セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
前夜
1:前夜
控えめに戸を叩く音がする
「……夜分遅く失礼します。お館様?」
「……しのぶか。……施錠はしていない、入りたまえ」
「では、失礼します」
扉をあけ、妙齢の女性が入室する。
「……いよいよ明日ですね」
「ああ。明日だ」
「長かったですね。……先代様が不慮の事故死を遂げられ、お館様が跡を継がれて10年ですか……」
「……育成者としての経験はおろか人生経験もなかった私によくこれまでついてきてくれたな」
「……お館様、その言葉は……」
「っと、禁句だったな。……父が築き上げた施設も全て売却し、門家も去らせ、入家して来てくれたドールも2人だけを残して全て去らせ……皆にはつらい思いをさせてしまったな」
「何を言われるのですか。私達は先代様には大変なご厚情を頂きました。その先代様が亡くなられ、忘れ形見のお館様についていくのは当然のことです。そのことは去っていった門家の皆も、あの子達もよく存じています」
「済まんな。……ところで何か私に用だったのでは?」
「はい。……こんなときにお耳に入れるのもどうかと思いましたが……」
躊躇いがちなその口調に……。
「……言葉を途中で切らんでくれ。それじゃあ聞いてくれと言っているのと同じだ」
苦笑交じりに主が続きを促す。
「はい。ティアイエルさんですが、かなり精神的に不安定になっているようです」
「……ティアが?」
「はい。……ティアイエルさんはプレッシャーに弱いですから。本人はもちろんのこと、お館様にとっても明日が初陣ですので。……今日も練習するとアッシュモールさんと一緒にまだ練習しております。……相当プレッシャーがかかっているようですわ。アッシュモールさんがいくら言っても無駄のようです。あれでは明日の試合にも差障りが生じますが」
「……わかった。私が行こう。今は自室か?」
「いえ、鍛えの間に」
「……わかった」
鍛えの間――他の屋敷と違い施設を全て売却したこの館では鍛錬の場として当主が居住区域の一区画を専用の場として改修していた。
その中から剣戟の音が漏れ聞こえていた。
エルフの少年と天使の少女が練習用に刃を削った剣を使い最後の鍛錬を行っていた。
「……そろそろ終わりにしないか? ティアイエル」
「……だめ。まだこれくらいじゃ優勝できない」
「……そんなに優勝にこだわらなくたって……」
ティアイエルと呼ばれた天使の少女の切りこみを剣を交わしながらエルフの少年が応じる。
「アッシュモール、本気で言っているの? 明日は……」
「君のデビュー戦。だから、体調を整えないと……!」
同時に攻めに転じるアッシュモールと呼ばれたエルフの少年。一瞬の隙を突かれ足を縺れさせ倒れるティアイエル。
「……こういう思いがけない隙を突かれる。……大丈夫かい?」
倒れたままの同僚を気遣い手を伸ばす。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
少女を隣に座らせ少年が疑問を口にする。
「……ティアイエル、何でそんなに優勝にこだわるの? 準優勝だって良いじゃないか」
「……今日、健康診断があったでしょ。そこで、私、あまり大きくならないだろうって言われちゃったの。大きくなれないって事は強くなれないってことでしょ。だから今のうちに優勝しておかないと。……良い成績を残せないドールは消えていく運命にあるから……」
「準優勝だって立派な成績だと思うよ。そりゃ、優勝に比べると落ちるけど」
「……優勝しないと上のクラスに行けないから。私、みんなと比べて大きくなれないなら一緒に上に行くと負けちゃうから、みんなより早く上に行きたいの。大好きなお館様に立派なドールだって認めてもらいたいの。だから……。あ、勝手なこと言ってごめんね。後は自分でやるから、あなたはもう休んで」
「……ティアイエルはどうするの」
「……私はもう少し練習してから休むから。……少しでも強くなっておきたいから。大好きなお館様やしのぶ様、アッシュモール達と少しでも長く居たいから……」
「……わかった。もう少しだけなら」
付き合うよ――といいかけた言葉にかかるように――
「二人とも、いい加減にせんか」
館の主の声が室内に響く。
「「お館様!」」
