セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
修行の合間に出来た空き時間を利用し、重い身体を引き摺りつつ森の広場に着いた僕は、既に来ていたネイシングルにいきなり頭を下げられた。
「昨日はゴメン」
「え? い、いや。悪いのは僕だったし……」
実際悪いのは覗いていた僕だろうし。
「……酷い事言っちゃって。他に人が来る事考えてなかったから、覗かれる事考えていなくて。血が上って訳わかんなくなっちゃったの……」
伏し目がちのネイシングル。
「い、いや……謝られる事じゃないって。こっちこそゴメン。泉に行く前に声かければ良かったんだよ」
「それに訓練相手サンドバッグだなんて、酷い事言っちゃったし……」
「いいって……悪かったのは僕のほうなんだから」
ネイシングルの顔に明るさが戻る。
「本当? ありがとう。やっぱり優しいね、ピッコニードって。……それで……訓練の事なんだけど」
「うん……」
訓練は無しかな? 少し残念だけど。
「やっぱり楽しんでやらないとね? 訓練も」
「え……?」
「扱くだけだと限界があるって門家も言ってたし。折角のやる気に水を差すのも嫌だし。だから、楽しくやろう?」
やる気って……誰の?
そう感じたが、それを口にする勇気はなかった。
「じゃあ、始めよっ。よろしくお願いします」
「お、お願いします……」
気が溢れるような彼女の声と対照的にどうしても疲れを隠せなかった。
「ほら、しっかりついて来て」
……楽しくやろうって言ってたような気がするんだけど……。
ネイシングルの訓練はいきなり熱血指導の様相を呈していた。
「……なんで……こうなったんだ?」
ネイシングルの動きについていくのに懸命になりながら、僕は思わず呟いた。
「何でって?」
「……最初から、これ? 楽しくやろうって……」
「……ピッコニード君?」
「な、何?」
「……確か昨日、私の水浴を覗き見していた人がいたような気がするんだけどなぁ……」
「で、でも……」
「ぐずぐず言わないっ! 何事も基本が大切なんだから」
「……はい」
実際、剣術も格闘もやってはいない。
ひたすらネイシングルと向かい合って、彼女の動きについて歩いているだけなのだ。
それでもこの体たらく……。先が思いやられる。
「それじゃ、まずは……足捌きから始めよっか?」
ネイシングルの動きに合わせ、暫らく歩いた後で、彼女がそう言った。
やっと訓練らしくなるのだろうか?
とは言っても、剣術も格闘も全く学んでいないんだけど……。
「最初の最初だから……」
「お手柔らかに」
「……目標として、1週間練習して、私の方は幻術の見切り方とか対魔戦の組み立て方ができれば万歳かな。あなたはそれまでに幻術の適切な使い方を覚えてね」
「幻術……」
「うん。結構痛い目に遭わされたから。後は……剣舞もやってみる? この間やっていた、あれだけど」
「あ……あれは良いね。格好良かった」
偶然覗き見してしまった彼女の剣舞が脳裏に浮かぶ。
同時に、その時感じた奇妙な焦燥感を思い出した。
「あれ、やってみたいな」
その言葉を聞いてネイシングルがにっこりと微笑んだ。
「うん。やる気充分ね。ま、私がやっていたのは、すぐには無理だけどね」
「そうなんだ……」
「でも、簡単なのもあるし。剣舞の動きは剣術の基本動作に繋がっている処があるから。剣舞ができれば対剣戦の組み立て方も少しはマシになるわね」
頷く僕。剣術家にいつも泣かされているからなぁ……。
「うん……よし、練習付き合ってもらっているんだし……。1週間後に、あなたが剣舞ができる事を目標にしましょう。その後で訓練をすれば、お互いに成果も上がるわね」
「うん。わかったよ……」
「さっ、集中してね。私、そんなに時間ないから」
「時間……?」
その言葉に、ネイシングルが少し慌てた様子を見せる。
「あ……ほら、私、休暇明けに三力祭あるから。……結構大変なんだ、これでも」
「……いいの?」
「何が?」
「三力祭出るんなら、自分の訓練もしないといけないんじゃないの?」
「え……。そ、そうだけど……いいのよ。ほら、私、気分転換の最中なの。一人旅だったし」
「……まぁ、ネイシングルが良いなら良いけど……?」
