セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
1:男と女
天蓋付きの寝台の上に、垂れ幕を透かして月の光が差し込んでいた。
「……最近、嫌な視線を感じるな……」
男が呟く。
「……お館様?」
男の傍らで全身を気怠さの中にひたらせていた女が呟く。
「……『お館様』はないだろう、こんなところまで」
女の呟きを耳にした男が軽く窘める。
「こんなときぐらい、名前で呼んで欲しいもんだな、しのぶ」
「……お館様が私の事も『しのぶ』ではなく名前で呼んでくださればそうお呼びします」
そう済ました口調でしのぶと呼ばれた女性が返事を返す。
「……そうだったな、そういう約束だったな。……『さゆり』」
「しのぶ」はこの領邦の代々の主君に仕える女性執事が名乗る名である。主が男のときは女が、主が女の時は男が執事を務める事になっていた。
主に仕える執事はその本名を主以外の者に伏せ、仕える者が男なら『群允(むらまさ)』女なら『しのぶ』を名乗るのが慣習であった。
「……さゆり、……いや、しのぶ」
主が情人を本名ではなく職務上の名で呼ぶ。
「何かありましたか?」
職務上の名を呼ばれた事により、女が私人から公人としての『しのぶ』へと精神を切りかえる。
「……想像に過ぎぬがな、どうも我らを探る育成者がいるようだ」
その言葉を聞き思わず裸身を浮かせる『しのぶ』
「では……あの者の正体が発覚したと……!?」
「露見したら既に連盟が踏み込んでいるだろうが……時期が時期だけに厄介だ。何か手を打つべきだろうな」
主が暫し時を置く。そして唐突に傍らの情人でもある執事長に問い掛ける。
「しのぶ。ドールに手をつける罪と闇の商人を使う罪、どちらが重いかな」
呆気に捕られる、『しのぶ』。
「闇の商人を使うほうが遥かに重いですが……お館様、何をお考えです?」
「……ドールに手をつける奴が闇の商人を使ったとは考えまい。……少しの間、ティアと接する時間を増やすか」
「なるほど。ティアイエルさんと常にいればその噂が発ちますね。……では私はなるべくその噂を広めておきますわ」
多少納得いかない感情もあるが、主の命に従うべく今後の動きを考える『しのぶ』
「……出来れば、君がそれを苦々しく思っているように流してくれると有難い。……探りに着た人間を信じさせるようにな」
「承知しました」
そう言い残すと『しのぶ』が白み始めた東の窓を視野に入れつつ、その裸身に夜着を纏いゆっくりと動き出す。
「では、雅盛様。私はこれで」
顔を上げ、主が情人を改めて見つめる。
「もう行くのか」
「はい」
「まだしばらく居ればよかろう、『さゆり』」
そのまま右腕を伸ばし、情人の左腕をつかむ。主の指先が触れた瞬間、『さゆり』は、何か熱いもので触れたかのようにびっくと身体を震わせた。領邦の君主と言うにはまだまだ若い青年の表情に、何か空洞じみた皮肉気な笑みが浮かんでいるのが見える。
「いえ、その……」
困ったように俯いた情人に、主がその肢体を引き寄せる。
「朝、執事長が主の寝室から現れては、立場がないか」
「……お館様。蟻の穴から堤も崩れると申します。あまりこの関係が噂されるのは……」
そう言いつつも、主に抱き寄せられる。
主がそのまま両腕でしっかりと緩やかで優美な曲線を描く肢体を抱き締め、その柔らかな感触を楽しみつつ彼女の耳もとに囁いた。
「私がティアに本気にならないか心配か? 私が本気なのはお前だけだ、『さゆり』。お前ならば、いくらでも私は本気で相対することが出来るのだからな」
「よし、今日の訓練はここまで!」
そう主が訓練の終了を告げる。
二人のドールが崩れ落ちるようにへたり込む。
「アッシュ、未だ気の練り方が甘いな。練習中に余計な事を考えるな」
そうエルフの少年――アッシュモール――に注意を促すと、その隣で同様に息を切らせていた天使の少女――ティアイエル――に声を掛ける。
「ティア、君の剣の流派は何か?」
突然の主の問に面食らいつつも答える
「はい、無念流と破強剣流です」
「そう、無念流だったな。……ティア、君は無念流について理解が欠けているようだな。流派を変えるか?」
突然の宣告にその場にいた者全てが息を呑む。
「お館様!? 何処が、何処が欠けていると?」
「……無念流は無駄のない動きでいかに急所を突くかをその基盤としている。当然狙う個所は、急所だ」
その言葉を俯いたままで聞く少女。
「急所は何処だか分かるな?」
「はい。首や胴体です」
「目や喉、或は頸動脈。手を狙うなら、小手。もし相手が籠手をつけている場合は指を切り落とす。足であれば、膝や足首。ここが急所だ。しかるに、ティア、君は何処を狙っている?」
