セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
数日が経ち、仕事も少しづつ思い出してきている。
早朝、待合所で巡礼者の寄付金を分けていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あら? ピッコニード君じゃないの。いつここに来たの?」
この声は……。
「あ……」
勝気そうな瞳をした女性が近付いてきた。
「アルティシアさん……」
「あら。覚えてくれていたのね。嬉しいわ」
……忘れる筈もない。この人の兄さんに僕はえらい目に合わされた。
ここに来た当初、この人の兄さんに『好みの女性像』に付いて聞かれたことがあった。その際、『未だそれどころじゃあリませんから。早く巡り会ってみたいですけど』と迂闊にも気安く答えた僕に、彼は『それなら好みの女性に巡り会って来い』と言うや否や事もあろうに、露天だった温泉の女性専用区域に放り投げてくれたのだ。自分はその足でいち早く逃げ出して……。
おかげで入浴中だった患者や魔術医から変質者呼ばわりされて肩身の狭い思いを3日ほど味わったのだ。誤解が解けた後は逆に同情されたが……。
その後、暫らく避け続けるうちに基本的には気がいい人であることはわかった。時偶、豪快に悪乗りするだけで……。
「いつから来たの? 調子は如何?」
矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「あ、ええ、数日前から……調子の方は何とか……アルティシアさんこそ調子は……」
圧倒されながらも、アルティシアさんに体調を聞いてみる。
相変わらず元気そうだったが、暑気中りぐらいしているかも知れない。
「私?」
自分を指差すアルティシアさん。
「何言っているのよ。見ての通り私は元気よ、どこも彼処も」
胸を叩いて笑うアルティシアさん。
「はぁ……」
やっぱり……。
「ここには皆の顔を見に来ているのよ。色んな人が集まるから」
待合所を見渡すアルティシアさん。
「暇な人たちで集まって色々とお喋りするのが楽しいのよ」
ここは療養の場なんですが……。
相変わらずだ、この人は……。
「何はともあれ、これからもよろしくね」
あまりよろしくされたくなかった……。
午前の治療補助も終わり、食堂へ足を運ぶとそこで会いたくない人に出くわしてしまった……。
「キャ、キャスバルさん……」
苦手な人だ……思わず身構えてしまう。
「おいおい、久しぶりに出会って最初からこれか? 随分と警戒されたもんだ」
アルティシアさんの兄に当たるキャスバルさんは、かつて何処かの門家をやっていたらしい。だが、今はこの地で妹のアルティシアさんと悠悠自適の生活をしている。
……未だ40代前半だというのに。
「あ、いえ……そんな事は」
口篭もっていると、
「まぁ、最初がアレだったからなぁ。仕方ないと言えば仕方ないか。いや、済まん。あの時の事は謝る。……この前はきちんと謝っていなかったからな」
頭を下げるキャスバルさん。
如何したものか困っていると助け舟があらわれた。
「あら、キャスバル兄さん。……何やっているの?」
「ん? ああ、アルティシアか。いや、前の事を謝っていたんだ」
「呆れた。未だ謝ってなかったの? 全く……」
そう呆れるアルティシアさんの盆には色取り取りの料理が所狭しと並んでいた。
「……すごいですね……相変わらず」
お好み定食の他にルバオフィの照焼き丼、一角海豹のムニエル、飛び鮫の深蒸し、深海アンコウのスープ……。あ、ロヴロン産のワインまで……。
……四人前は軽く超えているだろう……。
「最近ご飯が美味しいのよ。私とキャスバル兄さんだとこれぐらいあっという間に食べちゃうのよ」
そう言ったそばから一角海豹のムニエルに齧り付いている……。
あの食欲で現役時代の体型を維持できるんだから、ある意味生物離れしている……。
その様子を見ているだけで満腹になりそうな勢いだった。
「あなたは何にするの? ここのルカダリア風の丼物はお手軽でお薦めよ。あなたがいなくなってから出来た新メニューなの」
「へぇ……ルカダリア風の丼物は、久しぶりだな」
「何? 何食べるの?」
「……じゃぁ、丼物にします」
一角海豹のムニエルとお好み定食を平らげて、ルバオフィの照焼き丼に取り掛かるアルティシアさんの前を離れて、丼物を買いに行こうとすると、
「ん、何か買うのか?」
一心不乱に目の前の飛び鮫の深蒸しを平らげていたキャスバルさんが、
「ついでに俺の分、何か麺を適当に頼んでくれ。金は後で払う」
……これ以上食べるのか?
