セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
私は今、重大な危機に瀕している。
朝、目覚めた時はまさかこんな事になるなんて、思いもしなかった。
館が、私が幼い時から暮らしてきた館が、あの太古から生き続けてきた闇に蠢く者に占拠されてしまったなんて……。
いったい何が原因でこんな事に……。
いえ、原因は判っている。
魔道士にとって最も忌むべき事――召還の失敗が原因であると。
あれは……そう、お館様と、しのぶさんが揃って出かけた後の事……。
「ファイミラ、何処に行ったの?」
私は仲間であり、妹のように可愛がっているファイミラを探していたわ。
ファイミラが、蟲の召還を覚えたと昨晩こっそりと教えてくれ、今日、その成果を見せてくれると話していたから。
「ユニコお姉ちゃん、こっちこっち!」
ファイミラは私――ユニコディレ――を実の姉のように慕ってくれる、私にとっては実の妹のような存在。そのファイミラの声はしても姿が見えず、私は少し焦りを覚えていたわ。
ここの館は妙な細工があって、ビート兄さんやライフ兄さんも、マッド姉さんも何度も迷った事があるって聞いていたから、来たばかりのファイミラが迷ったらと思うと……。 ようやく館の地下室に向かう扉が開いているのを見つけた私は迷わず下へ向かったの。 地下ではファイミラが待っていて……私が来ると同時に呪文を唱えて……。
そして、アイツが、選りによってあの忌むべき者が姿を顕してしまったの……。
一騎打ちなら負ける事は無かったと思う。でも……私は……悲鳴を上げるファイミラを助けられずに……。
何とか一階に戻れた私は、すぐに実戦施設に剣を取りに行ったわ。
……今にして思うと、あの時扉を閉めておけば、後の惨劇は防げたのに……迂闊だった。
剣を取って戻ったときには既に惨劇が始まってしまった……。
初めにティア姉さん、次にセルシ姉さん、そして頼りにしていたマッド姉さんまでも奴等の餌食になってしまった……。
私達の悲鳴を受けて阿修羅様達の所からイズニッカさんとワインチェリーさん、それにフォトケイジさん、スペーユリシーさんが駈け付けてくれたけど、ファイミラ達4人を助け出すのが精一杯だった。
私達は二階の隅の部屋に追い詰められてしまったの……。
私達に出来る事といえば、扉の前にバリケードを作る事だけ。奴等の前では無力だったわ、私達。
辺りが闇に閉ざされると、あいつ等は活動を再開させたわ。
「もう、これ以上長引けば私達が圧倒的に不利になるわ。朝になれば打つ手はあるでしょうけど、それまでこの部屋が持つかどうか……」
イズニッカさんが部屋を見まわす。
「そうね。それに……」
ワインチェリーさんが私達の脇に横たわるセルシ姉さんたちを見ていた。
「四人の容態も気になるし……」
辛うじて助け出せた四人の意識は未だ戻らず、時々何かを拒絶する――何かを振り払うかのような仕種を繰り返している。
「……しのぶさんかキョバタ兄さん、いえ、ライフ兄さんかアッシュ兄さんでもいい。誰かが帰ってきてくれれば……」
「何か聞えなかった?」
フォトケイジさんが耳を欹てた。
「え? 奴等?」
声が震えているのが自分でもわかる。
「いえ……。いけない! 玄関を誰か開けたわ!」
一瞬の静寂。扉を閉める音。そして……。
闇を裂くような悲鳴が響き、沈黙が訪れた。
「……しのぶ様の声ね。……やられたわ」
重苦しい沈黙が私達を捕らえる。
「こちらから行くしかないわね」
そんな沈黙を振り払うかのようにイズニッカさんが提案してきた。
「うん。時間が経てばそれだけ悲劇が繰り返されるわ。しのぶ様も助けないと……」
スペーユリシーさんの一言で、決まった。
……それしかないのね。あいつ等と戦うしか……。
