セカンドールマスターー育成者とドールのイロモノシリーズー 作:御舘雅盛
午前中、やたらと医療院が混んでいた。
大わらわだった治療補助の仕事にも一区切りついた。
あてもなく散歩していると、
「……今日もお元気そうですね、アルティシアさん」
アルティシアさんに出くわした。
……周囲を見回しても、キャスバルさんが珍しく近くにいなかった。
「あら、ピッコニード君。ええ、今日も絶好調かな。キャスバル兄さんは別だけど。今日はここで診て貰っているわ」
「え? キャスバルさん、どうかされたんですか?」
「ええ。……食中り」
「食中り!?」
「……変な茸貰って食べたらしいのよ。まったく……可愛い子に貰ったからって全部食べて食中りするなんてね……我が兄ながら情けないわ」
溜息をつくアルティシアさん。
大変そうだな……と、同情しているとアルティシアさんの目が変わった。
……しまった。この顔は……。
「いつもネイシングルちゃんがお世話になっているみたいね」
「こちらこそ……」
「で、どうなの?」
挨拶もそこそこに身を乗り出してくるアルティシアさん。
やはり……。
「どうなのって……何です?」
「ネイシングルちゃんとの仲よ。最近ずっと一緒よね? 隠しても無駄よ、二人で森で会っているんでしょ?」
「え……ま、まぁ」
……この人は、かつての同門にも容赦ないのか……?
「ま、私も馬に蹴られるのは嫌だから、若い人同士の事に口出しはしないけど……。もういい仲なの? ……でも、避妊はしっかりしてね」
「な、何ですか、その避妊って! だいたい現役の間のそう言う行為は禁じられているでしょう!」
「冗談よ。ピッコニード君のそういった所、信用しているわね」
まったく……。
確かに僕とネイシングルは『いい仲』かもしれない。
気の合う仲間として、『指導者と教え子』として。
そして……。
ネイシングルの言葉を思い出す。
『帝都に戻ったら会う機会がないから』
「ネイシングルとはそういう仲じゃないですよ」
「あら、そうなの?」
「はい」
至極残念そうなアルティシアさん。
「ええ。……それで、今日はネイシングルどうしています?」
「ネイシングルちゃん? ここに来てないかしら?」
「え?」
「確か今朝、そんな事言ってたわよ。……寝ていたからよく覚えていないけど」
何しに来ているんだろう? ネイシングル。
「そうですか……少し探してみます」
「あら? 甲斐甲斐しいわね。……本当はあの娘と……」
「はい、出来ています」
「やっぱり! 早く家門に知らせないといけないわね」
今にも駆け出しそうなアルティシアさんに一言。
「嘘です」
途端に残念そうな表情を見せるアルティシアさん。
「嘘なの? 残念ね……」
「それじゃ。彼女、探してきます」
「あの娘に会ったら言っておくわね。ピッコニード君が探していたって」
「お願いします」
……どこにいるんだろう、ネイシングル。
神殿内や医療院、温泉、敷地内の庭園を周って見たが、その姿はなかった。
「ここにいるのかな? アルティシアさん、寝ていたって言っていたしな」
医療院内の廊下を歩いていると、
「……はい」
聞き覚えのある声がした。
「……どうもお世話になりました……」
ネイシングルの声だ。
診療室の扉の向こうから聞こえてくる。
診療室から出てきたばかりのネイシングルに声をかける。
「ネイシングル!」
「あら、ピッコニード。こんにちは」
「アルティシアさんから此処にいるって言われて探したよ。……どうしたの?」
「どうしたのって……ちょっと診てもらっていたの」
「どこか具合でも悪いの?」
「うん……ちょっと。左足の調子を診てもらってたの。もうなんともないって」
「もう……って、怪我してたの?」
ネイシングルの左足を見る。
特に治療した痕跡も見当たらない。
「いつ?」
ネイシングルは、僕の視線を遮るように手を振っていた。
「え……。ううん、そうじゃないの」
「そうじゃないって?」
「えっと……あの……さっき訓練してたら足捻っちゃって」
慌てたような声をあげるネイシングル。
「………」
「此処で診てもらったんだ」
「大丈夫なの?」
「うん。大丈夫よ」
「……本当に?」