「とにかく、始めよ?」
「う、うん………」
「それじゃ、今日は……」
「うん……」
「今日の剣舞、本格的な稽古はやりません」
「え?」
「だって……剣舞ってあまり見ないんでしょ? まずは私に合わせて感じを掴む、ここから、ね?」
「う、うん……」
「細かい動きっていっても出来ないし……」
「うん……」
「初めてだから、簡単な動きからね。……今日は剣、要らないわね」
そう言うと持ってきていた背嚢に剣をしまいこむネイシングル。
「あれ? なかなか……入らないなぁ」
詰め込んでいたらしく、いろいろな物が零れ落ちかけている。
……あれって下着かなぁ。
背嚢から落ちそうな、小さく丸まった白い色の布が視界に入り慌てて目を逸らす。
「ひょっとして……整理とかって苦手?」
「女の子の持ち物を見ないの」
「はい……」
「よっと。入った入った」
ようやく剣が中にしまわれる。
「じゃっ始めましょ。さ……来て」
彼女が右手を差し出してくる。
「う、うん……」
多分に遠慮しながら、僕はネイシングルに近付いた。
今更ながらネイシングルが可愛い女性であることに気付く。
「もっと近く……」
「……」
彼女と向かい合う所まで近付く。
ネイシングルが僕の右手を掴むと更に引き寄せる。
「え……?」
「もっと……そう、ここまで」
これ以上近づきようもない。
足は彼女の太ももに密着してしまっている。
「こ、こんなにくっつくものなの?」
「もちろん、実際は離れてやるわよ。けど、今日は感じを掴んでもらわないといけないから」
彼女の息で耳がこそばゆかった……。
「動きを良く覚えてね」
ネイシングルの左手が僕の右腕に添えられ、右手は僕の左手を頭の高さまで上げる。
「さ、始めるわよ……私に合わせてね」
言うなり、ネイシングルが左足を引く。
「右足だしてっ」
ネイシングルが左足を引くことで出来た空間に右足を差し入れる。
「次、左!」
ネイシングルが交互に足を引くのに合わせて、足を出す。
……歩いているだけとも言う。
でも……それが難しい。
「下見ない! そう、その調子……」
「くぅ……」
「背中伸ばす。まっすぐ前見て!」
「え? うん……!」
歩くだけは出来るようになってくると、彼女の指示がだんだん厳しくなってくる。
「左手下げない! ダメ! 下見ない!」
次第に汗が滲み出る。
「はい! 後ろ下がるよ!」
足が縺れ、後ろを振り向く。
「後ろ見ない! 視線はこっち!」
足がもたつく。
縺れた足にネイシングルの太ももが擦り寄る。
……かなり嬉しい感触だった。
余計な事を考えたせいか、更に足が縺れ、彼女の太ももをかなり意識する結果になる。
「もぞもぞしないで! 身体が離れている。ちゃんとくっついて!」
そう言うと、ネイシングルが自分の腰を僕の腰に近づける。
「次、前!」
動き難い……。
「しっかり歩いて、背中を伸ばす!」
息が上がった……。
1時間にも満たない稽古が終わると、その場にへたり込んでしまった。
全身から汗が吹き出し、地面に滴り落ちる。
上半身、特に上げたままだった左手は痺れて動かす事も出来ない。
「おつかれさま」
ネイシングルが声をかけてくる。
「運動不足かな……」
正直、愕然としていた。
歩くだけでこんなに困憊するなんて。
「そんなことないわ。初めてならよく頑張った方よ」
見上げるネイシングルの顔は上気しているものの、稽古前と殆ど変わりなかった。
「正直言って、もっと早く音を上げるって思っていたわ」
「そうなの?」
「うん。結構頑張ったわね。えらいえらい」
そう言いながら、頭を撫でてくるネイシングル。
幼齢や小齢の扱いだよ……。
「これでもあちこち走りまわされているのになぁ……。歩いているだけでこんなになるなんて。自信なくすなぁ」
不甲斐なさを隠したくて饒舌になっていた。
「だって……いつもあなたが使う筋肉と違うから。背中痛いでしょ?」
「……引きつってるよ」
「覚悟してね……」
「……しっかりと揉んでおくよ。……よっこらせ」
その掛け声に、
「……年寄り臭いぞ、ピッコニード」
ネイシングルが笑う。
「……で、どう? 初めて剣舞をやってみて」
「まだ、やってないよ。これは動き方だけでしょ?」
「うん。まあね」
屈託なく笑う彼女。
