セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
一日の仕事を終え、自分の部屋に戻る。
……寝台に横になってもなかなか寝付けなかった。
本当に疲れたのだが……。
いや、疲れたのは身体よりも心の方かもしれない……。
「……からかわれているんだろうな、あの二人に」
あの二人とは、何故かよく顔を合わせる。
出会ったが最後、良いように遊ばれてしまう。
ここにいる間は、あの二人に玩具にされてしまう……そんな気がする。
窓から入る夜風が心地よい。
遠くから微かに楽しそうな音楽も聞こえる……。
「そう言えば、アルティシアさん、舞踏会が催されているって言ってたな」
身体を起こし、少しの間考え込む。
「……行ってみようかな」
あの二人に合う可能性もあるけど、外だったら何とかなるだろう……。
「へぇ。予想していたよりも華やかだなぁ、ここの舞踏会」
着飾った男女が歓談を楽しみ、料理に舌鼓を打っている。
満面の笑顔。
主に連れられて見に行った表彰式を思い出す。
「まぁ、たまにはこんな場所も良いか」
歓談する男女の妨げにならないように人の流れに乗って会場をさ迷うと、噴水がある広場に出た。
楽団の曲に合わせ踊る華やかな一団。
僕には縁遠いな……。
少し寂しい気もするが、相手もいないし振り付けも良くわからない。
無理に踊らなくても見ているだけで華やかな気分を味わえる。
金管楽器の旋律、踊る人影。
絵に描いたような華やかさが、そこを支配していた。
「あれ?」
そんな空間に違和感があった。
一人で水が止まった噴水の前に立ち、踊りの輪を見つめる少女。
しなやかそうで、すらりと伸びた手足を、青を基調としたドレスで覆っている。
凛とした雰囲気を身に纏うその姿から、いかにも勝気そうな印象を受けた。
「……」
しかし、広場の灯りに照らされたその顔には微かに寂しげな表情が揺れていた。
華やかな雰囲気が支配する空間で、それが違和感の理由だった。
「……?」
彼女と目があった。
慌てて視線を逸らしたが、彼女が僕を見つめまっすぐやって来る。
「踊らないの?」
それが彼女の第一声だった。
「え?」
予想しなかった言葉に一瞬頭が空白になる。
「ん?」
首をかしげる彼女。
「君こそ……君は踊らないの?」
その質問に、
「え? ……うん、ちょっとね」
彼女のその様子になんとなく納得がいった。
「……君も、地元じゃないんだ」
会ったばかりの彼女になんとなく親近感を抱き話しかけた。
「一人?」
彼女がその言葉に鋭く反応してきた。
「……それってナンパ?」
その金色の瞳に強い光が宿る。
「え!? い、いや…違うよ。ただどうして君みたいな娘がって思っただけで、別に……ごめん」
我ながら呆れるくらい必死に謝っていた。
「あはは、冗談冗談。うん、一人……よ。あなたも?」
彼女がその表情に笑みを浮かべ聞き返してきた。
「……まぁね」
休暇を貰っているとはいえ、訓練を怠るわけにも行かない。必然的にこういう華やかな場では独り者になる。
「ふ~ん。……お互い寂しい独り者ね」
呟く彼女。
「さびしいね?」
そういって彼女は笑う。
その言葉とは裏腹にその口調は全く寂しさを感じさせなかった。
つられて思わず笑みが零れた。
二人の笑い声が少し大きくなる。
「でも、こうやって、旅先で偶然知り合った男女って……」
「? ……何?」
金管楽器の音が一瞬高くなり聞き取れなかった。
「知り合った男女って」
「うん……」
「……恋に落ちたりしない? それも運命的な恋に」
「え!?」
突拍子も無い彼女の言葉。
「……でも大抵、どちらかに恋人がいるのよね……」
「……えっと」
なんと言えばいいのだろう……。
「伝承歌とかだと」
「……」
「私にはいないんだけど……。あなたは……あ! 一人だったわね」
「ああ、うん……残念だけどね」
「伝承歌みたいには、いかないわね」
「……」
「ん? どうかした?」
「誘ってるの? ひょっとして……」
「え!? 誘ってない、誘ってない。言ってみただけよ」
「言ってみただけ?」