「だって、今診てもらっていたのよ? 大した事なかったから」
そそくさと立ち去ろうとするネイシングル。
「あれ? もう帰るの?」
「ん~。折角だから温泉に入ってから帰ろうかな。……あなたも一緒に入る?」
「え、えぇ!?」
「嘘嘘。冗談よ、じゃっ」
笑いながら立ち去るネイシングルを見送る。
何だか様子がおかしかった……。
「怪我……してたのかな?」
「していたよ」
「うぉわぁ!」
何時の間にか神官長と……キャスバルさんが立っていた。
「お、驚かさないで下さい」
「医療院に責任者がいるのが驚かれる事かね?」
「そ、それはそうですけど……何か御用でしょうか」
「用って……普通、魔法医が医療院にいれば仕事だと思うが?」
「はぁ」
「彼女とは知り合いだったのか?」
神官長がネイシングルの立ち去った先を目で指し示す。
「ええ、まぁ……」
「彼女の足の事は知らなかったのか?」
キャスバルさんが聞いてきた。
そうだった。そのことを聞かなくては。
「足。ネイシングルの足って大丈夫なんですか? 彼女、怪我していたんですか? 治っているって、いつ怪我したんですか? そもそもどんな怪我だったんです?」
「まあ、待て待て待て。一度に言われてもわからん」
苦笑する神官長。
「まず、彼女の足だが、左足は完全に治っている。それは安心していい」
安堵の溜息が漏れる。
「彼女がここに来たのは暫らく前だ。年明け直後だったかな。その時には左膝の怪我は治りかかっていた」
「左膝……!?」
「知っているんだろう? 去年の聖母神伝の決勝を」
キャスバルさんが聞いてくる。
「はい」
あの決勝は凄惨なものだった。両者とも手足の損傷が激しく、一時期は生命の危険すらあったらしい。
「ここには、足が思うように動かないといってきたのだが……その時はすでに大した怪我でもなかったし、温泉療養の効果もあって今日の所見では完治していた」
思うように足が動かない……?
初耳だった。
僕は何も知らなかった。
キャスバルさんが続けた。
「……偶に神官長とも話しているんだ。今あの子が動けないと感じているのは、あの子自身の心によるものじゃないかってな」
「心?」
「まぁな……久しぶりに姿見せた時は声を掛けられなかったな、沈みまくっていてな」
「沈んでいたんですか……? ネイシングルが?」
神官長がその頃の様子を話してくれた。
「ああ。診療の際も何を言っても答えようとしない。目つきは恐いし、親の敵みたいに睨みつけてくる。随分と手を焼かされたよ」
「………」
「実際、さっき話しているのを見るまで、あんなに喋る子だったとは知らなかったぞ」
そう言って苦笑する神官長を見やり、キャスバルさんが笑いながら後を引き取る。
「随分仲良くしている様だな、おい」
頭に手を回し、締め付けてくる。
「えっ……って何言っているんですか、僕は彼女とは別に……」
「ほぉぉ? なら森で何しているんだ?」
その様子を見ながら神官長が苦笑している。
「なるほどな。……仕事の方もその調子で頼むぞ? んん?」
誤解されている様だ……。
「もう一点。彼女は左足を庇うあまり、右足に負担がかかっている様だ」
「負担が……?」
「今のところは問題はない。ただ、彼女には注意するように言っておいてくれ」
「はい。……でも大丈夫なんでしょうか、ネイシングル」
「私の診察に不満な所でもあったかい?」
神官長の片眉が上がる。
「いえ。そういう意味ではなくて……」
慌てて取り繕う。
「そんなに心配なら自分で確かめればいいだろう? 触診なり何なりしてな」
キャスバルさんが笑う。
「キャ、キャスバルさん!」
「おっと、失敬。もうとっくにしているか」
キャスバルさんが高笑いする。神官長まで……。
「キャスバルさん、その辺にしておきましょう。あなたも今は病人なんですからね。入院手続きに行ってください」
なおも笑いながらそういう神官長の言葉に、キャスバルさんはばつが悪そうに、受付の方へ立ち去った。
まったくあの人は……。
「ネイシングルが、足を怪我していた……」
一言も聞いていなかった、そんな事は。
「何故、足を捻ったなんて嘘を……。治っているなら問題ないけど……」
何となく釈然としない気持ちは残ったままだった。