「……二人とも何時だと思っている。……特にティア。君は明日、大事な試合だろう? 体調管理も訓練のひとつだ。忘れるな」
「……はい。済みません」
「……お館様! ティアイエルの――!」
先刻の会話で仲間の気持ちを知った少年が何事か言いかけるより早く――
「……やめて、アッシュモール。夜分遅くまで申し訳ありませんでした。……ではお先に休ませていただきます、お館様」
「……待ちなさい、ティア」
少し考える素振りを見せていた館の主が呼び止める。
「何か……?」
「ちょっと来なさい」
「はい……」
壁際に近寄る主とその後ろについていく少女。その様子を見ながら少年は館の主の気配がいつもと異なることを感じ取っていた。
「……ふむ、これにするか」
一振りの練習用の剣を持ち、手応えを確かめる主。
「あの、お館様……? いったい何を」
振り向きざまに剣を構える当主。
「…何をって、この部屋でやることはひとつだと思うが? ……少し特訓の成果を見せてもらおうかとおもってな」
「……お戯れは止めて――クッ!」
その言葉の応えは剣をもって代えられた。
鋭い一撃に辛うじて剣を合わせる少女。
「止めてください、お館様!」
「……試合のつもりで戦え」
「え?」
再度の剣戟。
『ティアよ、何時如何なる時も油断するでないぞ』
「……先代様?」
主の一言に一瞬先代を重ねる少女。
気がついたときはすでに剣を弾かれ――。
「……声色と口調に油断したな」
「……お館様」
「君の欠点だ、ティアイエル。君は少しやさしすぎるようだ」
少女の表情の一瞬の翳りを見逃すことなく――。
「……そんな顔をするな。別にそれが如何こう言うわけじゃない。優しいことは良いことだ。御両親の育て方がよかったのだな。しかし、優しさも時と場合を考えろ。試合や訓練の場では優しさは捨てろ。……優しさは力にもなるが甘さにも繋がる。甘さは即ち油断を招きそれが敗因になる。明日の試合、そこに気をつけろ。それさえ無ければ君は優勝できる」
そう言い残し去りかける主に――
「……お館様。もう少しお手合わせ願えますか」
そう声が繋がり――再度剣の音が響く。
「もう休めと言ったはずだがな」
剣を受け流し弾く主。
その目を見つめティアイエルが、
「お願いします。もう少しだけ、もう少しだけで構いません、稽古を」
その哀願するかのような目を見つめ主が溜息を吐き――。
「仕方がない、私がやりだした事だしな」
その言葉とともに剣が繰り出される。
『甘い! 踏み込みが浅い!』
主が体をかわし剣を突く。
『考えなしに前に出るな! お前は獣か! 無闇に前に出れば良いわけじゃない!』
剣を受けカウンターを放つ。
『無闇に剣を振り回すな! 体力をなくすだけだ! 相手の動きを読め! 振り回されるな! 追い詰めるための攻撃を組み立てるのだ!』
連続剣戟――。
『相手の隙を突け! 無ければ隙ができるまで戦え』
刃が交わり――。
「……ここまでにしよう」
「……まだ、大丈夫です」
「……もう月が傾きかけている、明日の試合に差し障るから休め」
「でも、お館様……」
無言のまま近づく主。そして――。
「……足を軽く小突いただけで倒れるような奴が『まだ大丈夫』などと抜かすな」
足元に倒れこむ少女を苦笑しながら見つめ、後ろの少年に声をかける。
「アッシュモール。ティアイエルを部屋まで送れ」
少年のもとに近寄りながら声をかける。
「はい」
近づく少年の耳に
「……覚えたか? 剣術使いのあしらい方」
確認を取る微かな主の声――。
頷く少年の耳に再度微かな声にて――。
「先刻の訓練、ティアイエルだけのものじゃない。君にも役立たせるためにやったのだ。格闘家に対しても基本は同じやり方でいけるからな、覚えて置け。お前の試合は来月と再来月だ」
「……二回、ですか?」
少年も主の声に何かを感じ取り、微かな声で応えを返す。
「……悪いが来月の試合は準優勝で済ませるんだ。再来月の試合がアッシュ、君の真のデビュー戦だ。……恐らく相手はソンポリシー君かチヒチョロちゃんだ。解かったな」
「……解かりました。ティアイエルがあの二人と遣り合うには、まだ力不足ですから。……潰します」
「……頼むぞ」
全幅の信頼を託すような口調。
去り行く二人に
「……明日、始まる前に憩いの場には行くなよ」
一言言葉をかけ、二人のうなずきを確認し主もまた部屋を去る。
