東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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順調に一刀(ヒロイン)を攻略している萃香(なろう系主人公)


■第五話 ある日森の中、鬼さんに出遭った

 

 絶景ダナー。

 眼下を流れていく大自然の光景を眺めながら、一刀は内心で呟いた。

 

 現在、高度約百メートルの空中に一刀の体はあった。

 もっと正確に言えば、萃香に背中から抱きかかえられての飛行中である。

 

 普通ではありえない稀有な体験をしている一刀の顔は蒼い。

 肌寒いせいもあるが、高所からの光景が人の根源的恐怖心を刺激するからだ。

 

 一刀は別に高所恐怖症ではない。

 しかし、気紛れか何かでも萃香が手を離せば即墜落死、という状況は特別豪胆という訳ではない一刀にとって心臓に悪かった。

 

 なので今の一刀に空中移動や景色を楽しむ余裕などない。

 半ば現実逃避の心境で、少しでも早く空の旅が終わるよう祈るのみだ。

 

 そもそもなぜこのような事態になっているのか。

 それは会話に一区切りついていざ移動、という段になって萃香が「私に良い考えがある」と言い出した事に端を発する。

 萃香の世話になると決めた一刀は特に疑問や異論を差し挟むことなくそれに同意したのだが。

 それは軽率な判断だったとすぐに後悔する事となる。

 

 

 

「え、ちょ、萃香なんで」

「いいからいいから。力を抜いてじっとしてて」

 

 何の説明もなく、背後に回った萃香に抱きしめられてうろたえる一刀。

 なおその際、ボディバッグは体の前面側にずらされている。

 

(萃香の胸が背中に、背中に当たっ……てるけど何もないな。いやちょっと膨らみがある、か?)

 

 不埒な想像をしている事に気付かれたのか、脇の下から回された腕にぎゅっと力強くホールドされ、軽く息が詰まる。

 一瞬、抱き潰される可能性を危惧した一刀だったが、体に別ベクトルの力が加わるのを感じて違うと気付く。

 

「う、浮いている……?」

「そだよ。妖怪()は飛べるからね。一刀と移動するなら歩くよりこっちのが早い」

「うわっ!?」

 

 萃香が説明した直後、一刀にグンッと加速の負荷がかかった。

 かなりの速度で急上昇した二人は、ある程度の高度に達したところで水平飛行へと移行する。

 体にかかるGが軽減され、人心地つくことのできた一刀はしかし、現状の危うさを認識して軽い恐慌状態に陥った。

 

「そそそっ、そらっ、空とんでる!」

「おっと、動いちゃだめだよ一刀。手が滑っちゃうぞー」

 

 口頭で注意すると共に一刀を抱く腕の力をわずかに強め、戒める萃香。

 その顔には嗜虐的とまではいかないものの、若干サディスティックな笑みが浮かんでいる。

 萃香は移動ついでに一刀をからかって楽しんでいた。

 

 萃香の忠告が効いたのか、それとも状況に慣れたのか。しばらくすると一刀は落ち着き、脱力して大人しくなった。

 ちなみに空中で力なくぶらーんと垂れ下がるその姿は、まるで親猫に銜えられた子猫のようである。

 

「……空を飛ぶなら飛ぶって、事前に説明してくれ。死ぬかと思った」

 

 ぽつりと呟くようにして、心底疲れた声で愚痴る一刀。

 しかし萃香は悪びれるどころか、愉快そうに笑い飛ばす。

 

「あっはっは、一刀は繊細だねぇ。心配しなくても落としたりしないって」

「そういう事じゃないんだが……はぁ」

 

 反省の色がないというより、そもそも悪いと思っていないのではないか。そう感じた一刀はこれ以上諭す気力を失い、小さくため息を吐いた。

 

 

 

 一刀の祈りが天に通じたのか、空の旅はわりとすぐに終わった。

 一刀の体感で数分ほど飛行したところで萃香は飛行速度を緩め、地上へと向かう。

 

 二人が着陸したのは森林の中を拓いて作られた道路のような場所だった。

 道路と言っても日本のようにアスファルトで舗装された道ではない。土を踏み固めただけの、獣道より多少マシと言える程度の林道だ。

 なお道幅はかろうじて二台の車が行き違うことが可能な程度である。

 

「これは……」

 

 着陸し、地に足を着けた一刀は目の前にある惨状を見て顔を顰めた。

 そこには倒れ伏す人間や馬の死体、馬車と思しき大型の人工物など様々なものが散乱している。

 萃香がこれを目当てに降りてきたのは一刀の目にも明らかだった。

 

 辺りには血臭が漂っており、事件発生からまだそれほど時間が経ってないと判断できる。

 人道に基づくなら生き残りを探して生存者の手当てなりをすべき場面だが、覚悟と経験の不足が一刀の行動を躊躇わせた。

 

