セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
飛翔 ~神殿~
「暑いな……」
馬車の停車場を降りる。
長閑な山間の村――セルピルム――。
ここの神殿の敷地に湧き出た温泉に、治癒力を高めると言う効能がある事が明らかになってから随分経つ。
もともと在った神殿は小規模だったが、それも温泉目当ての巡礼者の寄進で大規模になっている。
それにも関わらず此処が大きく発展していないのは、山間と言うだけでなく、あまりにも広大な森林とこの地方にある200を超える湖沼の所為だ。
いつしか温泉にも医療院が建てられ、長期療養も行なわれるようになった。
その医療院の神聖魔術医が不足しているという事を知り、見習として働くようになったのは年末の事だ。
神聖魔術を学んでいるドールとはいえ、成齢になった身でD級大会から抜け出せないと言うのでは、本格的に将来の事を考えなくてはならない。
神聖魔術が使えるドールは家門から門家として引く手数多なのだが、それも『強者』以上の称号を持つドールに限られる。
無称号のドールはこうして神殿や療養施設に潜り込み、少しでも顔を繋いでおかなくてはならない。
この時期、世間では第三期休暇。優秀なドールは皆、長期休養に出かけている。
従って、僕みたいなドールが勝ちあがれる好機でも在ったのだが、あまりにも不甲斐ない戦績に業を煮やした育成者に、
「お前は暫らく試合に出なくてもいい。年末に行っていたセルピルムで修行して来い。ついでにそこに顔を繋いでおけ。今期で良い結果を残せなかったらお前は引退だ!」
と言い放たれ、半ば強制的にこの地へ送り込まれたのだ。
「……こんな所でのんびりするのもいいかな。門家には少し未練も在るけど、家門には入れないだろうし」
肩の荷物を軽く掛け直し、冬の間、半ば雪に閉ざされていた神殿に登る道を歩き出した。
標高のそこそこ高いこの地も夏ともなるとさすがに暑い。
切り開かれた道は影を作る物もなく、首筋を焼き付ける日差しは、済んだ空気の恩恵を余すことなく味方につけて攻め立てる。
「……避暑地じゃないよな、やっぱり」
療養を目的とした巡礼地ということで、此処に来るまでは整った環境を想像していたが、来た当初にそんな幻想は打ち砕かれていた。
「此処を過ぎれば……木陰路だ……」
そう解っているものの、周囲の景色などを楽しむ余裕は消えていた。
「……水が欲しい……」
まさかこれほど暑くなるとは思わなかった。
切り開かれた石畳の照り返しは、暴力的なまでにこの身を焼きつける。
「……なんでこんなに切り開かれているんだ……」
冬は『何でこんなに狭い道なんだ』と言っていたものだが……。
巡礼者用の路をそれ、木陰路に入る。
木陰路に入ると、両端の爽やかにして瑞々しい若い木々が初夏の空の一部を覆い、足元からは土の涼気がなんともいえない幸福感を伴って伝わってきた。
蒼穹の空を横切る白い雲が、涼陰に瞬く木漏れ日の囁きが、さわさわと揺れる風の調べが、新緑の夏を横切った真っ白な翼に呼吸を合わせて語りかけてくる。
森の中に湧き出た冷冷とした泉を横切る、羽のように舞う清涼な自然の息吹が、その翼を優しくも慈雨のようにこの場全体に広げると、焼かれてしまった肌から熱を消し去っていく。
何もかも忘れて地面に倒れこみたい衝動を押さえる影が道の先に小さく見えた。
木陰路の向こう、日差しの映える影の切れ目。
「あれは……」
その影もこちらを見つけたらしく、小走りに駆け寄ってくる。
「こんにちは、ピッコニードお兄ちゃん」
息を切らせて出迎えてくれたのは、この地で親しくなった巫女見習の女の子だった。
「こんにちは。またお世話になるよ、ディナポーズちゃん」
迎えに来てくれたディナポーズちゃんとの間で会話を医療院まで楽しむ。
一頻り会話を楽しんでいると、目的地の医療院は目の前だった。
「あら、今日も元気ね。ディナポーズちゃん」
医療院の前で、年末お世話になった魔術医に出会った。
「お久しぶりです、パラレナンバさん」
「あら? ああ、そう言えば今日だったわね。お久しぶり、ピッコニード君。またよろしくね」
その言葉を聞き妙に緊張感が走る。
年末この神殿でお世話になったとき、この人には随分と絞られたものだ。
言葉の当たりは優しいが、仕事に関しては自分にも他人にも厳しい人だった。
「あら。随分緊張しているわね。この前、そんなに厳しく接したかしら?」
そう言って肩をすくめるパラレナンバさん。
「神官長達が待っているから挨拶してくるといいわ。……尤も、一番楽しみにしていたのはディナポーズちゃんだけど」
笑いながらそう言うパラレナンバさん。
「あぁ! 内緒って言ったのにぃ」
剥れるディナポーズちゃんの背を押して神殿へ送っていくパラレナンバさん。
「内緒だって言ったのに……」
「ごめん、ごめん。仲良さそうだったから、つい……」
「もう……」
神殿に消えていく二人を見ていると何となく微笑ましい物を感じた。
「相変わらず仲良いな、あの二人」
少し歳の離れた姉と妹。そんな言葉が似合う二人だった。
「さてと、そろそろ行こうか」
荷物を担ぎなおし、医療院の入口に向かって歩き始めた。
ここの医療院の長は神官長が兼任している。
神殿に回り、神官長執務室を覗いてみたが人影は見当たらなかった。
……待てよ。この時間なら……。
神殿を出て温泉にまわる。
「おぅ。来たな」
力強く肩を叩かれる。
振り向くとそこに神官長以下の魔術医が殆ど揃っていた。
早速『こき使ってやるから覚悟しろよ』だの『患者の女の子に手出すんじゃないぞ』だの手荒い歓迎を受けた。
「まぁなんにせよ、これから暫らくの間、宜しく頼むぞ。ピッコニード君」
「はい。此方こそ宜しくお願いします、神官長」
「よろしい! またビシビシ鍛えてやるからな。……尤も、殆どパラレナンバ君が面倒を見ることになると思うがな」