セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
今、身の回りの物を荷造りしながら、この手紙を書いています。
明日で最後ですね……。
最後の我儘です。一夜だけ、今晩だけ、この手紙の中であなたと呼ばせてください。
さよならって言えるのは明日でも言えると思います。
でも、あなたって呼べるのは今日だけだと思いますから。
明日になって、またあなたの暖かい手に触れたら、きっと何も言えなくなってしまうような気がします。
長い間お世話になりました。
見ず知らずの中齢の私を引き取って頂いた事、故郷に錦を飾れるようなドールに育てて頂いた事、本当に有難うございました。
今振り返ると、私があなたのドールとして家門を訪れてから、もう随分経ちました。
いろいろな事がありました。覚えていますか?
初めての思い出、それは私の誕生日のお祝いでした。
トリクラビットお父様が祝ってくださった私の誕生日。
誕生日のケーキに15本目から一緒に火をつけて下さった事が昨日の事のようです。
その夏ですよね。近くのお店のパーティ会場で強盗事件に巻き込まれたのは。
あの時、しのぶ様と一緒に人質になった、私を先に開放するようにって仰られた時、正直驚きました。
しのぶ様より私のようなドールの安全を考えるなんて、何を考えているのかと。
その後、入家試験の際、闇の商人を使っているなんて濡れ衣を掛けられて館が包囲された事件。
私たちの目の前で告発者を一刀の下に切り捨てた時、少し疑ってしまいました。
もしかしたら口封じをしたのでは。って。
だからあの雨の夜、あなたが屋敷を抜け出した時にこっそりとついて行ったんです。
暗い夜道で崖から足を滑らして川に落ちかけた私を背負って近くの洞穴まで運んでくれたのに、私が夢を現実と誤解してしまって。
あの時、あなたが闇の商人を切る夢を見て、私も殺されるって思い込んでしまったんです。
今から思うと変な夢ですよね、そんな事される筈ありませんのに。
激しく抵抗して、目の前で猫騙しをされて、落ち着いた後、あなたの格好を見て少し恥ずかしかったです。
あなたが上半身裸で下着一枚でしたし、私は裸の上にあなたの外套が掛けられていただけなんですから。
吃驚しちゃって、叫び声上げたのに、あなたは平気で近づいてきたんですよね。
焚火の近くに私の服があったから後ろを向いてもらって、着替えている間も顔が赤いのが自分でもわかりました。あれから暫らくあなたの顔を見るだけで思い出しちゃって、いろんな人にからかわれたんですよ。
あの時出かけられたのは、私がねだった指輪の玉を受け取りに行かれたからだってその時知りました。
そう言えば、私がしているこの翡翠の指輪、頂いたのは17歳の時、烈破の称号を得たときの慰労会ででしたね。
あの時、私が左手の薬指に嵌めて欲しいって我儘言ってあなたを困らせましたね。
私のことも見てくださいって少し困らせてみたかったんです。
何でそんな事をって言われるかもしれませんが、それまで恋も知らなかった私が初めて憧れた人でした。
ご存知でしたか?
言っても仕方のないことですから言葉にしませんでした。
言葉にしたら、きっと心が引きずられてしまったでしょうから。
少しでも一緒に居たいのに、あの頃のあなたは子供達のことばかり気にして、会う度に子供たちの話。
少しヤキモチ妬いてしまって、あなたの困る事をしたかったんです。
私、怒ってますって。
私の20歳の誕生日にも蝋燭を立ててお祝いしていただきました。
あの時、言ってくださった言葉、
『ひとつひとつが君が生きてきた人生の証なんだな』
って言葉。
あの時、とても嬉しかったです。
成齢になってから勝てなくなってしまって、もうダメなのかなって、もう引退かなって思っていた時、久しぶりに掛けていただいた言葉でしたから。
あなたから門家にならないかってお誘いを受けたとき、少し寂しかったです。
門家になるって引退するって事でしたから。もう私は要らないのかなって。
私の顔を見て、あなたが私を抱きしめてくれた時のあの言葉、大切な想い出としてずっと胸にしまっておきます。
あの時の言葉があったから、私はここまで来れたと思います。
門家になっても、皆一緒でしたから。
それに…いえ。これ以上は書きません。
門家として子ども達を指導していくのは本当に面白かったです。
でも、少し寂しいって気持ちもありました。
子ども達の前では、強い門家でいなくてはいけませんでしたから。
