東方外典 萃姫†無双   作:古葉鍵

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■第九話 そこの鬼いさん、南陽には何の用だ?(親父並感

 

 萃香の計らいで首尾よく四頭もの馬を手に入れた一刀たち一行。

 さっそく壊れていない馬車に馬を取り付け、宛へ向かう。

 馬車2台編成での移動で、宛付近まで近づいたら鄧範の遺体と野盗の首をそれぞれに載せる予定である。

 なお一行の誰も御者技能を有していなかったが、萃香が能力で馬を操れるので事なきを得た。

 また、宛への詳しい道順を誰も知らないという問題もあったが、萃香が分身を高所飛行させて探すという力業で解決した。

 やっぱり萃香一人でいいんじゃないのかと再び思った一刀だった。

 

 宛近郊まで来たところで、予定通り遺体と首を馬車に載せる。

 ついでに一刀もこの世界で一般的かつやや上等な服に着替えた。

 服の出所が鄧家の遺産からである事は言うまでもない。

 

 宛の巨大かつ広大な城邑が見えてくると一刀は感嘆の声を上げた。

 現代人かつ三国志好きの一刀にとって、風化してない古代中国の城塞都市は世界遺産級の観光名所に等しい。それゆえに感動も一入であった。

 

 余談だが三国志時代の城邑の外壁は版築という方法で作った土壁が主流で、煉瓦造りの城壁は十四世紀頃までなかったとされている。

 しかしながら一刀たちが到着した宛は完全な煉瓦造りの城壁であり、史実世界(の考証)とは食い違っていた。

 

 その差異に一刀は気付かなかった。

 なぜなら一刀の三国志や春秋戦国時代などの知識は、ほぼ全て漫画やゲームなどから得たものだからだ。

 映画やドラマなども含めた三国志関連の創作物では大抵、城壁は煉瓦造りのもので描写されている。

 つまり覚えた知識の大元が間違っているのだ。

 一刀が違和感を抱かないのは無理もない事と言えた。

 

 宛の城門に着くまでに、一刀たちは興味本位の誰何を何度も受けた。

 何せそれなりに高級な馬車2台に載っているのが青年一人と幼児二人の奇妙な組み合わせである。しかも幼児の方は角が生えてたり白い髪だったりと外見的異形だ。これでは見た者の興味を引いてしまうのは当然であった。

 

 そうした有象無象の干渉を鄧艾の話術と萃香の説得(物理)で上手く捌きながら、宛の城門に着いたのは日が暮れる直前であった。

 もう少し到着が遅ければ城門は閉められ、城外の野宿を余儀なくされていただろう。間に合ったのは僥倖と言えた。

 

 宛の城門を通過する際、門番の守兵が一刀たちを呼び止める。

 馬車の荷検めと身元の確認、来訪の目的を問うためだ。

 一刀たちにとって幸か不幸か、宛の守兵たちはこの時代にしては珍しく勤勉であり、職務に精励していた。

 そのため明らかに異様な集団である一刀たち一行を怪しみ、職権の行使に至るのは必然の成り行きだった。

 

 しかし鄧艾は宛の城門で臨検を受ける事を見越していた。

 いやむしろこの展開を期待してさえいた。

 そして父である鄧範の遺体と十を超える野盗の首を馬車に載せていたのはまさにこの時の為である。

 

 何も後ろ暗い事はないと宣言して、鄧艾が荷馬車の覆いを剥ぐ。

 そうして露わになった物を見た瞬間、守兵たちの顔は盛大に引きつった。

 積んでるのが物資の類だと思っていたら人間の死体と多数の生首だったのだ。当然と言えば当然の反応である。

 結果、臨検所はちょっとした騒ぎになった。

 

 一刀たちは見た目子供の上、武装していなかった。そのため即座に剣を抜かれて縄打たれるような事態には至らなかったが、守兵たちは相応に警戒心を高め、殺気立っていた。

 

 そんな緊迫した状況を打ち破ったのは鄧艾の一言であった。

 

「私の名は南陽鄧家の長女、鄧艾。この遺体は凶賊の襲撃によって倒れた私の父、鄧範です。決して怪しい者ではございません。そして、そちらの首は成敗した賊たちのもの。危急の事情を証明するため、持って参った次第にございます」

 

 馬車から降りた鄧艾は荷台を手振りで指しながら、落ち着いた声で告げた。

 すると徐々に守兵たちから殺気が消えてゆき、代わりに困惑の色が顔に広がってゆく。

 