その言葉で自らの斬撃を振り返る。
「……頭頂部や胴です」
「判るな、頭頂部を狙えば、構えに隙が出来る。胴を狙えば相手に太刀筋を読まれ逆撃される。五宝聖剣を修めるつもりなら構わないが今のままでは無念流は極められんぞ」
声無く沈黙する少女。
「……今週はここまで。明日は休日にする。近くの店で開店記念のパーティがあるから皆で出かけるか」
連盟の建物にほど近い一画は有力育成者の城館が構えられている。その中の一つの建物から、深夜を過ぎても、明かりがこぼれている。
「……どうだ? 御館の動きに何か不信な事は無いか?」
「はっ! 帝都では今の所、不審な人物の出入りも見られません。ただ潜入は困難を極めています」
片眉を上げ、不快さを表す男。
「何故か」
「はっ! 館の造りも複雑である上、全ての使用人が帯剣しております。その中に数名恐ろしく勘の良い者がおり、その者達が要所に配されております。今しばらくの猶予を賜りますようお願い致します」
「そうか。せめて館の構造が判ればな……。帝国の法も寛容過ぎるのは事あるときは不便よの。せめて帝都における館の見取り図の提出は義務とすればよいものを」
「それが、国祖バルタハーザ大帝陛下の定めし法によるものであれば、致し方ないものかと……」
「解かっておる、爺。引き続き監視の目を緩めるな。下がってよいぞ」
主に一礼すると音も無く室外へ去る高齢の老人。
「……狸め。そう簡単には尻尾は出さぬか……」
そう一言呟くと当主は片手に琥珀色の液体を並々と有した杯を傾けた。
2:嵐の前
日が南中を過ぎ、午後の穏やかな風が広場を過ぎる。
店の前にある広場が、パーティ会場に指定されていた。その広場に向かい緩やかな石畳の登り道が続く。
その両脇の家の窓は原色の花で色とりどりに飾られ、様々な店が軒を連ねている。
新店の開店という事もあり、通りはいつにない賑わいを表していた。
「あ、この服可愛い」
「へぇ、この杖いいな。今度の冒険に持っていこうかな」
そんな中、二人のドールも思い思いに着飾った服装で幾つもの店先を覗きこんでいる。
「やれやれ、この調子だと会場につく頃にはパーティーは終わっていそうだな、しのぶ」
「そうですね。それにしても、随分楽しそうですわね、あの二人」
「このごろ訓練が続いたからな。たまには気分転換もいいものだな」
「それは二人以外にも言えそうですわね」
そう言いつつ視線を主に送るしのぶ。
「……私のことを言っているのか?」
「……それ以外に聞えるようでしたら私の言い方が悪いのですわ」
「……」
苦笑する表情を垣間見せる。が、直ぐにその表情が一瞬険しくなる。
「……どうやら、監視しているらしいな。振り返るな!」
小さく、だが鋭い制止の声。
「前の皿に映っている」
その声を受け、さりげなく出店から吊り下げられている銀の皿を覗き込むしのぶ。傍目には商品を見繕っているとしか見えない。
「……どうやらボッタクル卿配下の者の様ですわね。となれば……」
「監視の黒幕は天照帝殿か。選りによって……。厄介だな」
うんざりした様子が顔に現れる。
「弱小家門にこれだけの監視をかけるとはね」
苦笑いするが、表情を改め、
「入家の前にあの男を切り捨てる必要があるやも知れぬな……」
その微かな呟きを耳にし、思わず主を見つめるしのぶ。周囲に聞えないような微かな声で主が呟く。
「……しのぶ、至急、ベロナとアルテイシア、それとアスナを呼び寄せてくれ。行動は状況によるが、手持ちの駒は多い方が良い」
「承知しました。……ライラさんは、どうします?」
「ライラには別に用件を託してある。その件が終わり次第こちらに向かう手はずだ。……君には黙っていたがな」
「……未だに信用していただけないのですか?」
――『黙っていたがな』――その一言を聞き、そう寂しそうに呟き、顔を伏せるしのぶ。
「そんな事はない。ただ、今回は完全な私用だからな」
その言葉を聞き、
「私用でも、一言仰って頂きたかったです。私は、おや……雅盛様の何でしょうか?」
「……しの……さゆり、君は私にとってかけがえのない存在だ。君とだけは私は本気で相対できる。心を開ける」
「なら……何故」
「さゆり。だからこそ、君には言えなかったのだ。かけがえのない存在だからこそな」
そう傍らの情人に声を残し、周囲を見まわす。
「……向こうで、ティアとアッシュが呼んでいるな。そろそろパーティが始まるようだ、急ごう、『しのぶ』」
手を振っているドールに手を振り返し、傍らの執事長を急かす。
「……今夜、じっくりと理由を聞かせていただきますわ、『お館様』」
そう呟くと、主の傍らに沿って歩みを進めるしのぶ。
その夜、パーティ会場で、一つの事件が起こった。