セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー   作:御舘雅盛

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飛翔 ~連娟~

 

1:森に舞う少女

 

「よう! こんな所で会うなんてな」

「うっ、キャスバルさん……」

 魔術医の一人に買い物を頼まれた帰り道、近道を利用したところでキャスバルさんに出くわした。今日はアルティシアさんと一緒らしい。

「どうだい、調子は? 修行だけじゃなく、あっちの方もしっかりやってるか?」

「ええ。……まぁ……」

 取り敢えず『あっちの方~』のほうは無視することにする。この人を相手にすると疲れる……。

「キャスバルさんは……元気そうですね。今日は医療院には行かないんですか?」

「特に用事もないからなぁ……。神官長は怖いしな」

「……いつも用事もないのに来ているのに」

 つい油断した。見る間に『温泉のヌシ』に邪悪な笑みが宿る。

「言うようになったなぁ、ん~?」

 言いながら僕の頭に腕を回し締め付けてくる。

 と、すぐに力が緩められる。

「まあ、その調子であの子の面倒を見てやってくれ。ヒヨッ子君」

 あの子? ……って誰だ?

「あの子、最近ようやく元気になってきたの。あなたのおかげね、ありがとう」

 アルティシアさんが頭を下げる。

「あの……アルティシアさん? あの子って誰の事なんですか?」

 誰だか見当もつかないまま尋ねてみる。

「何言っているの。あの子って言ったらネイシングルちゃんに決まっているでしょ。家に遊びに来ている『烈風の戦鬼』のネイシングルちゃんよ」

 正直驚いた。何故アルティシアさんがネイシングルの事を知っているんだろう?

「知っているんですか? ネイシングルの事」

「ええ。知らなかったの? 私たち、あの子がいる家門で現役の時は選手だったし、引退後は門家やっていたのよ」

 ネイシングルが遊びに来ている引退した門家ってキャスバルさんにアルティシアさん!?

「ああ……そうだったのか……」

「なに? お前に言ってなかったのか?」

 顔を見合わせる兄妹。

 まぁ、不思議ではないか。

 ネイシングルも二人を僕が知っているとは思わなかったのだろう……。

 しかし……。

 ネイシングルと、この二人が同じ家門か……。

 言われてみれば雰囲気が似ているな……。

 特に気の強い性格はアルティシアさんにそっくりだ……。影響受けたんだろうな。

「何、その目は? 何か言いたそうだけど」

 アルティシアさんが睨みつけている。

「い、いえ。ところでネイシングルは今どこにいるんですか?」

 互いに顔を見合わせる二人。

「そうねぇ……」

「多分この時間なら森に居るんじゃないかな?」

「あぁ、森ね。……そうね、この時間ならあそこかしら」

「森……?」

「あの子のお気に入りの場所があるらしくてな。確か場所は……」

 その森までの道をキャスバルさんに教えてもらい、荷物を届けた後で早速行って見ることにした。

「あっ! でも……」

 何かアルティシアさんが言いたそうだったが、急いで頼まれた荷物を届ける事にして御礼を言ってその場を後にする。

「ネイシングルによろしくな」

 キャスバルさんの笑いを含めた声が背後から聞こえた。

 

 

 夏の陽気を木々が遮り、時折僅かな隙間を貫く木漏れ日が大地を焼き、視界に強い色彩を生み出す。

 交互にやってくる強い日差しと森の暗さに時に目を細め、或は凝らしながら早足で進む。

「お気に入りって……完全に森の中か……」

 だが暫らくすると、風に揺れる木の葉の音に混じり、何か別の音が微かに聞こえる。

 その音は森の奥に進むにつれ次第に大きくなっていく。

「……歌?」

 透き通るような歌声が、はっきりと聞こえる。

 視界を覆う緑の天井が突然途切れ、蒼穹の空が広がる森の広場。

 その中心にネイシングルがいた。

「……」

 こちらに気づいていないらしい。

 歌い終わり、空を見上げると傍らの剣を取る。

 美しく腕を上げ、しなやかに身体を傾け、地面の上を滑るように進む。

 軽やかに伸ばした片足を軸に回転すると、金色の髪が日差しを浴び輝く。

「……」

 目を閉じたまま凛とした気配を身に纏い、一心不乱に、しかし空を舞う蝶のような軽やかな動き。

 剣舞――剣術を学ぶドールが必ず覚えるその舞。

 ……彼女の剣舞は今までに見たどの剣舞よりも軽やかで、侵しがたい雰囲気に満ちていた。

 その額には汗が輝き、身体が舞うごとに雫となって飛び散る。

 その姿に声をかけるのも忘れ、見入るうちに、奇妙な感情が湧いてきた。

「ネイシングル……」

 彼女と初めて会った時の事を思い出す。

 

「でも、こうやって、旅先で偶然知り合った男女って……」

「……恋に落ちたりしない? それも運命的な恋に」

「……でも大抵、どちらかに恋人がいるのよね……」

 

 格闘と剣術。

 彼女が頂点を極めつつあるそれらが彼女の恋人に見えた……。

 広場を蝶のように自由自在に舞う彼女は、心の底からそれを楽しんでいるように見えた。

「……何が暇だよ。全然、暇じゃないじゃないか」

 自分が置き去りにされたような焦燥感を感じていた。

 一通り剣舞を終えた彼女が背中を逸らし動きを止める。

 今までの激しい動きが嘘のように、最初からそこにあった彫像のようにネイシングルは静止していた。

 ……綺麗だ。

 素直にそう思った。

 大きく息を吐き、彫像が動き出す。

 彼女の瞳がゆっくりと開き……目が合った。

「え……?」

 沈黙が辺りを覆う。

「ピ、ピッコニード?」

「やぁ」

 静止した状態のまま慌てる声を上げるネイシングルに手を上げ挨拶する。

「こんにちは……」

「こ、こんにちは」

 事情を把握していないらしいネイシングルが鸚鵡返しに挨拶を返す。

 