私の中に、今までの事が走馬灯のように思い出される。
初めて館に来た時の事、初めてのお給料、皆で行った買い物、そして激しい訓練。
優しかったお館様、なんでも相談出来たしのぶさん、そしてくじけそうな私を励ましてくれた兄さんと姉さん。皆を護るには……私がやるしか、ない……。
「じゃ、いい?」
みんなが頷く。闘技場ではライバル。でもここでは頼れる仲間。こんなに頼もしい仲間が私には居る。絶対に生きて帰るんだ……。
イズニッカさんが作戦を立てている。
「私達が援護するから、スペーユリシーとユニコディレが突撃。階段の隣の部屋を取り返した後、そこで私たちを待って。私達が4人を部屋に入れたら、ユニコディレが階段下まで何とか行って。一緒に行きたいけど私達じゃここの様子が判らないから足手纏いになっちゃうわ。援護は必ずするからお願い。階段下までいったら明かりをつけてすぐに階段まで避難。明かりを目印に奴等が来るからね。明かりが点いたらすぐに私が階段の真中まで行くわ。明かりの近くに来た奴等からみんなの魔法で殲滅。これでいいわね?」
皆が頷く。
「じゃ、開けるわよ。準備はいい?」
無言で頷く。
心の中で、タイミングを取る。
(……1……2……3……!!)
扉が開けられると同時に私とスペーユリシーさんが同時に廊下に躍り出る。すかさずイズニッカさんとワインチェリーさん、フォトケイジさんが魔法の援護を掛けてくれる。
……結構いいコンビね、私達って……。これなら伝説の『天空の神殿』にも行けるんじゃないかしら?
そんな事を考える。お館様には戦いで余計な事を考えるな。と厳しく言われるけど、周りで面白い様に奴等が飛び散るのを見るとそんな事も考えてしまう。
時をかけないで階段隣の部屋に来た。
ここからは援護は期待できない。……やるしかない。
スペーユリシーさんと視線による会話。
……スペーユリシーさんが先陣、私が援護と決める。
タイミングを見計らい、私が部屋に魔法を叩きこむ。
すかさずスペーユリシーさんが突入。部屋はすぐに取り返せた。私達、無敵コンビに敵はいないわ!
「何とかここまでこれたわね。でも、問題はここからよ」
合流したイズニッカさん達とこれからの作戦の確認をする。
「逃げてくるときに判ってたけど、ここの階段は螺旋階段だから一気に下へは降りられないわ。それに天井に段差があるから下から上がるのが人間だったら上りにくいけど、奴等は違う。逆に頭上からの攻撃もありえるから油断はしないで」
今更ながら、奴等の力に気づかされる。
奴等は並外れた生命力を持っている。
そして、その力を武器に奴等は、私達の国が誕生する遥か昔から……そう、神代の時代から存在してるってことを。
そして、土に埋もれた生命が石になるほどの時を経た奴等に知性があっても不思議はないわ。
私は勝てるのだろうか? ……いえ、勝たなければならないのよ、ユニコディレ。
「じゃ、開けるわね」
無言で頷く。
心の中で、タイミングを取る。
(……1……2……3……!!)
すかさず援護の呪文が飛び交う。
階段の中央まで来れた。
ここから先の援護は……無い。
階下から奴等の気配が伝わる。
蠢く気配。
その階下の様子を覗う内に私は意識が闇に囚われ掛けている事に気がついた。持つ筈のない質量を増大させ続けた静寂が、全ての存在を重力の井戸に飲み込んでしまう。そんな気持ちに……。
……いけない。しっかりしなさい、ユニコディレ!
気合を入れて階下に、無限の闇の領域へと足を踏み入れる。
……近い。気配が一段と近くなった。来る!
しかし、奴等は狡猾だった。私達を嘲笑うかのように、全く予期しない方向から攻撃を仕掛けて来た。
背後から爆発音が聞えた。振り向く私の目に映ったモノ――たった今私が居た部屋から煙が流れている光景。
まさか!! 裏をかかれた!?
