東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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本作では州の統治者を州牧で統一してます。刺史の件を持ち出すと本筋にあまり関係のない政治事情などを語る必要が出てきて面倒なので……


■第六話 鬼と鬼子

 

「私の名は鄧艾(とうがい)。ここ荊州南陽郡に根を張る士族、鄧家の長女です。先ほどは大変な無礼を働き、まことに申し訳ございませんでした」

 

 落ち着きを取り戻した少女は自己紹介すると共に、三つ指ついて深々と頭を下げた。いわゆる一つの土下座である。

 流れるような挙措で行われたその行為からは高い教養と品が感じられ、一刀は一瞬その姿に見惚れる。和服っぽい服装なのもポイントが高い。

 そして年端もいかない少女にそこまでさせた事に気が咎め、慌てて制止の声をかけた。

 

「あー、鄧艾。謝罪は受け取ったから、頭を上げてくれ」

 

 ちゃん付けで呼ぶべきか迷った一刀だったが、外見年齢が近い萃香との兼ね合いを考慮し、呼び捨てにした。

 

(それにしてもトウガイって微妙にどこかで聞き覚えのある名前だな……っていうか女の子なのにその名前はどうなんだ? まあ文化の違いと言えばそれまでなんだが。ケイシュウっていう地名も引っかかる……)

 

 一刀が記憶の欠片を集めようとしたところで、鄧艾が伏せていた頭を上げる。

 そこで改めて鄧艾の容姿を目にした一刀は心の中で唸る。

 

(むむ、これはまた……さっきは怖かったが、普通にしてればかなり可愛いな、この子。まだ幼いけど、顔立ちはすごく整ってるし、何より銀糸のような純白の長髪が幻想的なまでに美しい。これほどの美少女が野盗に捕まってたらと思うとゾッとするな)

 

 もし野盗に発見されていたら、幼くとも女として悲惨な目に遭っていた可能性は高いと一刀は推測した。なにせ萃香にも欲情していた節のある連中だからだ。

 もっとも、萃香の介入タイミング次第では見つかっても無事でいられた公算はそれなりに高いが。

 

 一刀の男性目線な視線に気付いたのか、鄧艾が恥じ入るような表情で俯く。

 

「あの……私の外見って気味が悪いですよね。気分を悪くさせてしまったらごめんなさい」

 

 鄧艾の謝罪、それは一刀にとって極めて意外な言葉だった。なにせ鄧艾の容姿を内心で高く評価したばかりである。

 一瞬、この世界は美醜観念逆転世界だったのかと疑ったほどだ。

 しかしすぐに鄧艾が何を問題にして自虐したのかに気付く。

 

「いや、全くそんな事はないよ。それどころか鄧艾、君のその白銀色の髪や肌はとても綺麗だと思う。むしろ、こちらこそ不躾にじろじろ見てしまってすまなかった」

「えっ……」

 

 一刀が言葉を返すと、鄧艾は弾かれたように顔を上げた。

 その表情はまさに鳩が豆鉄砲を食らったようであり、目が丸く見開かれている。

 

「あ、あの、本当に私……変じゃないですか?」

「ああ。他人がどう見るかは知らないが、俺は美しいと思ったし、そう思う人は他にもいるだろう。鄧艾が自分を卑下する必要なんて全くないさ」

「は、はい。ありがとう……ございます……」

 

 一刀が力強く答えると、鄧艾は顔を赤くして再び俯いた。

 

(ちょっと気障ったらしかったかな……)

 

 自分の言動を振り返った一刀もまた若干の羞恥を抱き、その感情を誤魔化すように頬をかいた。

 

 微妙に気まずい空気が漂う中、俯いたままの鄧艾が口を開く。

 

「あの……」

「うん?」

「よろしければ……その。貴方様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

 鄧艾に遠慮がちに問われ、一刀はハッとした様子で頷く。

 

「ああ、うん。そういやこちらの名乗りがまだだったな。えっと、俺は北郷一刀。一刀と呼んでくれ。こっちの女の子は伊吹萃香。俺の連れだ」

 

 自己紹介しつつ自分と萃香を手振りで示す一刀。

 そこで初めて萃香が会話に加わる。

 

「私も萃香でいいよ。それより二人とも、いい加減立って話したら?」

「あっ……」

「そ、そうだな。そうしよう」

 

 微妙に呆れた表情で促す萃香から顔を逸らしつつ、そそくさと立ち上がる二人。

 直立すると、鄧艾の小ささと幼さがより明確になって一刀の目に映った。

 

(萃香よりもほんの少しだが背が低い……見た感じ10歳になるかならないかといったとこか。大人びた口調のせいであまり意識しなかったけど、本当にまだ子供だな……)

 

 成人してないという意味では一刀もまだ子供だが、身長は180cmを超えており、大抵の大人よりも背が高かったりする。ちなみにいまだ成長中。

 一方、萃香と鄧艾はそんな一刀より頭二つ分ほど背が低い。一刀が自分を棚に上げて子供扱いするのも無理からぬ差と言えた。

 

「ところでだが……鄧艾にはつらい事を伝えなきゃならない」

 

 立ち上がり、臀部などについた土や埃を払い終えたところで、徐に一刀が真剣な顔でそう切り出した。

 

「こういう事を口にするのはある意味、追い打ちのようなものかもしれないが……残念な事に、鄧艾以外は皆、お亡くなりになってしまっている。俺にはその方々と鄧艾の関係性を知るすべはないが、おそらく家族や親しい人もいたのではないかと思う。……心からお悔やみ申し上げる」