自室に抱きかかえられ入る少女。少年は何気なくあたりを見回し――。
「ずいぶん久しぶりだな。この部屋に入るのも」
何気ない呟き。その呟きを少女が捉え
「……あまり見ないで」
軽く頬を染め苦言を呈する。
「何をいまさら……」
そう言いつつもなんとなく落ち着かない。
ベッドに少女を寝かせ速やかに部屋を出る。
「……今日はありがとう。遅くまで付き合わせちゃってごめんなさい」
「……いいよ。あ、忘れるところだった。はい」
1包の紙袋。中には乳白色の粉がある。
「……これは?」
「……お館様が寝る前に水で飲めって」
「……お館様が?」
「えっと……蜂皇散だったかな。なんかそんな事言っていた。お館様の先祖が居た極東の疲労回復薬だって」
「……そうなんだ」
「それ飲んで早く寝なよ」
「……うん」
扉が閉まり残された少女から安らかな寝息が聞こえ始めたのはそれからすぐのことだった。
2:試合
どこからともなく鳥の声が聞こえ、陽光が差し込み始める。
目覚めた少女が、窓を開けその身体に日の光を浴びる。
その姿を見つけた鳥達が肩先に留まり――。
「おはよう、小鳥さん」
天使がその腕から実を啄ばませる。
「……いよいよ今日ね」
簡単な身支度を整え、その時刻を待ち。
「……お館様やしのぶさんと話したかったけど……」
育成者が応援に行く際は出場者より早くコロシアムに入るのが慣わしであり、館の主の姿は既になく、執事長であるしのぶも出場者の事務手続きのために早くからコロシアムに向かっている。
やがて時刻になり、コロシアムから送られた出場者専用馬車に乗り、向かう。
――刻一刻とコロシアムがその威容を現して来る。
「……これがコロシアムなの……」
その高さは今まで見た最大の大きさの館の高さを3倍以上は超え、周囲もそれに見合うだけの広さを湛えている。
「……お館様の館はほかの館に比べて小さいから、そう見えるだけなのかな?」
周囲を見回すと他の選手たちも緊張気味である。
「……私だけじゃないんだ」
若干の安心感を抱き控えの場に向かう。
無人の控えの場。不測の事態に備え、控えの間は所属する館の関係者以外は立ち入り禁止とされ、選手間の交流は闘技場傍の憩いの場で行われる。
控えの間に入り、その時を待つ。
刻一刻と迫り来る時に「優勝しなければならない」と緊張感を抱き、「優勝できなければどうしよう」と不安を生じる。その緊張と不安を消すため、禁じられていた憩いの場に向かう。
他の出場者との会話で不安を紛らわすつもりで居たが、出場者と会話をしているうちにかえってその不安は増すばかりであった。
さらに不安を抱えたまま控えの場に戻り――。
開始時刻1時間前になり育成者たちが各々の出場者の控えの間に入室する。
「……お館様」
主の姿が視野に入り、顔を上げる。
「……ティアイエル、憩いの場に行ったな。あの場所は上からよく見えるからすぐに分かる。……何故行った?」
その言葉に
「……済みません。お館様」
謝罪するも
「謝罪はしなくていい。何故行ったかを聞いている」
再度の促す声が聞こえ――。
「……不安だったのです、お館様。もし今回優勝できなかったらお館様に見放されるのではと考えると、ティアイエルは不安だったのです」
「……馬鹿者が」
その声に顔を上げるティアイエル。
「初めての試合で緊張することは仕方ないことだ。ただな、自ら不安を煽るような事はやめなさい。何故私が憩いの場に行くことを禁じたか解からなかったのか?」
「……余計な不安を抱かぬように、ということだったのでしょうか」
「その通り。試合前に余計な会話で不安にならないようにと思ったのだがな。行ってしまったものは仕方ない。それでどうだったかね、出場者同士で会話をして」
「……本当に私は武術に向いているのでしょうか。今更ながら思うのです。お館様もご存知でしょうが、健康診断でもあまり大きくはならないだろうと言われました。もしそうであるなら私が居ることで迷惑がかかるのではありませんか? 他の出場者は皆大きく成長しているのに、私は……」
蹲り不安を抱えた口調で主に問い掛ける。
「それが感想か……?」
「……はい。……御館様、お願いです。この試合で負けても見捨てないでください。……お館様のお気に入りになれるように一生懸命強くなりますから。……本当です」
縋るような視線に対し、
