セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
1:再会
修行と治療補助の仕事に追われた後の久々の休暇だった。
特に予定も無く、近所をうろついていると、気が付けば丘の上の庭園に通じる小道を歩いていた。
静寂に支配された小道に、石畳を歩く足音が響く。
舞踏会があったのは先日だったが、賑やかだった小道の面影は跡形も無く、他に人影は見当たらなかった。
「そう言えば……」
この庭園で彼女に会ったんだ……。
先日の舞踏会で出会った彼女を思い出していた。
「……そう言えば暫らく居るって言ってたな」
庭園内を散策する。
「あれ?」
水飛沫をあげる噴水の前に人が立っている。
金色に輝く髪に光が映える。
彼女は何をするわけでもなく、ただぼんやりと噴水を見つめていた。
「……」
近付き、その姿に声をかける。
「……ネイシングル?」
「え!?」
振り返ったネイシングルが目を丸くした。
「あ……!」
「えっと……久しぶり、でいいのかな?」
「……会えた」
小さく呟いたその言葉は良く聞き取れなかった。
「え?」
「あ……ううん。……こんにちは。また会ったわね。えっと……ピッコニード君」
そういって微笑む。
「ああ。呼び捨てで構わないよ」
「え?」
きょとんとした顔で見つめるネイシングル。
「だって、呼び捨てで良いって言ってたから。ならお互いにね」
「そっか……そう言えばそうね」
そう苦笑を浮かべる彼女。
「じゃあ……ピッコニード。どうしたのこんな所で」
「いや……なんとなくね」
雰囲気がなんとなく硬かった。
当然といえば当然だ。
舞踏会の晩に一度会ったきり。
確かに二人ともドールではあるが、話をしたことはおろか、闘技場で顔を合わせたことすら無い。
楽しい時を一緒に過ごしても、舞踏会の雰囲気に酔っていただけかも知れない。
そんな遠慮がお互いにあった。
『また会えたらいいね』
そうは言ったものの、お互いにまた会えるとは思っていなかったのだろう。
休暇先での偶然の出会い……そんな風に考えていた。
少しぎこちない感じで彼女が話し出す。
「ああ……セルピルムの神殿で働いているのよね」
「うん。……そっちこそ、何しに?」
「暇つぶしよ?」
「なんだ。待っていたんじゃないんだ?」
硬くなった雰囲気をほぐそうと冗談めかして言ってみる。
「誰を?」
自分を指差す。
「僕を」
「……まぁね、ちょっとだけ待っていたかもね」
彼女が笑う。
二人の間に在った緊張感が解けたように感じる。
「……何だ、ちょっとだけか。残念」
大仰に落胆してみせる。
「ん~。じゃあ、すっごく待っていた」
「……」
「物凄く待っていたの。あなたを」
笑いを堪える声。
「あまり嬉しくないなぁ……」
その僕の言葉に堪えきれなくなったらしい彼女が笑い声をあげる。
それから暫らく、互いの事を話した。
彼女は第三期休暇を利用し、引退した門家のところに遊びにきているらしい。
「私の家門って5ヶ月しか休暇がないの。迷宮探索とかだと時間なさそうだし、たまにはのんびり過ごそうって思って来たんだけど結局暇を持て余しちゃって……。あなたは忙しいのよね」
そう言いつつ悪戯そうな視線を投げかけてくる。
「あ、でも、こんな時間にふらふらしているんだから、結構暇なのかしら?」
「ひどいなぁ。こき使われてやっと貰った休みなんだよ」
「見習いだったかしら?」
「そう、見習い」
そう応える。
そう卑下したつもりはなかったのだが、彼女はそう受け取らなかったらしい。
「……ちょっと、もっとやる気出しなさいよ。折角の機会なんだから精一杯修行しようという気にならないの?」
見かけ通りの威勢の良い彼女の声。
「でも……もともと奉仕活動のつもりで来ているから」
「奉仕活動?」
「良い成績を残せないドールは消えていく運命だからね。その後の事も考えないと……まぁ、こういう風に顔を繋いでおけば後で役に立つから」
その答えが彼女の癇に障ったらしい。彼女が幾分眉をひそめる。
「ふ~ん……それって私には、真剣に神聖魔術学ぶ気がないように思えるな……」
「そんなことはないさ……」
煮え切らない言い草に彼女があからさまに嫌な顔をする。
「選手として生きていくの? 神聖魔術医として生きていくの? どっちなの? はっきりしなさい」
「……わからない」
「あっさり言うわね……」
呆れたような彼女。
「仕方ないだろう? まだどちらにも未練があるし、どちらに向いているのか未だ解からないし」
ずっと胸の内に秘めていた本音。ここで彼女に問いただされるまで……。
しかめっ面をし、腕を組む彼女。
「良くない、良くないわね、そういうの。このまま中途半端な態度だと、結局どちらでも通用しなくなるわよ?」
「断言してくれるなぁ……」
「本当の事でしょ? 何時までも中途半端なままだと、本当にやりたい事がどんどん遠ざかっていくのよ?」
腰に手を当てる彼女の言葉が勇ましく聞こえる。
「……目指しているものにどんどん離されて、後から来た者に抜かされていくの」
わかっているの? と首を傾げる彼女。
「……まぁ、そうなんだろうけど……」
……ふと疑問を感じる。
「……自分はどうなの?」
「え?」
「ネイシングルだってそうじゃないの? 休暇でのんびりなんて……」
「あ……」
そう言えば、というような表情。
「……同類だね」
微かな勝利感を味わう。
「……私は……」
一瞬表情が曇る。
言い過ぎたかな、と思ううちに顔を上げるネイシングル。
「私はいいのよ、上級称号者の特別休暇中なんだから」
「……本当に?」
「良いの!」
「……本当に?」
「良いのっ! それより、他人の事より自分の事が大切でしょ。今しっかりやらないと後で大変なんだから!」
腰に手を当てたまま、
「そうだ! 今度応援に行ってあげる」
「応援?」
言われた意味が判らず、その言葉を繰り返す。
「あなたが働いている神殿。……怠けていないか見に行ってあげるわ」
「えっ!?」
「あそこなら結構近いし。……うん、そうするわ」
自分で言って勝手に頷く。
……僕の意見はどうなる?