「南陽鄧家に鄧範……? えっ、もしかして左尉の鄧範様!?」

「そういや鄧範様、しばらく休職するって通達来てたよな……」

「お、おい……この顔見てみろよ。確かに鄧範様だぞ」

「まさか、これ本当に本人……? ってことは県軍長官が賊に殺された? おいおい、こりゃ一大事じゃないか!?」

 

 最初はざわめきだった守兵たちの話し声が、事の深刻さが浸透するにつれ大きな喧騒へと変わってゆく。

 その騒ぎは際限なく拡大してゆくかに思われたが、

 

「黙らんか貴様ら! 揃いも揃って新兵みたいに喚くんじゃない!」

 

 守兵の長とおぼしき壮年の男が大声一喝して強制的に沈静化させた。

 閉口した守兵たちの顔をぐるりと見渡した守兵長はフン、と鼻を鳴らしてから鄧艾へと向き直る。

 

「お騒がせした。鄧艾殿と言ったか。そなた、この宛県の左尉である鄧範様のご息女という事だが、それは真か?」

「はい。私は確かに南陽鄧家当主、鄧範玄途の実の娘です」

「そうか……いや、しかしな。鄧範様にその……そなたのような娘がいたなど、某は寡聞にして知らなんだ。若くして妻を亡くされた、という話ならどこかで耳にした覚えはあるが……」

 

 歯切れの悪い口調でそう話す守兵長は半信半疑といった表情だ。

 

 無理もない、と鄧艾は思った。

 完全な箱入り状態で育てられた自分はごく一部の例外を除き、外部に全く知られていない。世間にとって自分はまさにぽっと出の存在なのだ。

 もっとも、父は立場ある身分だったゆえに子がいる位のことは公言していたかもしれないが……

 あるいは外で妾を囲って生ませた子を他人に紹介していた可能性もある。というか冷静に考えればその公算が高い。

 なぜなら外にお披露目できない長子など、名家の跡継ぎには相応しくないからだ。代わりを用意しておくのは当主としてむしろ当然の行いとも言える。

 そもそも父が十年も再婚してなかった事が不自然と言えば不自然なのだ。

 子の有無はさておき、外に妾がいたのはほぼ間違いない。

 まあ腹違いとはいえ優秀な弟(鄧艾の叔父)がいるので、いざとなったらそちらを……と楽観していた可能性もあるが。

 

「突然現れた私をお疑いになるのは当然の事と思います。なので、よろしければ県軍副長官の李厳さまに会わせていただけませんか。あの方でしたら面識がございますし、私の事情もご存知です」

 

 李厳というのは、鄧艾の存在を知るごく一部の例外の一人である。

 物心ついた頃に鄧範から父の親友だと紹介されて以来、年に一度か二度ほど鄧家に来訪しては顔を合わせていた。

 李厳はいかにも武人といった豪快な性格で、芯は強いが繊細な気質の鄧艾は肌に合わないと感じていた。

 しかしその正直な人柄は嫌いではなく、信頼の置ける人物だと認識していた。

 

「李厳様か。なるほど、あの方は鄧範様と懇意であったな。これほどの大事が出来した以上、どのみち上司には至急報告を上げねばならん。そのついでに面会の件を話してこよう。鄧艾殿にはしばしお待ちいただく事になるが、よろしいかな?」

 

 李厳の名を出すと、守兵長は納得顔で頷いた。

 偽りようのない身元保証人を伝えた事で、鄧艾が本物(・・)であると確信したからである。

 

「はい、大丈夫です。どうぞよしなに願います」

 

 鄧艾が気品ある仕草で拱手一礼し、この場での話は纏まった。

 

 

 

 臨検所での一件の後、一刀たちは城門の近くにある兵舎の一室に案内されていた。

 通された部屋は応接室で、大きなテーブルと椅子のほか、棚に壺や筆記用の道具なども置いてあった。

 

 椅子に腰掛け、古代基準では作りの良い家具や部屋の内装などを眺めながら待つこと約一刻。

 ようやく目的の人物が到着した。

 

 木製の扉がノックされ、開かれる。

 来訪者を迎えるため、椅子から立ち上がる一刀と鄧艾。

 萃香は我関せずを決め込んでおり、座ったままである。さすがに酒は飲んでないが、礼儀を払う気はないらしい。

 

 いちおう一刀は面会相手に失礼がないようにと事前に言い含めはしたのだが、萃香はすげなく断っている。

 自分は人間の身分や礼儀など知った事ではないし、ましてや人に頭を下げるなど鬼の沽券に関わる。というのが萃香の言い分だった。

 その主張は理解できなくもなかったので一刀は早々に説得を諦めている。

 鄧艾もこの件については何も言わなかった。

 

 どうか相手が寛容な人物でありますように、と内心で祈る一刀。

 