「私たちの前に野盗に襲われた連中だね。護衛はいたみたいだけど衆寡敵せずって感じかなこれは」

 

 訳知り顔で解説する萃香だが、その声や口調に同情の響きはない。不幸な他人事くらいにしか思ってなさそうだと一刀は察した。

 とはいえそれで萃香を冷たいとか情がないなどと見損なったりはしない。

 一刀には鬼である萃香に人間の価値観を押し付けるつもりはないからだ。

 というか、そもそも自分への萃香の好意的対応は極めて例外的かつ特別な事なのではないか、という推測が一刀にはあった。

 逆に言えば、一刀以外の人間に対して萃香は等しく興味がなく無情であるとも言える。

 もしそうなのだとしたら今後、他人との接触時には自分が緩衝材にならなければ、と一刀は心密かに決意した。

 

「私たちの前にって、もしかして俺たちを襲った奴らがこれを?」

「うん。私はここで連中を見つけて、自分の所まで誘導したってわけ」

「誘導って……まさか道案内とかしたんじゃないよな?」

 

 もはや萃香のやる事にはいちいち驚かなくなった一刀だが、それはそれとして詳細は知っておきたいのである。

 

「あはは、鬼さんこちらーってかい? まさかそんな面倒な事はしないさ。ただちょっと連中の心を萃めただけだよ」

「心を、萃めた……?」

 

 萃香の説明は抽象的すぎて一刀にはほとんど理解できなかった。

 せいぜいが洗脳めいた力で野盗を操ったのかも、と推測できた程度だ。

 

「私は生き物を萃めたり散らしたりする事もできるのさ。まぁ強制力はそこまでじゃないけどねぇ」

「はー……萃香にはそんな能力まであるのか」

 

 もはや何でもありじゃね? 一刀は強くそう思った。

 

「あぁ、そうそう。一応言っておくけどさ。私が発見した時にはここでの戦闘は終わってたよ。別に見殺しにした訳じゃないから」

「いや、俺もそんな事は疑ってないよ」

「そう? ならいいけどさぁ」

 

 萃香も妙な事を気にするな、と一刀は思った。が、一刀の誤解を避け、心象を気にするというのは萃香なりの気の使い方なのかもしれないと気付き、考えを改めた。

 

「そういや、ここで野盗を殲滅しなかったのはなんでだ? 萃香ならやろうと思えばできたんじゃないか?」

 

 野盗を見つけたのは偵察に出した萃香の分身だったのだろうと一刀は考えている。あるいは千里眼のような能力を使ったか。

 萃香の言動を鑑みるに前者だろうと判断し、一刀は尋ねた。

 

「できたよ? できたけど、地形的に誰も逃さずってのは難しかったし、何よりちまちま一人ずつ探して狩るのが面倒でさー。まぁ誘導が効かずここに残った連中も何人かはいたから、そいつらは分身が狩ったけどね」

「なるほど」

 

 一刀が何気なく周囲を確認してみれば、なるほど確かに野盗らしき身なりの死体がいくつか転がっている。

 そして服装などから判断するに、死体にはおよそ三種類ある事が見て取れる。

 一つは、野盗の死体。三種類の中で最も粗末な衣服を着ている。

 二つは、襲われた側の護衛の死体。それなりの服装をしている事もあるが、何より鎧らしきものを着込んでいるので判りやすい。また、そのほとんどが矢で射殺されたらしく針鼠状態の者が多かった。

 三つは、襲われた側の護衛対象者。身形はピンキリだが、武装していないのでそうだと判る。馬車に荷物が相当量積んである事から、おそらく行商人の一行ではないかと一刀は当たりを付けた。

 

「にしてもこれ、生き残ってる人はいなさそうだな……」

 

 一刀の見ていた限りでは、倒れている者たちはピクリとも動いてない。

 それだけならまだ生存の見込みはあるが、倒れ伏す全員が血溜まりに沈んでいるような状況である。生き残りがいる可能性は限りなく低い、と一刀は判断していた。

 

「そうでもないよ? どんな時だって運の良い奴はいるものさ」

 

 ニヤリと笑い、少し離れた所にある横倒し状態の荷馬車の方へ右掌をかざす萃香。

 

 一体何を、と一刀が疑問を抱いた次の瞬間、荷馬車と積載されていた荷物がまとめて霧化して消失する。

 すぐに一刀は萃香が能力で収納したのだと理解した。そして同時に、荷馬車が消えた場所に残った小さな影にも気付く。

 

「あれは……子供!?」

「あ、ちょっと待っ……しょーがないなぁ」

 

 影の正体を把握した一刀が表情を変え、走って向かおうとする。

 萃香は制止するも、すでに走り出した一刀の耳には入らなかったようで止まる気配を見せなかった。

 

 十数メートルほどの距離を駆け抜け、一刀は横たわる子供の傍で膝を着く。

 それなりに冷静さを残していた一刀はいきなり子供に手を出したりはせず、外傷などがないか状態を確認する。

 

