Hero of Magical girl 作:迷子屋エンキド
プレートに〝所長室〟と書かれた部屋の玄関に、一人の少年が居た。
少年は、コートような長衣を羽織っており、胸には〝H〟の紋章がある。
長衣の乱れをチェックし、少年はドアをノックした。
『入りなさい』
「失礼します!」
返事に応え、少年はドアを開け入室する。
部屋は十畳ほどの広さだ。正面はガラス張りであり、外の曇り空が窺える。そして、もう一つ暗い雰囲気を放つものがあった。
椅子に座る黒い長髪の女性だ。デスクに積まれた長大な書類に挟まれた彼女は、陰惨なクマと目ヤニのついた眼で少年を一瞥した。
一瞬少年を捉えた視線は、すぐさま手元の書類に向けられ、
「それで? 用は何なのかしら、今私軽く世界滅ぼしたくなってるから、簡潔で手短にね」
「はい!」
少年の返事を鬱陶しそうに聞き、黒い長髪の女性は書類を処理していく。
その様子に若干の緊張を得たのか、少年は息を飲みつつ、出来るだけ柔らかく提案した。
「あの、魔法少女になるにはどうしたらいいですか?」
黒髪の女性が顔を上げた。数秒ほど少年を見つめ、書類に目を落として、再び顔を上げ、
「は?」
「魔法少女になるにはどうしたらいいでしょうか!」
問われ、黒髪の女性はもう一度少年をよく見た。
職員の情報は、一応全て記憶している。該当する情報を整理した。
少年の名は〝花岡・馨〟。十五歳。勤務歴はここ三年では優秀。素行や性格も好感が持て、人間関係や市民の人気もある。少し幼さを残した中性的な顔をしており、アイドル人気に一役買っている、と。
――――だが男だ。
少年の発言を鑑みて、黒髪の女性はそう結論し、
「チンコ切ればいいんじゃない?」
「素で何怖いこと言ってるんですか!?」
「いや、だって君少年だし、少女になりたかったらチンコ切るしかないじゃん」
「そういう話ではなくてですね! そ、それに、女性が下品な言葉を使うのはいけないと思います!!」
「御柱ァ! とかの方が良かった? でもさあ、君の年齢だと割り箸くらいじゃない?」
うわあ……、と馨からの視線を無視して、黒髪の女性は、
「で? 何がどうしてそんなトチ狂ったことを考えたの?」
「そ、それはですね……」
口ごもり、もじもじとし出した馨を見つめ、黒髪の女性は思う。
……赤らめる頬も、少し潤んだ瞳も、ちょーっと色付ければ女の子に見えるかもねえ……。
「……」
「? どうしたんですか、急に黙り込んで」
「やっぱりチンコ切ろうかしら……」
「!?」
●
馨は、先日、知り合いから問われたことを思い出していた。
元々は、若い世代のヒーローが集まるイベントでの御仕事をしていたのだが、そんなとき、子供からこんな質問をされた。
「ヒーローと魔法少女はどっちが強いの?」
現在、世界には多くのヒーローを志す人々がおり、各地で組織を立ち上げて活動している。玉石混交な社会現象であるヒーローは、次第にジャンルにも富んできていた。
オーソドックスなコスチュームを着こんだ
自分は前者だが、どうも露出が多かったためか、よく他のヒーローとの共闘も増えていた。そんな中、歌って戦える、どちらかと言えばビジュアル重視の彼女達、魔法少女とのイベントが舞い込んで来たのだ。
正直、答え難い質問だった。
ヒーローである以上、他者を貶めるような発言は控えるべきだし、何より自分と彼女達ではヒーローとして求めるものが違い過ぎる。
互いに守るべきものがあり、それを比較することは主観の押し付けにしかならないだろう。
しかし、相手は子供だ。そのことを上手く諭せすことが出来るか解らなかった。大切なことを、曲解させずに伝えるにはどうしたらいいだろうか……?
そうして、答えに詰まった自分を見かねたのか、隣に居た魔法少女の一人が、
「そんなの簡単よ。女の子の夢を守る魔法少女は、誰よりも強いもの」
そう答えた彼女が、こちらに笑みを返した。答えに言いよどんだこちらを責めているのか、少女は少々嘲笑気味だった。
ヒーローとして、己の信念をすぐさま答えられる。多少のことに動揺せず、子供にでもハッキリと答えた彼女の笑みを苦笑して受け取った。
すると、彼女は急に眉をしかめた。その様子を疑問に思い、原因を考えて、
「そうね、勝負しましょう」
彼女の発言に遮られた。
え? と困惑する中、彼女はこちらに構うことなく続けた。
「ヒーローの派生系である魔法少女は、存在自体の歴史は結構古いけど、年齢制限と世代交代が早いゆえに、ベテランと呼べる実力者が存在しにくいのよね」
「え? え?」
「だから、ヒーローの中の立場はいつも若手扱いで舐められやすい。そこらへん、定期的に実力見せとかないとね?」
営業スマイルを向けられ、ようやく事態を理解し、慌てて反論する。
「いやいやいや、ま、待ってください! いつからそんな話に成ってるんですか!?」
「今よ」
「展開早過ぎません?」
「まあ、そんなことはいいから、どっちが強いのかやりましょうよ、ほら、ね?」
そうして機殻に包まれた箒を構える少女。
――ま、まずい……! このままではよく解らない暴力に屈してしまう! ヒーロー的にそれはアウトです……!