「すまねぇ、待たせちまったな」

 

 守兵長と共に入室してきた男は大股歩きで一刀たちに近づき、開口一番そう言った。

 そして相手に間違いがないか確認するように三人を順繰りに見回す。

 男は比較的高身長の一刀より背が高く、体格も良いので、無言で見下ろされるとかなりの威圧感がある。

 一刀が見たところ、男はまだ若い。二十台後半くらいだろう。現代社会なら若造と言われ、まだ未熟さが残っている年頃だ。

 なのに目の前の男はすでに強烈な威厳のようなものを発しており、若者特有の甘さのようなものが全く感じられない。言い換えれば老成している。

 一目見てこれは只者ではない、と一刀は強く男を意識した。

 

 男の視線は萃香のところで一瞬止まり、李厳の眼差しが鋭くなった。

 やはり座ったままは失礼だったか。

 一刀は不安に思ったが、男は特に何かを言うこともなく萃香から視線を切った。

 どうやら見逃してくれたようだ、と一刀は内心で安堵する。

 

「宛県右尉、李厳だ。県軍副長官を拝命している。よろしくな」

 

 気安い態度で簡潔に自己紹介した男こと李厳は、自分で椅子を引いてどっかと座り込む。

 そのがさつな振る舞いといい、野性味のある精悍な顔付きといい、いかにも武人だな、というのが一刀の李厳に対する第一印象だった。

 

 一刀と鄧艾もまた李厳に倣って腰を下ろす。

 なお李厳と共に入室した守兵長は護衛の立場なのか、座らず李厳の斜め後ろに立って控えたままである。

 

「ご多忙中、お時間を割いていただきありがとうございます、李厳のおじさま。こちらのお二人は北郷さまと伊吹さま。私を野盗の凶刃から救って下さった恩人の方々です」

「北郷一刀です。極東にある外国の出身で、漢人ではありません。よろしくお願いします」

「伊吹萃香。まぁよろしくー」

 

 まずは初対面の二人を手振りで示しながら紹介する鄧艾。

 水を向けられた一刀は会釈しつつ自己紹介を行った。

 萃香の方はただ名乗っただけで、言葉も礼儀も足りてない。

 だが一刀に言わせれば「名乗ってくれただけでも上出来」なのである。

 

 ぞんざいを通り越してもはや無礼とも言える萃香の挨拶だが、李厳は特に気分を害した様子もなく軽く頷いて応じた。

 

「鄧艾の嬢ちゃんは久しぶりだな。まあ、こんな形で会うことになるとは思わなかったが……地胆にも会ってきた。会ってきた……が! なぜあいつがッ! 地胆がクソヤロォ共なんぞに殺されねばならなかったッ!!」

 

 感情を抑えられないのか、喋りながら徐々に顔を険しくしていった李厳がテーブルに拳を振り下ろす。

 ズダン!! と強烈な衝撃音が炸裂し、テーブルと部屋を震わせる。

 

「やはり俺が護衛でついて行くべきだった! そうすれば賊なんぞ俺が皆殺しにしてやった! 地胆も死ぬ事はなかった!! 俺の落ち度だ。すまねぇ地胆、すまねえ……」

 

 激情を堪えるように歯を食い縛り、顔を両手で覆って俯き震える李厳の眼から涙が溢れ、零れ落ちた。

 李厳は一刀たちに会う前、遺体となった鄧範の顔を見た時から感傷を内に溜め込んでいたのだ。

 そして友の忘れ形見の顔を見、その生存に安堵した事で気が緩み、激情が爆発したのだった。

 後悔、怒り、悲しみ、喪失感、罪悪感……李厳の涙には裡からあふれ出した様々な感情が籠っていた。

 

 理不尽な形で友を喪った李厳の悲しみ、怒りは一刀たちにも強く伝わった。

 一刀は静かに涙を流す李厳の姿をみっともないとは欠片も思わなかった。

 むしろ友の為にここまで感情を高ぶらせ、泣く事のできる李厳という男に好意と尊敬の念を抱き始めていた。

 

 一分ほど過ぎてようやく落ち着いた李厳は、懐から出した布で涙と鼻水を拭った。

 そしてハハッと少し恥じ入るように苦笑する。

 

「すまん、みっともないとこ見せちまったな」

「いえ、そんなことは……むしろ父の死をそこまで悼んでくださった李厳おじさまには深く感謝を。父も泉下で喜んでおりましょう」

「だといいけどな……」

 

 李厳にとって鄧艾の言葉は気休めにしかならなかった。しかしその気遣いには内心感謝し、李厳は微笑を浮かべた。

 

 

 

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