「でも参考になりそうだった。これでちゃんと覚えられたらって思ったかな」
「じゃぁ、少し続けてみる?」
「ネイシングルの方の手伝いもしながらね。よろしくお願いします、先生」
「いい返事ね、ピッコニード君」
青空の下、二人の笑い声が響きあった。
午前の治療補助の仕事を終えると、久々の休暇だった。
……そう言えば……。
今日から、空き時間にネイシングルと一緒に訓練をする約束だった。
時間にはまだ早かったが、一足先に森に行って彼女を出迎えるのも良いかもしれない。
「やあ!」
森の中を通って広場にきたネイシングルを出迎える。
「あ、早いのね、もう来てたの? ……やる気充分ね」
「まぁね……」
少し照れ臭い気持ちになりながら答える。
実際、少しやる気になっているから。
「昨日は身体で剣舞の流れを掴んでもらうって程度だったけど、今日から本格的に模造刀を持って稽古するわよ」
「うん……」
「うん、じゃない。返事は『はい』……でしょ?」
「はい」
「素直で宜しい」
ネイシングルの声に笑いが混じる。
「ま、習うより慣れろ、かな。剣舞の稽古が終わったら、今日は少しだけ私の訓練にも付き合ってね」
ネイシングルの横について剣舞の動きを真似する。
「……こんな感じなんだけど、覚えた?」
「うん、何とか……」
ネイシングルが見せてくれた動きは単純なもので、何度かやっているうちに流れを頭に入れることが出来た。
「じゃ、今度は見ているから、一人でやってみて」
たどたどしいながらも、先程の動きをなぞる。
「そうそう……最初は歩幅とかは気にしなくていいから。うん……いい感じね」
暫らくやっているうちに形だけは真似することが出来た。
「さすがドールだけあるわね、飲み込み早いわ」
動きを繰り返す僕に、ネイシングルが剣を持って近寄ってくる。
「今度は私も一緒になるから。演舞、よ。……相手がいても自分の動き忘れないでね」
ネイシングルが僕に向き合い、剣を添える。
僕の動きに合わせて足を動かし剣を動かすネイシングル。
一人の時とあまり変わらない。
でも……。
「あっ……」
「大丈夫、大丈夫。慌てないで……」
ネイシングルはそう言ってくれるが、俄然難しく感じる。
「えっ……? さっきは簡単だったのに……あれ?」
悪戦苦闘する僕に、辛抱強く付き合ってくれるネイシングル。
でも、焦れば焦るほど体が動かなくなる。
失敗が重なる……。
「下、見ちゃだめ」
躓く度に、頭が真っ白になって立て直せない。
「だめだ……」
自分から演舞をやめてしまった。
息が上がってこめかみを汗が滴る。
目眩もする。
ネイシングルが声をかけてきた。
「頭で考えちゃだめ、ピッコニード」
「ハァ……」
大きく一度深呼吸をすると、僕はネイシングルの手を取った。
「もう一度……」
「うん。良いわよ。何度でも」
「うん。何とか形になってきたね……。まだ突っかかるけど」
苦戦の末、何とか演舞らしいものが出来てきた。
「そう、そんな感じ」
「本格的になると、今みたいに大きく回りながら剣舞をしていくの」
練習が終わり一息ついているとネイシングルが覗き込んでくる。
「……え? ……ああ、そう言えば」
「え? 気づいてなかったの? ……うん。いい傾向かな。じゃ、今度は流れを反対にしてみようか?」
「え!?」
「さ、やるわよ!」
引っ張られるように立ち上がり再開してみたものの、せっかく覚えた順番が頭の中で混じり合ってしまった。
「そうそう。……意外とついて来れるのね」
「ちょっと待って……」
「頭で考えないでね」
少しは上達したと思えるものの、結局へとへとになって座り込む羽目になってしまった。
「……やっぱりだめだ……」
「そんなことないわよ」
ネイシングルが横に座る。
「まだ始めたばっかりじゃない。上出来よ」
言いながら、ネイシングルが両足のふくらはぎをしきりに揉んでいる。
「どうしたの?」
「あ、久しぶりだったから……疲れちゃった」
「え? 自分の訓練、してたんじゃないの?」
「えっ……そうね」
一瞬ハッとしたようなネイシングルの表情。
「え?」
「あ……その……こういう剣舞の基礎の基礎をやるのって久しぶりだから」
「……?」
「……あなたが下手だから気を使ってるの!」
急に怒り出すネイシングル。
……何か悪い事言ったかな?
