セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
「そして、私は彼女の叔父であり、また『魔術王』の称号を得ているオドスソフィ・『グローリアス』だ」
「――――!」
そう名乗った男の言葉に、今度こそ完全にヨッピガルムは叩きのめされた。
彼も名前だけは聞いていたが、まさか目の前に立っている白髪の男がそうであろうとは、この瞬間まで思いも寄らなかった。
オドスソフィ――魔術王であり、数々の有力ドールを排出した名門一族の長老である男である。23歳で魔術王の称号を得た後、表立った大会には出場しなかったが55年の長きに渡り帝国を支えてきた、帝室の参謀。――その彼が、今ここにいる理由がヨッピガルムには見当も付かなかった。
広間には、いつの間にか勢いの強くなった松明の、不必要なほどの明かりが満ちている。オドスソフィの足下に広がる影は、その明るさに比例して禍々しさを増していった。
不意に、ヨッピガルムの背後で座り込んでいたブリザーエーデルが金切り声をあげる。
「どうして! 叔父様、どうして私を狙うのですか!? 私が、私が、グローリアス一族の汚点だから!? 私の力が足りなかったのですか!?」
捨てられた仔犬のように、必死に叫ぶブリザーエーデル。
オドスソフィは、そんな彼女を温度のない視線で見つめていた。
「……その逆だ、ブリザーエーデルよ」
ブリザーエーデルが、息を飲む。
オドスソフィは静かに話し続ける。
「お前は……お前は、あまりに優秀すぎた。この私が脅威を感じるほどにな……」
オドスソフィの顔に、初めて感情の色が浮かんだ。苦々しげに口元を歪め、何かを薙ぎ払うかのように右手を横に振る。
「……どういう……事……ですか?」
「……グローリアス一族の歴史の中でもお前の才能は飛び抜けた存在だ。剣においても、魔法の面でも、な。今のままお前が成長すれば、二冠は確実に取れよう。行く行くは成齢二冠も狙えるであろう。……私の子以上に、確率は高かろう」
無機質だったオドスソフィの声が、徐々に色彩を帯びる。ブリザーエーデルはいつの間にかヨッピガルムの肩に捕まるようにして立ち上がり、オドスソフィを見つめていた。顔は青ざめたままだが、その瞳にはわずかに理解の色が浮かびつつあった。
オドスソフィが、不意に声を荒らげる。
「私は! 私はこの地位を手に入れるのに、あらゆる辛酸をなめた……息子にもそれ以上の特訓を与えつづけた。貴様らに解るか!? 親子の情を切り捨て、息子と言えども容赦せず、随分恨まれた。それを、それを貴様は、このわしが手塩にかけた息子を軽々と追い抜いていく。私の想いと息子の誇り、全てを私から奪い去ろうとしている……我が名誉あるグローリアス一族の正統な跡継ぎであれば、まだそれにも耐えられよう。しかし、貴様のような、本当に弟の血を引いているのかどうかもわからん、薄汚い雌犬の娘に奪われるのだけは、断じて耐えられん!」
手負いの野獣のような叫びと同時、オドスソフィの立っている場所を中心として、空気が外向きに炸裂する。
ブリザーエーデルの前に立っていたヨッピガルムの体は、その衝撃波をまともにくらい、ブリザーエーデルの頭上を吹き飛んで石壁に叩きつけられた。骨の折れる鈍い音が大きく響いた。
「ぅがぁぁぁっ!」
「ヨッピ!」
彼の元へと駆け寄ろうとするブリザーエーデルを、純白の光熱波が包み込む。
「――――!!」
「……! ……!」
呻きながらもブリザーエーデルに向かい声を上げるヨッピガルム。その声が次第に遠くなり、やがて聞こえなくなる。声のみならず姿も何時しか消えていた。
「……ここは……」
見覚えのある丘の上に佇むブリザーエーデル。
「……私……何をしているんだろう」
ぼんやりと呟くブリザーエーデル。
「ブリザーエーデル。どうしたの?」
心地よい風とともに近づく妙齢の女性。
「……ママ……」
まだ自分が幼い時に死んだはずの母親、サイダーハールであった。
通常のブリザーエーデルであれば、速やかに警戒態勢に移ったはずだが、今は頭が重く、思考する事も億劫になり、ごく自然にその存在を受け入れていた。
