セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
「炎よ 我が意思が示す存在を焼き尽くせ <火弾>」
気合いの声と共に放たれた火弾が、群がるウッド・ゴーレムを一掃する。その熱が収まるよりも早く、部屋の横壁が崩れ、その向こう側から無数のレッサー・デーモンが飛び出してきた。
「くっ!」
舌打ちをしながらも素早く後ろに跳躍し、次の呪文の詠唱へと移行するブリザーエーデル。一匹のレッサー・デーモンが彼女の頭を食いちぎろうと跳びかかってきたが、それをヨッピガルムがパタで防ぐ。次の瞬間には呪文が完成し、彼女の手から今日何度目かの破壊の魔法が放たれる。
放物線を描いてレッサー・デーモンの群の中心あたりで火球は炸裂した。大気が瞬間的に膨れ上がり、雄牛と山羊の中間のような禍々しい頭部を持った魔物は、炎に飲み込まれて消えた。
レッサー・デーモンが全滅したことを確認すると、ブリザーエーデルは両足を広げ、すぐに次の呪文詠唱に入れるようにしながら油断なくあたりを見回した。
館の訓練場二つ分ほどの広さのその部屋には、これまでの戦闘の証である破壊の跡があちこちに残っている。何度も息を付く間もなく押し寄せる魔物の群に、ブリザーエーデルも限界が近づいていた。
しばらくあたりを警戒した後、どうやらこれで終わりらしいとようやく判断した彼女は、その場にぺたと座り込んだ。
「疲れた……」
「大丈夫か?」
駆け寄ってくるヨッピガルムのパタの小手の部分には獅子の象眼が施され、刃の根本には飾り額が取り付けられている。
自らの得意分野である格闘能力を活かす為にヨッピガルムが持ってきたパタは格闘家向けの強力な刀剣である。だが、手首全体から肘寸前までを覆うため、戦闘に於いて手首のスナップを使うことができず、また、斬撃を打ち損じると、腕を痛めてしまう危険がある。その為、使いこなすには多くの制約があり、並みの格闘家ではおいそれと使えない代物であった。
「なんとかね……。でも本当に疲れたわ。しばらくここで休憩するわ……」
「まだ時間は余ってるはずだ」
と、ヨッピガルムは出がけに渡された一本の棒を懐から取り出した。入ったときにはその全身を光でみなぎらせていた棒だが、今は輝きは棒の下3分の2ほどになっている。この棒の光が消えるまでが彼らに与えられた時間だった。
ブリザーエーデルはそれを横目で見ると、その場に寝ころぶ。連続して呪文を使ったため、かなり体力を消耗している。少しでも早く回復しないことには話にならなかった。
彼女が目をつむってひたすら体力回復に集中していると、パタを外したヨッピガルムが躊躇いがちに話しかけてきた。
「……なんか変だと思わないか?」
「何が?」
ヨッピガルムの言いたいことは解っていた。恐らくは自分と同じ疑念を抱いているのだろう。しかし、彼女はそれは明かさずにあくまでも目を閉じたまま、興味なさげに続きを促した。
「……さっきの大岩のあたりからだと思うが、やけに魔物や罠が大掛かりなものになってきてる気がする。あの骸骨にしたって今の魔物にしたって、一歩間違えば命にも関わる。……今まで特訓で死んだドールがいるなんて話は聞いたことないが……」
「私もないわ。どこかで御館様達が見張ってるんじゃない? 本当に危なくなったら助けてくれると思うけどな」
自分でもその白々しさが解っていたが敢えてそう言うブリザーエーデル。
「……それならもう少し早く助けが入らないかな。紙一重で死を免れたようなことも多かったと思うが……」
「……うん、確かにね……」
ブリザーエーデルは気のなさそうな返事を返すと、上体を起こした。
彼の指摘した疑問は、当然感じていたものだった。いくら特訓とはいえ危険度が高すぎる。実際、偶然とも言える確率で彼女たちが助かったときも、確かに何らかの手段で見張っているはずの主や門家達が介入しようとする気配すら感じられなかったのだ。
『死んでもいいとでも思ってるのかな……? でも、ヨッピガルムの言うとおり今まで死んだ人がいるなんて聞いてないし……』
思考の迷路に陥りかけた彼女は、軽く頭を振った。
