セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
1:紡がれる糸
7月半ば――
幼齢ドールの入家時期を控える中、深夜、屋敷の片隅で3人の人間が声を押さえ会話を交わしていた。
「……辺りが妥当かと」
「……そうか。ではこのゼパルミンク、クレナイツェータ、キョバダの3人で此度の入家は決定だな」
「……それと、これは未確認ですが」
「……貴公の情報ならばほぼ誤りはあるまい。この国の裏を渡り歩く闇の商人たる貴公の情報ならば」
「……我々もそれで生きるわけですからな。では……」
そう言うと商人らしき男は一段と声を潜めた。
「……エミシ殿とサハリエル殿の家門に不満が渦巻いている由。或はその中からもそれとなく引き抜きが掛けられるやも知れませぬ」
「何?」
思わず声を高める館の主に、
「お静かに。……他の方々或は連盟に我等の繋がり知れ渡れば面倒なことに……」
窘める男の声に無言のまま頷く主。
「ならば、貴殿が以前話題にしておったドール達を引き抜けぬか?」
「……やってみましょう」
「しかし、万が一、事が漏れれば大変なことになりませんか? お館様」
ただ一人黙していた女性が口を開き注意を促す。主が口を開くより早く、
「その件は私にお任せ頂きましょうか、しのぶ殿。しくじりは致しませぬよ。しくじった際はこの首を差し上げても結構でございます」
そう言いつつ、嘲笑を込めた視線を向ける。
「……念のためお聞きします、主殿。狙うは何方ですかな?」
「……やれるのか?」
「私にお任せ頂ければ確実に……最も報酬にもよりますな」
「……2000マナでライフパークとマッドナイスを獲れ。……前金で400渡す。残りは成功してからだ」
「憶えておいででしたな……金額はそれで結構でございます。それでは吉報を……」
そう言い残し部屋から音を立てることなく去る商人。
その姿が屋敷から出るのを見下ろしながら、さらに会話を重ねる二つの影。
「……あの男、危険だな。いずれ此方の足を掬われる」
「はい。危険な橋を渡らずともあれに優る者は幾等でも居ります。ここらが潮時かと」
無言の主に、
「……ご決断を」
「うむ。……此度の件終わり次第、彼の者を消す」
「……お館様のお手を煩わせずとも私が……」
「……万が一、仕損じると厄介だからな。私が直接下す。留守の間のことは任せる。……頭の黒い鼠はもちろん、ティアイエルとアッシュモールには悟られるなよ。どうやら薄々気付いている様だ。連盟に駆込まれると事だからな」
「おい、聞いたか?」
「ああ、エミシ殿のところだろ?」
「何? エミシ殿の所もか?」
「違うのか? 貴殿の言いたかったのはエミシ殿の後継者の急死のことかと……ひどいらしいな、次の後継者選び」
「俺が言いたかったのはサハリエル殿の件だ。どうも内部で何かあるらしい」
「選りにも選ってこの時期にか?」
二人の育成者が酒場で声を潜めて言葉を交わしていた。
「ドールらにも影響が出るだろうに」
「……その事なんだがな。誰にも言うなよ?」
一方の男が一段と声を潜ませる。
「……どうした? ……そんなにまずいことなのか?」
「……俺の草の報告だと、どうも何処かの育成者が手を回しているらしい」
「な!」
「シッ! ……確証はないが」
「……だとしたら……連盟が黙ってないぞ。いったい何処の馬鹿だ?」
「……判らん。だが、お互い気をつけないと足元を掬われるぞ」
「ああ、そいつが本物ならこんな所でとぐろを巻いている暇はないな」
その言葉を契機に足早に立ち去る二つの影。
「……貴殿らのドールに興味はないよ」
その二人の会話を読唇術で読み取っていた商人風の男が一人ごちた。
「え? 何か」
その呟きを聴き止めた酒場の主が声を掛ける。
「いや、何でもないよ。……明日も早い。親父、勘定は?」
2:疑惑
「……いったい、どうなっとるんだ!」
声を荒げる初老の男。
周囲の影も皆言葉にこそ出さないが苦虫をダース単位で噛み潰した表情をしている。
「……アポロン殿。落ち着かれよ」
「……フレイヤ殿、よく落ち着いておられますな。この混乱が如何なるものか、お気づきでないのか?」
机を叩く音と共に、
「闇の商人が、何処かの育成者の依頼で暗躍しているという風説。連盟としては見逃す訳にはいきませんぞ!」
何人が、賛成だ。というように頷く。
「かの風説が事実としたら、法に基づき、その育成者は永久追放。家門は断絶! しかし、それが無責任なものだとしたら我等の名誉に掛けてその風説を流した者を追放せねばなりませぬ。時が過ぎれば過ぎるほど事態は悪化しますぞ! 各々は如何お考えか!」
それを契機に事態は紛糾し、収拾がつかなくなりつつあった。
「静まらんか!」
重厚な声がその混乱に終止符を打った。
「……天照帝殿」
「……我ら評議員がその様なことでどうする。市井の者どもの物笑いの種ぞ」
「……その通りじゃ」
「……オーディン殿」
評議会の重鎮たる二人の声がその場を支配した。
「まずはその風説で名があがっとる育成者を付きとめ、事情を聞かねばなるまい。風説の真偽はその後でもよかろう」
「何を呑気な!」
「……その風聞が真であればその者を処罰すれば済むこと。偽りならばその者が出所に心当たりがあろう。それからでも遅くはないと思うが」
「しかし、天照帝殿!」
「軽挙妄動し、悪戯に市井の者やドール達を不安にする事こそ避けねばならん。解かるであろう?」
それに対する反論を防ぐように、
「事は内密かつ速やかに行わねばならぬ。評議員各位に置かれては育成者の特定を急がれよ」
もう一人の重鎮がそれに続く。
「……承知しました」
「では、解散といたそう」
「……阿修羅。待たぬか」
連盟の建物を歩く男の背中から声がかかる。
「……天照帝か」
声の主を長年の親友と見とめた男が歩調を合わせる。
「少し確かめたい事があってな……貴殿の目を掛けていた育成者、名は何と申したかな……」
「御舘の事かな? ……別に目を掛けていた訳ではないぞ」
「おいおい。そんなにソンポリシーを負かされた恨み、深いのか」
「……まさか。……まぁ、あれを狙っていたとはおもわなんだが。アレのせいで予定が狂ってしまった。中級破壊戦とゼウス杯への出場、思わしくないな」
「パレスがいるであろう。あまり新人育成者を苛めるな」
「苛めとは心外だな……で、確かめたい事とは何だ?」
「……その御舘の事だが、かの者が噂の育成者だとしたら卿はどう思う?」
「あ奴が?」
笑いを堪えかねる様に
「あ、あ奴が闇の商人を使ってだと?」
耐え切れず、暫しの笑いが空間に満ちた。
「ひ、久々に笑わせてもらったぞ」
「笑い事ではないぞ」
「こ、これを笑わずにはおれんよ。選りにも選ってあ奴とはな。ほ、本人の前では言うなよ」
不機嫌そうな親友の表情を見つけ、
「卿、奴が、育成者にあるまじきドール愛好家と言う事を知らぬようだな」
「……そうなのか? それは知らぬが……それは真に事実か? 我らの目を欺くための方便ではないのか?」
「確かめてみろ」
そう言い残すと未だ笑いの収まらぬ様子で立ち去っていく阿修羅。
「……ならばそうさせてもらうか」