ぼんやりする頭の片隅で警告が鳴り響いていたが、その警告の意味を思考する事が出来ない。否、そう思うことさえも億劫になっていた。
「ブリザーエーデルちゃん。さぁ、ママと一緒に行きましょうね」
「行くってどこに?」
「素晴らしいところよ。もう無理に頑張らなくてもいいのよ」
サイダーハールが微笑む。
「……待って。リバイタフ叔母様に御挨拶してから……」
ブリザーエーデルが頭を振りを振ると、サイダーハールの目が薄く光った。
「ねぇ、ブリザーエーデルちゃんはリバイタフさんとママどっちが好き? ママの事嫌い? ママはブリザーエーデルちゃんの事好きよ。誰にも渡したくないくらいに。リバイタフさんに御挨拶するのは、あっちに行ってからでも良いでしょ?」
光を帯びた目で見つめられるうちにブリザーエーデルは『それでも良いかな』と思い始めた。
「ブリザーエーデルちゃんは頑張ったんだもの。あっちに行ってからリバイタフさんにご挨拶してもリバイタフさんは怒らないわよ」
母親のその言葉に『そうかも知れない』と思い始めるブリザーエーデル。辛い事、悲しい事から逃れられ、無理に自分を鎧わなくてもいい、楽な世界。
『どこにあるのだろうか、その世界は』
そう思い、ブリザーエーデルは母親に訊ねた。
「ママ、其処はなんていう世界なの?」
そのブリザーエーデルの問に母親の目が輝きを帯びる。
「その世界はね――。死後の世界って言うの。ブリザーエーデル、一緒に死んで頂戴」
「――!!」
いつのまにか母親の手に握られていた短剣。その剣が自分を刺し貫こうとするのをブリザーエーデルは無表情に見つめていた。
『ママと一緒ならいいかな……』
だが、激しい訓練によって培われた身体は生へ執着する。足が短剣を避けるように自然に捌かれ、腕が迫り来る短剣を捕らえ――。
奪った短剣が『母親』の胸部を貫き、凄まじい悲鳴と白煙があたりに響く。
「――!!」
その声を見つめるブリザーエーデル。その白煙の向こうから見える短剣が突き刺さる影。
その影の主を見たとき、ブリザーエーデルの口から絶望の悲鳴が上がっていた。
短剣が突き刺さったヨッピガルムの姿が其処に見えていた。
「な、何故!! 何故ヨッピが」
息絶えたヨッピガルムの人形のような虚ろな視線がこちらを見つめる。
「い、嫌ぁぁぁ!!」
「ブリザ―……どうしたんだ」
突如悲鳴をあげ、身動ぎしなくなったブリザーエーデル。ブリザーエーデルを庇うように、パダを杖によろめきながら立ち上がったヨッピガルムが呆然と見つめる。
「教えてやろうか、キリンビーの息子よ」
悠然とブリザーエーデルを見つめるオドスソフィがその視線をヨッピガルムに移す。その視線には嘲笑の念が浮んでいた。
パダを構え警戒するヨッピガルム。
「幻術じゃよ。あやつの心の弱さを突いた。それだけの事じゃ」
簡単な事だと言い放つオドスソフィ。
「そ、それだけの事であいつがあんなになる訳が――」
「あるのだよ、キリンビーの息子。人の心という物は脆い物でな。……お前は見逃してやろう、其処を退け」
低い、静かな声の中に抗いようのない気迫が込められた声がオドスソフィから発せられる。
「断る」
思いがけない言葉にオドスソフィの歩みが止まる。
「ほう……」
獣が人語を話すのを見たかのように珍しい物を眺める口調。
「キリンビーの息子よ。まさか、うぬが私に勝てるとは思ってはおるまいな。命を粗末にするでないぞ」
嘲笑するオドスソフィ。
「あんたは踏みにじられる悔しさ、辛さを知りながら、他人にそれを強いている。さらに死者をも冒讀した。あんたがブリザーエーデルを殺すと言うのなら、俺はそれを阻止する。あんたがブリザーエーデルにとって死神だというなら、俺は彼女の希望になる」
「いい覚悟だ、キリンビーの息子。阻止できるのならやってみるがいい」
「そうさせてもらう」
そう言い放ち突進するヨッピガルム。
その脳裏に実践施設での光景が浮かぶ。
防具を身に付け、カバーの付いたフランベルジェを模した木刀を左手に持つビートチーフ。
木刀とはいえ当たるとかなり痛い代物である。
セルシアマクがバスタード・ソードを模した物を片手に、左腕には盾を持つ。 2人の剣術実践訓練の標準装備である。