『……考えていても答えは出ないわね。今考えるべき事は、この特訓を終えて、更に上の上級称号を手に入れる事よね』
「……もし、この試練に失敗するようなことがあれば……そのときは、私の生きる意味もなくなるわね……」
胸中の想いを微かな自虐的な口調で呟き、ブリザーエーデルは再び横になった。
●○●○●
「……そろそろ行くか?」
ヨッピガルムは、隣で寝ころんでいる少女に遠慮がちに声をかけた。
すでに時間を示す光は棒の中程までしか残っていない。帰りの時間も考えれば、もう進み始めなくてはならなかった。
「……ん。……解った」
ブリザーエーデルはヨッピガルムの声に反応して、眠そうに目をこすりながら起きあがった。まだ焦点が定まっていない。
そんな彼女を見て苦笑するヨッピガルム。
「寝てたのか?」
ブリザーエーデルは大きく伸びをすると、服に纏わり付いた埃を払いながら立ち上がった。
「少しね。……残りはどれくらいなの?」
「もう半分切った。確か証はこの下の階にあるはずだな」
手元の地図を身ながら答えるヨッピガルム。彼が今まで歩いてきた道を記したものである。
未だこの階の階段は見つけていなかったが、すでに大部分は歩き回っていたので大方の見当はついていた。
「早く終わらせるか。いつまでもこんな所にいたら気が滅入っちまう」
ヨッピガルムの声は冗談めかしたものだったが、その言葉はブリザーエーデルの気持ちを代弁しているかのようだった。
しばらく太陽の光を見ていないだけで、ずいぶんと妙な気分がする。曇り空や建物の天井の下とは違う、迷宮独特の圧迫感のようなものを感じるのだ。そして、それは決して快適なものではなかった。
地図を身ながら、まだ行ってない場所にいくつか見当をつけ、歩き回っていると階段はすぐに見つかった。今まで降りてきたのと同じ、石造りの幅の広い階段だった。ブリザーエーデルの作り出した光球であたりを照らし出しているが、その光も下の階まではとどかないのか、階段は闇へと呑み込まれていくように見える。
「……いよいよ、次で最後だな」
「そうね」
ブリザーエーデルが唾を飲み込む。妙に緊張してくる。
「行くか、ブリザーエーデル」
横で、ブリザーエーデルが表情を変えたらしい気配が伝わる。彼女の穏やかな声が耳に滑り込んできた。
「えっと、ブリザ―って呼んでくれると良いな。……訓練のときは時々そう呼んでくれていたじゃない。改まって呼ばれると落ち着かないから」
「解った」
外していたパタを嵌めかけたが思い直したかのようにそれを外し、ヨッピガルムが先陣を切る。階段を一歩踏み、二歩目を踏み出そうとしたとき、足下の石段が突然崩れる。
「うわっ!?」
「ヨッピ!」
慌てて差し伸べられた手をつかむが、とっさに手を突きだしたブリザーエーデルの体勢では、ヨッピガルムの体重を支えることはできなかった。ブリザーエーデルを引きずり込むような形で、階下へと落ちていく。
自由落下しながらも、とっさにブリザーエーデルを庇い、自分の体を下にする。
「ぐっ!」
打ち付けられたヨッピガルムの背中に激痛が走る。だが、打撲だけですんだようだと判断するヨッピガルム。
『高さがなかったのが幸いだったな……』
ヨッピガルムが痛みに顔をしかめながら腕の中を見やると、呆然としているブリザーエーデルと視線があった。彼女には特に怪我らしい怪我は見当たらない。
「大丈夫だったか? いきなり階段が崩れるとは思わなかったな……」
「ええ、意表を突かれたわ……」
同意の声を上げながらも、ブリザーエーデルは妙に落ち着かないようだった。どうかしたのかと視線で問いかけると、少し頬を赤らめ、
「……この手を離してくれるとうれしいんだけどな」
「ん?」
その声に自らの周囲を見回すヨッピガルムは自分の手が彼女の胸を掴んでいる事に気が付く。互いの顔の位置も息遣いがわかるほど接近している。
「あっ! す、済まん!」
慌てて手を放すと、ブリザーエーデルは胸元を押さえるような仕草で立ち上がり、軽く咳払いをする。まだ頬は微妙に赤い。
「そ、それよりも……どうやって戻るかってことの方が問題よ」