部屋に戻りかけた私に、フォトケイジさんの声が聞える。
「私たちの事はいいわ! 早く下に行って! あなただけでも逃げなさい!」
再度の爆発音。
「早く行きなさい! 早く!」
呪文を唱えていたイズニッカさんとワインチェリーさんの悲痛な声が聞える。
「早く! あなただけでも逃げてよ!」
さっきまで、背中を預け合ったスペーユリシーさんの声も……。
何処を走ったのだろう。
戦友の悲痛な声を背後に聞きながら、私は階段を駆け下りた。
戦友を失い、私にはもう何もない。
広間に出て、私は得物を探した。初めの作戦では私はこれを見つけ、階下のランプに明かりを燈す筈だった。そこを仲間の呪文で……。しかし、今はもう仲間は居ない。
私の中に言いようの無い悔しさが湧き上がる。
……アイツラハゼッタイニユルサナイ……
私は……松明に火を燈し……奴らに立ち向かった。
……奴等は明かりを目当てに来る。私が明かりを持ちつづければ、奴等とは否応なしに戦える。
私は少し冷静さを欠いていた。
冷静に考えれば、私はすぐに逃げ出して、応援を呼ぶべきだった。
所詮、女の身では奴等に勝つことは至難の事だった。
数にものをいわせた奴等に松明を落とされ、暗闇の中、私は奴等から嬲者にされている。
……奴らが飛ぶ事を予想していなかった私は奴等から思いがけない方向からの攻撃を受けつづけ、肉体的にも精神的にも限界だった。
……ここは……玄関……?
朦朧とする意識の中、目を凝らすと薄らと、しのぶさんの身体が奴等に覆われている様子が見えた。もう意識は無いようだ。
……ごめんなさい、しのぶさん。私がすぐに助けを呼んでいれば……。
私は後悔の念に苛まれていた。
そんな私の身体を奴等が、足元から次第に覆ってくる。
……もうだめね。……最後に皆とまたお話がしたかったな……。
そんな中、私は微かに扉がきしむ音を聞いた。
誰かが、この館に、奴等が蠢いているこの館に入り込もうとしている。
いけない……。扉が開かれてしまう……扉を開いてはダメ……。
私の願いも届かず、開かれる扉。
……もうだめ、奴等が……外に出てしまう……。
「誰かいないのか?」
……聞き覚えのある声。……誰でもいいから、逃げ……て…。
最後に私の見た光景は、外への扉に殺到する奴等と聞きなれた声、動き回る幾つかの影、そして……閃光。
*****
気がつくと私は自分の部屋に寝かされ、お館様やキョバタ兄さん達が私を見つめていた。
「気がついたか……?」
お館様の声に、私は自分が助かった事を知った。そして、事情を尋ねるお館様に、昨日の出来事を残らず語った。
「……事情はわかった。召還の失敗か……それで奴等があれだけ居たんだな……」
頷くお館様。
「アレを見たとき、何事かと思ったぞ。奴等はライフとキョバタが殲滅したからな。安心しろ。身体に以上は無いようだし、動けるようになったら降りてきなさい。皆も心配していたぞ」
私が幾分元気を取り戻し、階下に降りると、姉さん達も起きていた。……よかった、無事だったんだ。
広間に集まり、周囲を見渡す。
昨日の悪夢はその影も無かった。
「……それにしても……派手にやってくれたものだな……」
お館様が呆れたようにため息をつく。
……見渡す限りのごみの山。……ちょっとやり過ぎたかもしれない。でもあの時は仕方のない事だったわ、奴等を殲滅するためには。
でも……キョバタ兄さんとライフ兄さんの声が痛い。
『……ゴキブリ相手にこれだけ暴れるとはね……』
「今日の訓練は無し。全員でここの後片付け! ただし、ユニコとファイミラは来月まで魔法の徹底特訓! しのぶと一緒に扱いてやるからな、覚悟しろ」
お館様の声が響いた。
……後で聞いたらお館様から阿修羅様達にも連絡が行ってイズニッカさんたちも扱かれたらしい。ごめんなさい……。
ver.-1.00 2001-06公開
ver.-1.00 2020-10.31 再公開