セルシアマクが構えたと見た瞬間、全速で突っ込み、左を突くビートチーフ。
右足を踏み込み、それに合わせて右の拳を出す。
セルシアマクに防がれる。セルシアマクが逆襲の剣を振るう前に、右に一息遅れて出た左がセルシアマクの頭部を薙ぐ。
「きゃうっ」
「一本」
「お館様、今のって……」
動きを捉え損ねたらしいワインチェリーが訊ねる。
「ん? ……左で突いて、右踏み込みで叩いて、左で薙いだ動きか?」
「そう言われてみると判るんですけど……そんなに速く出来るんですか?」
「ははっ、ビートチーフの上体に気が付いたか? 最初から左で薙ぐつもりだったんだ」
「でもっ、最初の突きも次の踏み込みも尋常じゃなかったですよ」
「全部伏線だ。最初から左で薙ぐつもりで右腕と右足で反動を殺してたんだよ」
「じゃあ、威力無いんじゃ……」
ブリザーエーデルが疑問を呈する。
「ああ、手打ちになるな。だが剣が当たったら?」
「致命傷にならないかも」
「だが少しでも動きが鈍れば、次に右が来るぞ。ビートチーフは手打ちで速度だけを考えて連続撃をやったんだ。セルシアマクはビートチーフの右が盾に当たった時点でカウンター出そうとして、左にクロスされたわけだ」
「だから軽くてもそう問題にはならないし、最後の左は、踏み込んでいた右足からの回転が乗ってるので必要充分な重さがあると言うわけですね」
ワインチェリーの言葉に、そういうことだ。と頷く主。
「これは一種の変形技だ。ビートチーフは上体の振りを逆用したんだ」
「右が来ると思ったら左って事なの?」
ブリザーエーデルの言葉。
「だが上体と足がまた滅茶苦茶だからどちらでも来る。右が来るかも知れない」
「ずるい……」
ブリザーエーデルが感想を漏らす。
「偶々だな。ビートチーフは裏をかくつもりは無かったようだしな」
「速さで滅多打ち?」
「そう言う事だ。……試合で相手にしたくないタイプだな」
「一撃必殺を狙ってないんですよね」
「ああ。格闘や剣術での王道だ。一撃必殺なんか微塵も考えてない」
「えっ? 王道って一撃必殺じゃないんですか?」
ワインチェリーの言葉に、
「……講義を聞いていなかったな。……まあ良い機会だ、復習と思って聞いておけ。……試合にしろ実戦にしろ、大切なのは如何に自己が被害を受けずに相手を倒すかと言うことだ。一撃必殺と言うのは見栄えは良いんだが、余程上手く決まらない限り、決まらないものだ。そうなると大事なのは体力なんだ。で、一撃必殺を狙うと大振りな攻撃を繰り返しかねない。そうなると体力消耗が激しくなって自滅する。ビートチーフのように一撃必殺なんか考えずに手数を多くすると相手の力を徐々に削げる。そうすると隙も多くなっていくんだ」
ブリザーエーデルがビートチーフの試合を振り返る。
「徐々に削いでいって隙を作らせる、か。……確かにそんな感じだわ、ビートチーフって」
「もっともな、あいつの一発一発は軽いんだ。冷静に捌き続ければ勝機はあるんだ。……ビートチーフ、久しぶりの手合わせだ」
一頻りの手合わせの後、
「……崩しきれなかった……」
床に座り込み息を切らせるビートチーフ。
「なる程、結構隙だらけなんだ……」
ブリザーエーデルが呟く。
「ああ、穴はあるんだ。……問題はそれを突かれる前に塞ぐ事が大切なんだ。手数で勝ればそれが成立する。手数は最終的に体力なんだ」
組み手をしていたマッドナイスとヨッピガルムを振り向き、
「良く覚えておけよ、2人も。格闘も同じだからな。隙が有ったら、その隙を突かれる前に塞げ。手数で勝ればそれが成立するんだ。いいな」
床で息を切らせるビートチーフに向かい、
「さっきの速攻だが前の大会でやった奴の応用だな?」
「ええ、咄嗟に出たんですけど、意外と使えるもんだなと」
「だが、あれは小手先の技だぞ」
「ええ、咄嗟の思いつきだったんで荒いですよね、お館様には通用しなかった」
「ああ、まだ無駄も隙も多い。今のままだと、もっと速い奴が相手ならカウンターされるからな、気をつけろよ」
『……あいつのあの技が使えるかも知れんな』
右足で薙ぎ、 刈り足をそのまま踏み込みに使って左逆回しから右回しに体勢を移す。
「ぬっ!」