小首を傾げた少女の笑みを見て、流石魔法少女と思いつつ、打開の糸口を探った。
突然売られた喧嘩、理由も解らない暴力、どれもヒーローとしてはまともに相手をしてはいけないものだ。
それに、ヒーローはそれぞれ自分の志を持っている。それは、正義や悪の基準を、誰かに委ねないためだ。
個人的価値観に過ぎない善悪二元論は、同時に、それ自体が空論だと言われている。
己にとっての悪が、誰かにとっての正義であるように、志を持って戦っても、それは正義ではない。
だからこそ、ヒーローは、自分にとってそれは良いことか、悪いことか、その基準を揺らしてはならないのだ。
自分にだって、志すヒーロー像がある。伊達でコスチュームを着ている訳じゃない。最近ヒーロー以外の露出が増えてきて、モデルの依頼なども舞い込んでくるが自分はヒーローだ。中身の人などいない。
ならば、彼女の言い分が、自分にとってどういうものなのか、ハッキリと答える。今、そうして彼女が自分の前に立っているように。
「そんな猫なで声で騙せませんよ! ――演技力不足です!」
「……は?」
「大体、魔法少女のジャンルだって最近曖昧じゃないですか! 魔砲少女だったり、マミったり、円環の理に導かれたり、武神とガチンコしたり、自分達のキャラ見失ってませんか!?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
「貴女も! 箒とは名ばかりのメカメカしい代物を携えて、一体何魔法少女なんですか!?」
「こ、これは別に、協会からの支給品を改装しただけだし……」
「そんなものは魔法少女ではない! 流行に持て囃された邪道です……!」
「なんですって!? ただのオールドタイプのヒーローに何が解るっていうのよ!」
その言葉に、今度は自分が笑みを見せた。端の口角を上げ、そのまま背を向けた。
背後から言い募る声が響く。
「なら、一週間後にもう一度ここに来て下さい。本物の魔法少女を御覧に入れますよ」
彼女が息を飲むのを聞き、その場を立ち去りながら気づく。
――大変なことになってしまった。
●
「と、いうことなんですけど……」
「馬鹿じゃないの?」
「い、いや、自分でもそう思ってましてけど、そこを何とか」
「何とかってさー、チンコ切る以外何かあるの?」
「いい加減その話題から離れましょうよ!」
再びツッコミを入れる馨に、所長は書類の処理を続けながら言う。
「ていうかさー、おもっくそ他の組織と揉めてんじゃん? うちがどんだけ微妙な立場か解ってる?」
「うっ、確か、所長の知り合いと立ち上げたばかりの中堅組織ですよね」
「そーよ、昔の仲間に声掛けて立ち上げたはいいんだけど、やっぱ実力はあっても経営の長い大手には敵わないしね。回される仕事も限られてくるから、今は災害派遣とか多少危険な依頼もやってるのも売名行為なわけよ」
「……理解してます」
ヒーローは、志す目的のために戦う。だが、一人の力で出来ることなどたかが知れている。その為、大体のヒーローは組織に属するのだ。
しかし、組織を運営する以上、世知辛い話だが、御金が必要となる。当然、資本として自分達を売り込むために営業を行う。自分がイベントなどの露出を増やしたのもそのためだ。
「だかんね? あんたが喧嘩売った魔法少女組織の大御所、〝
唇を噛み絞める。自分は確かに、ヒーローとしての志を揺らさないかった。だが同時に、大恩ある彼女の立場を危うくしてしまった。
ヒーローとして、どちらが正しかったのか、自分の浅慮や後悔があり、そのことを考えていると、
「――んで? 具体的にはどうすんの」
そう、聞き返された。俯きかけた顔を上げ、所長である彼女の顔を見る。
寝不足で顔色の悪い彼女の目は、こちらを真っ直ぐに見据えている。……書類の処理は継続しているが。
どうするのか、と自分の判断を聞いている。それは、こちらにまだ信用を寄越してくれる問いだ。
どうするのかを、決めさせてくれている。ヒーローとしてのこちらを、まだ尊重してくれているのだ。
頭を下げ、深呼吸すると同時に、覚悟を決めた。
言った。
「はい、初めの問いに戻ります。
――魔法少女には、どうすればなれますか?」