「そう。……がっかりした?」
「そんなことも無いけど……」
「そんなことも無いの?」
暫し見つめ合った後……。
どっちからともなく笑い声が零れた。
「あなた、面白い人ね」
彼女が笑いながら、突然そんなことを言う。
「そうかな」
面白いのは君のほうだと思うけど……。
そう言いかけ、ふと、彼女の顔を見る。
……何処かで見た事があるような気がする。
次の瞬間、目の前の彼女の名前が浮かび上がる。
彼女は将来を約束されたドールだった。
確か、『烈風の戦鬼』ネイシングル……。
「面白いわよ。よろしくね。私はネイシングル」
彼女がまっすぐ僕の目を見つめ名乗る。
「……ネイシングルさんって、あの『烈風の戦鬼』の?」
「ふぅ。ここでもわかっちゃうんだ……特別視されたくないのにな」
そう溜息をつくと、
「……あなたは?」
「僕はピッコニード。ここの温泉で世話になっているんだ」
「温泉って……ひょっとして、セルピルムの温泉?」
「ん……そうだよ」
セルピルムの温泉は神殿に湧き出た奇蹟の温泉として、難病を患った人々が最後の望みをかけて訪れ、或は、重傷を負ったドールが傷の回復を早める為に訪れる、療養の為の温泉だ。決して観光地ではない。
彼女もその事は知っているのだろう。表情が幾分暗くなる。
「あ……ごめんなさい。……それで踊れなかったのね」
「え?」
「だって……。何処か悪いんでしょ?」
すまなそうな口調。
療養中と勘違いされたらしい。
「違う違う。……働いているんだよ、神殿で」
「療養とかじゃなくて?」
意外だ。というような目で問い直す彼女。
「うん」
「え? ……じゃあ神聖魔術医なの? 全然それらしく見えないけど」
「……違うよ、これでもドールなんだ。………試合で勝てないから、この頃出してもらえなくて。仕方ないから、こうやって学んでいる神聖魔術を使って働いているんだ」
「治療はしないの?」
「しないよ」
「……雛ひよこなんだ」
なかなかきつい事を言う。
「……まだまだ修行中だから」
「ふ~ん。じゃ、ここの出身じゃないの?」
「うん。ネイシングルさんも……地元じゃないよね? 何か雰囲気が違うし……」
灯りに照らされた髪が金の粉を撒くように煌く。
「さん。は要らないわ。ネイシングル、よ」
少女が勝気そうな瞳で見つめる。
「じゃあ、ネイシングルさ……は、何しに此処に?」
「え? えっと……ちょっと、ね」
言いよどむネイシングルさん。
「あ……聞いちゃいけない事だったかな?」
「ううん。……まぁ、その……旅行に、ね」
その言葉に驚いた。
「一人で? 若い女の子が?」
早速癇に障ってしまったらしく、ネイシングルさんが声を荒げる。
「そうよ、悪いかしら? ……その目は何? 何か文句ある訳?」
第一印象が当たる極めて珍しい例らしい。
さすが、一人旅するだけの事はある。激しい気性だ……。
「いやいや、文句なんてございません。一人旅、実に結構ですね」
冗談めかして続けた。
「でも……なら、やっぱり誘っていない? 旅の道連れか何かにさ」
一瞬ネイシングルさんが目を丸くした。
「……誘っていません、残念でした」
苦笑交じりにネイシングルさんが応える。
……実に不思議な気分だった。
闘技場で遠くの観覧席から大きな大会で顔を見かけるだけなのに……。
知り合ってから幾らも経っていないのに、同じ家門で長年過ごしてきた仲間の様に軽口を叩き合い、互いの反応を楽しんでいる。
「それはそれは。残念です」
ネイシングルさんが、その大仰な台詞に肩をすくめる。
「お生憎様」
そう言った彼女の仕草は、驚くほど優雅で、思わず目を奪われてしまった。
「……ん? どうしたの?」
顔を覗き込むようにして彼女が話し掛けて来る。
「あ、いや、なんでもないよ」
「ふ~ん。まぁいいけど。……でも、あなたこそ、若い男性が一人でこんな所に来るなんてナンパ目的なんじゃないの?」
「正直言うと、確かにね……。少しは、しようかなって思ったよ。なんとなく来て見たけど、知り合いもいないし、何だか心細くてね」