ヨッピガルムの意外な速さに一瞬戸惑うオドスソフィ。
だが、すぐに冷静さを取り戻し、ヨッピガルムの突進を冷静に捌き続ける。
その間も、右足を踏み込み、それに合わせてパダで斬り付けるヨッピガルム。
「ふむ。キリンビーを彷彿させるのう、その動きは」
オドスソフィのメイスに防がれる。オドスソフィが 逆襲を振るう前に、右に一息遅れて出た左のパダがオドスソフィの頭部を薙ぐ。
その刃がオドスソフィ に届く事はなかった。
「幻術か!」
空を切るその感触にヨッピガルムが呻く。
「……おまけに同じような手に引っかかりおる」
嘲笑がヨッピガルムの右から聞こえる。
「どうした、それで終わりか? キリンビーの息子よ」
「親父の息子と言う呼び方は止めろ。俺はヨッピガルムという名前がある」
息を弾ませつつ、なおも軽口を叩こうとするヨッピガルム。
「そうか。だが雑魚の名前など覚えてもいられぬのでな、キリンビーの息子よ」
憤怒で顔を歪めるヨッピガルム。
「雑魚ね……。その言葉、取り消してもらおう」
一言吼え、拳を次々と繰り出すヨッピガルム。
「……甘い、甘いのう。これしきの事で頭に血を上らせておっては父親の名が泣くぞ」
無造作に手を振るい、衝撃を生み出すオドスソフィ。
衝撃をまともに受け、足を縺れさせるヨッピガルム。体力の限界を見て取り、
「もう終わりかな? ならば、こちらから行こうか」
悠然と近づくオドスソフィ。
一歩一歩と近づき、威圧するかの如く呪を唱えるオドスソフィ。
次の瞬間、鮮血を撒き散らしつつヨッピガルムが壁面に叩きつけられる。
「そこで大人しくしているがいい。このわしに歯向かって来た、父親譲りのその勇気に免じて今一度機会をやろう。……ヨッピガルムよ、そこを動くな!」
ヨッピガルムの全身が一瞬震える。その全身が金縛りに遭ったかのように硬直する。
「くっ!」
必死に体を動かそうとするヨッピガルム。
「おぬしは動けん。そこで大人しくしておれ」
身動きできぬヨッピガルムを一瞥し、一歩一歩ブリザーエーデルに近づくオドスソフィ。
「止めろぉぉ」
ヨッピガルムの叫びを無視し、オドスソフィがブリザーエーデルの頭上でスティレットを構える。
「……ふむ。このままわしが手を下しても良いのだが……興を削ぐな。……ならば、こうするか」
徐に呪を唱えるオドスソフィ。ブリザーエーデルの表情が次第に歪む。
「……キリンビーの息子よ、面白い物を見せてやろう。お前が一生かかっても見られぬかも知れぬぞ。良く見ておくが良い」
そう金縛りをかけたヨッピガルムに向き直るオドスソフィ。
「ブリザーエーデルに何をした」
「人の心は弱い物だと言ったな。お前は信じていない様だ。見せてやろうと思ってな、ブリザーエーデルに自分の内面を意識させてやるのだよ」
語るオドスソフィ。ブリザーエーデルの前にスティレットを置き――。
「誰にも不満はある、それが極まると最後には自分を攻撃する。言わば自分を自分が攻撃するわけだ。死を招くほどにな。……さて、ブリザーエーデルはどうなるかな」
凄惨な笑いを浮かべるオドスソフィ。
「……ぁくぅっ!」
次第にブリザーエーデルの表情が歪む。
「……ぅぅ……ぁぁ」
「……ブリザ―? 返事をしろ! ブリザ―!」
「……きらい……」
微かな小さい声だったが。
「いや……もう……」
掠れがちな、ブリザーエーデルの声が漏れ聞こえる。
「そう……わたしは……私は……私が大嫌いっ! そう……私は……私が……嫌い………」
沈黙が辺りを包む。
「……私は……もう価値なんてない……仲間も助けられない私……証も手に入らない…称号もない私なんて……門家にもなれない私なんて価値なんて……生きている価値なんて…ない」
虚ろな声が辺りを支配する。
「ブリザ―、全部が上手い人なんていないんだ。自分が出来る範囲で頑張れば良いんだ。果せなかったからって価値が無いわけじゃないんだ。目を、目を覚ませ!」
見えぬ戒めを引きちぎるかのように歯噛みするヨッピガルム。その言葉も届かず――。
「……要らない私……生きる価値なんてない私……だったら……死んじゃえ……」
ブリザーエーデルが力なく呟き、オドスソフィが置いたスティレットを握り、自らの喉元に向ける。