「な、何? そんなに怒らなくても……」
「ごめんねっ! ……痛っ」
怒りながら謝るネイシングル。
……まだ足を押さえて痛がっている?
「そんなに痛いの?」
「うん……何かしら?」
「どれ……?」
立ち上がり、ネイシングルの前に座りなおす。
「え? なに?」
きょとんとする彼女。
「揉んであげるよ」
「い、いいわよ。自分でできるから……」
顔を赤らめる彼女。
「こう見えても神聖魔術医の卵なんだから。無料奉仕させていただきます」
その言い方に、ネイシングルが笑い声をあげる。
「それじゃあ、お願いしようかな」
右足に手を伸ばし、揉み解す。
「痛っ……」
「疲れが溜まっているのかな? ……ここ痛くない?」
「あ……そこ。うん……湿布貼っても、なかなか疲れが取れなくて。これくらいで魔術医に罹る訳にもいかないから」
「そりゃそうだね……っと」
「あ、……そこ、うん」
「ここね……」
「……ねぇ。……神殿とか医療院の方はどうなの?」
脈絡も無く話題が振られた。
「え? 何が?」
「うん……どう? 頑張っているの?」
「まぁ、頑張ってはいるけど……急に何で?」
「どっちの道に進むのかなって……」
そう言えば、どっちにするのかはっきりしなさいって、ネイシングルに言われたっけ……。
「よっと……。まぁ、まだ考え中かな」
「もう。しっかり……しっかりやりなさいよ」
「うん、わかった」
要望通り力を少し強める。
「痛いっ! ね、ちょっと! い、痛いよ!」
もがくネイシングル。
「え? だって……しっかりやれって」
「ち、違うわよ! あなたの将来の事」
「え? ……うん、そうだね。でも、今はこっちの方に力が入ってるかな?」
「剣舞?」
「うん。それと、ネイシングルの訓練相手」
「あなた、本来は魔術師なんだから。医療院と神殿の方もしっかりやらなきゃ」
「うん。……ネイシングルも頑張ってね」
「え?」
「三力祭のための訓練」
「あ……う、うん……」
「何か手伝える事あったらいって欲しいな」
「え、良いわ、別に……って、痛っ! 痛いって!」
「え? そんなに力入れてないよ?」
顔を顰めて足を庇っている。
「そこ、きっと、痛い秘孔だよ」
「そんな秘孔ある訳ないって」
押さえたのは右膝の外側。何もない場所だった。もちろん秘孔なんてある訳ない。
「とにかく、やめてよ……」
「そういう痛いところに限って、しつこく押したくなるんだよなぁ……」
もう一度緩めに押してみる。
「痛っ! ……それって魔術医見習としての診断なの?」
「……」
無言で首を振る。
「止せば良いのに、固まりかけたかさぶたを剥したくなる、生物としての自然な欲求」
指を動かしながらゆっくり近づく僕に、ネイシングルが顔を引きつらせ後ずさりしていく。
「じょ、冗談でしょ!? ……や、やめてぇっ!」
暴れるネイシングルを笑いながら宥め、他の場所を揉み解す。
「ふう……楽になったわ。ありがとう」
暫らくしてネイシングルが立ち上がる。
「ま……これくらいはね。いろいろ教えてもらってるお礼って事で」
「そんなの良いのに。私が勝手にやっていることなんだから。ピッコニード、物覚え早いから私も張り合いあるし」
「そう?」
お世辞でもそういわれると嬉しくなる。
「私が始めた時より上達早いんじゃない? 尤も私って物覚えが特に悪かったんだけど」
「う~ん。想像つかないなぁ。『烈風の戦鬼』なんて呼ばれてるのに」
「努力したもの。祖父も『死の狩人』だったし、父も『格闘王』だったから、才能ないとは言わないけどね。でも、もっと上を狙うには力不足だから。……結局私にはそれしかなかったから。……あっ、今の内緒ね」
「言う相手もいないよ……」
「それもそうね……」
そう言えば。といった顔で見つめるネイシングル。
「……情けないこと言っちゃったかな?」
薄らと顔を赤らめる彼女。
「とにかく、私は努力すれば何とかなるって思っているの。その私が教えるんだから、覚悟を決めてね」