彼女が穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「それは私も同じね……。皆楽しそうな分、余計自分が浮いちゃってる気がして」
「実際浮いていたしね……」
「お互いにね」
華やかな舞踏会も最高潮らしい。
周囲の人たちも舞踏に加わり始めた。
「……楽しそうだね、みんな」
「うん……楽しそうに踊ってる」
何気なく彼女に視線を向けると、その表情に最初に見たような微かな陰りが浮んでいた。
「……本当に……悩みなんて無いってみたいに、すごく楽しそう……」
「えっ……?」
僕のその言葉に、彼女がハッとした表情になる。
「私たちも踊ろう!?」
そう言うネイシングルの表情から、先程浮んでいた陰りは消えていた。
「え? ……でも、踊れないって……」
「あ、あれ? 嘘よ、嘘。……だって一人で壁の花やってましたって格好悪いでしょ」
そう明るく笑うネイシングルさん。
「それに、こういう機会でもないと、こんな所じゃ楽しめないわよ? せっかくこんな舞踏会あるんだから。ね……踊ろう?」
「……でも、踊り方知らないし」
「そんなこと……私が教えてあげるから」
「え? 知っているの? ネイシングルさん」
その問いかけに腕を組み睨みつけてくる彼女。
「ネイシングル、よ。……さん付けは要らないって言っているでしょ? 心の中で『ネイシングルさん』って呼んでいるからそう呼ぶのよ。同年代で同じドール仲間じゃないの。仲間なら『さん』付けは要らないわよ」
「ご、ごめん」
慌てて謝る様子を見てネイシングル…が少し微笑む。
「ごめんね……会ったばかりなのにこんな事言って。……怒った?」
「ううん」
慌てて首を振る。
「ありがとう、あなた優しいわね。えっと、どうして踊れるかって事よね……私、舞踏会の踊りは一通り叩き込まれているの。家門の当主が絶対に必要にさせてやるって言って。まさか、こんな所で必要になるなんて思わなかったけど」
そう言うと自分の腕を僕の腕に絡ませてくる。
「だ・か・ら、ほら!」
「わっ……」
「こっちこっち」
ネイシングルに腕を取られ踊っている男女の中に入る。
「私の動きに合わせてくれれば、それでいいから」
そう笑うとネイシングルが足を踏み出してくる。
「ほら、ね? ……そうそう、いい感じ。上手上手」
次第にネイシングルの動きに体が慣れてくると手の振り、足捌きが自然に出来るようになった。
結局、舞踏会が終わるまで踊りつづけた。最後は周囲の注目を一身に受けることになってしまったが。
その興奮が冷め遣らぬまま、連れ立って夜の並木道を歩く。
「楽しかった~」
元気な彼女。
「……僕は疲れた」
立ち止まり、手を膝につき肩で息をしている僕を見て彼女が笑う。
「ペースを弁えずに続けるからよ」
「……そんなの……考えられないよ。……あんなに興奮しているのに」
「それもそうね」
笑う彼女を見ながら背筋を伸ばし大きく息を吐く。
こんなに運動したのは久しぶりだった。
「やれやれ……さてっと」
「あ……」
月も傾き、夜も更けていた。ドールとはいえ、若い女性が出歩いていて良い時間でもない。
「そろそろ……」
そう切り出した僕の声を遮るような彼女の声。
「帰ろっかな」
暫しの沈黙が辺りを包む。
「今日は楽しかったよ」
「私も……」
ネイシングルに背を向け歩き出す。
「あっ。ピッコニード君」
振り返るとネイシングルが笑みを浮かべていた。
「私、もう暫らく此処にいるつもりだから」
頷きを返す。
「また会えたら良いね」
熱い身体を冷ましつつ散策を終え、部屋に戻る。
だが先程までの舞踏会の熱気が未だ身体に残っている。
このほてりを冷まさないとすぐには眠れそうに無い。
寝台に横になり、先程まで一緒だった彼女の事を思い出す。
「ネイシングル……か」
溌剌としていて、全身から気が溢れ返っていた。……その気に飲まれ、つい我を忘れ、踊ってしまった。
「また何処かで会えると良いな……」
そう呟くと身体から力を抜く。
火照った身体に夏の風があたり、心地よい眠気が訪れる。
……今夜はなんとなく良い夢が見られそうな気がした。