それぞれの階を結ぶ唯一の移動手段である階段が破壊されてしまったのだ。後には天井にあいた四角い穴と数瞬前までは階段だった石の破片だけが残っている。
天井の穴から上に上れないかとも思ったが、ヨッピガルムの腕を以ってしても上がれそうにはなかった。
「さて、どうするか……」
「ここで悩んでても仕方ないわよ。証を取りに行きましょう。その途中で解決策が見つかるかも知れないしね」
「……そうだな」
そう答えながらも、底知れぬ嫌な予感を感じるヨッピガルム。外界と自分達を結ぶものが何もなくなってしまったような気がする。これではまるで、迷宮の最深部に閉じこめられたようなものだ。
『閉じこめられた……?』
まさか、とヨッピガルムは愕然とした。
そう、自分たちはまさに閉じこめられたのではないだろうか。この迷宮の奥深くで、唯一の移動手段を断たれ、死ぬまでこの階層をさまよっていなければいけないのか。
『まさかな。証を手に入れれば迎えがあるだろう。他にどこか階段があるのかも知れないな。あのお館様の事だ、隠し階段の一つや二つ作っているに違いない。14階はまだ全部見終わってはいないから隠し階段があっても不思議じゃないしな』
そう考えようとするのだが、それでも半ば本能的な不安は次々と湧いてくる。
ヨッピガルムはそれを無理に忘れようとしながら、周囲の通路を見る。現在いるのは通路の合流地点で幅が若干広くなったところで、ヨッピガルムからみて正面と右、左後ろにそれぞれ通路が伸びている。
「何処に行くか……」
「……解らない。貴方が決めて、ヨッピ」
反対する理由も特にないヨッピガルムは、
「……なら正面突破と行こうか」
手元の新しい羊皮紙に階層の見取り図を記入し始めるヨッピガルム。その彼の少し前を、ブリザーエーデルが進む。
通路の先に見えるのは、漆黒の闇だけだった。
●○●○●
「……ねえ」
ブリザーエーデルが少し不安げな声を出したのは、しばらく歩いてからだった。なんとなく彼女の言いたいことが解るヨッピガルムはは、少し足を早めて前を歩いている彼女の横に並ぶ。
「おかしいと思わない?」
視線を彼の方へと向けて、ブリザーエーデル。ヨッピガルムは黙然と頷くと、手元の地図に視線を戻した。
すでに、直線状に伸びる通路は羊皮紙の端から突き出てしまいそうである。それにもかかわらず、彼らの進んできたこの一本道は、いまだ曲がる気配すら見せない。
「ああ……いくらなんでも、長すぎるな」
ヨッピガルムは立ち止まると、今まで進んで来た道を振り返る。半歩前で、ブリザーエーデルもそれに倣う。
「15階だけ広くなってるとか?」
そう呟くブリザーエーデル。
「その可能性もないことはないと思うが……何かきな臭いな……」
ヨッピガルムのその言葉を聞き難しい顔をして腕を組むブリザーエーデル。前にも後ろにも、全く同じ石壁の通路だけが伸びている。それを照らし出しているのは、彼女の頭上に浮いている光球のみだった。
「……似たような罠がなかったかな?」
「……確か、一本道と見せかけて微妙にカーブしている通路があったわ。歩いている人間は一本道だと思ってるのに、いつの間にか全然別の方向に向かってるから地図や方向感覚が無茶苦茶になるように作られているってお館様から聞いた事があるわ」
主から得た知識を、ブリザーエーデルがこともなげに披露する。
「……それかな?」
心配そうに、手元の地図をのぞき込むヨッピガルム。
「うーん……まあ、心配してもしょうがないわよ。とりあえず、もう少し進んでみましょう」
「ああ、そうだな……」
賛成してから、ヨッピガルムはふと気づいた。自分の前に続く通路を眺め、それから自分の後ろに続く通路を振り返る。
「どうしたの?」
「いや……。念のため聞くが……」
不安を押し隠すような声で疑問を発するヨッピガルム。その疑問に思い当たるブリザーエーデルも不安そうに通路を振り返った。
「……どっちから来たんだ?」
「…………」
闇の中に凍てつく時間が流れた。
「……これが狙いだったのかな?」
「……どうだろうな? 幻覚に惑わされないように精神を鍛えるって考えならありえるかもしれないが……」
