで、一刀は持久力の限界を感じ大きく後退した。

 模擬戦ではないので、黄忠は追撃して来ない。

 

 一刀がふぅふぅと荒く息を整えていると、涼しげな微笑みを浮かべた黄忠が声をかけてくる。

 

「北郷殿の剣術はじゅうぶん戦える水準にありますわ。武に長けた将が相手では足りないでしょうが、兵卒相手に後れを取る事はそうないでしょう」

「そう……ですか」

 

 息を切らしつつ返答する一刀。

 黄忠の評価は嬉しいような悲しいような、微妙な心境を一刀にもたらした。

 

(要するに兵よりは強いけど武将よりは弱いって事か。まあ黄忠さんクラスから見れば俺なんて雑魚でしかないもんな。女性なのにめちゃくちゃ強いし。技術の差もあるけど、身体能力が違いすぎるからなあ……。この分だと文聘さんとか他の女性武将も同様に強いと思った方がいいな)

 

「さて、次はわたくしが打ち込みます。北郷殿は防ぎつつ、隙を見つけて反撃して下さい」

「わかりました」

 

 黄忠の指示に一刀は頷き、身構える。

 

「では、参りますわね」

 

 宣言し、黄忠は地を蹴った。

 

 

 

 数分後、黄忠に体のあちこちを打たれて一刀はグロッキー状態になっていた。

 黄忠が手加減したので大怪我などはないが、軽い打ち身がいくつもある。

 そんな状態なので訓練も鄧艾と交代し、今は練兵場の隅に腰を下ろして黄忠の指導を外から見学中である。

 

「ねえおにーちゃん。おかーさんは強かった?」

「ああ、すごく強かったよ。情けないけど、俺じゃまったく敵わないな」

 

 黄叙の幼い質問に、苦笑を浮かべて答える一刀。

 

 あぐらをかいて座る一刀の膝の上には黄叙が腰を下ろしている。

 黄叙のお腹には一刀の両腕が回されており、背後から抱きしめている形だ。

 傍目にはとても仲の良い兄妹のように見える。

 

 二人がこの体勢でいるのは、璃々がそれを望んだからだ。

 一刀は当初、訓練後の汗臭さを理由に断ろうとしたのだが、

 

「おにーちゃんの匂いなら何だって好き」

「おにーちゃん、璃々とくっつくのは嫌なの……?」

 

 という台詞と潤んだ眼差しによるあざと可愛いおねだりに負けて承諾したのだった。

 

「そっかー。やっぱりおかーさん、“ひとかどのぶげーしゃ”なんだね!」

「はは、そうだね。なんせ“あの”黄忠さんだからね……」

 

 難しい言葉を使って誇らしげに母親を語る黄叙に微笑ましさを感じながら、一刀はしみじみと答えた。

 なにせ黄忠と言えば、二千年後にまで名前が残るほどの豪傑である。その上、その強さは先ほど我が身で味わったばかり。

 一刀の言葉には強い実感が篭っていた。

 

「でも璃々、おにーちゃんも強いなって思ったよ」

 

 黄叙が気を使ってくれたと思い、一刀は苦笑して礼を言う。

 

「はは、お世辞でも嬉しいよ。ありがとう」

「むー、お世辞なんかじゃないもん。たまにおかーさんとおけーこしてる兵士の人たちよりおにーちゃんの方がちゃんと戦えてたよ」

 

 一刀からは見えないが、黄叙は頬を膨らませ、不本意そうに言った。

 黄叙なりにきちんと考えて評価してくれたのだと知り、一刀は嬉しさで顔を綻ばせる。

 

「じゃあ、璃々の期待に応える為にも、これからもっと強くなれるよう頑張らないといけないな」

「うん! 璃々もおかーさんみたいに強くなって、おにーちゃんのお手伝いするね!」

「ああ、助かるよ。ありがとう璃々」

 

 健気な好意に対する礼のつもりで、一刀は黄叙を抱える腕にほんの少し力を込める。

 すると幼女特有のぽっこり腹のぷにっとした弾力と高めの体温が手に伝わってきて、一刀はちょっぴり幸せな気分になった。

 

(璃々の体からはほのかに甘い匂いもするし、こうしていると癒されるな……。個人指導の事といい、これも黄忠さんが鄧家に仕えてくれたおかげだな)

 

 鄧艾と黄忠が打ち合う訓練風景を眺めながら、一刀はこうなった経緯(いきさつ)を思い出していた。

 

 

 

「鄧家に仕えたい……ですか」

「はい。例の件で、わたくしにも色々と思うことがありまして。もちろん李厳様からは許可を得てありますわ。いかがでしょう?」

 

 夜会で顔を合わせた日から一週間後のこと。

 黄忠は単身で鄧家に訪れ、鄧艾と面会していた。

 

 黄忠から用件を伝えられた鄧艾は短く一考してから答える。

 

「……黄忠様ほどの武人に仕えていただけるなら、鄧家としては望外の限りですが……一家の主として、それだけで判断はできません。よろしければもう少し詳しく動機を語ってはいただけませんか?」

「そう思われるのは当然ですわね。ええ、ちゃんと説明いたします」

 

 黄忠は薄く微笑を浮かべて頷いた。

 

「わたくしが鄧家に仕えたいと考えたのは……娘のためですわ」

「ああ……」

 

 黄忠の短い説明だけで、聡明な鄧艾は大体を察した。

 

「黄家にも私兵や娘を護衛する者はおりますが……人数は多くありませんし、特別手練(てだれ)だとも言えません。故にわたくしが不在の間、娘の安全に不安があるのですわ。でしたらいっその事……」

 

 わかりますわね? という意思を視線に込める黄忠。

 鄧艾は軽く頷き、

 

「鄧家に仕えて住居と職場を同じにすれば、その懸念も解決する、と」

 

 黄忠の台詞を引き継いで結論を口にした。

 

「その通りですわ。ついでに申せば、わたくしが仕える事で県兵を鄧家に派遣する必要性もなくなり、李厳様としても好都合と言えますわね。それなりの立場にあるわたくしにあっさり退職の許可が下りたのも、それが理由ですわ」

 

 黄忠の意見には、鄧艾もなるほどと頷ける合理性があった。

 黄叙()の件もそうだが、黄忠が鄧家に仕えて守護者を担うのは李厳にとって妙手とも言える策だ。

 

 夜会の日以降、黄忠や文聘など李厳の部下が持ち回りで鄧家に派遣されているのだが、これには問題があった。

 城内の警邏等と一応の名目を付けてはいるが、客観的には李厳の私情による肩入れとして映るからだ。

 この状態を長く続けるほど、方々によろしくない影響を生むのは火を見るより明らかだった。

 

 その点、黄忠が個人的に鄧家に雇われ、私兵として常駐する分には何の問題も起こらない。

 強いて言うなら黄忠が抜けたぶん、県軍の戦力が低下するが、近隣で大規模な反乱でも発生しない限り支障はないと李厳は判断していた。

 

「以上ですが、いかがです? 僭越ながら鄧家、黄家、李厳様、それぞれに益のある申し出だと自負しておりますわ」

 

 自信に満ちた表情で言う黄忠。

 

 鄧艾は頷いた。

 ここまで理と利を提示されて、拒否する理由などない。

 

「わかりました。それでは鄧家の私兵長および武術指南役として仕えていただきたいと思いますが、よろしいですか?」

「ええ、それで十分ですわ。ありがとうございます」

 

 こうして黄忠は鄧家に仕える事となった。

 

 

 




商売関係の話は次に。お待たせしてすみません
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