 

 一刀を賊と勘違いして逆襲する気概があったにせよ、鄧艾はまだ子供である。

 ゆえに一刀はできるだけ言葉を選んで現状を伝え、故人の冥福を祈った。

 

 幼い身には酷であろう話を聞かされても、鄧艾は取り乱したりはしなかった。

 内心はさておき、表向きは落ち着いた様子で、悲しむ事も涙を流す事もない。

 

「……お気遣い、ありがとうございます、一刀さま。ですが私も士大夫の端くれ。乱れた世相もあればこういう事があるかもしれないとは覚悟しておりました。亡くなった中には父が居りましたが、同様の覚悟はあったと思います」

 

 淡々と語る鄧艾に、一刀は痛ましいものを見るような視線を向ける。

 

「でも、私は……生き残ってしまいました。不具者ゆえに不遇を強いられ、そのおかげで命冥加を得た私だけが。それともこれは……天の配剤、なのでしょうか」

 

 自問自答するように呟いた鄧艾は、僅かに濡れた目で一刀を見つめる。

 そしてその視線に込められた意図がわからぬほど、一刀は鈍くなかった。

 端的に言えば「この出会いは運命だから私も連れてって」である。

 

「あー……期待にはできるだけ応えたいと思うけど、詳しい事情を聞かない事には何とも言えないかな。まだお互いの事をよく知らないしさ」

 

 賊が出没する危険な場所にひとり幼女を残してサヨナラするほど一刀は薄情ではない。また、幼女を連れ回しても事案だと後ろ指さされる心配もない。

 であれば当然、鄧艾の面倒を見るという選択を一刀は元から想定していた。

 もっとも、実際の保護者は萃香であるため、一刀はまずそちらの同意を取り付ける必要があったが。

 

「道理……ですね。わかりました。少し長くなりますが、私の身の上話を聞いていただけますか」

「ああ、わかった。聞かせてくれ」

「ありがとうございます。では……」

 

 一刀の了承を得た鄧艾は、胸に片手を置いてゆっくりと話し出した。

 

 

 

 初めのご挨拶で申し上げましたが、私は荊州南陽郡宛県で生を受けました。

 その際、母が産褥で亡くなり、白い髪と赤い目をした赤子を抱き上げた父は悲しみと怒りのあまり私を窓から外に投げ捨てたそうです。幸い、庭の草木が受け止めてくれたおかげで私は助かりましたが。

 

 その後、正気に戻った父は私を鄧家の跡継ぎとして認め育ててくれましたが、決して屋敷の外には出してくれませんでした。

 私のこの外見ですからね。人目について鄧家の世評が悪化するのを恐れたのでしょう。

 とはいえ、箱入りを強制された以外は何不自由なく育ててもらい、教育も施していただけました。その事は父に心より感謝しております。

 

 ただ……父は私を継子と認めはしても子として接してはくれませんでした。父にとって私は、妻を殺して誕生した憎むべき忌み子だったのかもしれません。

 

 だからでしょうか……私が父の死に対して悲しみをあまり抱けない、抱かないのは。

 きっと肉親だという実感が薄いんだと思います。こうして話している今でも、父の死には顔見知りの他人が亡くなった程度の感慨しか湧いてきませんから。

 そんな私はこの白い見た目の通り、冷たく情のない人間なのでしょう。

 

 私と父の関係はさておくとして。

 半年ほど前にこの地、荊州の州牧が代わりました。

 新たな荊州牧の名は劉表。皇族であり、朝廷の実力者です。

 彼は朝廷で清流派と称していた文官派閥に属していましたが、宦官派閥との政争に敗れて荊州牧に赴任して来たのです。

 劉表は皇族ゆえに簡単には排除できないので、栄転と称して地方に飛ばされたんですね。

 

 そうして荊州牧の地位に就いた劉表が最初にした事は、権威確立のための土豪の引き締め。いえ、粛清とも言うべき行いでした。

 その結果、類に漏れず鄧家も立場が危うくなりました。なので仕方なく豫州潁川郡にいる親族を頼りに、住み慣れた家を引き払って出立したのです。

 

 一家で引越しとなれば、当然ですが私も家の外に出ざるを得ません。

 やはり人目につくのを厭った父は一計を案じ、私を大きな籠の中に入れて移動……運ぶ事にしたのです。

 

 その後の成り行きは現状からご推察いただけると思います。

 逃避行であったため、警邏の巡回があまり行われない僻地の道を通ったのが仇となりました。そう、この場所で賊に襲撃を受けたのです。

 私が載っていた荷馬車は襲撃後まもなく横転。籠ごと投げ出された私は地面に叩きつけられた衝撃で気絶してしまいました。

 

 その後、体に小さな衝撃を受けて覚醒したのですが、なぜか籠から出た状態で地に横たわってました。

 身を起こそうとする前に人の話し声が聞こえたので居残りの賊かと思い、気絶したままのふりをして奇襲する事を企てました。

 いまだ未熟の身なれど、多少の武の心得はありましたので……少数の賊なら何とかできるかもしれない、と考えたのですが。

 萃香さまのように幼き身で豪傑ぶりを発揮する方もおられるのですね。

 人は見た目では測れない、その事を学ばせていただきました。

 

 私の話は以上です。

 

 

 




後書きは活動報告にて
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