ヨッピガルムが頭を抱えた。何となく、迷宮の制作者の意向とはずれた罠のはまり方をしてしまったような気がしてならない。
「……と、とりあえず進んでみましょうよ。来た道だったら階段に戻るだけだし、反対だったら何かあるかも知れないから」
「それもそうだな……」
ヨッピガルムが普段とは似つかない、やや不安げな声で頷いたその時――。
何の前触れもなく、迷宮の石壁に縦に亀裂が走る。その亀裂はみるみるうちにその大きさを増していき、すぐに天井まで達した。
ヨッピガルムが、反射的にブリザーエーデルを横抱きにして跳躍する。次の瞬間には天井が崩れ、石材の崩れ落ちる音と共に通路が鎖された。
「なっ! なんなんだ……?」
飛び退いたままの姿勢で、呆然としているヨッピガルム。ブリザーエーデルはゆっくりと立ち上がると、その崩壊した通路を憎々しげに睨み付けた。
「……はっきりしたわね。これは特訓なんかじゃないわ。明らかに私たちの命を狙ってる何者かがいるのよ」
「まさか!」
ヨッピガルムが思わず声を上げる。どう考えても、自分が殺される理由が思いつかない。
しかし、ここまでの罠が完全に訓練の範疇を逸脱していることも確かだった。ましてや迷宮そのものを崩壊させるような仕掛けなど――とても主達の意志とは思えない。
ヨッピガルムの背筋を、悪寒が撫で上げた。自分たちを殺すという明確な意志を持った存在がいるというのは、気持ちのいいものではない。
「どっちにしても、進む道は片方しかなくなったわね。なんだか誘導されてるみたいで気に入らないけど……」
ブリザーエーデルは、通路の奥に限りなく広がる闇を見つめながら言った。気丈な姿にも見えるが、ヨッピガルムは彼女の瞳の中にわずかな怯えを見たような気がした。
死への恐怖ともまた異質な、例えるなら――人混みの中で母親の手にしがみつく子供の感じる類の怯え――であるようにも見えた。
或いは、彼女は自分よりもこれが意味する別の事に気づいているのかもしれない。あるいは、彼女は自分よりももっと何かを知っているのか。
ヨッピガルムは頭を振った。おそらくはそうだろう。鋭敏な彼女だ。人には思いつきもしないような思考をめぐらせているのかもしれない。
そう考えるとヨッピガルムは外していたパタを嵌め直し、不意の襲撃に即応できる様に態勢を整える。
「私達に喧嘩を売ろうなんて……己の無謀さを思い知らせてやるわよ!」
光球に照らし出される彼女の不適な笑顔は――それでもなぜか虚ろなものとヨッピガルムの目には映るのであった。
●○●○●
彼らがたどり着いたのは、広間だった。
巨大な円形の広間は、今までと同じ石と土によって作られていた。しかし、壁に等間隔に備え付けられている松明は、今まで見られなかったものである。部屋は松明の光によって充分な光量に満ちていたが、用心のためか、ブリザーエーデルは決して光球を消さなかった。わずかに光を弱め、手元に引き寄せる。
広間からは、彼らの通ってきた通路以外には道は延びていない。無意味に広いだけであるその空間には、何も置かれてはいない。ただ、そこはかとない圧迫感を秘めた空気だけが静かに漂っている。
「…………」
ブリザーエーデルは、慎重な足取りで広間の中心を目指す。その半歩後ろから付いていくヨッピガルムの目には、彼女の全身が緊張しているのが解る。
『……やはり何かを隠しているのか? だが何を隠しているんだ?』
ヨッピガルムにはその判断がつかない。
広間には何もないし、誰もいない。しかし、そこには間違いなく何者かの気配がしていた。上の階でブリザーエーデルを射抜いたのと同じ鋭さを持つ視線が、彼らの全身に突き刺さる。
「……出てきなさい! ここに居るのはわかってるのよ!」
ブリザーエーデルが叫ぶと、不意に空気の密度が増した。広間の中に、吐き気を催すほどの威圧感が溢れる。
広間をぐるりと取り囲む壁が、淡い白光を放つ。それらははがれるように壁から離れると、ヨッピガルム達から前方10歩ほどの距離で収束した。最初はただの光の固まりにすぎなかったそれは、彼らの緊張した視線の中、徐々に人の形を取っていく。