キャスバルさんは事も無げに言った。
「麺でさっぱりと〆るよ」
ここに来て1週間が過ぎた頃からようやく朝から暑さが厳しくなリ、夏真っ盛りになってきた。
水を浴びて医療院に向かうと、何やら浴場前が騒がしい。
何事かと通路の角から覗いてみると、患者の女の子達が温泉療養を行なうらしく、浴衣バスローブ姿で通路の前に集まっていた。
浴衣姿の彼女達から何となく目が離せずにその一団を見つめていると、その中に混じって見覚えのある緑青色の長い髪が見え隠れしている。
……頭の中に警告が木霊する。
その場を離れようとしたが、肩をがっちりと握られてしまった。
恐る恐る振り返ると……居た。温泉の常連、キャスバルさん――別名『温泉のヌシ』が。
「何やってるんだ? ん~?」
目が笑っている。
僕と同じように角から顔を覗かせている。
「ほぉ。これはまた……花園の花が揃って。……一人枯れかけているのもいるか」
そこまで言うと頭を引っ込め、
「……なるほどなぁ。ピッコニード君、なかなか見かけによらず……」
ライカンスロープは短命だと聞いていたが、こんな様子を見ていると、この人はまだまだ大丈夫そうだ。
そう思ったが沈黙を守る。
此処に着いた早々、この人に出会い、口を滑らせ酷い目にあわされた事は未だ覚えている。
「仕方ないな……。ピッコニード君、君にとっておきの場所を教えてあげよう。温泉の前にある樫の木に登ってみたまえ。多少遠いが、君の視力なら露天が覗き放題だぞ。……それでも満足できなかったら男用の露天の岩場を探してみろ。隙間から同じく――」
一頻りからかわれていると、いつの間にかアルティシアさんが居た。
「どうしたの?」
「ん~? ……何だ、枯れかけた花…ぐぉ」
アルティシアさんの拳がキャスバルさんの顔面を直撃していた。
「花がどうしたの?」
あくまで、にこやかなアルティシアさん。
「……痛つつ。何、さっきまで通路にいただろ、可愛い娘達が。……どの娘が好みか訊いていたんだよ」
そこまでキャスバルさんが言うとアルティシアさんの目が輝いた。
「あぁ。……うん、確かに今が一番良い時期かもね。……で、ピッコニード君、どの娘?」
「な、何がですか……?」
「何って……決まっているじゃないの! そんなこと言わせないの!」
そう言いながら僕の肩を叩くアルティシアさん。
「で、どうなの? どうなの? そっちの方は?」
身を乗り出してくる二人。
知らず知らずのうちに壁際に追い詰められていた。
更に詰め寄る二人。
「ど、どうって……そっちの方って何がですか?」
「決まってるでしょ。アレよアレ」
「何ですか? アレって」
「惚けちゃって。どうなの? 誰か好みの娘見つけたの?」
「は?」
「ほら、此処の医療院って結構可愛い子多いじゃない?」
「そうだよなぁ。お前もあの娘達も未だ若いしな、堪らんだろ? おまけに今は夏真っ盛りで薄着の季節だしなぁ」
キャスバルさんがニヤリと笑う。
「あの……」
「誰? 誰?」
「もったいぶるな。言えば俺達が紹介してやるぞ?」
「いや……その」
「気にするなよ。ここにいる娘達は皆知り合い見たいなもんだ。な、言っちまえよ」
「はぁ……」
「あら? 遠慮しているの、ピッコニード君? ダメよ、そんなんじゃ……。キャスバル兄さんなんて門家の頃はそりゃもう凄かったんだから。あなたも……」
「………」
喋り続ける二人。
……誰か助けて欲しい。
延々と続く二人が若かりし頃の話。
「……って、何の話だっけ?」
アルティシアさんが脱線に気づいた。
「女の子を紹介する……って、あ」
しまった……。
「おお。そうだったな。すっかり忘れていたよ。……で、誰を呼んでくれば良いんだ?」
二人に追い詰められた時、通路の向こうの方で僕を呼ぶ声が聞こえた。
……助かった。