セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
故郷
故郷
「ずいぶん変わったな……ここも」
私は思わず呟いていた。
現役を退いてもう何年になるだろう。
幼いころから共に励んできた仲間と結婚し子供ももうけた。門家として今は亡きお館様が目を掛けた後進のドール達を教えてからも長い事経つ。もう教えられることは全て教え尽くした。
現当主であるお館様のご子息に引退する旨を伝えたのは枯葉も舞い散る昨年の暮れのことだった。
当然、強く反対され過分な遺留の言葉も頂いた。
しかし……私を取り巻く周囲の人も環境もずいぶん変わってしまった。
お館様も、先代のしのぶさんも今は亡く、見渡せば戦友の顔も随分減っている。胸を去来する寂しさに、もうここらが潮時、と私は決めていた。ライフパークもキョバダも門家として十分な風格を備えた。もう私がいなくとも大丈夫であろう。
妻とも相談し、私達は、生まれ育った地に帰ることにした。何十年ぶりであろうか。
道中、妻からせがまれ私は生まれ育った故郷の話をしていた。
かつて暮らした村、よく虫取りに行ったあの林。そして、懐かしい友と遊んだあの小川。どれも私には掛け替えのない思い出だ。
そんな風景を思い浮かべ、馬車に揺られながら懐かしい地へ向かった。
しかし……スタードールになることを夢見て、幼いころ遊んでいた懐かしい風景も年月の経過と共に様変わりしていた。
度重なる自然災害の傷跡で昔の面影は全く消えてしまっていた。
……そう、私の故郷は過酷な自然と戦い、発展してきた。それ故に私はスタードールになり、家族に楽をさせようと、故郷の発展に貢献しようと励んできた。それなのに……。
残っていた住民の話を基にすると、5年前の旱魃と蝗による飢饉と疫病が故郷に止めを刺したらしい。
そこに住んでいたものは皆、ここを捨てて他の新天地に移っていったということだった。ここにいるのは故郷を捨てきれなかった者ばかりであった。
私の故郷はなくなってしまったのだろうか。
やはり、帰ってくるべきではなかったのかもしれない…。
昔登っていた丘に二人で腰を掛け眼下の風景を見つめて、そんなことを考えていた。
妻にも随分苦労をかけてしまうだろう。もしあのまま館に残っていれば苦労はしなくても済んだはずだ。
どのくらい坐っていただろうか。
妻が私に話しかけてきた。
「……いい景色。あそこの川はなんて言う川かしら?」
……私はその名を思い出せなかった。子供のころよく遊んでいた川なのに……。
「……行ってみようか……」
妻を誘い、川原に下りる。
……故郷の町並みは既にないのに、この川だけは昔と変わらない。
少し大きめな石に腰をかけ、ぼんやりと流れを見るとはなしに眺めていた。
「……なた、あなた」
妻の呼ぶ声に我に返る。妻は少し上流の水辺で何かを拵えては流している様であった。
何をしているのだろう……。
ふと、眼前の石に何かが引っ掛かっているのに気がついた。
――草舟。
私の脳裏に幼い日の記憶が鮮やかに甦る。
そうだった。私も昔、ここで、いくつもの草舟を流した。いくつもいくつも。
舟は、頼りなく川面に揺れていた。
私ははゆっくりと歩み寄ると、その妻が流した舟を手に取った。
改めて流れに手を伸ばし、そっと置いてやると、それは静かに進み始めた。どこまでも、どこまでも――。
*****
じっとその男の表情を見守る女。男の顔には穏やかな笑顔が戻っていた。
「……あなた」
女が呼びかける。
「……もし、あなたさえよかったら、私の故郷へ行かない?」
「え……?」
男が女の顔を見つめる。
「ここみたいに川はないけど、湖の辺に小さな家があるの。……知らなかった?」
男の態度に言葉を続ける。
「随分昔、お館様に一度遊びに来ていただいたけど、随分気に入って貰ったみたい。あなたもお館様と似たようなところがあるから、気に入ってもらえると思うの。私が現役時代に買った小さな家だけど、私達二人くらいなら不自由なく暮らせると思うわ」
その妻の言葉に男は瞑目し空を見上げた。
そして深く息を吐き、思い出に別れを告げる。
「……行こうか」
二人は寄り添うように川原を後にした。
暖かい春の日差しの中、彼等を見守るかのように小鳥が頭上を舞っていた。
<FIN>
構想&執筆1時間ですので、至らぬ点があると思いま す。感想・質問・誤字情報頂けたら嬉しいです。
ver.2.00 2001・7 公開
ver.2.00 2020.10.31 再公開