光球が完全に人間の姿をとると、威圧感はそのままに、唐突に光が消える。後に残ったのは、まさしく人間の姿だった。
長身で初老の男であった。長くはない金髪を後ろに撫で付け、その眼光は鋭く往年の姿を彷彿させる。身につけている衣服は、魔術師の着るそれに似ていたが、そのものというには少し不遜に過ぎるようにも見える。
その男は何も言わず、ただ黙って彼らを見つめている、否、ブリザーエーデルを見つめている。
ヨッピガルムも、それに導かれるかのようにブリザーエーデルを見た。彼女の顔は薄暗い松明の光の下でさえもはっきりと解るほど蒼褪めていた。
過去の亡霊を見たような表情で、口を何度か開閉させたが、言葉は紡がれなかった。
「久しいな。ブリザーエーデルよ」
先に口を開いたのは、男だった。どうやら顔見知りであるらしい二人を交互に見比べるヨッピガルム。
血の気を失ったブリザーエーデルの顔は、まるで死人のようだった。
「……どう……して……。……何故……ここに……」
無意味な呼吸を繰り返し、それだけを絞り出す。あまりの事態に精神が付いていけていないのだろうか。だとしたら、彼女にそれほどまでの衝撃を与えるこの男は一体何者なのか。
男の表情を読みとることはヨッピガルムをしても困難であった。否、最初から表情など浮かんでいなかった。男は、ただ無表情に無感動にブリザーエーデルを見つめている。まるで、彼女が何かを言い出すのを待っているかのように。
「どうして……どうしてなのですか、オドスソフィ叔父様!」
まるで、首を絞められているかのような苦しげな声。オドスソフィと呼ばれた男は、何の感情も読みとれない声で答えた。
「お前が、邪魔だからだ。ブリザーエーデル」
ブリザーエーデルの表情が、さらに変わる。目が見開かれ、唇まではっきりと青くなる。彼女はそれ以上そこに立っていることが出来ず、力無く崩れ落ちた。
「おい、どうした、ブリザ―。しっかりしろ!?」
ヨッピガルムがその肩を支えようとするが、ブリザーエーデルはなおも顔色を失ったまま、自らを抱くように両腕を体にまわしている。そんな彼女を見下すかのように、さらに広間にオドスソフィの声が響く。
「……何も知らないようだな、成り上がり者キリンビーの息子よ。……何も聞いておらぬようだな……説明してやったらどうだ、ブリザーエーデル」
ブリザーエーデルは答えられない。オドスソフィを真っ向から見つめることも出来ず、絶望しきった瞳でその足許のあたりを見ていた。
「貴殿は何者か!? 何故ブリザーエーデルを殺そうとするのか!!」
ブリザーエーデルを庇うように、二人の間に立ちふさがったヨッピガルムが叫ぶ。オドスソフィは一片の温もりも感じられない視線で、彼を射抜いた。それだけで、ヨッピガルムの両肩には多大な重圧がかかる。それほどの威圧感を、この男は持っていた。
その大地の躍動のような威圧感を備えたまま、オドスソフィは唐突にヨッピガルムに問うた。
「グローリアス一族を知っているであろうな、キリンビーの息子よ」
「グローリアス……?」
無論、知っていた。数百年前から代々スーパードールを輩出している名門である。
この帝国では、通常皇族と『育成者』と呼称される貴族以外が名字を名乗ることは許されなかったが、生来の身分が低くても例外的にそれが認められている者たちがいた。そのひとつが、グローリアス一族である。数百年の昔より、その類い希な力によって帝国を支えてきた彼らは、騎士でありながら実質上は貴族に準じる権勢を持っているという。
オドスソフィは、少し顎をあげるようにしてブリザーエーデルを示しながら言った。
「彼女がグローリアス一族の後継者だ」
「なっ……!?」
その思いがけない言葉に、ヨッピガルムは同門である金髪の少女を振り返る。目だけで問いかける彼に対して、彼女は青ざめた顔のまま、静かに頷いた。
「そんな……」
信じられないとでもいうように呟くヨッピガルムに、さらにオドスソフィは言葉を重ねる。
「そして、私は彼女の叔父であり、また『魔術王』の称号を得ているオドスソフィ・『グローリアス』だ」