「これは……」

 

 間近で子供の外見を目にした一刀は思わず驚きの声を口にした。

 なぜならその子供が普通ではない外見的特徴を有していたからだ。

 

 それは透き通るような純白の長い髪。

 また、よく見れば肌もかなり色白で、一刀がTVや映画で見た事のある西欧の白人よりも白いのではないかと思われた。

 

 一刀の脳裏にアルビノ(先天性色素欠乏症)という言葉が浮かぶ。

 珍しいものを見た、というある種の感動と、今はそれどころじゃない、という常識的思考が刹那、一刀の頭を駆け巡った。

 その際に生じた僅かな逡巡が致命的な隙となって一刀の危機を招く。

 

 倒れていた少女が勢いよく体を翻し、一刀の視界の端で白刃が煌めいた。

 

「っ!?」

 

 攻撃された、と一刀が判断できた時には少女の動きは止まっていた。

 

「油断は良くないなぁ一刀」

「うわっ!?」

 

 頭上から降ってきた声で一刀は首元に突きつけられた刃先に気付き、驚愕しつつ後ろに尻餅をつく形で倒れこむ。

 

 そこでようやく一刀は何が起きたのかを知った。

 身を起こしざまに少女が短刀を一刀の首筋に突き立てようとして、萃香が刀身を掴むことで止めたのだ、と。

 

 萃香の介入がなければ今頃、自分の喉は切り裂かれていた。

 頭がその事を理解した途端、遅れてやってきた恐怖が一刀を襲う。

 

「な、なんで……俺を」

 

 狙ったんだ、と口にしようとした一刀の舌が止まる。

 少女の白い前髪の下から覗く鋭い眼光と殺気に射竦められた一刀の体は、恐怖による硬直状態に陥っていた。

 

 そんな一刀を脅威ではないと判断したのか、少女の顔と視線が萃香へと向く。

 

「手を離しなさい下郎ッ!」

 

 少女が短刀を引き抜こうと全身全力で抗うも、萃香の手や腕、体は微動たりともしない。

 

「あっはっは、ずいぶん活きがいい童だねぇ。そういうの嫌いじゃないよ。だけど牙を向く相手はちゃんと選ばないと……早死にするよ?」

 

 警告、あるいは恫喝か。萃香は発言と共に握力をわずかに強めた。

 あっさりと負荷が耐久を超え、バキッ、と音を立てて短刀の刀身が砕け散る。

 

「あ……」

 

 まるで蝋細工のようにあっさり砕けて柄だけになった短刀を見つめ、少女は呆然とする。

 

「ほら、お望みどおり手を離してあげたよ。さぁそれで次はどうする? その生白い手で私を縊れるか試してみる?」

 

 傲岸な顔で少女を見下ろし、追い詰めた獲物を甚振るように挑発する萃香。

 余裕ぶってはいるものの、態度と表情にほのかな怒気が滲んでいる。

 

 それもそのはずで、余人は知る由もないが鬼とは嘘を嫌う生き物だ。

 そしてその嘘には謀や騙し討ちといった行為も含まれる。

 言動で直接嘘を吐かれた時ほどではないにせよ、少女の行いは確実に萃香の怒りの琴線に触れていたのである。

 むしろ明確な敵対行為を働かれて、即座に殺していないだけ萃香は有情だとすら言えた。

 もっともこれが大人の男であったら、砕けていたのは短刀ではなくその者の頭であっただろう。

 

 命を狙われた一刀としては、萃香の対応を大人げないとは思わなかった。

 しかし、このまま萃香任せで事態を静観したら拙い事になる、とは考えた。

 

「待ってくれ萃香! そこの君も落ち着いて! 誤解があると思うんだ!」

 

 まだ刃傷沙汰の恐怖が抜け切ってないためへっぴり腰ではあるが、中腰に体勢を戻した一刀が二人に向かって叫んだ。

 

 ビクッ、と体を震わせた少女と、ギロッ、といった眼差しの萃香、二人の視線が一刀に向けられる。

 一刀は二人の視線の圧に耐えながら、

 

「そこの君! 誓って言うが、俺たちはこの一行を襲った連中とは無関係だ! むしろそいつらを退治した側だ! 明確な証拠はないが、服装を見てもらえば連中とは毛色が違うと解るはずだ」

 

 両腕を広げて少女に潔白を訴えた。

 少女は野盗に襲われた側の生き残りであり、一刀をごろつきの一員だと誤認して襲ってきたのだと考察しての説得だった。

 そしてその推測は当たっていた。

 

 少女は顔に怯えを残しつつも、一刀と萃香の二人を交互に観察し、やがて結論を出したようだった。

 柄だけになった短刀を胸の前でぎゅっと両手で握り締め、

 

「わかり、ました……」

 

 と、小さな声で呟いた。

 

 

 

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