「ご、ごめん……声かけそびれて」

「いいわよ。ちょっと驚いただけだし」

 苦笑するネイシングル。

「それにしても、どうやってここに来たの? 散歩しながら来れる場所じゃないのに」

「ああ……キャスバルさんとアルティシアさんに教わったんだ」

「え? 二人に?」

「うん……知らなかったよ、君が世話になっているところがあの二人の所だったなんて」

「そう言えばそうね……。あの二人の事、あなたが知らない訳ないものね」

 思わず苦笑いが出る。

「キャスバルさんは常連だしね、あの温泉の。アルティシアさんもよく神殿に来ているし」

「二人とも全くの健康体なのにね。……あの二人か、ここばらしたの……。折角の秘密の場所だったのになぁ」

「なるほど。……確かに面白いね、ここ」

 深い森の中、ここだけが途切れ広場になっている。

 少し奥の方には遠目にも冷たさが明らかと思えるほど澄んだ水を満々と湛える泉が輝く。

「小さい頃、二人に此処に誘われた事があったの。その時に見つけてからお気に入りの場所なの……。休暇を貰ったらよく来るんだ、此処」

 辺りを見回す。

 確かに静かな場所だった。

「人も来ないから集中できるし……」

 その後、他愛もない話をして別れる。

 帰り際に、明日も此処にいるから。とネイシングルが声をかけてきた。

 

 

 

2:泉にて

 

 木々が鬱蒼と茂る森。

 外からの光が筋上になって降り注ぐ樹棚。その下を奥へ行くに従って光の密度が増す。

 頭上を見上げると静寂の中に、森独特の光と影のコントラストが時折瞬いた。

 その森の中にある広場。そこにネイシングルが練習している筈……。

「あれ?」

 ネイシングルの姿は其処になかった。

 周囲を見回しても見当たらない。

 ……昨日より早い時間だから、まだ来ていないのかな?

 視界の奥に、澄んだ水を満々と湛える泉が輝いていた。

 その泉に視線を向ける。

 揺らぐ水面。

 波紋を辿って行くと、その中心に一人の女性がいた。

 泉の奥まった所に全裸となって、禊でもするかのような若い女性の姿が見える。

 ネイシングル……?

 低い潅木が生い茂る方から泉の辺に近付いてみる。

 陽の光を照り返す水面に雪のような白い肢体が、天に捧げるかの様な動きで独り水面に舞っていた。

 ネイシングル……。

 人の目は周囲になく、彼女は伸び伸びと水を浴びている。

 人目がないからって……警戒心ないのもなぁ……。

 見ているほうが恥ずかしさを覚え、立ち去ろうとした瞬間、足元の小枝を踏み抜いた。

 乾いた音が森に木霊する。

「だ、誰?」

 慌てて水面に沈むネイシングル。

 此方を睨みつけつつ、着替えが置いてある反対側の岸に少しづつ動いている。

 ……これは、素直に出るしかないかな。

「やぁ……」

 片手で胸元を隠し反対側の手で剣を掴んだままのネイシングルに、手を上げ挨拶する。

「……」

 呆けたように此方を見つめるネイシングル。

 次の瞬間、悲鳴が辺りに響いた。

 

「……本当にごめん!」

 平謝りに謝る僕をネイシングルが無言で睨みつける。

「覗くつもりはなかったんだ。ただ、つい見とれて……」

「……そのまま覗いていたわけね」

 冷たい声。なまじ可愛いだけに、こうなると非常に怖い。

 冷たい静寂が辺りを支配する。

「……二人に話そうかな。あなたに覗かれた事……」

 冷や汗が背中を伝わる。

 あの二人に伝わったら最後、二人から色々な技をかけられた挙句、どんな噂をばら撒かれる事になるやら判らない。

 ……考えただけで寒気がする。

「そ、それだけは……」

 冷たい視線が僕を射る。

「嫌? 二人に話されるの……?」

 無言のまま激しく首を振る。

「何を言われるか、わからないと……」

 無言の肯定。それ以上に二人の技が怖い……。

「……考えないでもないわ。あなたが言う事を聞いてくれたら」

 ……恐ろしい想像が脳裏を横切る。

「……どんな事?」

 唾を飲み込み、宣告を待つ。

「そうね……。あなたが私の訓練に付き合う事」

 予想外のものだった。……正直言って気が抜けた。

「そんなことなら」

 お安い御用。と言いかけた僕の耳にネイシングルの言葉が響く。

「毎日ね。私、魔術師って苦手だったから。……良い訓練相手サンドバッグが見つかったわ」

 ……あの二人に話されるよりはマシか。

 さっさと帰り支度を始めるネイシングル。

「明日から扱いてあげるから覚悟してね」

 凄絶な笑みを浮かべ立ち去る彼女。

 神殿の治療補助と自分の修行に加えて、『烈風の戦鬼』の訓練相手を毎日……。

 自分の馬鹿さ加減に思いっきり後悔した。

 

 

 

 仕事を終え、自分の部屋で寝台に横になっても昼間見た光景が鮮明に思い出される。

 水を浴びて輝く雪のような白い肢体。天に捧げるかの様な動きで水面に舞うネイシングル。

 ……彼女の裸身が脳裏をちらつき、今宵は心地よい眠りに身を委ねられそうにはなかった。

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