「え……い、いいよ。遠慮する」
「嫌なの?」
眉間に皺を寄せる彼女。
「嫌って事はないけど……」
「じゃあ決まりね」
彼女が満面の笑顔で断言する。
結局押し切られてしまった……。
「差し入れ、持って行ってあげるから」
食べられる物だよなぁ……。
伝承歌なんかだとこういう場合は食べられないって事が多いからな。と一末の不安を覚える。
「……ネイシングル。……大丈夫だよね?」
彼女の金色の眼に強い光が宿る。
「どういう意味よ! 私、料理は得意なのよ!」
「ご、ごめん」
彼女の勢いに押し切られる形で、陣中見舞いの約束が決まった。
彼女ともう一度会える契機が出来たのは良かったと言えなくもないか……。
「いつ頃行けば良いの?」
空き時間を聞いてくる彼女。
「……昼くらいなら大丈夫かな?」
「神殿の何処?」
「それは……わからない」
「見習いだから?」
笑いを堪える彼女の声。
「……そう、見習いだから」
憮然とした声で応じる。
最初に出会ったときと同じように、小道で別れる。
背中から彼女の声が聞こえる。
「楽しみにしてんのよ!」
2:幸福な一時
……小鳥の囀りで目が覚める。
昨日、ネイシングルと約束をした後、小川を散策するうちに深い森へ迷い込み一日を潰してしまった。
今日から再び忙しい日々が続くのだろう。
神殿に行くなり、夥しい巡礼者の列の整理作業が待っていた。
治療を行なう際の寄付金が正しく納められているか確認をし、それぞれの部屋に誘導する。寄付金の額に注意しないと大変な事になる。かつて寄付金の桁を間違えて受け付けた神官が辺境の地へ左遷されたこともあったらしい。
列が無くなる頃には既に日も中空で休憩時間になっていた。
医療院の隣にある庭園の木陰で一息ついていると見覚えのある髪が近付いてくるのが見えた。
ネイシングルだ……。
「ピッコニード。来たわよ」
相変わらずその声は威勢が良い。
「……本当に来たんだ」
「もちろんよ。約束したでしょ?」
眩しい笑顔。
「はい、これ。差し入れね」
そう言うと手首を翻し、持っていた水筒を投げてよこす。
「冷たいうちに飲んでね」
自分も持っている水筒を開ける。
「いただきますって……あれ? 料理は?」
その言葉に、ばつが悪そうにネイシングルが頬を染め、頭をかく。
「起きたら、もう時間なくて……。ごめん!」
大げさな動作で謝るネイシングル。
「いいよ、別に。この暑さであまり食欲もないから飲み物の方が良かったよ。ありがとう」
「そう? 良かった。……冷たいうちに飲んでね」
「うん……いただきます」
二人の声が唱和する。
水筒の中身を空けながら、ネイシングルが辺りを見回す。
「ピッコニード、ここで働いているんだ……」
「うん。……いろいろやっているよ」
木陰に入り、水筒の中身を勢いよく飲み干すネイシングル。
あっという間に空になった水筒を逆さに振る様子を見ると、差し入れと言っておきながら自分も相当喉が渇いていたに違いない。
他愛もない会話で盛り上がっていた所に、医療院の長を兼ねる神官長が近付いてくる。
「あっ」
声を上げたネイシングルが持ってきた物を掴み、慌てて隣の木陰に隠れる。
「そこ! 休憩時間はもう終わりだぞ」
その言葉で思ったより時間を過ごしていた事に気が付いた。
慌てて立ち上がり、ふと隣を振り返ると彼女の姿がなかった。
何時の間にか庭園内の神殿近くに移動している。
「じゃ、私はこれで帰るから。今日は料理持って来れなくてごめんね」
そう僕に声をかけ、慌しく立ち去る彼女を見送る。
格好悪い所ばかりを見せてしまったような気がする。
今度会う時はもう少し良い所を見せようという気持ちが起こった。それが功を奏したのだろう。午後からの修行は随分身が入っていたらしく、導師からお褒めの言葉を貰う事が出来た。
一日の日課も終わり部屋に戻ってから、ふと考える。
ネイシングルと出会ってから、修行にも治療補助の仕事にも身が入るようになった。
そのせいか、あの『ヌシ』ともようやくまともな話が出来るようになって来た。
彼女の事を考えると自然と力が抜ける。
今宵も心地よい眠りに身を委ねられそうだった。