私だって弱いんです。誰かに泣き言を言いたい時もありました。
そんな時、あの人が随分慰めてくれました。
そう言えば、あの人との結婚はあなたが決めた事でしたね。
何時までも一緒にいられるって思っていましたから、突然決まった話に少しショックでした。
あの夜、あなたの部屋に行って色々とお話した事、あなたから想い出を貰った事、あなたとだけの二人の最後の想い出ですね。
あの人と一緒になって最初は随分緊張しました。
だって、私が皇帝杯で優勝した時には剣の道を歩む先輩として憧れていましたし、オーディン記念で剣を交えた剣聖でしたから。
照れずに話せるようになったのは1週間ぐらい後だったと思います。
でも、あの人は私のことを、強盗事件のときから知っていたそうです。あなたに剣を投じたのがあの人だったんです。
私とあの人との子どもの名付け親にもなって頂きました。
あの時、しのぶ様が仰ったんです。センスは期待しないほうがいいって。
でも、私の初めての子はどうしてもあなたに付けて頂きたかったんです。
あれから随分経ちますね。あなたとは何時までも一緒にいられると思っていました。
でも、私の心があなたから次第に離れあの人に向かうのがわかってしまったんです。
あの人がいなくなってからの門家生活が辛くなってしまいましたから。
気づかなければずっと一緒にいられましたのに……。
このままあなたのもとに残りつづけることは、あなたにも子ども達にも失礼ですね。
初めてあなたと会ったときに抱いたあなたへの想い、今は長すぎた春と言えるだけです。
あなたと一緒に過ごした思い出を胸に、あの人と知らない場所に去って行く私にとって……。
新しい旅立ちの時ですね。
あなたから頂いた指輪、お返ししようと思いました。
でももう一度だけ、一歩を踏み出す勇気を私に下さい。
……私、指輪に頼ってばかりですね。でもこれが最後です。
指輪は落ち着いたらお返しします。
最後にひとつだけ、こんな私の我儘を聞いていただけるのなら、変わらずにいてください。
そのまま、良き育成者として。
何時までもお元気で
深夜、巡回中に、開きかけた扉から光が零れていた事に不審を覚えた主が室内を窺う。
机に凭れかかるようにして、明日引退する女性門家が眠っていた。
苦笑を表情に宿し、昔――まだ、自分が若輩で家門の建て直しに必死だった頃――のように眠っているその身体を抱え上げて寝台に運ぶ主。
身体を抱え上げた際に生じた風が机上から紙を足元に落とした。
ベットに静かに横たえ、主がその紙を拾い上げる。
「手紙、か」
一瞬、躊躇いを見せる。だが、その視線は文面を追っていた。
読み終え、大きく溜息をつく主。
寝台に横たわる部屋の主を見つめる。
「……すまなかった。私とあいつとの板ばさみになっていた事に気が付かなかったとはな」
想い出が主の脳裏を過ぎる。
初めてあった時の少女の服装。
その年の夏。正体が露呈しつつあった、利用していた闇の商人を切り捨てた夜に目の当たりにした少女の裸身。
家門を大きく成長させた4人の子ども達の面倒を率先して引き受けていた少女。
交易から帰還した朝。寝ていると思い接吻してきた少女。驚いて目を開け、視線が合った後、その顔を赤く染め駆け去った姿。
自分が方針を間違えた為に大会で大きな怪我を負った少女。それでも己の未熟さを謝罪するだけだった。
何時しか美しく成長していたその姿。
初めて過ごした夜。そして翌朝隣から見つめていたその瞳。
表彰台で見せたその笑顔。
手放したくないと門家としてそのまま手元に止めた秘蔵っ子。
『娘』を託すにこの男なら。と自分が見込んで招いた剣聖。
その間に出来た子どもの名付け親を頼まれ、自分の曽祖父の名を付けた事。
頭を二度三度と振る。
「……良かれとして思った事が尽く裏目に出てしまうとはな。馬鹿は死ななきゃ直らないとはよく言ったものだ」
お前の時もそうだったな。と中空に視線をさ迷わせ、執事として、妻として、女として愛した、今は亡き女性の名を呟く。
視線を下げ、寝静まったその姿を見つめる。
……父として、娘の泣き顔なんて見たくない。
悲しい涙は尚更見たくない。
……例えそれがどれほど奇麗な涙であっても……
……悲しい涙は見たくない……
その笑顔が自分に向けられられなくとも
娘には笑顔でいて欲しい。思い悩む姿は見たくない。
「遅すぎたな、気づくのが。……せめて私という呪縛からは解き放ってやらんとな」
そう呟くと、主は静かに部屋を去った。
旅立つ『娘』を笑顔で見送り、未練がましいことを言わない事を決意して。
<FIN>