「ティアイエル。夕べ、手合わせをしたな。……実は、な。お前を今日の試合に出すことに私も不安だったのだよ。お前は他のドールに比べて華奢だからな。本当に大丈夫か、とな。それで昨日は鍛えの間に行ったのだよ。もし不安を感じさせるようなことがあれば即刻試合をキャンセルさせるつもりでな」
「……そうですよね。武術に向かないドールを手元に置くわけにはいかないですよね」
暫しの沈黙。
「だが、その考えは誤りであった。ティアイエル、君は間違いなく強くなっている。未だ成長過程のドールを見放すようなことはないから安心しなさい」
「……お館様」
その声と重なるように時刻が来た事を告げる声がする。
その声に促されるように二人が立ち上がり、主が祖先から連綿と伝わる慣習に法った古の口調で告げる。
「謹聴せよ」
表情を改め、耳を傾ける。
「此度の戦の方針を告げる」
通路のざわめきも聞こえず――。
「汝、全力攻撃あるのみ。己の持てる力全て出し尽くすべし。一片の悔いも残すべからず。 よいな!」
主の獅子咆のような裂帛の気合を浴び送り出される少女。
主と共に通路に向かい、若干の緊張を孕んだ声で
「では、行って参ります」
と言葉を交わし――
「待て、ティア」
振り向く天使に口付をし
「……お館様……」
触れたところに少女が手を当て
「……大きな怪我はするなよ、まだまだ先は長いからな。……行ってこい」
「はい!」
過度の緊張が取れベストな状態で試合に臨んでいく。
その背後から近づき声をかけ、脇に並ぶ人影。
「……御舘(みたて)殿」
その声に視線を動かし
「阿修羅殿。卿も出場選手が?」
「いや。今回は居らぬよ」
「では何故に」
「何、貴殿の育てたドールがどう成長したかを見極めにな」
「拙者ごとき若輩者が育てたドールを気になさりますか?」
その声に応えを返さず背後のドールに声をかける。
「パレス。今のドール、どう見る?」
パレスと呼ばれたドールが、
「……今はまだ何も。ただ、油断すると私も寝首をかかれる可能性あるかと」
との応えを返す。
「……ということだ。貴殿の御父上には辛酸を舐めさせられたからのう。その忘れ形見の貴殿が手塩にかけたドール、努々油断は出来まいて」
「父に比べ無学非才の身。それほど阿修羅殿が気にされる必要はありませぬ」
「……先ほどのドール、見事に直前までの余計な緊張感を解いで試合に臨みおった。あのドールは間違いなく優勝するであろうよ。その緊張感を解いだは貴殿のあの行為であったな」
「見ておられましたか。……ドールに特別な感情を抱くは法により戒められている事。無用な誤解を生じさせてしまいましたかな」
それに対する応えはなく、
「……ふむ、どうやら早々と試合は終わったらしい。手塩にかけたドール、決勝まで労ってやる事だ。それでは失礼する」
去りかけ思い出したかのように
「ああ、貴殿の先の行為だが、あれしきの事で特別な情を抱いた証とは採られる事は、よもやあるまいて。……貴殿の御父上も同じ事をよくしておったよ。血は争えぬな」
去り行く二人と入れ替わるように一人の少女が駆けて来る。
「お館様、ティアイエルは勝ちました!」
「よくやった。……怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
満面の笑みを湛え少女が答える。
通路に二人の声と足音が木霊する。
「……パレス、あのドール、中齢の内は油断できまいな」
「……私はむしろ、もう一人のエルフ君のほうが気になりますが……。今回は会えなかったのが残念です」
「来月デビュー戦だそうな。再来月にソンポリシーのデビュー戦がある。もし当たれば中齢無差別戦で実力が見られよう。あの男の育成能力もな」
そう言い残しゲートを抜ける二つの影があった。
日が傾き始めるころ、コロシアムに
「優勝、ティアイエル!」
一際大きな歓声と共に勝者の名前を告げる声が上がった。
2001年6月当時の後書き
<あとがき>
未熟な育成者のお館と申します。ご承知とは思いますが、登場したドール(天使&エルフ)はうちのドールです。
……漸く皇帝杯でパレスを撃沈できたので思わず駄作を書いてしまいました。
未だ未熟な育成者ですので、ベテランの方々から見ると至らぬ点もあるかと思います。
そういった点もご指摘頂ければ幸いです。
この度はこのような愚作にお付き合いいただきましてありがとうございました。